【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか―― 作:河畑濤士
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次回更新は5月31日を予定しております。
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ジオン軍・宇宙攻撃軍第1機動艦隊は、指揮艦や輸送艦を中央に、軽巡洋艦を外縁に配して全周防衛を可能とした球形陣を組み、悠々とルナツーへの征途に就いている。
旗艦はムサイ級軽巡洋艦を大型化し、指揮能力を強化したムサイ改型艦隊指揮艦『ゲイルスコルグ』。先に放った威力偵察のための先遣艦隊とは異なり、数十機のMSを格納できるパゾク級輸送艦『ホーヴヴァルプニール』をはじめ、チベ級重巡洋艦を擁する有力な艦隊である。
恰幅のいい艦隊司令官――シュテファン・H・ウィンクラー中将は、ルナツーとの接敵がきっかり2時間後であることを確認すると、『ゲイルスコルグ』の司令官席に着座したまま、中年の情報参謀に問うた。
「第一次威力偵察、第二次威力偵察の結果は?」
「はい。威力偵察に出した部隊はスペースポートの位置情報および敵艦隊情報の入手に成功――たったいま第二次威力偵察結果の整理、分析が終了いたしました」
「例の
「トラファルガ級航空母艦『エンタープライズ』は第一次威力偵察ではα宙域、第二次威力偵察ではβ宙域に出現しました。α宙域、β宙域ともに先遣隊の進入方向にあたります」
「よろしい。『エンタープライズ』は必ず防衛戦の最前線に現れる、ということだな。ならば取り逃がすことはなさそうだ。まああの中途半端な航空戦艦はどうにでもなる。マゼラン級は?」
「第一次、第二次威力偵察ともに、姿を見せませんでした」
「主力戦艦は軒並み整備中、といったところか」
シュテファン・H・ウィンクラー中将は満足げに頷いた。
今回の攻撃作戦の目標は、ルナツーの基地機能破砕や占領ではない。
目標はふたつ。
ひとつはルナツーのスペースポートを破壊し、同地駐屯部隊に打撃を与えることで、敵艦隊の跳梁を封殺すること。
もうひとつはトラファルガ級航空母艦『エンタープライズ』を撃沈することである。
「それからあの――」
「
「……
「失礼しました。かの戦闘機も目撃されたそうです。3機のザクⅡが撃破されました。威力偵察の先遣部隊はルナツーとの交錯軌道を採り、高速離脱に徹したため、反撃が難しかったようです。おそらく未だ『エンタープライズ』と同様に健在のものと」
情報参謀の言葉に、中将は驚きも恐れもせずに口の端を歪めた。
「ラッキーな蛮勇野郎もきょうで終わりだ。地球を射落とす我々の勝利は、地球の屈服を目指すジオンにとっては幸先のいいイベントになるだろう」
自信満々に言う艦隊司令官の周囲――情報参謀や航空参謀ら艦隊司令部のスタッフ、そして同じ艦橋に詰めている『ゲイルスコルグ』の艦長の表情は、冷え切っていた。
(ラッキー? 蛮勇?)
確かにそうかもしれない。あの
航空参謀は例の
――
誰もが抱える死への恐怖や自己保存の本能を持ち合わせていない、というのである。
十字砲火の中でも冷静に反撃し、最善の機動を採る。一瞬の判断が生死を分ける、そのプレッシャーを全く感じていない。迷いなき戦闘機動を見た、という。
(『エンタープライズ』にしてもそうだ)
狂気じみている。
小艦隊を率いての殴りこみから、単艦での電子攻撃。
些細な手違いが容易に死に直結する作戦に、『エンタープライズ』は従事している。
それとも地球連邦軍の将兵は皆そうなのか?
我々に対する憎悪で、そうなっているのか?
正義の怒りが、そうさせているのか?
と、彼らは思わざるをえない。
「……?」
その畏怖と、この後の展開には何の因果関係もない。
「高熱源反応ッ! 直上ォ!」
艦隊指揮艦『ゲイルスコルグ』の艦橋に、赤外線捜索等複合センサーのモニターを担当する下士官の声が響いた。
それとは対照的にシュテファン・H・ウィンクラー中将は「機器の不調か?」とつまらなさそうに左右に聞いた。
赤外線監視/捜索システムや光学監視システムの捜索範囲は、従来の空間戦闘では至近距離にあたる50km程度が限界だが、周囲には先程まで敵影は何もなかった。あったのは直線的に動くスペースデブリが数個である。
ただしそれはあくまでも中将以下、ジオン軍将兵の認識でしかない。
周囲にあったのは、直線的に動くスペースデブリ数個と、航空母艦『エンタープライズ』からカタパルトで射出されたあと、スラスターをほとんど使用せずに慣性で移動してきた1機の戦闘機である。
そしてその戦闘機は宇宙攻撃軍第1機動艦隊の球形陣、その直上にてメインスラスターと4基のブースターに火を入れた。爆発的な推力。青白い一筋の光と熱は、呆気にとられたムサイ軽巡洋艦『リーゼ』を無視してその脇を掠めて突き進んだ。
つまり球形陣の中心へ翔けていく。
「艦隊司令部、こちら『リーゼ』ッ!
「は?」
「中将閣下ッ、対空戦闘の御命令を!」
「か、各艦! 各個判断にて対空戦闘!」
これが良くなかった。
ムサイ級軽巡洋艦をはじめ、ジオン軍の宇宙艦艇は艦橋のある上面に武装が集中しており、艦底部にはほとんど武装がない。故に球形陣の外縁に配置された艦艇は、火器のある上面を外側へ、艦底部を中央に向けている。
「姿勢制御機動! 左横転!」
「姿勢制御機動! 左横転!」
その各艦が各自の判断で戦陣の内側に入りこんだ敵機に対して戦闘を行うとなれば、ムサイ級軽巡洋艦はその場で回転し、武装を内側へ向け直さなくてはならない。もちろん姿勢制御用のバーニアに火を入れてから、艦体を回転、静止、そしてミサイルランチャーと連接しているセンサーで敵機を捕捉するまでには多少の時間が必要だ。
それを嘲笑うようにFF-3Sセイバーフィッシュは躊躇うことなく、パゾク級輸送艦『ホーヴヴァルプニール』に逆落としの一撃を食らわせた。
撃ち出されるのは無誘導の70mmロケット弾38発。
巨大な一双の格納庫、その天板をロケット弾はぶち破り、ぶち破るとともに炸裂。内部はMSと破片と推進剤と焼夷剤と整備兵と火焔が一緒くたの地獄と化した。
「閣下! 『ホーヴヴァルプニール』より入電! “格納庫の放棄および切り離しの許可を求む”!」
「馬鹿か、この艦隊が“機動”の名を冠するゆえんは、代替空母を有」
シュテファン・H・ウィンクラー中将が罵詈雑言を叫ぼうとした瞬間、『ゲイルスコルグ』の艦橋は――否、艦全体が揺れた。
70mmロケット弾38発の弾雨が降り注ぐ。
狙いの外れたロケット弾が、前部上面装甲や砲塔天蓋装甲に激突して砕ける。
と同時に、20発近いロケット弾は艦橋上部の通信設備とレーダー類を砕き、薄い艦橋上面装甲を貫通し、艦橋構造物を破壊した。
爆発とともに放たれる橙の光を置き去りに、速度を緩めることなく、尾翼の青い星を輝かせながら、セイバーフィッシュは球形陣最底部を抜けていく。それを追うように球形陣の下部を固めていたムサイ軽巡洋艦はメガ粒子砲と対空ミサイルランチャーを指向するべく、回転を再度始めるが、もう遅かった。
教科書通りの一撃離脱戦法。
しかしながら、相手はメインスラスターと4基のブースターを全開にして翔ける化物じみた推力の空間戦闘機であり、宇宙艦艇に成す術はなかった。なにせ艦対空ミサイルを発射したとしても、いまのFF-3Sセイバーフィッシュには追いつけないのである。それほどの速度差があった。
「艦隊司令部! 艦隊司令部! 応答せよ!」
ムサイ改型艦隊指揮艦『ゲイルスコルグ』は沈んでいない。
70mmロケット弾では、ムサイ級軽巡洋艦よりも装甲も分厚く、内部区画構造も堅牢で、艦体規模の大きい『ゲイルスコルグ』に致命傷を与えることはできない。『ゲイルスコルグ』を撃沈するには、200kg級の弾頭を備えた対艦ミサイルではなければ難しかろう。
……そう、艦隊指揮艦は未だ沈んでいない。
「艦隊司令部、こちら『リーゼ』。爾後の指示を求む。繰り返す――」
宇宙攻撃軍第1機動艦隊の所属艦艇からしてみれば、『ゲイルスコルグ』の被害状況がわからない。艦隊司令部が健在なのか、それとも全滅したのかも。同じ『ゲイルスコルグ』の乗組員であっても、この10分という短い時間では、被害の全貌を明らかにすることは難しい。
艦隊司令部から発せられた最後の命令が各艦判断の下の対空戦闘であったため、球形陣最底部に配されていたムサイ級軽巡洋艦『ヴィルベルヴィント』とチベ級重巡洋艦『ノイメールス』は、飛び去る敵機めがけてメガ粒子砲の射撃を開始した。
その間にチベ級重巡洋艦『ノイトリーア』は、艦隊司令部とのコンタクトを図ろうと努力していた。
「艦隊司令部、こちら『ノイトリーア』。応答せよ。繰り返す――」
戦闘指揮艦『ゲイルスコルグ』の通信設備が不調になった場合、艦隊司令部は『ノイトリーア』に移動する手筈になっていた。また最悪の場合、つまり艦隊司令部が消滅した場合は、『ノイトリーア』に座乗する副司令官に、指揮権が移ることになっている。
「艦隊司令部、こちら『ノイトリーア』。応答せよ。繰り返す――」
「『ノイトリーア』、こちら司令部」
「艦隊司令部、『ゲイルスコルグ』の被害状況を報せ。本艦に移乗の必要はありや?」
「『ノイトリーア』、こちら司令部。その必要はない」
次の瞬間、
溶解するスラスター。
続けて飛来した光の束は、同艦中央部を直撃した。上面装甲板を貫徹し、艦内を高熱で
「『ノイトリーア』がっ!」
「この馬鹿げた威力は――マゼラン級!」
遠方から巡洋艦やフリゲートを一撃で葬る攻撃力。
ムサイ級軽巡洋艦やチベ級重巡洋艦が主力のジオン軍からしてみれば、悪夢でしかない怪物――マゼラン級戦艦が、彼らの頭上にいた。
否、マゼラン級戦艦ではない。
「ジオン各位。こちらは司令部――地球連邦航空宇宙第1統合戦闘団司令部」
その艦体には連装メガ粒子砲が3基。
加えてムサイ級軽巡洋艦の砲撃を弾き返す複合装甲。
両舷に抱えるのは、長大な航空甲板。
戦闘重量89500トン、鋼鉄の突撃が迫る。
「現在、司令部は『エンタープライズ』とともに貴官らの眼前にあり」
マゼラン級戦艦改め、トラファルガ級航空母艦『エンタープライズ』。
「馬鹿げているッ! 空母が前に出てくるか!」
「ミノフスキー粒子を戦闘濃度まで散布! 急げ!」
「直掩機を出せ!」
各艦の艦長たちが慌ててミノフスキー粒子を散布し、ザクⅡの発進を命じる。
が、トラファルガ級航空母艦『エンタープライズ』と彼女が引き連れるサラミス級巡洋艦、ミサイルフリゲートから成る地球連邦軍邀撃部隊は、ミノフスキー粒子が戦闘濃度に達する前に、艦隊統制射撃を実施していた。
チベ級重巡洋艦がメガ粒子砲の直撃を受けて
そのジオン側の戦陣に、すでに『エンタープライズ』のカタパルトから発艦していた艦上攻撃隊が浸透し、ムサイ級軽巡洋艦から出撃したばかりのザクⅡに一撃離脱攻撃を仕掛けた。
「マスターソン大佐、駐機施設をはじめとする航空区画から乗組員を全員撤退させろ」
航空母艦『エンタープライズ』では艦隊司令のカイル大佐が、同艦艦長に命令を下していた。
「了解。乗組員は航空区画から中央区画へ総員撤退せよ」
マスターソン大佐は理由を聞かなかった。
マゼラン級戦艦の構造を流用した艦体中央部とは異なり、両舷航空甲板や駐機施設はさほどの防護が施されていない。敵艦の反撃を浴びれば容易に貫通するであろう。被弾して炎上した場合は切り離すことになるかもしれない。
「ミノフスキー粒子、戦闘濃度!」
「この距離では関係ない――シルヴィア准将、よろしいですな」
「ええ。カイル大佐。艦隊司令部が陣頭に立たなければ、後がついてきません」
航空母艦『エンタープライズ』は守られるのではなく、守るために造られた戦闘艦である。
「目標水平010天地320、ムサイ級。
「目標水平010天地320、ムサイ級。艦対艦ミサイル、1番、2番、終端画像識別誘導」
ムサイ級軽巡洋艦『リーゼ』が放ったメガ粒子砲の一撃が、『エンタープライズ』を焼く。底部装甲が赤熱し、溶解し、抉れていく。が、耐え抜いた。黄金色のメガ粒子が放つ燐光の中で、艦底側に設けられたミサイルランチャーが稼働し、ムサイ級軽巡洋艦『リーゼ』を睥睨した。
距離はすでに10000mを切っている。
ランチャーから2発の艦対艦ミサイルが飛び出す。
と、同時にシーカーに備えられたカメラが起動した。MSも多用する光学機器は、ミノフスキー粒子散布下に強い――故にファイアフライはカメラが捉えたムサイの艦影を捉え、データベースと照合し、それが正しい敵目標であると認識できた。
「目標命中」
次の瞬間、『リーゼ』は圧し折れていた。
旧ロシア・中国・インドといった軍事組織から継承した“文化”の産物――ミサイル重量数トン、弾頭重量500kgという馬鹿げた艦対艦ミサイルが、彼女の装甲を叩き割り、その背骨を破断したのである。
「目標水平270天地0、ムサイ級。主砲、1番」
「目標水平270天地0、ムサイ級。主砲、1番」
他のムサイ級軽巡洋艦が放った対艦ミサイルが『エンタープライズ』の左舷航空甲板に直撃し、火焔と破片を撒き散らす。ほぼ同じタイミングで『エンタープライズ』最上部にある砲塔が、旋回を終えていた。その1秒後、左舷航空甲板直上を彼女が放ったメガ粒子が駆け、ムサイ級軽巡洋艦の上部構造物を貫いた。
ジオン側からすれば戦闘のタイミングが想定よりも早く、油断していたとはいえ、悪夢のような光景であっただろう。
艦隊指揮が消滅し、頼みの綱のザクⅡは過半数が船腹の中で母艦とともに運命を共にした。
目の前には凶悪なまでの攻撃力と、堅牢なる装甲で
そしていま、航過したはずのFF-3Sセイバーフィッシュが――青い星が戻ってこようとしていた。