【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか――   作:河畑濤士

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■10.FF-3S(5)「我々は人々の怒りの体現だ」

「この放送は?」

 

「地球連邦軍の電子攻撃ですっ」

 

「攻撃対象を報告せよ」

 

「ジオン公国内務省が管轄する主要マスメディア向けの周波数――す、すべてです!」

 

 サイド3とサイド3周辺宙域のジオン当局関係者は、慌てふためいた。正規の放送局のそれを圧倒する大出力の電子攻撃。正規の放送に割りこむ形にもかかわらず、映像も音声もどこまでも鮮明であった。すぐに不正な電波の発信源は特定できた。

 

「住民避難を終えた無人のスペースコロニーがブリティッシュ作戦に使用されたというのは大嘘だ」

 

 捕虜交換を終え、帰路に就くはずの航空母艦『エンタープライズ』とその艦上機がサイド3周辺宙域に残留し、複数の周波数で電波を発射しているのである。

 

「サイド2・8バンチコロニーの住民はジオン工作部隊のBC兵器によって全滅した。少し考えればわかるはずだ。全住民を退避させることなどできるはずがない」

 

 映像が、切り替わる。

 

「あなたがたの信じるジオン軍は、ザビ家独裁に反対するスペースコロニーを核で焼いた」

 

 生き残った地球連邦空軍・宇宙軍戦闘機部隊が持ち帰ったガンカメラの映像が、サイド3の街頭に流れ始める。核爆発。白い閃光が、コロニーの外壁から漏れだす瞬間。BC兵器によって静まり返った街と、その街角で倒れたまま動かない人々の姿。

 

「連邦が悪だというのならば、地球連邦軍(われわれ)だけを撃てばいい」

 

 サイド3の民間向け放送を監督する内務省では、即座に無線通信で軍関係各所に通報しようとしたが、無線通信も同様に妨害を受けていた。

 

「しかしジオン軍は同じ宇宙に住まう人々を、地球連邦政府に与するアースノイドと同じだと指弾して皆殺しにしたのだ」

 

「有線だ、有線で警察に通報しろ」

 

 これが事態を悪化させた。

 

「我々こそが正義だとは言わない。だが」

 

 内務省が管轄する警察部隊の警備艇は、速やかに出動。

 20を超える大小警備艇は、FF-3EAと『エンタープライズ』を半包囲してみせた。

 

「ザビ家の独裁が続く限り、コロニーの人々も、地球の人々も、我々は何もしなくても殺される。それはあなたがたサイド3のみなさんも同様だ。ならば我々は――」

 

 そして彼らがFF-3EAとにらみ合いを始めてからわずかに遅れて、サイド3に駐屯する親衛隊の小艦隊が独自の判断で出撃した。

 

「サイド3の、スペースコロニーの、地球の、すべての人々のために戦うと誓おう」

 

 スペースコロニーを背に、濃緑の艦影が往く。

 

「この『エンタープライズ』だけでも、戦えない人々の翼となり、戦えない人々の剣になろう」

 

 ムサイ数隻から成るこの艦隊はミノフスキー粒子を撒きながら、メガ粒子砲の砲口を航空母艦『エンタープライズ』に指向した。

 同時に『エンタープライズ』側も急遽増設したミノフスキー粒子散布器を全力で稼働させ、ムサイの火器管制レーダーを妨害する。

 しかし、双方ともにメガ粒子砲の撃ち合いが生起することはなかった。

 

「警備艇を後退させよ」

 

 ギレン・ザビの面子を潰されて怒り心頭の親衛隊ではあるが、彼らの側からみると射線上に警備艇が居座っている形になっている。無線通信が妨害されているため、発光信号を送ったが、警察側の反応は鈍かった。

 

「あれは公国電波統制法を犯している現行犯だ」

 

「は?」

 

 要は、あれは警察の領分だと言い張ったのである。

 サイド3では本土防衛戦を念頭においた法整備がなされておらず――具体的には軍事組織と警察組織が同じ宙域で活動することを考えていなかったため、ジオン軍が警察を指揮下に収める明文法がない。

 

「何を云う……いまは連邦との戦の只中ではないか!」

 

 親衛隊の小艦隊を統率する指揮官は苦々しげに言ったが、彼らは彼らで近傍の基地からレーザー通信を受信していた。

 

「連邦政府と休戦条約の協議中につき、軽挙妄動は慎め」

 

 というのが趣旨である。

 続けて事態は混迷を極めていく。

 親衛隊が戦闘態勢をとったのをみて、所属を異とする部隊も面子を保つために上がり、戦闘濃度のミノフスキー粒子を撒いては待機する。戦闘艦艇はまずミノフスキー粒子を散布して敵の攻撃を躱し、後の先を制する――これはジオンの教本のとおりだ。

 ところが今回ばかりはジオン側の利には働かなかった。

 急速に拡散するミノフスキー粒子は、サイド3周辺宙域の管制を麻痺させる。

 民航機が右往左往、当局の船舶が事態収拾のために離発着する最中の無線通信不調。

 

 ……この混乱の中では、予定のない1隻のシャトルがサイド3を発ったとしても制止はおろか、気づかれないのも至極当然であった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「『エンタープライズ』とバックランドのところの娘はやりすぎましたな」

 

 それから数時間後、ジャブローのモグラどもと前線将兵から陰口を叩かれる彼らは、額とモニターを突き合わせていた。“正義の怒り”と名づけられた仰々しい陽動作戦は成功したものの、オンライン上の会議に参加する者たちの多くが、その表情に苦いものを走らせている。

 彼らはモグラのあだ名とは対照的に、皆が筋金入りの継戦派か、レビル将軍救出作戦の進捗を知って継戦派に転じた者たちである。

 

 しかしながら激烈に事を荒立てて、敵の戦意を――より具体的に言えばギレン・ザビをさらなる凶行に奔らせることは避けたかった。

 故にやりすぎた、というわけだ。

 

「やりすぎた、か」

 

 南極大陸での協議に参加中の統合参謀本部議長の男は、静かに口を開いた。

 

「あの独裁者がやったこと、そして我々がやろうとしていることに比べれば、些事にすぎんよ」

 

「それはそうですが……。とにかくヨハンくんが戻ってくる以上は、思い切って継戦(こっち)に舵を切るほかありませんな。あとはこちらの仕事。事務次官の頭ごしに閣僚を制するのはなかなか骨が折れそうだ」

 

 溜息まじりで話す統合参謀本部副議長――サヴェリオ・デ・モル空軍大将だが、彼はもともと戦争継続の腹積もりだった。

 この1週間、彼ら統合参謀本部の人間は(したた)かだった。

 

「どちらもやればいい。我々にはそれができる」

 

 そんな統合参謀本部議長の言葉の下、世論が継戦に転んでも、講和に転んでもいいように、ジオンに対しては南極の統合参謀本部議長が中心となり、条約締結をちらつかせては議論を引き延ばし、政府高官を手懐けては時間稼ぎを図り、自軍に対してはジャブローの統合参謀本部副議長が中心となって戦力再編と迎撃態勢の再構築に努めていた。

 が、ヨハン・エイブラハム・レビルが戻ってくるのであれば、潮目は決定的に変わってくる。

 

「大事な仕事だ」

 

 統合参謀本部議長は何が、とは言わなかった。

 単純に前線将兵が満足に戦えるように政治的な情勢と兵站を整えることを指したのかもしれない。

 が、統合参謀本部副議長のサヴェリオ空軍大将は、その長身痩躯をわずかに震わせた。

 

(そうだ、これは人類を守る戦いなのだ)

 

 ギレン・ザビの野望とは、スペースノイドの独立などでは一切ない。

 日々の彼の言動や著書である『優性人類生存説』、そして1週間戦争――これを繋げて考えると彼の真の狙いが見えてくる。

 

(サイド3から全人類をコントロールできるほどにまで人口を減らすつもりだ)

 

 そうでなければ、開戦劈頭の大虐殺は説明できない。

 サヴェリオ空軍大将は社会学を修めていないし、政治家でもない。

 さして賢くもないため、ギレン・ザビがどの程度まで人類を減らせば満足するのか、まったく予想がつかなかった。すでに人類の総人口は0078年の約半数にまで減った。それでもまだサイド3の総人口よりも、地球と中立を表明したスペースコロニーを合わせた総人口の方が多い。

 

(半分で気が済むのか? それとも1/4か? もしかすると1億未満か?)

 

 もしも彼と彼の取り巻きが現状に満足していないなら、休戦条約を結ぶのは悪手だ。こちらが復興に力を費やしながら軍縮を余儀なくされる一方で、ギレン・ザビは己の私兵を回復させ、次なる侵略と虐殺のための力を蓄えることができるだろう。

 

(だからここでギレンの野望を打ち砕かなければならない)

 

 そのために人が死ぬ戦争を続けるというのは矛盾にほかならないと思いつつも、サヴェリオ空軍大将は継戦の覚悟を固めていた。

 

「さて。あと10分後にレビル将軍帰還の報道が解禁だ――その後の記者会見もどうなることか、このまま見守ろうじゃないか」

 

 その言葉の反面、あらかじめ記者会見まですべてをセッティングしたのは統合参謀本部議長である。

 南極にいる彼は机上の内線電話――ジオン側からの呼び出しだ――が鳴っても泰然自若、それを無視した。









◇◆◇



次回更新は5月23日を予定しております。



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