Fate/Revenant Zero   作:愉悦部副部長

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※解釈違い等あるかもございませんが、大目に見ていただけると幸いです。


ACT.02 姉と弟

 

 雪の降る綺麗な夜だった。

 

 

 衛宮切嗣は何をするでもなく、バルコニーから粉雪が降っていくのを眺めている。常冬のアインツベルン城にしては珍しく、穏やかで静かな夜であった。

 

 その傍らには、1組の少年少女がいる。名前は士郎、そしてイリヤ。2人もまた何をするでもなく、切嗣と一緒に月見をしている。

 

 

 あれからもう6年が経つ。かつて子供だった士郎も、近頃は随分と逞しくなった。一方のイリヤは魔術師とホムンクルスから生まれた副作用で、去年を最後にほとんど成長が止まっている。

 

 大火災で全てを失った士郎を、切嗣は養子として引き取った。それから隠れ家として購入していた土蔵のある廃屋を、どうにか暮らせる程度に修理して士郎と2人で住んでいる。

 

 

 ――だが、それは表向きの顔だ。

 

 

 かつて切嗣は理想の為に、世界を滅ぼす悪魔を解放しかかった。その過ちに気づくのが遅かったばかりに、途方もない数の人々を犠牲にした。その中には士郎の両親も含まれる。

 

 だが、人類の進歩とは、人間の成長とは。失敗の連続である。幾度となく試行錯誤を重ね、それでも屈辱と絶望を何度も味わい、その苦難を乗り越えた先にこそ未来がある。

 

 

 

「……子供のころ、僕は正義の味方に憧れてた」

 

 不意に、切嗣は士郎にそんな言葉をかけた。その声を聞いた途端に士郎は不機嫌な顔になる。

 

「なんだよそれ。憧れてたって、諦めたのかよ」

 

 士郎は、切嗣が自らを否定するような言葉を嫌う。彼は切嗣に深い憧憬を寄せていた。

 

 まるで義父のことを、何やら偉大な人物だと思い込んでいる。その的外れな羨望のせいで、士郎の中にある自己犠牲と正義感は歪みと言っていいほど過剰なものに育ってしまった。

 

 士郎は切嗣のようになりたいと言う。切嗣が歩んできた道を辿りたがっている。8年前からは魔術の練習も始め、銃やナイフを使った戦闘訓練も欠かさない。

 

 

 その姿は、かつての久宇舞弥に重なるものがあった。

 

 戦争只中の貧国に生まれ、幼年兵として昼間は戦闘、夜は輪姦という凄惨な毎日を送っていた少女。たまたま切嗣に拾われた時には既に人間性をほとんど失っており、切嗣のために戦うのも他に生きる理由がなかったからだ。

 

 切嗣もまた「道具」は多いに越したことはないと、彼女を助手として受け入れた。そして持てる全ての戦闘技術と知識を教え込んだ。やがて彼女は完全なる殺人機械「衛宮切嗣」を構成するパーツの一つとなり、その傍らにて常に同行した。

 そして決して幸福とはいえない人生の最後に、6年前の聖杯戦争でその命を散らしていった。

 

 

 そして今、切嗣は士郎を第2の久宇舞弥へと仕立て上げようとしている。今ここで自分が与える言葉は、きっと士郎の今後を決定づけることになるのだろう。

 

 否、未来は惑うまでもなく、とうに決している。あの時、アハト翁に会った時から衛宮士郎は切嗣の意志を継ぐように仕向けられてきた。

 

 

 

「シロウ、キリツグが困ってるじゃない」

 

 それまで黙っていたイリヤが、不意に口を挟んだ。

 

「いい? ヒーローは期間限定なんだよ。オトナになると名乗るのが難しくなるの」

 

 全て分かったような口ぶりで、イリヤは士郎をたしなめる。やんちゃな弟より、少しだけ物分かりのいい「お姉ちゃん」という関係を、イリヤはことのほか気に入っていた。

 

 

 初めて士郎とイリヤを会わせたのは、3年前のことだった。

 

 

 アハト翁の許しを得て、姉と弟を引き合わせた。最初こそ2人は戸惑い、幾度となく喧嘩もした。特にイリヤは切嗣に裏切られたとさえ感じ、士郎に対して嫉妬と殺意すら向けるほどだった。

 

 

 ――だが、それでも。

 

 

 アインツベルンの古城から出ることを許されないイリヤにとって、士郎はたった1人の同年代の少年であり、切嗣と共に残された数少ない家族でもあった。士郎もまた最初こそ敵対的な姉に戸惑い、反発もしたが徐々に彼女の奥底にある寂しさを感じ取れるまでになっていく。

 

 

 そのまま、2人はアインツベルンの城で半年を過ごした。士郎が再び切嗣と共に日本に帰るころには、すっかり互いを姉弟として受け入れるまでになっていた。

 

 

 ――これで、士郎も引くに引けなくなる。

 

 

 聖杯戦争に参加する姉から目を逸らし、冬木で何も知らない一般人として過ごせるほど、士郎は機械として完成させていない。だから必ず姉と共に戦うだろう。

 

 

 それからというもの、切嗣はアインツベルンの城があるドイツと、冬木の間を行き来する忙しい日々を送ることになった。

 

 聖杯戦争で摩耗しきった身体をアインツベルンの魔術で補強しつつ、その肉体と精神を限界まで酷使し、運命を仕組まれた姉弟を最強のマスターにすべく、己の持てる全ての技術と知識を授けていった。

 

 

 

「そうだね、イリヤの言う通りだ。本当に、しょうがない」

 

 切嗣が相槌を打つと、イリヤが嬉しそうに破顔する。彼女もまた、父である切嗣が自分を捨てたわけではないと悟り、あくまで正義の味方であらんとする切嗣に敬意と憧憬を懐いていた。

 

 

「そっか。それじゃあ、しょうがないな」

 

 士郎が神妙な顔で頷く。

 

 だが、それすら切嗣にとっては予想の範囲内であった。その上で固唾を呑んで、黙したままの息子を見守り、続く言葉を待っている。

 

 

 

「しょうがないから、俺が代わりになってやるよ」

 

 

 

 静かに夜を照らす月明かりの中で、少年はさりげない口調で誓いを立てた。かつて切嗣が憧れ、果たせなかったものに「なってやる」と。

 

 

 

 ――衛宮切嗣が望んだとおりに。

 

 

 

「爺さんは大人だからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ」

 

 士郎は誓いの言葉を続ける。この景色と共に、忘れようもない思い出として自らの胸に刻み込んでいく。その全てが、切嗣の計画通りだった。

 

 

「士郎、任せてもいいかな?」

 

 その問いは、ごく儀礼的な名目的な意味しか持ちえない。切嗣は次の聖杯戦争においてイリヤをサポートさせるべく、士郎をその護衛として育ててきたのだから。幼少期より彼の中に培われてきた憧れと家族の絆は、それ以外の人生など夢想すらさせなかった。

 

 

 それでも切嗣は、士郎にかける言葉に「問い」という体裁を残さずにはいられない。

 

 決して運命に流されたわけではない。曲がりなりにも「選択の余地」があったと、自らの意志によって選んだ道であるという自覚と自負……その程度しか与えてやれない歯痒さはあれど、それが今の切嗣に与えられる数少ない贈り物だった。

 

 

 できれば、同じものをイリヤにも与えてやりたかったと――切嗣は切に思う。

 

 

 だが、それは叶わない。イリヤの身体はアインツベルンのものだ。彼女には始まりから選択の余地などなかった。

 

 イリヤの才能は、士郎よりも遥かに容易に魔導の秘奥を修めるだろう。だが、逃れられざる宿業として決定された道を辿るのは、どれほどの辛苦があることか。

 

 

 

 一方の士郎についていえば、魔術師としては平凡以下だった。

 

 重要な点だけ読み取りいかに速く変化させるかが魔術師の肝であるにも関わらず、士郎は要点だけではなく設計図をまるまる制作するような無駄が多い。

 

 これはこれで寧ろ天才的なのだが、設計図まで造ったところで非効率かつ無駄であり、魔術師としては才能が無いとすら言える。

 その彼が魔導を歩むとすれば、その先にどれだけ厳しい厳しい道を進むことになるか、切嗣でなくとも充分に予期できよう。

 

 

 だからこそ。

 

 

「任せろ。俺が爺さんの夢を叶えてやる」

 

 

 士郎が元気よくそう答えた時――――不意に、それはほとんど無意識に。切嗣は自然と士郎の頭に手を乗せた。思わず士郎が呆気にとられたように目を見開く。

 

 

 士郎が驚くのも無理はない。切嗣がこんな風に頭を撫でてやったことなど、過去に一度もなかった。切嗣自身、どうして急に自分がそんな行動に出たのか戸惑っていた。

 

 舞弥と同じように機械として機能するように育ててきた。自分の後を継ぐように仕向けておきながら、いざ全てが計画通りに進むと小さな疚しさが古傷を思い出したように開いていく。

 

 

「………」

 

 ちらりと今度はイリヤの方を見る。年端も行かぬ少女は固唾を呑み、黙したままの父と戸惑う弟を見守っている。彼女には、何を告げればいいのだろうか。

 

 胸の内の迷いを問うかのように、切嗣はもう一方の手をイリヤの頭に乗せた。イリヤはその大きな手に心地よさそうに身を任せながら、それでも赤く澄んだ瞳で揺ぎ無く父を見上げている。

 

 そこには不安も、戸惑いも、微塵もない。ただ、父の言葉を待っている。

 

 

 ―――ああ、そうか。

 

 

 そんな無条件の敬服と信頼が、切嗣の中に答えをもたらした。この子には詫びる言葉も、行く末を案じる必要もない。必ずや勝利し、悲願を達成する。

 

 

 

「イリヤ、士郎。いずれ聖杯は現れる。それは君たちのものだ」

 

 

 きっぱりと頷く少年少女の眼差しに、切嗣の胸は誇らしさで満たされる。

 

 

「任せて、キリツグ。聖杯は必ず手に入れる。シロウと一緒に、ね」

 

 

 澄んだ月明かりの中で、イリヤは当然のように告げた。

 

 大切な弟と、大事な家族と共に手に入れるのだと。そういう運命であったとしても、すぐ傍にあるものはとても綺麗で尊いものだから。

 今こうして感じる幸せは本物なのだと。それを決して失いたくはない。そう思うからこそ、感じたままの気持ちを忘れないうちに言葉にする。

 

 

「だって私は、シロウのお姉ちゃんだもん」

 

 

 その時、切嗣はずっと忘れていたものを思い出した。

 

 どうして今まで忘れていたのだろう。自分もまた、かつて誓おうとしていたのだ。誰よりも大切な人に、その言葉を告げようとした。あのとき胸に抱いた誇らしさを、決して見失うまいと思っていた輝きを――。

 

 

「そうか……」

 

 その時、はたと悟った。こんなにも綺麗な月の下ならば、2人はきっと忘れるまい。士郎の無垢な願い、イリヤの貴い祈りのカタチは、きっといつまでも美しいものとして、その胸に生き続けることだろう。

 

 

 やがて少年と少女は、愚かな父の理想を受け継いで数多の嘆きを知るだろう。数限りない絶望を味わうだろう。

 

 だがそれでも、この月の夜の思い出が姉弟の中にある限り、きっと2人は今この瞬間に立ち戻れる。恐れも知らず、悲しみも知らず、ただ憧れだけを胸に秘めて強くあろうとした幼き日の心に。

 

 

 

「そうだな。ああ―――安心した」

 

 この2人は、たとえ自分のように生きようとも、自分のように誤りを犯すことは無いだろう。その理解に胸の中の全ての傷が癒されていくのを感じながら、衛宮切嗣は目を閉じた。

 

 

 かくして――――。

 

 

 その生涯を通じて何を成し遂げることも無く、何を勝ち取ることも出来なかった男は。たった1つ最後に手に入れた安堵と希望を胸に、眠るように息を引き取った。

 





 どうせイリヤは聖杯戦争に参加させられるし、自分に憧れる士郎も止められないのなら、いっそ徹底的に鍛えると同時に姉弟が一緒に過ごす時間を作った方がマシ……という消去法的な選択でしたが、なんだかんだで2人に看取られて大往生する切嗣。

 なので本作のイリヤと士郎はすでに和解済みで、子供の頃から会ってたため関係性は姉と弟。
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