【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか―― 作:河畑濤士
「回避運動! 右横転90ーッ!」
「回避運動! 右横転90!」
真紅の大型戦艦、グワジン級戦艦『グワシュ』は左舷を緩慢に持ち上げる。その20秒後、分厚い防護カバーに覆われたモノアイを有する弾頭が、『グワシュ』の左主翼先端をぶち抜き、その破片とともに艦体上方へ抜けていった。
グワジン級戦艦『グワシュ』の軌道上前方では、衛星軌道上に打ち上げられたあとにギリギリまで速度を殺した弾頭が、物資を満載したHLVに激突し、膨大な量の水と食料を単なるスペースデブリに変えてしまった。
「作戦司令部、こちら『シュメッターリング』! 迎撃態勢を整えるためのミノフスキー粒子散布カットを進言する! このままでは全滅する!」
ムサイ級軽巡洋艦『シュメッターリング』は地球に対し、艦首を下方に向ける逆立ちの姿勢を保ち、軌道上を走りながら、メガ粒子砲を連射している。が、黄金色の閃光は、敵が打ち上げたロケットに1発たりとも命中しなかった。レーダーが使用できないため、命中精度が著しく落ちているのである。
だが『シュメッターリング』の努力を嘲笑うことはできない。
現時点の第1次地球降下部隊は、回避運動の自由がほとんどない。
彼らはその場の空間に静止しているわけではなく、軌道上を極超音速で移動しながら、降下に相応しいタイミングを待っている。下手に高度を落としたり、速度の維持にかかわる回避機動を実施したりすれば、予定外の地点に降下することとなる。
……大気圏内突入に構造が耐えられない『グワシュ』や『シュメッターリング』は、より直接的な悲劇につながるであろう。
回避ができない以上は、長距離砲撃による迎撃しかない、というのは自然な発想であった。
「『シュメッターリング』、こちら作戦司令部。ミノフスキー粒子の散布停止は計画にはない」
「作戦司令部、連中はこちらの所在を掴んでいる! いいか、奴らは地球中からロケットを打ち上げて、ここにキラー衛星を投げこんできているんだ! HLVはあと30分で降下シークエンスに入る、たったいま29分になった! ここを凌げなければ――」
次の瞬間、ムサイ級軽巡洋艦『シュメッターリング』の軌道上数百km前方に、1発の弾頭が割りこんだ。それから弾頭は赤外線センサーとモノアイカメラを起動し、『シュメッターリング』の艦影を認めると、急速に速度を減じた。
「撃ち方やめ!
「撃ち方や――」
ムサイ級軽巡洋艦『シュメッターリング』は艦首を上げ、地球に対して姿勢を水平に保つことで弾頭を躱そうとした。
が、間に合わない。
弾頭は音速の数倍の速度でムサイ級軽巡洋艦『シュメッターリング』の上甲板をぶち破り、複数の隔壁を破壊しながら艦底から後方へ抜ける。濃緑の艦影は、くの字に折れ曲がったかと思うと、その数秒後には艦体前部と後部に切断されていた。
「こちら
その数十分後、下界――重力の底では地球規模の防空網が活性化した。
「こちらエコー・フォックス。アイ・ディー・フォー。繰り返す、アイ・ディー・フォー」
――
ID4とは、古典的SF作品を由来とする地球連邦軍における伝統的な軍隊符号であり、今日まで実戦で使われたことのなかった代物であったが、ここではさして重要ではない。
重要なのは、敵のHLVがある一点から垂直にある地点へ落着するわけではないということだ。低軌道を経て楕円を描きながら降下してくるのである。つまり数多くの地域、数多くの部隊、数多くのミサイルの頭上を通過する。しかもHLV自体にはミノフスキー粒子の散布手段がない――。
「エコー・フォックス。こちらノーベンバー。ID4了解。繰り返す、ID4了解」
「対大気圏外打撃戦用意」
連邦海軍連合艦隊司令部のジオンコロスノダイスキー・ボールドウィン海軍大将は、赫怒とともに命令を下した。
彼は59541名の部下(その多くは太平洋艦隊将兵)を、先のコロニー落としによって失い、直後に自身の名前を変えた。憎悪を忘れず、怒りを常に纏うためである。日本文化に疎い者は知らないだろうが、ジオンコロスとは日本語で「ジオンを殺戮する」という意味があり、ノは後者を修飾するための助詞、ダイスキは「好む」という意味である。
「対大気圏外打撃戦用意」
かつて人類は、宇宙に怯えていた時代があった。
小惑星の飛来と人類の滅亡という恐怖。地球連邦軍は発足以来、スペースガードとしての任務を怠ったことはない。そのために彼らは西暦の時代に旧各国軍が完成させた対弾道ミサイル防衛システムを継承・維持し、それを人類最後の傘として発展させてきた。
「目標割当開始」
「目標割当開始」
先の惨劇を経てなお健在の大西洋艦隊、インド洋艦隊は捕捉済みの敵目標に対して、対大気圏外打撃戦に参加可能なミサイル巡洋艦、ミサイル駆逐艦を攻撃担当として割り当てていく。
「
太平洋艦隊の生き残り、ミサイル駆逐艦『あきづき』の前部甲板の一角が開放される。
天を睨むのは古典的だが堅実な設計、3段式ロケットを備えた運動エネルギー弾頭だ。
終端速度はマッハ20――直撃すれば大概の目標は破壊可能。完全破壊できずとも、目標表面に小さな破孔、小さな綻びさえ生じさせることができれば、そこから目標は大気圏内突入中に自壊していく。
「エコー・フォックス。こちら
その上空では戦闘攻撃機フライマンタの編隊が、急上昇を開始している。
機体下部には2発のASAT-1A|ホーネット――フライマンタが時速1000kmで高度約18kmまで急上昇し、そこから2段式の固定燃料ロケットを使い潰して時速数万kmに達するという狂気じみた迎撃兵器が抱えられていた。
◇◆◇
時間は前後する。
(いや――)
しかしながら地球連邦空軍浜松基地では、より馬鹿げた戦闘攻撃機が発進準備を整えていた。
宇宙往還型戦闘攻撃機FF-8Cフライダーツ。尾翼に青い星を描いたそれは、西暦のスペースシャトルよろしく、2基の巨大な固体燃料ロケットを装備した状態で、機首を天に向けて待機している。
コンセプトは単純。地上から弾道飛行を開始し、大気圏外の敵を攻撃してから大気圏内再突入に移行、再び地上へ戻ってくるというものだ。最高速度は当たり前のように時速20000kmを超える。
(殺人的だ)
そして俺はいま宇宙軍仕様のノーマルスーツを着込み、その操縦席に収まっていた。
武装は胴体中央部に設けられた57mm単装砲と背負い式のミサイルランチャー。
……極めて物騒なスペースシャトルだ。
もちろん、やりたいことは理解できる。確かにミノフスキー粒子散布下のように、電子戦的劣勢でミサイル攻撃が封じられた際に、有人機で直接殴りこみをかけるための兵器は必要かもしれない。
が、当事者ともなれば話は別だ。
俺はシミュレーションどおりにチェックリストの下で計器類を点検していく。
「貴官はただトリガーを弾くだけでいい」
シミュレーター訓練の前後で、シルヴィア准将から投げかけられた言葉が脳内でリフレインする。彼女いわく、マニュアル操縦の必要はないらしい。目標の選定から弾道飛行コースの設定、戦闘機動、帰還まですべて自動で実施されるそうだ。
「それじゃあ、人間が乗る必要あります?」
と聞き返したところ、彼女は数秒間だが黙りこくった。
それから、
「ハービック社はミサイルを造りたいわけではない。戦闘機を造りたいのだ。ミサイルと戦闘機の違いのひとつには、有人か否かという点がある」
と早口で言った。
そして問題はもうひとつあった。
「えー、航法および戦闘支援システム起動っと」
憂鬱な気持ちとともに、頭上の青いボタンを押す。
と、同時にもうシミュレーターで聞き慣れたナビゲーションの声が響き渡った。
「航法ぉおおおおお戦闘ぉ支援システぇえええええ! 起動ぉおおおおおお!」
「うるせえ!」
「急激なGぃはぁあああああ! ……(息継ぎ)……聴ぉ覚の働きを減じるんですよぉおおおおおお! だからぁ当ぉナビゲェーションはぁあああ! ……(息継ぎ)……この音量ぉに設定されていまぁあああああすぅ! ではぁあああああパスワぁードはぁあああああ!」
「えー、3、7「3! 7! 5! 6! 4! み・な・ご・ろ・しぃいいい゛い゛い゛!」
「なんでお「認証ぉコードぉおおお! 確認! 戦闘モード起動しまぁあああす!」
その自動操縦等を担当するナビゲーションAIが、なぜか癖原宇宙軍少佐じみていることであった。
◇◆◇
次回更新は6月9日を予定しております。
なんか地球連邦軍がめちゃくちゃ強い描写になっていますが、現実には西暦2008年の時点で高度約250km上空(低軌道)、時速約28000kmの人工衛星をタイコンデロガ級巡洋艦がミサイル攻撃で破壊しているので、宇宙世紀でできないはずがない――ということでご了承ください。
(『機動戦士ガンダム』原作が製作された時代から軍事技術が進歩しすぎている)
◇◆◇