【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか――   作:河畑濤士

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■17.フライマンタ(1)

 見渡す限り広がる草原。

 

 旧モルドバ共和国南部――旧ルーマニア陸軍の伝統を引き継ぐ地球連邦陸軍・ルーマニア軍団第30親衛旅団“勇敢王”は、丘陵に戦車部隊を配し、その周辺によく隠蔽された歩兵陣地を築いていた。61式戦車の150mm滑腔砲をはじめとする重火器が、周辺一帯を睨みつけている。

 その戦陣の前に、単眼の巨人が現れた。

 

「11時方向、敵MS。弾種徹甲、1小隊集中――!」

 

 そこからの展開は“勇敢王”将兵の思い描いたとおりであった。

 

「撃てぇ!」

 

 車体の大半を隠したまま、稜線から頭を出した61式戦車の150mm滑腔砲が火を噴き、対戦車ミサイルが一斉に空へ舞い上がる。同時に丘陵後背に潜んでいたファンファン攻撃機が高速襲撃を仕掛けた。

 

 ミノフスキー粒子散布下での戦闘に、すでに彼らは可能な限り適応していた。

 敵味方ともに無人航空機による偵察が行えない以上、丘陵や森林からのアンブッシュは極めて有効に働くはずであったし、第30親衛旅団“勇敢王”の歩兵たちは有線誘導式対戦車ミサイルと、無誘導の無反動砲を配備されていた。

 61式戦車の150mm滑腔砲はレーダーと不可視領域のレーザーを利用すれば、4000mの距離から初弾命中を可能とする性能を有している。

 が、連邦空軍・宇宙軍の戦訓から、陸軍ではミノフスキー粒子散布下では命中率が低下してしまい、こちらの位置をいたずらに暴露する、という共通認識を浸透させていた。ミノフスキー粒子が戦闘濃度まで散布された場合、初弾命中が期待できるのは1000m。そこまで敵機を引きつけ、目標が放出する赤外線を捉えるパッシブセンサーを利用した砲撃を実施することに決めていた。

 

「命中!」

 

 数千メートルの距離から2000mmの均質圧延鋼装甲を貫徹する150mm徹甲弾が、最先頭のザクⅡの正面装甲を叩き、続く2発目がザクⅡの膝部ユニットを射抜いた。大きく姿勢を崩したシルエットの頭上を、3発目の徹甲弾が飛び越えていく。

 遅れて急造対戦車ミサイル・ツェペシュ(串刺し公)がケーブルを引きずりながら殺到し、その背後の巨人に突き刺さった。

 

「敵機、跳躍(ジャンプ)!」

 

 膝をついたザクⅡの僚機は、分厚い肩部装甲で徹甲弾を防ぐとともに、次の瞬間には跳んでいる。対戦車ミサイルの直撃をもろともしなかった他のザクⅡもまた、虚空に浮かんでいた。

 

「畜生ォ――」

 

 数年前に正式採用されたばかりの77式対空戦車スカイシューターは、赤外線追尾モードを起動し、空中のザクⅡを捉える。ぐるりと旋回する砲塔。車体側面に備えられた40mm機関砲が轟然と火を噴くも、その射撃は3秒と連続しなかった。

 降り注ぐ120mm徹甲焼夷榴弾の雨。

 77式対空戦車の箱型砲塔が爆散したのを皮切りに、丘陵の背後に隠れていた61式戦車の砲塔上面装甲が狙われる。

 

(2射目の稜線射撃は許されないか――!)

 

 戦車隊の指揮官は肉声から無線まで、あらゆる手段を用いて陣地を放棄しての戦闘機動を命じた。61式戦車は速やかに後進をかけて丘陵を下り、大きく旋回する。狙うはザクⅡが着地した瞬間だ。その巨躯からは想像できない機敏さで、61式戦車は後進しながら砲塔を旋回させる。

 

「足元を掬ってやれッ!」

 

 1機のザクⅡは着地した瞬間に足首に150mm徹甲弾の直撃を受け、さらに腰部装甲板をぶち抜かれ、主脚ユニットの制御系を破壊されて擱座(かくざ)する。

 連続する砲声。ザクマシンガンが放つ火線が、土煙を上げる。その合間を疾駆する1輌の61式戦車は行進間射撃を繰り返し――側面に直撃弾を浴びた。側面装甲を貫徹した徹甲焼夷榴弾は砲塔内部で炸裂。砲弾用ラックに焼夷剤をぶちまけた。

 

「下車ァ!」

 

 砲塔後部のブローオフパネルから爆炎が噴き上がる中、戦車兵らはなんとか車輌から這い出してきた。

 大破炎上したこの車輌の後続車は、いったん停止して超信地旋回に移った。

 それを撃つべく、1機のザクⅡがザクマシンガンを構え直す。

 

「ロケット」

 

 その無防備な背中を、タコツボに潜んでいた歩兵が睨む。

 肩に担ぐのは、100mmクラスの対戦車ロケットランチャー。

 前世紀から変わらない無誘導のそれの引き金を、彼は引いた。

 

 モビルスーツはセンサーの塊だ。

 しかしながら迫る対戦車ロケットを検知して、パイロットに警告を発し、回避運動をとらせるには彼我距離200mは短すぎた。対戦車ロケットはザクⅡの背面装甲に突き刺さり、その巨体を揺るがした。

 貫通は――していない。

 が、自動姿勢制御機能が働いて硬直した一瞬の隙を衝き、先程まで狙われていた61式戦車がザクⅡの主脚に150mm徹甲弾を叩きこむ。揺らぐ敵機は今度こそ転倒し、擱座した。

 

 鋼鉄と鋼鉄、あるいは鋼鉄と生身の混戦が続く。

 

 ケーブルを曳きながら旋回する対戦車ミサイルを跳躍して躱すザクⅡ。

 弾幕に突っこんだファンファンの編隊が半壊し、生き残りがロケット弾を連射する。

 赤外線センサーを躱すためのシートが張られた歩兵陣地がザクⅡに蹂躙され――すでに無人になっていた歩兵陣地の直上で立ち尽くすザクⅡは四方八方から歩兵が担ぐ無反動砲の集中射を浴びた。

 

 ……。

 

 ジオン公国軍・地球攻撃軍第1地上機動軍団は前述のとおり、カスピ海西岸から黒海沿岸にかけての地域の電撃的占領に成功した。占領地最東端は旧カザフスタン共和国領内にある地球連邦宇宙軍バイコヌール基地。南端部にあたるのは旧アゼルバイジャン共和国・旧ジョージア共和国領のあたりで、占領地最西端は旧ウクライナ共和国オデッサ(オデーサ)の西方に広がる旧モルドバ共和国領まで、となっている。

 そこで彼らの快進撃は一旦停止し、現在はじりじりとカスピ海西岸を南下し、旧イラン共和国領内に侵入しつつある。また旧モルドバ共和国領内では、敵の威力偵察が活発に行われており、小競り合いが続いていた。

 

――次のジオンの目標は、イスタンブールだ。

 

 しかしながら、パリに設置された地球連邦軍欧州方面軍統合作戦司令部(以下EUJTF司令部)に拠る地球連邦軍五軍将兵(陸軍・海軍・空軍・宇宙軍・戦略ロケット軍の五軍将兵)の認識は一致していた。

 敵の戦略目標が鉱産資源にあることは明らかであり、その産出地を抑えるとともに同時に考えるのは、当然ながら占領した産出地を守る手立てである。そこで重要になるのは、黒海と地中海を隔てる旧トルコ共和国最大の都市、イスタンブールだ。

 

「想定しうる敵の最短侵攻路は、旧ルーマニア共和国領ガラツからコンスタンツァ、ブルガリアのブルガス、ストラジャ自然公園を突破。その後、トルコのクルクラーレリを経由してイスタンブールに突進するルートです」

 

 EUJTF司令部の参謀長・アーメド・イグナティエフ陸軍大佐の言葉に、他軍種の将官たちは眉を動かした。

 

「ガラツ――黒海沿岸部よりも少し内陸に進むのだな」

 

「はい。ダビッド・シシュキン陸軍少佐、説明を」

 

「はい」

 

 立ち上がった情報参謀は、いまいちピンときていない他軍種の参謀たちを前に説明を始めた。

 

「敵はドナウ川下流、黒海西岸オデッサ州・イズマイール周辺の湿地帯――というよりも連続する湖を避けるでしょう。そのためガラツ周辺に進出してから、その後はイスタンブールまで伸びる欧州自動車道E87号線を利用すると思われます」

 

「なるほど」

 

「陸軍といたしましてはガラツ周辺の河川に架かる橋梁を爆破し、またドナウ川に河川砲艦を派遣して――」

 

(……)

 

 EUJTF司令部にオブザーバとして参加していた地球連邦宇宙軍・シルヴィア准将は、これでは統合作戦は無理だ、と思った。

 ミノフスキー粒子散布下では、宇宙軍の低軌道監視衛星から陸軍歩兵の携帯情報端末に至るまで綿密に構築されたデータリンク・システムが寸断される。

 これは従来、地球連邦軍が推進してきた地上における“全領域統合同時攻撃”――旧国家レベルの独立分離勢力を、宇宙空間から地上まで、不可視的サイバー空間から敵軍需産業までを同時に攻撃して破壊する――が実現不能になったことを意味していた。

 が、統合作戦が無理だというのはそういうハード面の問題だけではない。

 

(お互いに見えているものが違いすぎる)

 

 宇宙軍の人間からしてみれば、なぜ橋梁や欧州自動車道が防衛戦のポイントとなるのか理解ができない。敵のMSには手足があり、推進器も備えている。1G環境下で飛ぶことは難しいだろうが、河川を跳び越すことはできるはずだ。またMSが不整地踏破能力を有していることは証明されているのだから、後続の自動車化補給部隊はともかく、先鋒となるMS中心の機械化装甲部隊は幹線道路に拘泥しないのではないか――?

 

 また地球連邦陸軍をはじめ各軍種の組織はあまりにも巨大すぎ、それを構成する人種も様々だ。

 EUJTF司令部の参謀長・アーメド・イグナティエフ陸軍大佐の出身地は旧ロシア連邦にあたるが、実際のところはシベリア――旧サハ共和国のあたりの人間であり、東欧、中東方面の地勢に詳しいわけではない。同司令部のトップにあたる統合作戦司令官、ジョン・ヴァン・バトラー陸軍中将は北米出身である。

 

(西暦の頃には確かにあった防衛戦の利――地理に明るい、という点は失われているな)

 

 シルヴィア准将はそう思い、情報参謀・ダビッド・シシュキン陸軍少佐の説明を聞き流していた。

 

「敵が欧州自動車道E87号線を利用すると確信する理由は単純です」

 

 彼女が思うとおりで思考のレイヤーや視点は、軍種や人種によって異なる。

 

「ジオン軍はイスタンブールまでの道を知りません。おそらく、誰ひとりとして、です」

 

「……?」

 

「コロニー落としとその前後で軌道上を周回していた人工衛星のほとんどは全損しました。つまり奴らは衛星を利用した測位システムを使えない。下手をすると道に迷うわけです。だから確実にイスタンブールに到着する幹線道路を伝ってくるはず」

 

 しかしながらそれは地球連邦軍の弱みでもあり、強みでもあった。

 

「そこで我々は作戦名(オペレーション)“オールザロード リードトゥローマ”を立案しました。これは容易です。市民に看板を破壊してもらい、地図を廃棄してもらい、我々は幹線道路の交通標識と案内板をすべて書き換えるのです」

 

 有効か否かはともかく、お互いに見えているものが違いすぎるゆえに、様々なアイデアが出てくるのである。







◇◆◇



次回更新は6月14日を予定しております。

道路標識の改竄……まるでグライフ作戦みたいだあ……



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