Fate/Revenant Zero 作:愉悦部副部長
「凛、ようやく起きたか」
翌朝、遠坂凛が起床してダイニングへ向かうと、既にアーチャーが待機していた。
――美味しそうな朝食と共に。
英国式朝食。それは最も美味しいと呼ばれるイギリス料理であり、トーストにベーコンかソーセージ、卵料理、トマト、ベイクドビーンズ、そして紅茶からなる、栄養とボリュームたっぷりの料理だ。
「おはよう、アーチャー。昨日はよく眠れなかったのよ」
「気持ちは分からなくもないが、日はとっくに昇っているぞ。まったく、本当に朝には弱いんだな」
呆れたようなアーチャーの口ぶりにムッとする凛だったが、真っ当な指摘なだけに言い返すこともできない。とはいえ、頼んでもないのに朝食を作ってくれるあたり、根はお人よしで世話好きなのだろう。
(こいつ、ほんと何者なのよ……)
まず真名が不明な上、アーチャーのくせに剣術による白兵戦を好み、紅茶を淹れるのが上手く、おまけに料理まで出来るときた。念のため文献を調べてみたが、該当する英霊は未だ見つかっていない。
「いただきます」
ともあれ、まずは腹ごしらえだ。さっそく彼が淹れてくれたお気に入りの紅茶を飲み、手始めにナイフでオムレツに切り込みを入れる。
(うわっ、ふわとろ……!)
ナイフを軽く滑らせただけで、とろっととした半熟状の中身が溢れ、バターの香ばしい香りが鼻腔の中に広がっていく。
一切れをカットして口に運ぶと、外はほどよく焼けていて、中は驚くほど柔らかい。深みのあるトマトソースの酸味が卵の優しい甘さを引き立て、チーズの濃厚な味わいが全てを包み込む。クリーミーな柔らかさと、芳醇なコクが舌の上で溶け合う。
「優しい味……」
凛は思わず目を閉じ、どこかほっとした安堵と共にそう漏らす。一口味わう度に、この一皿に込められた、料理人の暖かな気持ちが伝わるようだった。
「気に入ってもらえて、なによりだ」
かくしてアーチャーが作ってくれた極上の朝食を楽しみつつ、凛は何気なくテレビをつけた。機械全般を苦手とする凛だが、その点、テレビは便利だ。ボタンを押し、チャンネルを変えるだけで済む。
『では、次のニュースです。先日より、市内の至るところでガス漏れ事件が相次いでいます。幸いなことに、まだ死者は確認されていませんが――――』
このタイミングで、相次ぐガス漏れ事故。これを偶然だと思う愚かなマスターはいるまい。
「……魂喰いね」
魂喰い。魔力供給のために人の魂を食べる浅ましい行為だが、その効率性は高い。未熟なマスターがその力量を補うためにサーヴァントにやらせていると考えるのがセオリーではあるが、熟練のマスターであってもやらないとは限らない。
元より、魔術師とはそういう人種なのだ。一般人と同じ感性を期待するのが間違いというもの。
だが、遠坂家は魔術師の家系であると同時に、この冬木の土地を預かるセカンドオーナーでもある。その現当主たる凛もまた、冬木市一帯の魔術師を管理する責任を先代より受け継いでおり、放棄するつもりなど毛頭なかった。
「ったく、どこの外道がやってるのか知らないけど、コンプライアンス違反であのエセ神父に訴えてやろうかしら」
苦々しげに呟くと、アーチャーが肩眉を吊り上げる。
「まだ難しいだろう。これで死人が大勢出れば話は別だが、向こうもギリギリのラインを見極めていると見える」
「わかってるわよ。今のはただの愚痴」
聖堂教会が罰則を科す条件は、大きく分けて次の2つだ。
1つ目は、意図的な神秘の漏洩を行った場合。
2つ目は、監督役である聖堂教会への敵対行動。
だが、アーチャーの言う通り、件の魂喰いを行ったマスターはそのどちらも行っていない。規模こそ大きいものの、辛うじて超えてはならない一線は遵守している。
「だが、ここまで大規模な魂喰いを行っておきながら死者の一人も出していないとなると、そんな芸当が可能であり、かつ動機もあるサーヴァントは自ずと絞られてくるものだ。あくまで推測に過ぎんが、恐らくキャスターの仕業だろう」
「それは私も同感」
キャスターのクラスは魔術を得意としている半面、他のサーヴァントに対して白兵戦能力で大きく劣るものが多い。しかも三大騎士であるセイバー、アーチャー、ランサー、そしてライダーは対魔力スキルを有している事もあり、サーヴァント戦では大幅に不利なのだ。
ゆえに「最弱」という扱いを受けるキャスターであるが、それゆえ不利を補うために魂喰いという手段に出る動機は十分と言えた。
一方でキャスターは陣地作成のスキルを有していることから、主な戦術は自陣を強化しての防衛戦となる。魂喰いで徹底的に陣地を強化していくのを放置すれば、最弱のサーヴァントから思わぬダークホースに化けてしまうかもしれない。
凛は「はぁ」と小さな溜息を吐いてテレビを消す。
「まだ2日目だってのに、バーサーカーはセイバーに倒されるわ、そのマスターのアインツベルンは別のマスターと裏で通じているわ、おまけに今度はキャスターの魂喰いと来た。これが聖杯戦争だって分かってても、厄介なものね」
愚痴っていても始まらないが、愚痴のひとつでも言わねばやっていられない。
「とりあえず、まずは情報収集よ。キャスターの居場所と、アインツベルンの居場所を探らないと」
「承知した」
短く返して偵察へと赴こうとするアーチャーであったが、ふと何かを思いついたように足を止め、皮肉げな表情を浮かべて向き直る。
「ひょっとしたら、一度の偵察でどちらの居場所も探れるかもしれんな」
「やめて。考えたくもない」
うげ、という表情を浮かべた凛の反応に苦笑し、赤い弓兵は消えるように自らを霊体化させていく。冗談にしても、笑えない冗談というのはあるものだ。
***
しかし、そういった「まさか」が当然のように起こるのが聖杯戦争である。事実、アーチャーの軽口通りセイバーとキャスターは同じ場所にいたのだから。
「まさか、再びこの屋敷に足を踏み入れるとは……」
セイバーが神妙な表情でそう呟くのも無理はない。何故なら彼女たちがいるのは、冬木市内の深山町にある、広大な木造平屋だったからだ。
通称「衛宮邸」……何を隠そう、かつてセイバーが第4次聖杯戦争の折、アイリスフィールと共に拠点としていた場所である。衛宮切嗣が買い取ったその屋敷は現在、衛宮士郎へと相続されていた。
バーサーカーの襲撃でアインツベルン城を失ったイリヤたちは、ひとまずこの日本家屋を新たな住まいと定めることにしたのだ。
用意周到に準備を進めていたアインツベルン陣営は、元よりこの衛宮邸を第2の拠点ないし避難所として使うつもりであったから、あらかじめキャスターによって最低限の結界や魔術的な罠が仕掛けられている。日本にしては広い敷地面積もあって、イリヤと士郎、セイバーとキャスター、そしてホムンクルスであるセラとリズを加えた6人が生活するには十分な広さもあった。
かつては寂れた廃屋と言っても過言ではなかった屋敷は、10年の歳月を経てすっかり生まれ変わっていた。人が住むことで手入れが行き届くようになったのは当然であるが、それ以上に屋敷の主である士郎が家事全般を得意としていることもあって、見違えるほど綺麗に整えられている。
もっとも、長居するつもりはない。
敵の意表を突くならともかく、開放的な造りの日本家屋は魔力が拡散しがちで、あまり魔術工房向きではないからだ。あくまで一時的な避難所として活用し、新たな拠点が完成次第、すぐ移動する予定であった。
「それでキャスター、新しい魔術工房の作成は順調に進んでる?」
イリヤの質問にキャスターは「ええ」と妖艶に頷いた。
「計画通り、柳洞寺に魔力を集めているところよ。完成までそう長くはかからないはず」
魔術師の陣地は『魔術工房』と呼ばれ、自らの秘儀を極める研究所であると同時に、侵入者を撃退するための要塞でもある。サーヴァントであると同時に魔術師でもあるキャスターのクラスは特にこの『陣地作成』の能力に優れ、神代の魔女であるメディアは工房を上回る『神殿』を形成する事が可能だ。
「当然。そのためにキリツグは、わざわざお祖父様に頼んでアナタの触媒を探させたんだから」
「では、ご期待に応えなければなりませんね」
ドヤ顔でふんぞり返るイリヤに、口元に手を当ててくすくすと微笑むキャスター。互いに主従は異なれど、同盟相手としてアインツベルン城で寝食を共に過ごした2人の間には、一定の信頼感が生まれていた。
元は箱入り王女であったキャスターと、ホムンクルスといえど名門アインツベルン家の令嬢であるイリヤの間には、育ちの良さゆえの苦労や価値観を共有できる部分がある。ともすれば同族嫌悪に陥る可能性もゼロでは無かったが、幼い少女然としたイリヤと大人びたキャスターの関係は、自然と母娘のそれに近いものへと変化していった。
「頼むぜ、キャスター。正直、この状態でバーサーカーを召喚されても俺が困る」
冗談めかして言う士郎だったが、バーサーカーの魔力供給は切実な問題であった。キャスターの宝具でバーサーカーのマスター権を奪ったはいいものの、実際に運用するためには士郎からキャスターを通じてバーサーカーへ魔力を供給するという形になる。
しかし残念ながら、士郎にそこまでの魔力は無い。
「爺さんの修行で、どうにか魔術回路はフルで動かせるようにはなったんだけど……」
平均的な魔術師が持つ魔術回路の数は20ほどで、成熟した魔術師ならば25ほどとされる中、衛宮士郎の体内にあるそれは27。
「坊やの魔術回路も平均よりは多い方だけれど、さすがに
大英雄ヘラクレス――セイバーが『最優』なら、『最強』と評されるほど強力なサーヴァント。だが、その代償として消費する魔力も膨大なもの。士郎のように平凡な魔術師が一生をかけようとも、彼の宝具を1回発動できるかすら怪しい。
それゆえ本来のマスターであるアトラム・ガリアスタは、数十人の子供を生贄にするという方法で魔力結晶を生成し、魔力供給の補助としていた。
そして士郎とキャスターもまた、足りない魔力を外部からの供給で補うことにした。すなわち、『魂喰い』である。
策謀奇策を頼みとする衛宮切嗣の薫陶を受けた衛宮士郎はもちろん、奸計を得意とするキャスターもまた、必要であれば非道な手段も辞さない。
ただし、あくまで「必要であれば」という但し書き付きであり、不要であれば控えるし、無用な殺傷は両者ともに忌避している。そういう意味で士郎とキャスターもまた、似た価値観を共有しているのであった。
本作の士郎は切嗣がしっかりと後継者として育てたので、①魔術回路が普通に使える、②必要があれば姑息な策も取る、という点が原作と異なっております。
ただし切嗣も第4次の反省を活かして完璧な自身のコピーとしているわけではないので、良く言えば人間味が残っており(目は死んでいない)、悪く言えば甘いというか中途半端な部分も。