【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか―― 作:河畑濤士
宇宙世紀0079年1月4日――スペースデブリとミノフスキー粒子に覆われたサイド2宙域で、8バンチコロニーに対する核パルスエンジンの装着作業は始まっていた。大質量のコロニーを移動させる以上、些細なミスも許されない。予定ではほぼ丸一日を作業に費やし、日付が切り替わる直前にエンジンに火を入れて8バンチコロニーの移動を開始することになっていた。
漂うコロニーの残骸にとりついた1機のザクⅡが、鈍く光るモノアイを走らせる。
8バンチコロニー周辺の警戒態勢は万全にはほど遠い状態だった。奇襲効果を最大限発揮するために半ば無秩序に散布されたミノフスキー粒子のせいで、敵味方ともに長距離捜索を可能とするレーダーや、通常の無線通信は封じられている。ミノフスキー粒子の妨害に比較的強いとされるレーザー通信もあるが、送受信軸を双方が合わせなければならないという不便さがある上、デブリによって物理的に遮られてしまうという問題点もあった。
要は連邦側と同様に、索敵も連携も不十分、というのが現状であった。
それでも8バンチコロニー周辺宙域を警備するジオン側の諸隊に、不安といった感情はほとんどなかった。
「楽勝だぜ――」
ザクを駆る多くのパイロットは、圧倒的勝利の興奮に酔いしれていた。
その上、彼らは8バンチコロニーを移動させることは知っていても、その移動先までは教えられていなかった。鹵獲したコロニーをサイド3にまで移送するのだろう、というくらいの認識であり、彼らの中で戦闘はすでに終了していたのであった。つまり彼らは8バンチコロニーの核パルスエンジン装着作業の重要性をまったく理解しておらず、もしも連邦宇宙軍がジオン側の作戦をひとたび察知すれば、死に物狂いで反撃してくるであろうということを想像だにしていなかった。
「連邦の
パイロットの中には操縦席にスナック菓子を持ちこみ、くつろいでいる者もいるほどだった。
(あれ、バーニア?)
実際、ザクⅡを駆るパイロットのひとりは視界の隅に青白い噴射炎を見たが、僚機に報せることすらしなかった。
また核戦争を想定して開発されたザクⅡC型の装甲板は、大抵のデブリを無視できるほど堅牢であり、パイロットの多くは飛翔体近接警報装置をオフにしていた。
「え」
故に彼らは奇襲を許した。
漆黒の空間を、青白い光を曳きながら純白の鋼鉄が翔ける。
核パルスエンジンの装着作業に従事していたザクⅡのランドセルに、超高速の弾頭が激突し、次の瞬間には白い爆炎が噴き上がった。
その傍を2発の赤外線誘導ミサイルが奔り、1発は核パルスエンジン、もう1発はエンジンを逸れてコロニーの壁面に衝突した。そして遅れて1機の小型戦闘機が、8バンチコロニーの外壁を沿うように翔けていく。
「ローベット軍曹!? 応答せよ!」
「くそったれ、連邦の!」
「撃ちますッ!」
誘導役のザクⅡがザクマシンガンを構えてフルオート射撃を開始したが、120mm徹甲榴弾はコロニーの分厚い外壁を削っただけで、高速離脱を図る小型戦闘機――FF-4Cトリアーエズを撃墜するには至らない。
「敵は1機!」
「青丸のマーキング!」
その1機を、曳光弾が追う。
が、当たらない。
レティクルに捉えたと思った瞬間、推力偏向ノズルが稼働して目標の未来位置がズレる。
その2秒後には銀翼はスペースデブリの合間に消えた。
「デブリの間に! 死んだだろ!?」
「命知らずがよ!」
「尾翼が青いやつだ、追え――!」
逃走するFF-4Cトリアーエズを追跡するために増速しようとしたザクⅡは、即座に急停止した。
小型ミサイルのシャワーが、ザクⅡの進行方向を横切ったからである。
何を慌てたか、あるいは数を誤認したか、彼らの母艦のムサイはたった1機の小型戦闘機に対して過剰ともいえる火力を投射したのである。しかも狙いはデタラメで、FF-4Cが飛び去った遥か後方――コロニーの外壁を多少傷つけるだけに終わった。
「帰還したハチノ少尉機のガンカメラの映像です」
コロンブス級『パロス』艦橋では、幹部たちがそれぞれの反応を見せていた。艦長は腕を組んだまま身じろぎひとつせず唇を舐め、思案を巡らせていた。巨大なモニターには、熱核パルスエンジンの装着作業が進むコロニーが映し出されている。
「連中、コロニーをサイド3まで移送するつもりか?」
「核攻撃を辞さない連中だ、万単位の人間の拉致くらいはするだろう」
「狙いは人的資源の確保?」
「だがコストが見合っていないのではないか」
『パロス』艦橋に詰める幹部たちは盛んに意見を戦わせたが、次の瞬間にシルヴィア中佐が放った一言で凍りついた。
「ハチノ少尉は、ジオンは地球へ大質量攻撃を実施する――つまりコロニーを直撃させるつもりだ、と主張しています」
訪れる数秒の沈黙。
真っ先に声を上げたのは、『パロス』の副長であった。
「地球に対する攻撃はあり得るだろう。が、核攻撃で事足りるはずだ。現に連中は大量のNBC兵器をいま使用している。わざわざコロニーを移動させてまで……」
至極真っ当な意見だった。
これに艦長も頷きつつ、しかしながら「その判断を下すのは我々ではない」とガンカメラの映像を艦隊司令部へ送信することに決めた。彼は正しい。コロンブス級『パロス』をはじめとするパトロール艦隊は、手足であって頭脳ではない。
◇◆◇
俺しかいないガンルームに、タバコの煙が一筋立った。
(単機攻撃では無理か)
前線の一パイロットでしかない俺が悪名高いコロニー落としを防ぐためには、ふたつの手段が考えられた。
ひとつは敵の警戒網を突破できる単機、あるいは少数機による核パルスエンジンへの攻撃。
もうひとつはジオン側の意図するところを艦隊司令部、さらに上級の司令部にまで報せ、原作よりも効率的な迎撃態勢を整えてもらうことで、コロニー落としの阻止をより完全な形で達成することだ。
しかし、前者が困難だということは先程の単機攻撃でよくわかった。弾頭重量10kg前後のミサイルでは、スペースデブリ対策が施された核パルスエンジンを破壊することはできない。
(セイバーフィッシュの対艦ミサイルでも――)
「セイバーフィッシュの対艦ミサイルでもあれを破壊するのは不可能でしょう」
シルヴィア・プロット・バックランド中佐がいつの間にか背後に立っていた。
「はい、仰るとおりです、中佐殿」
「敬称は要らないと言った」
「了解しました、中佐」
「うん」
満足そうにうなずいたシルヴィア中佐は、臙脂色の瞳を輝かせた。
「良いニュースが3つあります」
「聞かせてください」
「確かに貴官の攻撃は核パルスエンジンの破壊には至りませんでしたが、検証の結果、24時間以上の時間を稼ぎ出すことに成功したと推測されます。コロニーを推進させるだけの巨大な装置なだけあって堅牢であることには間違いありませんが、同時に再点検のチェックリストは膨大であるはずです」
「しかし、多少の遅延では意味がありません」
俺の反駁に、シルヴィア中佐は舌打ちをして、穏やかな笑みを掻き消した。
「まだ2つある。艦隊司令部は近傍の戦力を掻き集め、8バンチコロニーの核パルスエンジンを攻撃することに決めた。ここは今や“暗礁”――ジオンの連中はこの宙域を制圧したつもりかもしれないが、実際は違う。未だ連邦宇宙軍および連邦空軍の20を超える艦艇と数個の戦闘攻撃中隊が生残している。このコロンブス級『パロス』も、貴官も、本日から宇宙軍、空軍合同の航空宇宙第1統合戦闘団に編入された」
そして、と彼女は嗤う。
「参謀本部は航空宇宙第1統合戦闘団に航空機用戦術核弾頭を配備することを決定した。現在、核弾頭は輸送の途上だが、我々は12時間以内にこれを受領できる予定だ」
彼女が発した“核弾頭”、という響きに思うところは何もない。
現に敵はNBC兵器を濫用しており、それどころか戦略核弾頭の大気圏内使用が児戯に思えるような大虐殺を引き起こそうとしている。
戦闘機に核弾頭を装備する試み自体も、驚くべきことではない。冷戦時代には核弾頭を備えた戦闘機用の空対空ミサイルが存在していた。
「貴官には攻撃の一翼を担ってもらう。が、先程の単機攻撃で警戒は強化されただろう――怖いか?」
「怖い?」
オウム返しに俺は聞いた。
「まだ10年も生きていない子どもたちが殺されるかもしれない。生まれ育った街が消えるかもしれない。そっちのほうが怖いですよ」
本心である。
自身の死についてはまったく怖くはない。
なにせ“死”は終わりではない、と身をもって理解したからだ。
「それを聞いて安心したよ」
言うなりシルヴィア中佐は哄笑した。
「ジオンの連中には教育をしてやらねばならない。貴様らの勝利はMSによるものでも、ミノフスキー粒子によるものでもない。ましてや我々の戦闘機部隊が非力であったからでもない、とね」
彼女の瞳が、臙脂から血肉の色に変わる。
「“いま貴様らが優勢を築けたのは、奇襲効果とNBC兵器の濫用にすぎない。では、NBC兵器の撃ち合いとなればどちらが勝つか”とね」
臓腑が重くなったような気がした。
(ああ、こいつは家名から想像できるとおりの
俺の心中を知ってか知らずか、シルヴィア中佐はひとしきり嗤ってから「さて」と話を切り出した。
「何もなければ次の出撃は13時間後だろう。休息しろ。他に何か欲しいものは?」
「無誘導ロケット弾――M919・70mmロケットランチャー」
話を振られるとともに、そう即答してしまっていた。
彼女の前では口が裂けても言えないが、戦闘機1機あたりの戦闘力はMSに劣る。
その理由のひとつは、火力不足だ。FF-4Cでは空対空ミサイルを数発しか装備できない。FF-3セイバーフィッシュでも12発が限界。それを撃ち切ったら20mmから30mmの機関砲で戦うほかない。
ならばハードポイントには空対空ミサイルではなく、ロケットランチャーを備えたほうが手数の上では多くなる。航空機用のロケットランチャーは、最小のものでも1基あたり7発格納できる。最多のもので1基19発――。
と、考えを巡らせたところで、俺は大本命を言い忘れていることに気づいた。
「それとFF-3セイバーフィッシュ」
「いずれにしてもそれでこそエースパイロットだ」