【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか―― 作:河畑濤士
「7バンチが――!」
誰かの声。
続けて眩い光が、網膜を焼いた。
勿論これは、比喩である。視界の端に映るスペースコロニーから純白の光が漏れたかと思うと、次の瞬間には外壁の一端が剥がれ、威容を誇る巨体が少しずつ崩壊し、四散しはじめた。
数十万もの生命を乗せたスペースコロニーとは、絶対に壊れてはいけないもの。それがこの世界で身につけた“常識”である以上、容易く破壊されたことが信じられなかった。人々の避難など始まってすらいなかっただろう。
1年戦争の緒戦にあたる1週間戦争で無数の人々が死ぬという知識があり、魂は転生するという体験をしていてもなお、衝撃を受けた。
「うそだろ」
「畜生、やつら核を使いやがった!」
「部隊内のチャンネルでギャアギャア騒ぐな!」
「ジオンの奴らだってコロニーに住んでんだろっ!? コロニーをやったらどうなるかってわかんだろ!?」
しかしいまは崩壊するコロニーにかかずりあっている余裕はなかった。
(敵艦の捕捉どころじゃない――)
操縦桿を小刻みに操って推力偏向ノズルを稼働させ、進行方向のデブリを躱すだけで必死だった。頭上のスイッチを弄り、鳴りっぱなしの障害物近接警報装置をオフにする。
(こいつを設計した人間は、宇宙空間での戦闘を考えてなかったに違いない)
いま操っているFF-4Eトリアーエズは、主としてコロニー内外の治安維持任務に用いられる小型戦闘機で、デブリに高速で激突すれば爆散するほどの耐久性しかない。FF-4のバリエーションの中でも“E”は、大量生産のために極限までコストダウンが図られたタイプであり、通常型のFF-4Cより剛性も偏向ノズルの可動域も劣っている。要は平時の治安維持任務が精一杯という代物だ。
それがいま実戦の場――対艦ミサイルを装備したFF-3Sセイバーフィッシュの護衛機として、戦爆連合の最先頭にいる。5バンチコロニーからの通報にあった敵艦隊を叩く。それが与えられた任務であった。
(敵艦隊を叩く?)
それどころではない。
戦闘加入する前に死ねる、というのが偽らざる心情であった。
「注意しろッ! 進行先にサラミス級の残骸!」
「くそ、速す」
「ブルーノ少尉ッ!?」
針路上に高速で突っこんできたサラミス級の残骸、その艦首に1機のFF-4Eが激突し、千切れた主翼が前方へ飛散していく。コックピットを含む胴体は残骸の装甲板にめりこみ、一体になるように消え失せた。
それと同じ轍は踏まない。
操縦桿を引いて、純白の残骸を飛び越える。僚機もまた同様だ。
「ジオンの外道ども――コロ……手で……うしゃなし……」
「電……害! 敵……近……」
デブリの回避に集中していると、無線機の感度に変化があった。
敵の電波妨害――散布されたミノフスキー粒子の密度がぐんと濃くなったのだろう、ほとんど無線通信は用をなさなくなった。友軍機とのデータリンクも途絶えている。トリアーエズはミノフスキー粒子散布下での戦闘をまったく想定しておらず、レーザー通信も備えていない。
(索敵どころか、連携も無理――)
問題はそれだけではない。ミノフスキー粒子が濃くなった、ということは敵が近くにいる、ということだ。5バンチコロニーが報せてきた敵艦の位置からは、まだかなり離れている。
「…………よ!」
何の意味ももたない雑音まじりの中隊長の声を聞き取るとともに、曳光弾のシャワーが上方から降り注いだ。爆散する前方の機体を目撃するのと、操縦桿を倒して回避機動に移ったのはほぼ同時。続けて頭を動かして、周囲を確認する。機体の各所に取りつけられた光学機器とリンクするヘッドマウントディスプレイは、シートや機体構造を“透視”して外界の様子を映し出す。
(モノアイッ!)
MS-06ザクⅡが、そこに浮かんでいた。しかも2機。砲口はこちらを向いている。
ここからはもう運頼みだ。意味もなく推力偏向ノズルを動かしながら、推力を最大までもっていく。四肢を自在に動かして制動をかけるAMBACシステムのあるMSと、推力偏向ノズルがせいぜいの戦闘機では運動性に雲泥の差がある。
(が、何もしないよりはマシだ!)
火線が近くを走ったが、この真空ではまったく問題ない。煽られすらしない。耐Gスーツとしての機能も有するノーマルスーツに下半身が締めつけられるのを感じながら、続けて周囲を見回す。
(2機だけなわけ――!)
予想は正しかった。下方――ひときわ巨大な鉄屑の合間に、さらに2機のMS-06ザクⅡが潜んでおり、後続のセイバーフィッシュに猛射を浴びせていた。数機のトリアーエズがこれを阻止しようと急旋回して攻撃態勢に移ろうとしていたが、頭上方向からの連射を浴びてみなことごとく撃墜された。
(ドッグファイトじゃ勝ち目はない)
戦闘機がMSに勝っているところが――否、勝負できるところがあるとすれば、高い推力比を活かした一撃離脱戦法しかない。それでも機動は直線的になるため、真正面から迎撃されればやられる可能性は高いのだが、そこは投影面積の小ささをあてにするほかなかった。
いったん敵の十字砲火から単機で逃れ、緩旋回で針路を取り直す。
「やられっぱなしだと思うなよ」
それから七面鳥撃ちに夢中のザクに向けて、高速突撃を敢行した。漆黒の空間を遊泳しながらそっぽを向いたままの巨人。その脚部から突き出ている動力パイプに25mm機関砲の照準を合わせると、即座にトリガーを弾いた。
◇◆◇
その6時間後も、どうにか生きている。
機関砲弾も推進剤も尽き、等速直線運動で運任せのフライトをしていたところ、サイド2宙域の外縁部に到着したパトロール艦隊、その構成艦・コロンブス級『パロス』に回収されたのは実に幸運であった。ジオンに対する敵愾心に燃えるクルーは、生き残りのパイロットには極めて好意的で、FF-4Eトリアーエズは左舷正面下部格納庫にて補給と応急修理を受けている。自分もまたノーマルスーツを脱ぎ捨て、ガンルームの片隅で簡単な水分・栄養補給を摂ることができた。本来ならばこの時間さえ惜しい。予備機で出たいと訴えたが、格納庫に居合わせたスタッフにそこまでの裁量はないようだった。
「ガンカメラの映像を見ました。ノイジー少尉」
ふいにかけられた言葉に、視線を持ち上げるとそこには制服姿の女性が立っていた。
彼女の顔を見る前に、宇宙軍中佐の階級章と“戦闘機部隊司令”を表す襟章を見た。反射的に立ち上がって敬礼する。
対する彼女はにやりと笑って敬礼を返すと、
「素晴らしい戦果です」
と口にした。
嫌味ですか――とは言えない。
「はい、いいえ、中佐殿。小官はジオンのデカブツを1機も撃破できず、また攻撃作戦にも失敗しております。お褒めの言葉を頂戴するには――」
「敬称は必要ありません。そして謙遜も」
彼女は長い銀髪を弄りながら、
「私は宇宙軍中佐、シルヴィア・プロット・バックランド。貴官が小型戦闘機を以て、2機の敵機を“無力化”した戦果を称えさせてください」
バックランド、という家名よりも、無力化という言葉にひっかかった。無力化とは大仰な言い方だ。やったことといえば、動力パイプやモノアイ、バックパックを攻撃しただけである。それも嫌がらせのようなものだ。25mm機関砲しかもたないFF-4Eトリアーエズではザクの装甲板は破れない。
「小官は連邦空軍サイド2駐屯軍第31戦闘攻撃中隊所属の少尉、ノイジー・ハチノであります。バックランド中佐、あれは無力化とは程遠い状態です。戦果としては誇れません」
「謙遜するなと言った」
シルヴィア中佐が途端に不機嫌になったので、即座に「はい」と素直に頷いてやった。
「それでよろしい」
彼女は満足げに頷いた。
……何が地雷なのか、いまいちわからない。そう思いつつ、これは絶好の機会だとも思った。
「シルヴィア中佐、ひとつお願いがあります。この
「貴官のFF-4Eトリアーエズの修理と補給はあと90分後ほどで終わる予定です。それまで休息をとりなさい」
「機関砲が最大火力のEタイプではどうしようもありません。せめてFF-3セイバーフィッシュを――」
「休息をとれと言った」
「私は仏教徒みたいなものでして、輪廻転生を信じています。ですが目の前で人々が苦しみながら死んでいく、それを見過ごすことはできません」
「黙れ」
シルヴィア中佐は再び眉間に皺を寄せると、くるりと踵を返してガンルームを出て行った。
そのぴんと伸びきった美しい
(これは1週間戦争だ)
数週間前まで曖昧な記憶でしかなかった“前世”。いまでは鮮明に思い出せる。そして『機動戦士ガンダム』についても。しかしながら1週間戦争のタイムラインまで知悉していたわけではない。3日にジオン軍の奇襲攻撃が始まり、いまは日付が宇宙世紀0079年1月4日に切り替わろうかというところだ。1週間戦争がサイド2のコロニー落としで終わるとするならば、これを阻止するために残された猶予はほとんどない。
(……いや、正直になろう)
コロニー落としの阻止は困難だ。不可能に近い。
だが、前世の故郷と今世の故郷――日本、そして縁ある人々が超巨大津波で潰されるかもしれないと思えば、戦わない理由はなかった。
「空軍少尉ノイジーは、左舷1番格納庫に移動せよ」
しかし90分は待ちぼうけになると思いきや、20分後には艦内放送に呼び出される形で右舷正面上部格納庫にいる。自分のFF-4Eトリアーエズを預けたのは、左舷正面下部格納庫だったため、まったく場所が違う。もしや、と思うとそのもしやだった。
新たな銀翼。
尾翼には地球を模した青い星と、走る黄色い流星。
「FF-4Cトリアーエズ」
この戦時においては廉価普及版のEタイプとCタイプでは雲泥の差がある。機首の25mm機関砲2門のみならず、FF-4Cは翼端に発射レールが存在しており、また主翼下にもハードポイントがあり、ミサイルが装備できるようになっている。
「シルヴィア中佐から聞いてます! こいつはワケ有りの員数外でして――」
話しかけてきたのは戦闘機整備員である。
「ミサイルは?」
「アクティブレーダーミサイルはともかく、赤外線誘導式ミサイルなら融通できます」
申し訳なさそうにする戦闘機整備員であるが、こちらとしては都合がいい。自らレーダー波を発するアクティブレーダーミサイルの方が長距離捕捉能力は遥かに高いが、ミノフスキー粒子がばら撒かれた戦場では、近距離戦を強いられる。であれば射程は短いが、熱源が発する赤外線を捉える赤外線誘導式ミサイルの方がよい。
(ザクを殺る――)
前述した焦燥に加えて、現世の戦闘機乗りとしての矜持が負けっぱなしのまま終わることを許さなかった。