【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか――   作:河畑濤士

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次回更新は6月18日を予定しております。

もう少しハジケてもいいのかなと思ったのですが……自重しておきます。



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■18.フライマンタ(2)

 曇り空。

 世界で最も美しい通り道と呼ばれるシャンゼリゼ通りは、コロニーから剥離した外壁で寸断され、通りに面した商店は窓ガラスや扉が全て吹き飛び、屋根がめくれ上がったまま放置されていた。爆風によって倒壊した建物と、薙ぎ倒された街路樹が目立つ。

 ぶちまけられたガラス片と血痕を踏みながら、俺は隣を歩くシルヴィア准将に「どうでしたか」と聞いた。

 

「ジョン・ヴァン・バトラー陸軍中将は――というよりも陸軍の戦略はだいたいわかった」

 

 シルヴィア准将はあまり面白そうではなかった。

 

「基本的には持久戦、長期戦の構えだ」

 

 早期決着を図るならば、敵の動きが停滞しつつあるいまがひとつのチャンスだろう。こちらがオデッサ等に突進すれば、敵も有力な機動部隊を繰り出して対応せざるをえない。つまり雌雄を決する戦闘を強いることができる。

 が、陸軍は現時点で大規模攻勢に打って出ても、敵の主力部隊と拠点を破砕するのは不可能と判断を下したらしい。

 まずこちらの地上正面装備と敵モビルスーツの戦闘力が隔絶しているうえ、海軍・空軍・宇宙軍・戦略ロケット軍との連携体制を再構築できていない以上、早期決着をつけようと考えても、肝心の戦闘に勝てないというのが彼らの考えだった。

 逆に彼我を比較すれば、補給と増援が容易なのは(ワレ)のほうであり、時間の経過はこちらに対して有利に働くという判断であった。

 

「ジョン・ヴァン・バトラー陸軍中将は、北米出身だ。しかも旧アメリカ合衆国の軍事組織を継承した北米軍団・北米輸送軍地上流通配備コマンドの人間――確かにあの工業力が頭の片隅にあれば、時間を味方につけられると思うだろうな」

 

 彼の勝算は大西洋の向こう側にある。地球連邦が誇る、“民主主義の兵器庫”。地球連邦軍欧州方面軍は、大西洋と地中海を経て無尽蔵の補給を受けられる。

 

「が、この戦略のまずい点は、2つある。ひとつは北アメリカ州が戦場になることをまったく想定していないこと。もうひとつは北大西洋、地中海の海上優勢と、欧州一円の航空優勢が常に(ワレ)にあるという前提に立っている、ということだ。まあ、北アメリカ州に敵が降りる、という貴官の予想が正しければ、だが」

 

 シルヴィア准将の言葉に、俺は自信なくうなずいた。

 一年戦争の設定について、そこまで詳しいわけではない。

 現在の状況は原作の『機動戦士ガンダム』からどの程度乖離しているのか、よくわからないというのが正直なところだ。

 ジオン公国軍は第1次地球降下作戦を発動し、まずオデッサ周辺を確保する、というのは知っているので、良くも悪くも原作をなぞっていることは間違いない。原作と明らかに乖離したイベントは『エンタープライズ』による敵地奇襲と、ジオン公国軍のルナツー宇宙要塞に対する長駆強襲程度か。

 しかし今後も原作どおりに進むかはわからない。

 

「北米、中米に対する突入強襲(エントリーボーン)の可能性について、統合参謀本部(ジャブロー)はどう考えているのでしょうか」

 

「副議長のサヴェリオ空軍大将と連邦軍最高司令官レビル大将には、“敵はこちらの一大工業地帯を破壊すべく、北米を次の攻撃の対象とする可能性が大きい”と伝えている」

 

「では……」

 

「しかしな。オデッサに降りたスペースノイドの攻撃が早々に鈍ったところをみて、統合参謀本部は連中が北米に降りてきたとしても容易に対処できるとみたらしい」

 

 確かにそれが常識的な反応かもしれなかった。

 この宇宙世紀においても、北米に駐屯する軍事力の規模は別格だ。伝統的に南米の治安維持任務を担うのは北アメリカ方面軍であり、一年戦争以前から南米の反政府ゲリラや非合法カルテルと激しい戦闘を繰り広げてきた。太平洋と大西洋の海賊対策もまた北アメリカ方面軍の任務に含まれる。そうした事情から、軍縮も最低限な規模に留められてきた。

 その北アメリカ方面軍のど真ん中に突入強襲してくれば、鋼鉄によって轢き殺されるだけだろう、というのが一般的な感覚だ。

 というよりも北アメリカ方面軍の手に負えないならば、多少の策を弄しても勝ちようがないではないか、というところだろう。

 

「まあそんなことはどうでもいい」

 

 シルヴィア准将は平然とそう言い放つと、道端に放置されたままの白い椅子――おそらく近くのカフェから吹き飛ばされてきたもの――に座った。

 

「モビルスーツについてだ」

 

「ずいぶんと唐突ですね」

 

「MSを反撃の中核とするV作戦は企画段階だが、始動に向けた根回しが始まりつつある」

 

「……」

 

「モビルスーツの開発推進はレビル大将とそれに賛同する“開明的”な宇宙軍幹部が中心だったが、これに“用意周到・動脈硬化”の陸軍が同意に廻った。従来型の機械化装甲部隊が太刀打ちできなかった以上、主力戦車をすべてモビルスーツに置き換える腹積もりなのだろう」

 

 個人的には想像どおりの展開であるし、そうなるべきである。ただシルヴィア准将とモビルスーツの関係性というのは、どうも穏当なものではないので、俺は話題を変えようとした。

 

「……コア・ファイター・バトル計画はどうなっていますか」

 

「すこぶる順調だ。露骨に話題を変えるな」

 

 さも当然、といった様子で彼女は言った。

 

「V作戦とCFB計画、それからビンソン計画は対立するものではない。兵科が違う。格闘戦から近距離戦を担う歩兵や戦車の延長線にあるモビルスーツと、高速で敵部隊や敵策源地を打撃して歩兵や戦車を支援する戦闘機、長距離攻撃や補給能力でモビルスーツや戦闘機を支援する宇宙艦艇、どれかが他をすべて駆逐するという事態は、私からすると考え難い」

 

(確かに常識で考えればそうだが――)

 

「そしてこれらの計画は協力し合うことができる。すでに癖原(へきのはら)少佐はFF-6NXの試作実機の製造にまで漕ぎ着けているが、V作戦のために招集された開発チームは、さっそくこれに注目したようだ――なぜかはわからないが」

 

 FF-6NXは、海軍・宇宙軍用艦上機として空軍機のFF-6TINコッドをベースに開発中の機体であったはずだ。

 この機体は、狭い艦内でも運用がしやすいように、変形機構を有する計画になっている。癖原少佐のプレゼンテーションでは、機体側面に向けて主翼が折り畳めるようになっており、加えて必要であれば、機首部分を機体胴体下部へしまいこめるようにも設計するという話だった。

 

(ははあ)

 

 ピンときた。

 

「モビルスーツの脱出機構として採用するには最適ですからね」

 

「?」

 

 シルヴィア准将は、珍しくもきょとんとした。

 

「脱出機構? どういうことだ……?」

 

 彼女は両手を握ると右拳の上に左拳を背負わせ、それから右拳の下に左拳を抱かせた。

 

「モビルスーツにFF-6NXを背負わせて、脱出の際には移乗する、ということか? 緊急脱出ならば射出座席――いや、空間戦闘を考慮すれば射出カプセルが一般的だが」

 

(たしかに……)

 

「きみはたまに妙なことを言うな」

 

 反省である。

 本気で困惑している彼女に、次にかける言葉が見つからなかった。

 

「まあいい。V作戦に参加している技術者からは、FF-6NXにV作戦の前身計画で開発されたルナ・チタニウム合金を装甲材に使用してはどうか、という案を持ちかけられている」

 

「ルナ・チタニウム合金を?」

 

「ああ。うまくいけば対空砲火に抗堪する戦闘機が実現する」

 

「それは――」

 

 素晴らしいが、つまるところコア・ファイターが実現する、という話だ。

 ルナ・チタニウム合金は優れた装甲材になりうるが、非常に高価で希少なものだ。

 セイバーフィッシュをはじめとする多くの機種の改良に使えるわけではない。

 

「それから、ひとつ確認しておきたい」

 

 シルヴィア准将は臙脂の瞳を細めた。

 

「V作戦が本格的に動き出せば、陸・空・宇宙軍は広く新兵科(モビルスーツ)の志願者を募ることになるだろう」

 

「……」

 

「そのとき、きみはどうするつもりだ?」

 

「私は」

 

「先に言っておく。きみと私は一蓮托生だ。そして比翼、と言ってもいい」

 

「あの――」

 

「私にここまで言わせて、まさかモビルスーツに興味があるとは言うまいな」

 

「……」

 

 比翼とは、瞳と翼がひとつしかないため、つがいの2羽が協力して空を舞う、という伝説上の鳥類のことである。

 

「……」

 

「……」

 

(俺は別にあなたを必要とはしていないが……)

 

 とは、口が裂けても言えなかった。

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