Fate/Revenant Zero 作:愉悦部副部長
己の身に一体何が起こったのか、アトラムはしばらく理解することができなかった。
激痛が全身を走り抜けたと同時に、左の太ももから下の脚は胴体から引き裂かれていた。
「ぐ……が、ぐぁ……ッ!?」
喉からは絶叫を放つより先に血反吐がほとばしる。神経が支離滅裂に誤作動を起こし、全身の筋肉が痙攣して動けない。至る所で毛細血管が破裂しており、避けた皮膚からじくじくと血が滲み出ている。
「………っ……」
とめどなく流れる血の海の中に、バランスを失ったアトラムは転げ落ちた。あまりの激痛に魔術師としてはおろか、常人として動くことも不可能だろう。
「がぁぁぁぁッ……!」
なお悲惨なことにアトラムのサーヴァントたるバーサーカーは、いまだセイバーと激闘を繰り広げている最中だった。
そしてバーサーカーが要求する魔力消費量は、他のサーヴァントに数段勝る。アトラムの魔術回路は決して一流の魔術師に見劣りするものではないが、この状況では手の込んだ拷問に他ならない。
残る手段は令呪―――だが、それを使おうとしたアトラムを阻んだのは、予想だにしなかった声だった。
「―――あらあら、可哀そうに。あの坊やったら、外見に似合わない悪辣さねぇ。いったい誰に似たんだか」
荒い呼吸で苦痛に耐え続けるアトラムの耳に、妙齢の女性と思える声が聞こえてくる。視界は血と涙で霞んでよく見えないが、近づいてくるの者は人の形をしていた。
全身を覆うような古めかしいローブを纏い、顔はフードでほとんど覆われている。それでも柔らかな身体のシルエットと、フードから僅かに露出した部分から女性であることが見て取れた。
武器らしいものは持っていないが、それでも全身から妖しく放たれる魔力と気配は間違いなくサーヴァントのそれ。
「貴様……キャスターか!」
武器をもっていないことから3騎士ではなく、ライダーの乗り物も、アサシンの仮面もないことから、消去法でキャスターだとアトラムは判断する。
キャスターは決して戦闘力に秀でたクラスではないが、それでも超常の存在たるサーヴァントの端くれだ。いかにアトラムが戦闘に長けた魔術師いえども太刀打ちできる相手ではなく、みすみす令呪の使用を許してくれるほど生易しい相手ではない。
そして自らのサーヴァントたる、バーサーカーはセイバーとの死闘の真っ最中である。
狂化によって理性を失った戦士は暴走状態で、目の前にいるセイバーとの戦闘にしか目が向いていない。仮に気づいたところで、少しでも隙を見せれば即座にセイバーに切り伏せられるだろう。
だが、アトラムの思考はそこで途切れた。腹部に走る激痛に、耐えきれず悲鳴を上げる。
「ふふっ、悪く思わないでくださいな。だって、そういう戦いなのでしょう?」
彼女の手には、稲妻の形をした不思議な短剣が握られていた。先端から垂れている赤い液体は、言うまでも無くアトラムの血だ。
―――
キャスターの宝具は、あらゆる魔術を打ち消す裏切りの魔剣だ。攻撃力こそ普通のナイフと同程度でしかないが、魔術に対する効果は絶大であり、マスターとサーヴァントとの契約を打ち消すことすら出来る。
それをアトラムに突き立てたということは、すなわち――。
「驚いたかしら? これが私の宝具、この世界にかけられたあらゆる魔術を無効化する裏切りと否定の剣。貴方の令呪はこれで私のもの」
高らかに。勝ち誇ったように。
裏切りの魔女はほくそ笑む。
ほっそりとした右手には、新たな令呪が宿っていた。その紋様はアトラム・ガリアスタの右手に宿っていたものと同様であり、入れ替わりに元の持ち主の手から令呪は失われていた。
「マスターが死亡すれば、令呪は聖杯に回収されてしまう。でも、この国にはこんな言葉があるのよ?」
―――もったいない。
その一言で、アトラムは全てを理解した。己の死が単なる敗北に留まらず、目の前にいる卑怯な仇を強化する糧となることを。
「そんなバカな! こんな、こんな事があって堪るか……!」
令呪が失われた己の手を見て、アトラム・ガリアスタは現実を否定せんと叫ぶ。だが、どれだけ彼が喚こうとも、何も起こらない。
マスター権を失い、ただの魔術師となったアトラムにキャスターがゆっくりと近づいていく。一歩一歩と縮められていく距離が、自らに残された寿命なのだと理解するまでさほど時間はかからなかった。
「魔女め……」
最後にそう吐き捨てたところで、アトラムの意識は途絶えた。
***
「バーサーカーが、殺られたですって!?」
あまりにも呆気ない結末に拍子抜けしながら、遠坂凛は自らを抱える美丈夫に聞き返した。
聖杯戦争における序盤の定石として、凛もまた当初は自宅で監視に徹していた。だが、アインツベルンの別邸に対して大規模な破壊術式が展開されたと聞き、急ぎ自らのサーヴァント―――真名不明のアーチャーを伴って現場に急行したのだ。
始まりの御三家の邸宅はどれも一級の魔術工房であり、基本的に正面から攻め込むのは愚の骨頂である。
だが、中東の魔術師アトラム・ガリアスタは財力にものをいわせて正面突破を可能とした。最初の標的こそアインツベルンであったが、次の標的は自分たちかも知れない。
であれば、破られると分かっている要塞に立て籠もるという選択肢は無かった。
ところが早速アトラムの魔術工房があるビルに向かおうとした凛に対し、アーチャーがストップをかけた。
「恐らくアインツベルン城を破壊したマスターは、北の魔術師を打ち取る絶好の機会を逃さず追撃に向かうだろう。どちらが勝つかは分からないが、勝ち残った方とてそれなりに戦闘で疲弊するはずだ。そこを私と君が襲撃すれば、まさに漁夫の利という奴だ」
アーチャーの提案は、凛の目から見ても非の打ち所の無いものだった。未だに真名も分からず、飄々として掴みどころのないサーヴァントだが、戦術眼は確かなようだ。
この際、卑怯だとか卑劣だといった指摘は野暮というものだろう。凛が挑んでいるのは、文字通り命を懸けた聖杯“戦争”なのだから。
さて、そうと決まれば後は行動に移るだけである。宝石で武装した凛はすぐさまアーチャーと共にアインツベルンの城へと向かっていたのだが、あと少しで到着するといったところで不意にアーチャーが動きを止めた。
凛が理由を問いただすと、なんとアインツベルンを襲撃したマスター……バーサーカーのマスターが撃破されたというのだ。
「もっと悪いニュースがあるぞ。バーサーカーのマスターを打ち取ったのは、アインツベルンのサーヴァントではない」
「え?」
続けざまに告げられたアーチャーの言葉に、凛は混乱する頭を指で押さえた。ますますもって意味が分からない。
戦っているのは、バーサーカーのマスターとアインツベルン勢のはず。凛たちのように漁夫の利狙いの者たちが一歩先んじたという可能性もあるが、気配を隠しながらアーチャーよりも先に到達したというのも考えにくい。
そして何より不可解なのが、なぜバーサーカーとアインツベルン勢の戦いの決着が着く前に割って入るような真似をしたのか。
漁夫の利狙いであれば、凛たちのように両者の戦いで決着が着いてから仕留めにかかった方が確実だからだ。戦闘中に割り込みなどすれば、最悪、アインツベルンとバーサーカーのマスターが手を組む可能性もゼロではないというのに。
「………まさか」
残された1つの可能性に思い至り、遠坂凛がぽつりと声を漏らす。
「アインツベルンのマスターは、裏で別のマスターと通じている……?」
凛の言葉に、アーチャーが無言で頷く。
ここ数日で、凛は赤い弓兵の戦術眼に一定の評価をしている。その彼が肯定しているとなれば、恐らくはそれが真相なのだろう。そうとしか、考えられない。
「はぁ……だから“悪いニュース”ってことね」
凛は大きくため息を吐いた。
マスター同士の共闘それ自体は、あからさまなルール違反というわけではない。
ただ、共闘していることを知られない方が他のマスターを欺く上で便利という理由で、序盤のうちは敵対を装っている場合が多いだけである。
聖杯戦争が後半に進むにつれて共同戦線を組むことは珍しくないし、今回の聖杯戦争でも魔術協会から参加した2人のマスターが裏で共闘している可能性は限りなく高い。
何事も、そう都合よくはいかないものだ。目論見が失敗したことを悟った凛は、すぐさま方針を切り替えた。
「撤退するわよ、アーチャー」
「了解した」
アーチャーと共に闇夜に消え行く中で、凛は胸元のペンダントを握りしめる。
(しかし、危ないところだったわね……)
もし自分たちの方が到着が早ければ、バーサーカーのマスターのように奇襲を受けて最初の敗北者になっていたのかも知れないのだ。それを考えれば、アインツベルンが別のマスターと共闘していることが分かっただけでも十分な収穫といえよう。
それに遠坂邸ごと破壊しかねないほど強力な魔術を使う、バーサーカーのマスターが敗退したということは、遠坂邸が再び安全な場所に戻ったということでもある。
なにもそこまで、万事が絶望的なわけではない。前向きな材料も得られたことに満足しながら、凛は再び顔を上げた。
キャスターのステータス
・筋力E
・耐久E
・敏捷C
・魔力A+
・幸運B
・宝具C
こちらはマスターが士郎なので弱体化
最優のセイバーと最強のバーサーカーという正面戦力、およびそれを支える最高レベルのマスターであるイリヤ、サポートに秀でるキャスター、切嗣から引き継いだ狙撃の腕を持つ士郎……普通に強い。