Fate/Revenant Zero 作:愉悦部副部長
その後、遠坂凛は霊体化させたアーチャーを伴って登校した。
いかに聖杯戦争の最中といえども、なるべく日頃の生活スタイルは崩したくはないという理由からだ。
――常に余裕をもって優雅たれ。
今は亡き敬愛する父が忠実に実践してきた家訓を、遠坂家の正当後継者たる凛もまた実践していた。
ゆえに文句なしの優等生というのが穂群原学園における遠坂凜の評価であり、聖杯戦争の最中だからといってそれを自分から崩す気は毛頭なかった。
たしかにアインツベルンの動向は気になる。呑気に登校している場合ではないという焦る気持ちもあるが、かといって今の自分に何か出来るわけでも無い。
念のためアーチャーのスキルである「千里眼」でアインツベルン城を偵察させてみたが、既に城はもぬけの殻だったという。
「どうにかバーサーカーとそのマスターを破ったとはいえ、アインツベルンにとっても昨晩の戦いは痛手だっただろうよ。堅固な根城を失ったばかりか、キャスター陣営との同盟まで露見したのだからな」
唇の端を歪ませて言い放ったアーチャーの皮肉めいた励ましに、凛は「そうね」と苦笑で返す。
「バーサーカーのマスターには感謝しないと」
堅固な魔術工房であるアインツベルン城に初手で攻め込んで来るマスターがいるとは、さすがに予想外だったに違いない。
地の利を有する御三家の本陣に攻め込むのは聖杯戦争終盤というのがセオリーで、アインツベルン陣営も恐らく終盤まで穴熊を決め込んで待ちの姿勢で臨むつもりだったのだろう
(アインツベルンの計画が狂ったのはざまぁみろとしか言えないけど、セイバーと他のサーヴァントが手を組んでるだけで充分に厄介なのよね)
いっそ仲間割れしてくれたら、どんなに楽が出来ることやら。
無論、そんな都合の良い展開など起こることも無い。かといって、アーチャー単騎で2騎のサーヴァントを相手に喧嘩を売ろうと考えるほど、凛も無謀でもない。
慎重な性格のアーチャーは魔術工房に籠るべきだと異を唱えたが、強気の姿勢を崩そうとしない凛に「工房の外でも守ってくれるんでしょう?」と煽られ、なし崩し的に押し切られてしまった。
いかにアインツベルンが裏で汚い策を練っていようと、さすがに白昼堂々と一般人だらけの学園を殺戮現場にするような事はするまい。
**
かくして慌ただしく通勤ないし通学する人々に紛れて、遠坂凛は朝の冬木の町を歩いて登校していた。
その通学路の途中――。
「……ん?」
ふと、妙な視線を感じる。美少女である凛が通学中に好奇の目を向けられるのは毎日のことだが、いつものそれとは違う質感に違和感を感じて辿ってみれば、それは電柱にとまった一羽の鳩だった。
しかし、よくよく見れば足に小さな器具が付いている。一瞬、伝書鳩やペット用の足環かと思ったが、念のため魔術で視力を強化をしたところ、案の定カメラレンズらしきものが視界に入ってきた。
(使い魔に小型カメラって……)
どう考えても、真っ当な魔術師のやる事ではない。
使い魔を使った諜報活動は魔術師の常套手段だが、オーソドックスなのは使い魔の視界を共有するというもの。しょせん使い魔いえども魔術を使った神秘に変わりはなく、そこに現代文明の利器たる小型カメラを組み合わせるなど、魔術師としては言語道断だ。
(そう、この戦争には魔術師じゃなくて、「魔術使い」も参加してるってわけね)
「根源」へ至ることを渇望し、そのための手段として魔術を用いる者を「魔術師」と呼ぶ。一方、それ以外の目的のために魔術を扱う者は「魔術使い」と呼ばれる。
傾向として「魔術使い」は魔術を便利な道具の1つ程度にしか考えておらず、使い魔に小型カメラという組み合わせもまた、魔力によって感知されないようにする工夫の1つに過ぎないのだろう。
実際、多くの魔術師は電子機器への対策を怠っているし、録画映像で後から検証できる点でもカメラの使用は理に適っている。
(けど……)
理屈は分かるが、いざ目の当たりにすると言いようのない嫌悪感がこみ上げてくる。例えるなら「美味しければ寿司にケチャップとラー油をかけても構わないじゃん」と言われた時、反射的に「そういう問題じゃない」と感じてしまうようなもの。
そう感じる程度に凛は日本文化に親しみを持っているし、同様に魔術にも愛着を持っていた。
そのことを再認識すると同時に、相手に対する対抗心が沸々と湧き上がってくる。どのマスターかは知らないが、ああいった手合いには絶対に負けたくないと思う。
程なくして飛び去って行った鳩を睨みつけながら、凛は改めて胸の内で勝利を誓うのであった。
◇◆◇
遠坂凛が登校してから数時間後、冬木市新都にあるショッピングモール『ヴェルデ』の一角、小綺麗なカフェレストランには2人の若い男女がいた。
窓際のテーブル席に座る衛宮士郎はノートパソコンを開き、向かい合う形で座っているセイバーに画面を見せた。映っていたのは今回の聖杯戦争の関係者情報で、テーブルに広げられた地図にはマーカーでマスターの居場所や隠れ家の候補地が書き込まれていた。
「……士郎、作業をするのにこの場所は目立ち過ぎるのでは?」
通りすがりの店員や客から浴びせられる視線を察して、セイバーは気まずそうに呟いた。
新都の方では外国人も徐々に増えてきたが、それでも金髪碧眼のセイバーはやはり目を引く。さすがに服装は同年代女子のコーデに寄せて、オーバーサイズの黒いダウンベストにボーダーのニットセーター、フェイクレザーの黒いショートパンツに編み込みショートブーツという、ややボーイッシュながら比較的カジュアルなもの。
かつて召喚された時のダークスーツに比べれば周囲を行き交うデート中の若い女性たちの中にうまく溶け込んでいると言えるが、細い体躯と色白できめ細やかな肌に凛とした風貌も相まって、別の意味で周囲の視線を集めてしまっていた。
一方の士郎もまた、ネイビーのダウンジャケットに白のケーブルニット、黒のジーンズにハイカットスニーカーといったカジュアルコーデで、セイバーと2人で並ぶとデート中の大学生カップルにギリギリ見えなくもない。おりしも昼食時間帯のショッピングモールは若いカップルで溢れているため、2人は目立ってはいても違和感があるという程ではなかった。
強いて言えば時おり怨念の混ざったような視線を向けられるもあったが、恐らく聖杯戦争とは全く無関係の殺意であろう。
「目立っても構わないさ。日中での戦いは禁じられているし、むしろ注目を浴びてるぐらいの方が襲われない」
苦笑しながらセイバーの疑念に答え、衛宮士郎は運ばれてきたホットサンドにかぶりつく。チーズにハム、卵、トマト、レタスがぎっしり詰め込まれたホットサンドを頬張りつつ、一緒に運ばれてきたコーヒーを飲む。
セイバーも何か言いたそうではあったが、少し遅れて運ばれてきた看板メニューのグルメバーガーを見て、魔力供給を優先することにしたらしい。マスターのイリヤから十分に供給は受けているが、それはそうと多いに越したことはないからだ。
「はむっ」
ジューシーなパティとクリーミーなアボカド、フレッシュなトマトにレタス、濃厚なチーズとカリカリに揚げられたベーコンが混ざり合い、大雑把に見えて繊細な味のハーモニーが織りなす複雑な味わい……それをもっきゅもっきゅと平らげた後、爽やかなレモネードで口直しをする。
「……士郎、お代わりを頼んでもよろしいでしょうか」
「構わないけど、ほとほどにな」
「はい」
かくして追加のバーガーが運ばれてくるのを待っている間、セイバーは改めてノートパソコンに映るマスター情報を確認した。
画面に映っているのは、男物のスーツに身を包んだクールそうな麗人だ。
魔術協会の三大部門の一つであり、総本山でもある『時計塔』から派遣されてきた、アイルランド出身の魔術師バゼット・フラガ・マクレミッツ――。
戦闘特化の武闘派魔術師で封印指定の執行者でもある彼女は、今回の聖杯戦争に監督役の言峰綺礼の指名で参戦している。魔術協会の便利屋として体よく利用される身ではあるが、その戦闘能力は今回のマスターの中ではトップクラスだと士郎は評価していた。
それだけに彼女の動向を注意深く監視しており、エーデルフェルト家から魔術協会へと寄付された洋館を隠れ家としていることも突き止めている。
しかし、今のところバゼットに動きはない。
「この展開、どう思う」
「腑に落ちませんね」
士郎の問いに、セイバーは即答で応じた。
「彼女の経歴を確認させてもらいましたが、一般的な魔術師のように終盤まで自身の魔術工房に籠って穴熊を決め込んだり、息をひそめて他のマスター同士の共倒れを狙うような人物には思えません」
士郎は頷いた。
「同感だ。むしろ彼女の経歴から考えると、ワーカホリック気質で即断即決が持ち味に見える。だから俺たちも、バゼットは自分から積極的に戦いを仕掛けるタイプだと睨んでいたんだが……まったく動きが無い」
アトラム・ガリアスタの敗退を目撃して臆病風に吹かれたということも考えられなくはないが、彼女の性格を考えれば「脅威が大きくなる前に先手を打って排除する」という方向に動くと考える方が自然だ。
「セイバー、この映像を見てくれ」
士郎がキーボードを操作すると、聖杯戦争開始より少し前に、バゼットのいる洋館を訪ねてきた人物が映し出される。解像度は粗いが、その人物が聖堂教会に所属する監督役であるのを確認するには充分だった。
騎士王は眉をひそめ、息を殺すように呟く。
「……言峰、綺礼」
先の聖杯戦争でアイリスフィール、そして衛宮切嗣が警戒していた男の名。最終決戦を生き延び、父から監督役を受け継いだというが、単なる監督役に終始するとはとても思えない。
士郎は小さく嘆息した。
「そうだ。そして言峰の訪問から今日まで、バゼットの姿は確認できていない」
「……まさか」
騎士王の端正な表情が僅かに歪み、青い双眸が微かに凄みを帯びた。
「セイバー、単なる偶然だと思うか?」
「いいえ」
「俺もそう思う」
確証はない。だが、今回の聖杯戦争で最も警戒しなければならない相手は、遠坂でも間桐でもないと、衛宮切嗣からも伝えられていた。
「もし、監督役が何らかのルール違反を犯していたのなら――」
指をくわえて待っている、という選択肢はなかった。隙を見て、言峰綺礼は早めに排除するに限る。
「向こうが仕掛けてくる前に、こっちから先手を打つ」
士郎の宣言に、セイバーもまた無言で頷く。過去の亡霊の導きに従い、再び最優のサーヴァントが動き出そうとしていた。
切嗣から言峰の危険性を聞いている&切嗣流の戦い方も伝授されてるので、割と殺意マシマシで積極的にエセ神父に仕掛けていくスタイル。
あと個人的に魔術師が便利でも現代機器を使いたがらないの、日本人が和食にオリーブオイルとかマスタードなんかを使いたがらないようなものなのかなと。使ってみたら意外と美味しいかもしれないけど、なんとなく抵抗があるというか。