【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか――   作:河畑濤士

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次回更新は6月22日(土)を予定しております。



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■19.フライマンタ(3)

 想像と違う。

 それがジオン公国軍・地球攻撃軍第1地上機動軍団将兵の思いであった。

 連邦政府の圧政に苦しめられている人々を救うのだ、と信じていた者は、逃げそびれた市民や疲れ果てた避難民たちの冷たい視線と態度に打ちのめされた。

 逆にスペースノイドを搾取する者たちを討つのだ、と息巻いていた者は、肩透かしを食らった。アースノイドは特権階級ではない。コロニーに住まう人々と同様にあくせく働き、生きている。サイド3の人々は水や空気に対する課税に不満を抱いていたが、地球の人々も同様に森林や淡水を守るために環境税を、また地球圏の交通路を維持するための空間税(デブリ対処予算に充てられる税)を払っているのだ。

 確かに地球上には特権階級に等しい存在や、労働者から搾取するあくどい経営者、汚職を犯す官僚がいるだろう。

 が、それはサイド3も同様ではないか。

 

 大義が揺らぐ。

 

 一方でそうした大義を持たない現実主義者たちもまた、その現実を前に勝利の信念が揺らぎはじめていた。

 まず補給線が攻撃に晒され続けていた。軍需物資を満載したHLVは、軌道上から突入する過程で、地球連邦宇宙軍・地球連邦空軍の迎撃に遭う。軌道上から地表に至る広大な空間に、ミノフスキー粒子を戦闘濃度で散布することなど不可能に近い。未だ燃料、砲弾の不足は顕在化していないが、第1地上機動軍団は戦線拡大に慎重にならざるをえない。

 

 次に予想外の苦戦である。

 要地イスタンブールの攻略に向かった地球攻撃軍第11機動師団が大損害を被り、一時撤退を余儀なくされた。オデッサを発したザクⅡを主力とする機動部隊は敵の抵抗を跳ね返しながら、順調に南下したが、これに追随するはずの自動車化歩兵部隊や補給部隊は連邦側の欺瞞工作によって侵攻ルートから大きく外れ――敵の戦車部隊に蹂躙された。

 そして手持ちの弾薬が心許なくなって停止した機動部隊はその数十分後、南の空に複数の信号弾が上がるのを見た。

 まずい、と思う前に始まったのは、多連装ロケット砲による長距離砲撃であった。

 ザクⅡの上空数百メートルに達したロケット弾は、1発あたり300個近い子弾をばら撒く。鋼鉄の雨。子弾の炸裂でザクⅡの装甲は破れない。が、それでも動力パイプをはじめとした防護されていない部位や、頭部ユニットが破損する機体が続出した。

 加えて第11機動師団司令部を困らせたのは、どこから撃たれているのかさっぱりわからない、ということだった。ミノフスキー粒子の登場以前であれば、対砲兵レーダーで敵弾の弾道から敵砲兵の発射位置を特定することができた。が、いまはその逆探知が封じられてしまっている。

 それと同時に超高空に滞空していたのであろう戦略爆撃機の編隊が、ザクⅡの上空に達した。馬鹿げた大火力投下。戦略・戦術爆撃機デプロッグはたった1機で500ポンド(227kg)爆弾を40発装備できる。

 それが9機。

 航空爆弾の雨が、地球の重力に曳かれるがまま高速で地表へ叩きつけられた。

 ミノフスキー粒子が戦闘濃度で散布されている以上、直撃はありえない。

 が、爆風と火焔と破片の嵐が近傍に吹き荒れて、無傷もありえない。

 全損、大破した機体はわずか3機にすぎなかったが、中小破機が続出。

 また後続の部隊も到着の見込みが立たない以上、彼らは退却せざるをえなかった。

 

「MSだけでは勝てない」

 

 第1地上機動軍団将兵が勝ち得た収穫は、それだけだった。

 後方部隊には必ず戦車を含む護衛をつけ、MSの頭上には戦闘機部隊を廻す――高まる従来型通常戦力の需要を満たすために、地球攻撃軍司令部は占領地域における鹵獲装備の戦力化を急ぎ始めた。

 61式戦車やTINコッドのような正面装備は容易に確保できる。

 あとはそれを使える人間が、早急に必要だった。

 

「……」

 

 地球連邦軍第2教化連隊――またの名をロストフ・ナ・ドヌー軍事刑務所。軍法会議において有罪となり、1年以上の懲役刑を科された将兵たちを収容の対象とするこの軍事刑務所は、ジオン軍によって“解放”された。

 そしていま仮初の自由を得た元・受刑者の中に彼はいた。

 

「どうだ、我々との取引に応じるつもりはあるかね」

 

 ジオン側の担当者の問いに、彼は満面の笑みとともにうなずいた。

 

「素晴らしい。全面戦争、つまり合法的な航空戦? 制空戦闘機同士の格闘戦が、まさか、信じられない。素晴らしい、素晴らしい時代だ――」

 

「ああ」

 

 オレンジ色の囚人服を着た男は、髭を剃ったばかりの顎に手をやると再び笑った。

 それから彼は、ジオン側の担当者に念押しした。

 

「まさかヘリやゲリラの車列相手の“弱いものイジメ”が主にはならないでしょうね」

 

「ならない」

 

 ジオン側の担当者は嫌悪感を隠したまま即答した。

 

「いや。多少はあるかもしれないが、相手は地球連邦軍だ。制空戦闘や対艦攻撃、対地攻撃――ああ、レーダーサイトや地対空ミサイル陣地に対する攻撃をやってもらうことになるだろう。君にはここに収容される前と同様に、セイバーフィッシュに乗ってもらう」

 

「セイバーフィッシュ。型式はなんですか」

 

「……FF-3DFだ」

 

「局地防空戦仕様機ですか。私が乗っていたのはノーマルのFF-3でしたが……でも、なんとか乗りこなしてみせますよ」

 

 サムズアップした彼に、ジオン側の担当者は引きつった笑みを浮かべた。

 

「ではこちらの書類にサインを」

 

 これから味方殺しをやろうというのに、オレンジ色の囚人服を着た男は何の躊躇もなく、ジオンの人間が差し出した書類に“テランス・オースティン・ルーズベルト”と署名した。

 

「それから君は戦前に反政府ゲリラの軽戦闘機を8機、そして――」

 

「地球連邦軍空軍のFF-3を2機撃墜していますね。ふふっ……まあ“不幸な事故”ですが」

 

「ああ。つまり我々ジオン軍戦闘機部隊の規定からしてもエース・パイロットの条件を満たしているといえる。機体のカラーリングやマーキングに希望はあるか?」

 

「戦前と同じものをお願いします」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「説明する」

 

 旧ポーランド領ミンスク基地に前進設置された地球連邦軍航空宇宙第1統合戦闘団司令部では、シルヴィア准将が書画カメラによって映し出された画像とともに立っていた。彼女は無表情のまま、次の言葉を吐こうとしていた。

 臙脂の視線とこちらの視線が、空中でぶつかる。

 

「我々航空宇宙第1統合戦闘団は、ジオンによって占領されたセヴァストポリ攻撃作戦に参加する予定だ」

 

 セヴァストポリ――俺の記憶が正しければ、黒海に面する旧ウクライナ領の都市であり、西暦の時代にも、この宇宙世紀でも一大海軍基地があったはずだ。

 

「知っての通り、セヴァストポリは連邦海軍黒海・地中海艦隊の根城(ねじろ)だった。ところが現在はジオン・地球攻撃軍の占領下にある」

 

「……」

 

 航空宇宙第1統合戦闘団の面々は、この冒頭部分だけで作戦の目的や内容にあたりをつけることができた。

 

「交戦の最中、連邦海軍将兵は艦艇の自沈や転進を試みたようだが――」

 

 シルヴィア准将が書画カメラを操作する地誌担当の宇宙軍軍曹、ジョバンニ・デ・コズウェイにアイコンタクトを送った。続いて映し出されたのは数枚の衛星画像、航空写真、隠し撮りされたと思われる写真。

 

――ドレッドノート級ミサイル巡洋艦『スターリングラード』。

 

――マクシム・ゴーリキー級重原子力航空巡洋艦『マクシム・ゴーリキー』。

 

――U691型潜水艦『ゼートイフェル』。

 

「見てのとおりだ。他にもミサイルフリゲートや戦車揚陸艦が健在らしい」

 

 イスタンブールやイスタンブールからこちら側――地中海を防衛したい連邦からすれば、悪夢以外の何物でもない。戦車揚陸艦は勿論だが、マクシム・ゴーリキー級重原子力航空巡洋艦は排水量7万トン近い“航空母艦”だ。航空母艦は回転翼機を数十機搭載できる――つまりヘリボーンが可能であるし、ピストン輸送で歩兵部隊や物資を送りこむことが可能である。

 もしもこれらの艦艇が敵の下で戦力化されれば、イスタンブールは陸海双方から挟撃されるかもしれなかった。

 

「厄介なことになる――」

 

 口を挟んだのは訓練担当幹部のカルロス・ナバーロ空軍少佐であった。

 

「でもそうさせないための我々、ですよね?」

 

「ナバーロ少佐の言ったとおりだ」

 

 シルヴィア准将がうなずくとともに、情報参謀のシム・ミンソク宇宙軍少佐に促した。

 

「はい。現在、行動中の水上艦艇はゼロです。潜水艦は3隻が姿を消しましたが、残る9隻は軍港内に残留しています」

 

 ジオン側からすれば貴重な艦艇だが再整備にしても、出航させるにしてもそれができる人間がいないのであろう。

 

「我々地球連邦軍欧州方面軍は海上からの脅威を取り除くべく、連邦空軍の戦闘航空団、爆撃航空団に攻撃命令を下した。作戦目標は、敵に捕獲された艦艇の撃破、セヴァストポリ海軍基地の機能破砕。我々も近くこのセヴァストポリ攻撃作戦――作戦名(オペレーション)急襲突風(バースト)に加わることになるだろう」

 

「まあ、我々の慣熟訓練が終わるまでに、他の部隊が決着をつけてくれそうですが……」

 

 訓練担当幹部のカルロス・ナバーロ空軍少佐は、そう独り言のように言った。

 

 が、そうはならなかった。

 

「全滅だと――」

 

 2日後、セヴァストポリ攻撃作戦に参加した1個戦闘攻撃中隊と爆撃機隊から成る戦爆連合が攻撃に失敗したという凶報が、航空宇宙第1統合戦闘団司令部に届いた。

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