Fate/Revenant Zero   作:愉悦部副部長

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ACT.08 亡霊と騎士王

  

 衛宮士郎が切嗣から引き継いだ武家屋敷は、その名に恥じず道場まで敷地内に保有していた。

 

 

 厳粛な空気の中、セイバーは目を瞑り静かに瞑想する。

 

 

 これからの聖杯戦争を勝ち抜くための戦略。聖杯に託す願い。同盟相手である、衛宮士郎とキャスターのこと。何より、ここに至るまでの全てを計画し、イリヤたちに託した衛宮切嗣のこと。

 

 

「………」

 

 

 ――結局、セイバーが衛宮切嗣という男について自分で確かめられたものといえば、その冷酷さと非道さでしかなかった。

 互いに分かり合うこともなく、信頼関係を築くこともなく。むしろ最後の最後になって、セイバーは切嗣の真意を見失った。

 

 

 

 ―――衛宮切嗣の名の下に、令呪を以てセイバーに命ず。宝具にて、聖杯を破壊せよ。

 

 

 

 妻であるアイリスフィールが信じた最愛の夫。娘であるイリヤスフィールと睦まじく戯れていた父親。正義に絶望した暗殺者。世界を救わんとした傭兵。いくつもの矛盾する顔を持つ男は、聖杯戦争の最後にすべてを否定し、全てを裏切った。

 

 

 

 ―――第三の令呪を以て、重ねて命ず。セイバー、聖杯を破壊しろ。

 

 

 

 

 たった三度の命令の他は接点のなかった男について、ついぞ最後までセイバーは理解することが出来なかった。

 

 

 

 

 ゆえに、切嗣の娘であるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンから「なぜ衛宮切嗣は聖杯を破壊するに至ったか」を知らされた時、彼女の口から漏れたのは声にならない呻きだった。

 

 

「……なるほど。そういうことでしたか」

 

 

 現マスターのイリヤが嘘をついているようには見えなかった。アルトリア・ペンドラゴンは率直に、かつてのマスターについての誤解を認めた。

 

「切嗣は裏切ったのではなかったのですね。聖杯は既に汚染され、私たちの求めるものではなくなっていた……」

 

 自分はこれまで、衛宮切嗣のことを誇りも矜持もない殺し屋だと思っていた。その理解は間違いでは無いが、正しくもない。

 

 切嗣のとる手段はたしかに卑劣で悪辣だが、彼は最後まで何が起ころうと「小を切り捨て、大を救う」という信念に従っていた。「戦いの根絶」「恒久的な平和の実現」という叶わぬ望みを聖杯に託すために戦い、聖杯の正体を悟ったことでその破壊を決意した。

 

 

 その在り方は、かつて王であった頃のセイバーと極めてよく似ていた。

 

 

 

 ――王は人の心が分からない。

 

 

 

 騎士王アルトリア・ペンドラゴンもまた同様に、ただ救国の道ばかりを探し求めた。

 

 ブリテン島を守るために村を焼き、物資を調達し軍備を整え、ひたすら戦で勝ち続ける。そんな正しく合理的な姿勢は、騎士道を掲げる忠臣たちと相容れることはなく、徐々に円卓の中で孤立していった。

 

 

 

 ――王であるならば、孤高であるしかない。

 

 

 

 そう自らに言い聞かせ、いったい自分はどれほど多くの者の苦悩を見過ごしてきたのだろうか。衛宮切嗣に同じ仕打ちを受けたからといって、彼を責める資格はない。

 

 

 

 蓋を開けてみれば、なんということはなかった。ただ、かつて自分が円卓の騎士たちにした仕打ちと彼らの不満が、立場を変えて再現されたというだけのこと。

 

 改めてイリヤから切嗣の真相を知らされてしまえば、自分でも驚くほど衛宮切嗣という人物を理解できてしまえたことに、外ならぬセイバー自身が軽く驚いていた。

 

 

 小を切り捨て大を救う。そのために人間らしい感情を徹底的に排除し、正しく合理的で完璧な機械として自らを律する。

 

 

 切嗣は「正義の味方」として、死ぬ理由の無い者たちを理不尽な死から救うために。

 セイバーは「ブリテンの王」として、避けられぬ滅びの運命から祖国を救うために。

 

 

 立場は違えど、目指す理想とそれを実現させるために選んだ手段は同種のもの。もし2人が互いを信ずるに足る主従と認めていれば、何かが変わったのだろうか。

 

 

(……まさか、今さら切嗣のことをもっと知りたいと思うようになるとは)

 

 

 一抹の寂しさを込め、セイバーはひとりごちる。

 

 前回、聖杯を破壊させた衛宮切嗣を恨み、呪いすらしたセイバーだったが、10年の歳月を経て、ようやく信ずるに足るマスターとして認めたのであった。

 

 

 

 

 

 ―――ゆえに。

 

 

 

 

 

 イリヤが切嗣から託されたという計画の全貌を聞いた時、すぐにセイバーの腹は決まった。

 

 

「……切嗣は最後まで、諦めなかったのですね」

 

 

 セイバーの言葉に、イリヤはゆっくりと頷いた。

 

「キリツグは約束を守る人だもの。負けず嫌いの頑張り屋だから、“必ず帰ってくる”って私との約束も守ってくれた。だから今度は、私がキリツグとの約束を守る番―――必ず、聖杯の力で世界を平和にするって」

 

 

 無邪気にそう語るイリヤであったが、セイバーはその赤い瞳の中に衛宮切嗣の亡霊を見た。

 

 生前ついぞ叶えられなかった男の願いは、今なお子供たちの中に生き続け、虎視眈々と聖杯を狙い続けている。そして運命を仕組まれた子供たちもまた、とうに壮大な計画に身を投じる覚悟は決めていた。父と交わした約束を、必ずや果たすと誓いを立てて。

 

 

 勝つために必要な戦略は入念に準備した。サーヴァントの選定も抜かりはない。呪われた聖杯を活用するための策も練ってある。

 

 後はただ、それを忠実に実行するだけ。勝負に正道も邪道もない。持てる全ての手段を総動員し、何が何でも勝利する。それが“衛宮”だ。

 

 

 

 かくして計画通り士郎はキャスター、コルキスの王女メディアを召喚した。そしてキャスターの宝具を使ってバーサーカー、大英雄ヘラクレスを手に入れることに成功する。

 

 これで戦力は揃った。

 

 最優のセイバーと、最強のバーサーカーに、最高峰の魔術師であるキャスター。その3体を以て、冬木最高の霊地である柳洞寺に立て籠もる。キャスターの魔術を使って魔術工房を上回る『神殿』へと要塞化し、圧倒的な戦力で敵を迎え撃つ。

 

 

 常識的に考えれば、これで聖杯戦争の勝者はほぼ決まったも同然だ。

 

 

 だが、それで慢心もしなければ、うっかりもしない。衛宮切嗣は冬木教会に潜む巨悪について最後まで警戒を怠っておらず、念には念を入れるようイリヤたちに伝え残していた。

 

 

「柳洞寺に陣を敷く最大のメリットは、あそこがこの町の霊脈の中心であることだ。霊脈の中心は、いわば蜘蛛の糸の中心……町中から魔力を吸い上げ、サーヴァントに無尽蔵の魔力を供給できる」

 

 

 その意味するところは、すなわち『魂喰い』による徹底的なサーヴァントの強化。難攻不落の要塞に強力なサーヴァントと優れたマスター、しかもその戦力は時を追うごとに強化されていく。

 

 

「……隙の無い、完璧な作戦ですね」

 

 かつて王であったセイバーには、その有効性が嫌というほど分かる。

 

 蛮族の侵入に対して最も効果的な手は、焦土作戦と籠城戦の組み合わせだ。周囲の村から使える資源を全て調達して堅固な城に長期間立て籠もり、飢えと疲労で敵が弱体化したところに、城に蓄えた豊富な物資で高い練度と士気を保った騎士たちをぶつける……誉れ高き騎士道精神と真っ向から対立する泥臭い陣地戦だが、この戦法は騎士王アルトリア・ペンドラゴンに歯向かう敵に対してほぼ不敗を誇った。

 

 

「私は王として、マスターの考えた作戦の有効性を認めないわけにはいきません。ですが……私は王であると同時に、1人の騎士でもある」

 

 セイバーの抱える矛盾は、まさに『騎士王』の名前が示す通り、『騎士』の誇りと『王』としての責務の間にある。

 

 かつてブリテン島を治めていた頃の彼女は「騎士であること」よりも「王であること」を優先させた。しかし、第四次聖杯戦争に召喚された彼女は守るべき領地も領民も持っておらず、それゆえ「王であること」よりも「騎士であること」を優先した。

 

 結果として彼女を召喚したマスターと根底の部分は似通っていたにも関わらず、2人の間には深刻な不信感と拭い難い感情の溝が生まれてしまい、最後まで共に戦うことは叶わなかった。

 

 

 だが、衛宮切嗣の真相を知った今、セイバーは同じ轍を踏むつもりは無かった。

 

 

「イリヤスフィール、どうか私に誇りを持って騎士の名誉を捨てることをお許し願いたい。マスターへの忠誠を至上の名誉とする対価として、令呪の一画を頂けないでしょうか」

 

 

 魔術師にとって等価交換が基本であるように、騎士もまた、ある名誉を捨てるには対価として別の名誉を必要とする。正々堂々たる勝負という高潔さを捨てるには、それを捨てるだけの価値ある名誉――主君の命令は絶対という、忠誠心がとって変わらなければならない。

 

 

 

「……わかったわ」

 

 騎士王の覚悟の程を察し、イリヤもまた覚悟を決めた。

 

 

「セイバー、令呪をもって命じる」

 

 

 腕に魔力を通し、イリヤは三画しかない貴重な令呪の一画を消費する。それでも、この命令にはそれだけの価値があると判断した。

 

 

 

「私に忠誠を誓い、命令には必ず従いなさい」

 

 

 

 解放された聖痕は秘蹟たる魔力を飛散させ、誇り高き騎士の魂を上書きしていく。正々堂々たる勝負を誉れとする騎士道に対する未練が薄まり、目の前にいる小さなホムンクルスに仕えることに爽快感を感じる。

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンはアルトリア・ペンドラゴンの願いに応え、貴重な令呪の一画を惜しげもなく消費した。

 新たなマスターは、それほどまでにサーヴァントの意見を尊重している。共に戦い抜く覚悟を言葉だけでなく、態度で示したのだ。

 

 

 ならば、もはや迷いなどあろうはずもない。マスターにここまでさせて期待に応えられぬ騎士など、それこそ不忠の士であろう。覚悟は決まり、進むべき道は定まった。

 

 たとえ卑怯と罵られようと、そんな是非など二の次でいい。マスターたるイリヤの手に勝利をもたらし、聖杯の奇跡を実現できるのならば、その時にすべては清算される。王の責務も、騎士の誇りも、共に矛盾なく整合する。失ったものも、余すことなく償える。

 

 

 

 ―――今度こそ、聖杯をこの手に。

 

 

 

 その時に必ずや、己の罪を奇跡によって打ち消すのだ。

  




 先日は予約投稿機能をミスって数話先の話をフライング投稿してしまい、失礼いたしました(汗)。


 切嗣も人間だからしょうがないんだけど、ちゃんとセイバーとコミュニケーションとっておけばあそこまで拗れなかった気はしないでもありません。王としてのセイバーは「完璧な王」として切嗣に近いムーブはしてましたし。
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