【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか―― 作:河畑濤士
地球の低軌道から中軌道にかけての空間は、地獄と化していた。
人類史上初となる万単位の将兵による
集結ポイントにて指揮を執るグワジン級戦艦『グワシュ』は、満身創痍ながらも未だにそこにいた。彼女とそれに従うチベ級重巡洋艦、ムサイ級軽巡洋艦は低軌道上まで高度を落とした上で、地球に対して背面航行の姿勢を取り、メガ粒子砲による砲撃を繰り返していた。ミノフスキー粒子の散布を停止し、捜索レーダーと火器管制レーダーを全力稼働させている。
彼女らが有するレーダーの性能は、決して低くはない。
HLVに向かって上昇してくる敵弾頭を捕捉し、メガ粒子砲で狙撃する。
(まるでこれは、要塞攻略戦だ)
グワジン級戦艦『グワシュ』艦内に設置された第1次地球降下作戦の作戦司令部のスタッフたちは、そう思わざるをえない。
半径6000kmを超える巨大な軍事拠点。
人類が想像しうる最大火力が配され、なおかつ堅牢無比。纏う重力圏は不用意に接近した宇宙艦艇を破滅に導く。またあまりにも規模が大きいため、レーダーによる捜索は地表面からのクラッターが酷すぎて、火点の特定が困難になる。一方で軌道上の宇宙艦艇はスペースデブリを除けば、遮蔽を利用できない。隠れるところのない海上から、隠蔽されたトーチカや地対艦ミサイル陣地に近づくがごとき愚行。
人類を生みだした母なる大地は、生命守る無敵要塞であり、宇宙に拠る人の力では太刀打ちできぬ青い戦女神であった。
そしてその要塞を背に、またひとつ高速の飛翔体が上がってくる。
ムサイ級軽巡洋艦『ファンシュレッケン』は、火器管制レーダーでこれを捉えるとメガ粒子砲を指向した。
放たれる黄金色の閃光。
それよりも僅かに早く、それは推力を偏向して己の未来位置を変えてメガ粒子の奔流を躱した。
「目標
「回避運動? 弾頭が?」
「目標Jに対する照準修正――!」
その数秒後、スペースデブリの合間を縫って高速弾道飛翔体が、グワジン級戦艦『グワシュ』以下地球攻撃軍第1次地球侵攻艦隊の前に姿を現した。
「戦闘機!?」
「
「なんで!?」
ジオン軍将兵の叫びがこだまする。
なぜ?
それは愚問であろう。
なぜいま白き翼が、第1次地球侵攻艦隊の眼前に現れたのか。
それは“
いま怒りとともに、空を睨む億の瞳。
地べたを這いまわる生身の人々の怒りの瞳。
彼らの代わりに、いま白き翼は電子の瞳で遊弋する艦艇を睨んでいる。
「畜生ォ――」
悲鳴と驚愕の声が終わる前に、空の青、海の青を背負い、星の青を宿した白い翼が火を噴いた。
極超音速の機体から連射され、大気圏内ではありえない初速で撃ち出された57mm徹甲榴弾は、ムサイ級軽巡洋艦『ファンシュレッケン』の艦橋構造物を穿つ。
その『ファンシュレッケン』の僚艦、ムサイ級軽巡洋艦『シュネーヴィトヘン』の乗組員たちは、確かにその青い星を見た。
「頭おかしい――上がってきた? ここに?」
なるほど確かに、誰もが馬鹿げている、と思ったことだろう。
相対する艦隊将兵はもちろんのこと、白い翼――FF-8Cフライダーツを操る操縦士さえも。
しかしながら輪廻転生という超自然的現象に触れ、死の恐怖をまったく感じなくなったフライダーツの御者は、スペースデブリの回避をナビゲーションAIシステムに任せ、自身は火器管制レーダーの照射源に対するマニュアル回避機動に全神経を集中させ、現にいまここにいた。
THE EARTHのマーキングがされたFF-8Cは、『ファンシュレッケン』の脇を高速ですり抜けて、呆然とする第1次地球侵攻艦隊を置き去りにして弾道飛行を続け――そしてあらかじめ規定された弾道の頂点に達する。
それから始まるのは、地球への急降下。
FF-8Cの現在地と、終着点である地上。その過程にあるのは眼下、第1次地球侵攻艦隊。無防備の艦底を晒す艦艇群――。
FF-8Cが背負う誘導弾が、解き放たれる。SIM-109Sスカイフラッシュは弾頭のシーカーを起動すると、迷いなく一番の大物――グワジン級戦艦『グワシュ』目掛けて最高速に達した。
4発の誘導弾は緩やかに旋回すると、『グワシュ』の後部推進器や、艦体側面のバーニアのノズルから内部に侵入して炸裂。破片を撒き散らして精密な内部構造を滅茶苦茶に引き裂いた。残る4発の誘導弾は高速で『グワシュ』の分厚い艦底装甲に激突し、弾頭は装甲表面に
「被弾箇所を報せ」
グワジン級戦艦『グワシュ』の乗組員と、艦隊司令部のスタッフたちには余裕があった。脆弱な艦橋構造物ならともかく、グワジン級戦艦の複合装甲は1機の戦闘機の攻撃ではそう簡単には砕けない。
未だ健在の『グワシュ』を背後に、FF-8Cフライダーツは地表目掛けて再突入を始めていた。
「いまの襲撃で生じた艦隊の被害は?」
「『ファンシュレッケン』との通信が途絶しました」
「くそ――」
艦隊司令部の人間は悔しがったが、まだ迫る悲劇に気づいていない。
グワジン級戦艦『グワシュ』はメインスラスターと幾つかのバーニアが損傷した状態で、極超音速の誘導弾の直撃を、艦底装甲に受けている。言い方を変えよう。彼女は4発の誘導弾と、無数の57mm徹甲榴弾によって地球に向けて押されていた。
重量と遠心力の絶妙なバランスが、僅かだが崩されている状態。
……少しずつだが、確実に『グワシュ』は高度を落とし始めていた。
◇◆◇
ジオン公国軍・地球攻撃軍第1地上機動軍団は、地球連邦宇宙軍バイコヌール基地に対する強襲に成功、同地の占領に成功したものの、その戦闘力は軌道上から地表に達するまでの間に大幅に減じていた。
なにせ100基近いHLVが撃墜されたのだ。
正面戦力、後方支援部隊、軍需物資ともに3割前後が地球上に達することなく、軌道上の塵と化した。
そのため第1地上機動軍団は、事前の方針――中央アジア方向・西アジア方向・東欧方向に分派し、欧亜大陸の半分を占領するという3方面作戦を放棄せざるをえなかった。
分派は最小限とし、可能な限り戦力は集中させる。
中央アジア方面への東進作戦は放棄。石油をはじめとする重要資源が算出されるカスピ海西岸を確保しつつ、旧ウクライナ共和国の軍港都市セヴァストポリおよび工業都市オデッサ(オデーサ)目掛けて前進し、黒海沿岸を中心とした東欧を占領する。
不可能ではない。
事実そうなった。
地球攻撃軍第1地上機動軍団は、MSを中心とした完全機械化装甲部隊であり、攻勢に立つ限りは自身に有利な戦場を選択し、戦力を集中させることができる。
一方の防戦側――地球連邦軍欧州方面軍は欧州中に点在する部隊を移動させ、有効な防衛線を構築し、有力な機械化部隊を戦闘に加入させるだけでも一苦労である。万単位の避難民を捌きながら、戦場の霧の中をさまよう。侵略者の機動戦を前に、彼らは後手に回ってしまった。
加えてギレン・ザビ以下、ジオン公国は第1次地球降下作戦の進展をみて、第2次地球降下作戦以降の計画を修正した。
まずアジア州を対象とする第3次地球降下作戦は無期限凍結。
この第3次地球降下作戦に供されるはずであった人員と装備品、軍需物資はすべて北アメリカ州の占領を目的とする第2次地球降下作戦に合流させ、同作戦の成功に万全を期すことに決めたのであった。
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次回更新は6月11日を予定しております。
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