【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか――   作:河畑濤士

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次回更新は6月6日を予定しております。

また13話の最終部分に加筆をしています。

(14話の冒頭にもってこようと思ったのですが、話題でいえば13話のほうがふさわしい)



◇◆◇



■14.FF-8Cフライダーツ(1)

 宇宙世紀0079年2月1日の時点でジオン公国は地球攻撃軍を創設、またその前後でHLVの増産命令、民間企業が保有する往還機の徴用を続けざまに行っており、地球降下作戦の発動が近いことは、誰の目から見ても明らかであった。

 地球連邦軍は敵の地球低軌道進出および地球侵攻が2月末から3月初頭に行われるとみて、迎撃態勢の構築を急いでいた。

 しかしながらジオン公国軍・地球攻撃軍の地球降下作戦は、3月1日に日付が変わってもなお現実のものになることはなかった。

 

「どういうことだ」

 

 グラナダ。

 地球攻撃軍の上位組織である機動突撃軍司令官のキシリア・ザビは、冷徹な視線を左右に遣った。表面上こそ穏やかだが、詰問に近い。普段ならば側近のマ・クベが応対するところであるが、マ・クベは彼女の(フネ)であるグワジン級戦艦『グワジン』に乗りこみ、兵站構築のための指揮を執っていた。

 

「……」

 

 悠然と座するキシリアに対して、直立不動の部下たちはただ口を開閉し、何かを言おうとして躊躇う、その一連の動作を繰り返していた。

 

(まあ計画遅延の理由はわかっている)

 

 頼りない部下たちを睨みつけてから、彼女は心中でひとりつぶやいた。

 

 断続的に発生するHLV製造工場でのサボタージュ。

 ソロモン・地球間、グラナダ・地球間の既存コースにばら撒かれた約1万の機雷。

 ルナツー宇宙要塞の攻撃に向かった宇宙攻撃軍第1機動艦隊の大敗。

 銃後の動揺、兵站構築に対する妨害、前線部隊の戦力低下――そのすべてが地球降下作戦準備の進捗を妨げていた。

 

 計画されていた月面のマスドライバーによる対地爆撃も、地球連邦軍の抵抗激しく、その前段階であるマスドライバー基地の占領さえできずに終わった。

 その後、マ・クベは「マスドライバーによる爆撃はもとよりこけおどしにすぎません。大した失敗ではございません」と飄々と言った。実際、そのとおりである。様々な誘導手段をもつ現在の弾道ミサイルでさえ、半数必中界は150m程度。月面から無誘導のまま投げ出す形のマスドライバーの対地爆撃では、大気圏内における計算外の要因でおそらく数千メートルは外れることになるだろう。地上の軍事基地を攻撃するには、あまりにも不便すぎる。

 だが心理的効果、戦略的効果に目をやれば、やはりマスドライバーによる対地爆撃作戦が失敗したのは痛い。直撃せずとも敵の防空網を疲弊させることもできたはずだ。

 

(あの(フネ)が現れてから、少しずつだが歯車が狂いだしている)

 

 彼女はそう思わざるをえない。

 とはいえすでに賽は投げられている。

 首脳部は遅くとも3月15日には第1次地球降下作戦を実施し、地球連邦宇宙軍バイコヌール基地と黒海・カスピ海周辺地域を占領するようにせっついてきていた。その後は奇襲効果を最大限に活かすため、3週間以内に第2次、第3次地球降下作戦を実行に移さなければならない。

 

 輸送艦の触雷が相次ぎ、また地球連邦宇宙軍の艦艇が出没するため、このままの推移では3月15日までに衛星軌道上に集積できる物資と戦力は、計画値の70%程度になるだろう。

 が、仕方がない。

 

(物事に万全はそうそうないものだ)

 

 とはいえ、これほど万全とはほど遠い状況でジオンの命運をかけた降下作戦を発動してよいものか――。

 

 キシリア・ザビは表情をいっさい変えないまま、苦悩していた。

 

 ◇◆◇

 

「きた――!」

 

 3月14日、地球連邦宇宙軍バイコヌール基地をはじめとする地球連邦軍全軍事基地に、警報が響き渡った。

 

「敵地球侵攻部隊、中軌道上に現る!」

 

 夥しい数の機雷と格闘し、戦闘前から疲弊しているジオンの地球攻撃軍が軌道上に進出してきたことをいち早く察知できたのは、他でもないミノフスキー粒子のおかげである。ミノフスキー粒子は戦術レベルでは部隊行動を隠蔽することに役立つが、戦略単位の行動を容易に暴露してしまう。

 

――ミノフスキー粒子があるということは、そこに敵がいるという証拠にほかならない。

 

 地球連邦宇宙軍はあらかじめ軌道上にばら撒いた小型衛星――単に電波を発するだけの原始的な代物――からの電波が一斉に消滅したことで、軌道上にミノフスキー粒子が散布されたことを察知した。

 さらにこの電波網のどこに穴が空いたかで、敵が軌道上のどこにいるかまでおおまかにわかる。

 

「陽動か?」

「前日にこちらの艦艇が50以上のHLVを目撃しています。本降下でしょう」

「よし――」

 

 次の瞬間、全地球上から衛星軌道上の“雲”に対する攻撃が始まった。

 

 ……サイド3に住む一部の人間は「地球は狭い」と口を揃えて言う。

 もちろん、宇宙空間に比して、である。

 だから地球を占領するのは容易いとも。

 

「確かに宇宙空間に比較すれば、地球は極めて狭かろう」

 

 シルヴィア・プロット・バックランド宇宙軍准将は、意地悪に嗤う。

 

「が、その狭い空間に地球連邦の陸軍、海軍、空軍、宇宙軍、戦略ロケット軍とあらゆる火力が押しこめられているのだぞ」

 

 全地球規模でみれば“連射”とも形容できる対衛星弾の打ち上げが始まった。

 航空機が装備する対衛星攻撃兵器と、宇宙基地に設けられた軌道上攻撃ロケットは、ミノフスキー粒子によって生じた“暗闇”目掛けて次々と発射された。地上から軌道上の敵を攻撃し、再び地上へ戻る往還攻撃機FF-8Cフライダーツもまた緊急発進準備を整えた。

 後世の人間は単なる物量と評するかもしれない。

 が、本来ならば存在しない人間と、彼によって再び奮起した彼女の超人的な意志と、『エンタープライズ』が稼ぎ出した2週間という時間が、この物量を実現したのである。

 

「降下開始まであと――」

 

 億単位の人々が這いつくばる地表から遥か高空。

 

「は?」

 

 第1次地球降下部隊集結地点で読み上げられるカウントダウンの声が、止まった。

 地球連邦宇宙軍バイコヌール基地をはじめとする降下予定地点周辺を監視していた赤外線監視装置が、異常を報せた。なにがしかを打ち上げたか、膨大な量の赤外線が放出されている。

 

「なにこれ」

 

 第1次地球降下作戦の前線指揮を執るグワジン級戦艦『グワシュ』にて、オペレーターの少女は目を見開いた。

 

「3基、4基――!」

 

 確かにいまこの瞬間、バイコヌール基地から打ち上げられたロケットは4基程度だ。

 

「それどころじゃない」

 

 続けて、旧フランス航空宇宙軍リヨン基地から4基。

 

「なんだ、この数は――」

 

 同軍ボルドー基地から4基。

 旧スイス空軍ロカルノ基地から2基。

 旧ポルトガル空軍リスボン基地から4基。

 

「お、おかしいぞ」

 

 旧ドミニカ空軍サン・イシドロ基地から、旧王立空軍ジブラルタル基地から、同軍マーハム基地から、旧エルサルバドル空軍エルサルバドル基地から、旧オランダ空軍レーワルデン基地から、旧キューバ空軍サン・ジュリアン基地から、旧アメリカ空軍スコット基地から、同軍マイノット基地から、旧ブラジル空軍ベレン基地から、旧カナダ空軍ウィニペグ基地から、同軍コールドレイク基地から、旧ベネズエラ空軍ラファエル将軍基地から、旧ポーランド空軍ミンスク基地から、旧グアテマラ空軍ラ・オーロラ基地から、旧イタリア空軍サンタジェロ基地から、旧コロンビア航空宇宙軍ゲルマン大尉基地から、旧メキシコ空軍チワワ基地から、旧ポルトガル空軍ラジェス基地から、同軍シントラ基地から、旧スリナム空軍ニッケリ基地から、旧リベリア空軍モンロビア基地から、旧ジャマイカ航空軍キングストン基地から、旧マリ空軍バマコ・セヌー基地から――。

 

 あらゆる連邦宇宙軍、連邦空軍の基地から、ザクⅡやHLV、ムサイ級軽巡洋艦といったジオン側のシルエットを記憶した画像認識誘導弾頭を積んだロケットが、軌道上にまで這い上がってくる。

 作戦司令部の参謀たちは、愕然とした。

 

「これ以上、軌道上(ここ)に留まるのは――!」

 

 さりとて下手に身動きもとれない。

 迎撃も困難だ。なにせこちらはもうミノフスキー粒子を撒いてしまった。超高速かつ様々な軌道で上がってくる飛翔体をレーダー管制なしで長距離攻撃するなどできるはずがない。

 作戦司令部としては何ら有効な対策をとれないまま、時間は無為に過ぎていく。

 そして衛星軌道上まで運びこまれた弾頭は、光学センサーを稼働させて敵を捜索し始めた。

 

――“これは俺のバアちゃんの海外旅行を、天国行きに変えた御礼だ”

 

 まず外殻にそう落書きされた弾頭が、1基のHLVに直撃した。

 制御された正面衝突。純粋な運動エネルギーの塊は、HLVの外装を穿つと、内部を滅茶苦茶に破壊しながら、格納されていたザクⅡと内部構造の残骸とともに反対側から飛び出した。もちろん、内部で待機していたパイロットたちは原形をとどめないペースト状の肉塊になっている。

 

 これが第1次地球降下作戦における最初の死者であった。

 

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