【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか――   作:河畑濤士

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次回更新は6月28日ごろを予定しております。

結局のところしばらくは戦闘機に乗ります。



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■21.フライマンタ(5)vs私の――?

「ただのエースが、私の英雄(エース)に勝てると思うなよ」

 

 後部席から響いてくる妄言は聞こえていたが、口を挟む余裕はなかった。こちらは痛くなるほど首をひねり、蒼穹に浮かぶ敵影を肉眼で捉えるように努力しているところだった。空戦において大切なのは、レーダーをはじめとするセンサーに頼らないこと。特に赤外線誘導ミサイルについては、フライマンタのセンサーでは捕捉できない。肉眼で捉えた発射炎と白煙が、何よりの警報となる。

 しかし、ウォーパーティー。開戦派、あるいは好戦家の名に恥じぬ戦いぶりだ。なし崩し的にもつれこんだ緒戦の突進戦でもわかったことだが、多少の危険を前にしても退かない。むしろ格闘戦を得手としているようだった。俺も格闘戦は苦手ではないが、“この”フライマンタで挑みたくはない。さりとて一撃離脱戦法でも勝ち目はない――相手はメインスラスターに加えて、ブースターパックを4基も積んでいるのだから。

 

(つまり、まともにやっては勝ち目がない)

 

 シルヴィア准将は俺を買い被りすぎだ。機体性能をひっくり返してまで勝てるほど、ウォーパーティーと呼ばれる敵との空戦は甘くない。だが勝利条件を見つめなおせば、話は変わってくる。

 俺は前部操縦席側から無線通信の周波数を変えた。

 

「アーレイキャット。こちら地球(ジ・アース)。そちらの状況を報せ」

 

「ジ・アース。こちらアーレイキャット。概ね順調だ。このまま頼む」

 

「了解した。仕事が終わったら教えてくれ、それまではなんとかする」

 

「すまん」

 

「任せろ」

 

 アーレイキャット――ドミニク宇宙軍大尉の声を聞いて、多少は安心した。

 ウォーパーティーに勝つ必要はない。奴を釘づけにするだけでいい。あとは他の友軍機が仕事をしてくれる。作戦名(オペレーション)急襲突風(バースト)の目標は奴ではない。セヴァストポリ基地の無力化にあるのだから。

 

「来る」

 

 レーダー照射警報。視界の端――東の空に煤煙が滲み出すのを捉えながら、回避機動の布石として機体を傾ける。

 

(手数でも負けている)

 

 フライマンタが装備できる中距離空対空ミサイルは6発。翼端の発射レールに装備できる短距離空対空ミサイルを含めても計8発。対するFF-3DFは中距離空対空ミサイルだけでも12発だ。

 

(おそらくそれを向こうも頭に入れている。何発撃ったか、何発撃たれたか――)

 

 敵機からミサイルが切り離される瞬間を視認すると同時に操縦桿を引き、敵のシーカーから逃れるための機動を開始する。と、同時に機上電波妨害装置が作動し、発射母機と敵弾頭に対して欺瞞情報を送り始めた。

 

(電子戦ではこちらが上)

 

 空対空戦闘から空対地戦闘までこなす戦闘攻撃機フライマンタは、敵の地対空ミサイルシステムに対抗するために、制空戦闘機よりも強力な機上電波妨害装置を有している。とはいえ先述のとおり手数が違う。躱した直後からまたもう1発、超音速の弾頭が迫る。

 

「どうするつもりだ」

 

 現状、短距離空対空ミサイル1発分――数十kgの重りにしかなっていないシルヴィア准将が後部席(後部兵装操作席)で他人事のように言うので、俺はむしろ“冷めた”。

 

「まあ見ててください。シルヴィア准将、そっちに割り当てられている兵装のコントロールを俺にください」

 

「わかった」

 

「相手が撃ったミサイルの数、覚えてますよね」

 

「勿論」

 

「それが“常識”でよかったですよ――チャンスは1回きりだ」

 

 突進してくる空対空ミサイルをチャフで誤魔化し、敵弾頭のセンサーを近接防御用低出力レーザーで焼いて妨害する。躱しながらも自機の位置を西方へ寄せていくことを忘れない。装備した最後の空対空ミサイルを発射してから、俺はこれ見よがしに機首左右に装備する3連装ミサイルランチャーをパージした。これでこちらの対空用装備は30mm機関砲だけだ。

 向こうもそれを理解しているのか、明らかに動きが変わった。こちらに抵抗の手段がないとみて、一気に勝負をつけに高空から急降下してくる。4基のブースターを全開にしての一撃離脱戦法。その機体から放たれる空対空ミサイルは、十分な初速を得て高速でこちらを追尾してくる。

 が、敵のミサイルよりも俺がミノフスキー粒子の霧に隠れるほうが早かった。と、同時に機体を強引に引き起こす。上昇しつつも一方で急速に失われる速度。戦闘機としては死に体に近いが、敵機がこちらの弱点を衝くには“速すぎた”。

 

(俺の“下”を通る――)

 

 高速のFF-3DFはいま俺が操るフライマンタの下方を通り過ぎようとしている。敵はミスを犯したとは思っていないだろう。なにせこちらの武器は有効射程わずか1km程度の30mm機関砲しかない。背後から撃たれる前に、あるいは撃たれても振り切れると思っているに違いない。

 

爆弾倉(ステーション)オープン」

 

 爆弾倉が開放され、ドアの裏側に備えられたレーザー誘導ロケットの弾頭が起動する。

 

「馬鹿な」

 

「レーザー照準器アクティブ、マニュアル」

 

 眼帯状のスコープで敵機の背中を睨みつける。

 

「システム連接。クトゥグア、発射準備完了(オンステージ)

 

 敵パイロットが反応するよりも早く、レーザーで照準する。

 

「馬鹿な、きみは――!」

 

「発射」

 

 俺はトリガーを弾いた。

 狙いどおり。レーザー誘導式空対地127mmロケット“クトゥグア”は、FF-3DFの機体後部に直撃した。弾頭は薄っぺらい外装を貫通して炸裂し、尾翼やエンジンといった諸々を引きちぎる。脱落したブースターパックが虚空を舞う。FF-3DFスーパーセイバーは、煙を曳きながら墜ちていく。

 

「……負けましたよ」

 

 幻聴か、と思ったがまた相手がこちらの無線に割りこんだらしい。

 

「“お姫様”」

 

 背後でシルヴィア准将が何かを言おうとする前に、相手の声が響く。

 

「私は貴女の騎士に負けたのではありません。死を恐れぬ戦技を有する彼個人に負けました。そこをはき違えないようにしていただきたい」

 

 次の瞬間、遠く離れて小さくなった機影が爆散した。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 セヴァストポリ基地を無力化する、という作戦目標を鑑みれば、俺は何もしていないに等しい。ワルシャワ基地で開かれたデブリーフィングで戦果の確認が終わるとともに、そう反省した。ドミニク大尉以下、作戦に参加したパイロットたちは労いの言葉をかけてくれたが、こちらとしては反省しきりである。

 

 窓からは夕陽の光が入ってきている。

 

「……」

 

「……」

 

 地球連邦航空宇宙第1統合戦闘団司令部に残ったのは、俺と臙脂の瞳と銀髪が印象的なシルヴィア准将だけである。

 

「……素晴らしい」

 

 パイプ椅子に座ったまま、シルヴィア准将は感慨とともに口を開いた。

 

「敵の油断を誘い、爆弾倉の対地兵装で反撃。惚れ惚れとする技量だ」

 

「質問があります。なぜ准将は私の後部席に?」

 

 窓際に立ったまま、俺は彼女に聞いた。

 

「戦闘機部隊では指揮官が陣頭に立つのが伝統だ」

 

「確かにそれは事実ですね。西暦の頃から基地司令も戦闘機搭乗者資格を維持するのが、空軍の伝統です」

 

「しかしまあ、建前だ」

 

 彼女は正直に白状した。

 

「きみの活躍をいちばん近い場所で見たかった。そして確かめたかった。きみが私の――」

 

「准将、私は英雄になったつもりはないですよ」

 

「謙遜するなと言った」

 

「間違いました。貴女の英雄になったつもりはないですよ」

 

 ははは、と彼女は狂ったように笑った。

 

「そのとおりだ。きみはもはや私の英雄(エース)ではない!」

 

「……」

 

「私の神だよ」

 

 彼女の瞳がどす黒い血の色に満ちていく。

 

 俺は慌てずに、冷静に否定する。

 

「准将、私は准将の何者でもありませんよ」

 

「そんなことはない」

 

 彼女は激しく頭を振った。

 

「世界は狂った。客観的には地球人類の半数が死に、残る人々には大なり小なり悲しみと憎しみが残された。私の主観でいえば、現実と地続きだった世界は急におとぎ話の世界に切り換わった」

 

「おとぎ話?」

 

 彼女の口から出そうにない言葉に、俺は首をかしげた。

 

「そうだろう? スペースノイドの独立と自由を叫ぶ連中がスペースノイドを殺戮し、新兵器が従来までの通常兵器を駆逐する。地球連邦は核攻撃を受けたにもかかわらず、敵本土に対する報復核攻撃には踏み切らなかった。真正面からの飽和攻撃をやればいい。サイド3の軌道上に核弾頭をばら撒いてやればいい。しかしそうしなかった。しないまま南極条約を結んだ。なぜだ? 理由は? 誰も説明できない」

 

「そんなことはないですよ」

 

 と言いつつ、俺は薄ら寒いものを感じた。それはそうだ。

 

「確かに核攻撃は政治的判断がつきまとうことだ。納得するしかない。が、つい昨日、V作戦に関係する人間から話があってね。きみが言ったとおりだったよ。FF-6NXをもとにした変形脱出機構を連邦製MSに組み入れる予定らしい。変形、合体――馬鹿げている。理由を聞いたよ。誰も説明できない。狂っている。開発関係者でさえ説明できない! 私に指摘されてはじめて学習型コンピューターが云々と“理由を考えている”んだ! 狂っている!」

 

 なぜなら宇宙世紀は、ガンダムをはじめとする人型機動兵器を活躍させるための舞台であり、もともとは変形、合体を必須とするオモチャの販促のために構築された世界だからだ。

 

「准将、現実を直視してください。過去にも新兵器の登場によって――」

 

 バタン、とパイプ椅子が倒れる音がした。

 俺は気がつけば彼女に掴みかかられ――押し倒されていた。

 

「私は恐ろしいのだよ! 私の理解できない理屈で、私が信じていたものや、私が情熱を傾けてきたものが否定されていく。なあ、次に出てくるのはなんだ? ドリルとタイヤがついた宇宙戦艦か? 3機の宇宙戦闘機が合体するロボットか?」

 

「……」

 

 後の時代の話にはなるが、あながち間違っているとはいえない。

 

「きみは私が狂っていると言いたげだが、私に言わせればこの世界こそが狂ったのだ」

 

「……」

 

「こんな狂った世界で、私の兵科――戦闘機はこの先、生き残れるのか?」

 

 泣き出しそうな彼女の表情に、俺はかけるべき言葉を見つけていた。

 

「生き残れないですよ」

 

 ここは『機動戦士ガンダム』の宇宙世紀なのだから。

 

「言うな!」

 

「戦闘機という兵科自体はわかりませんが、少なくとも俺をはじめとする多くのパイロットは戦闘機に乗っていたら生き残れません」

 

「頼む、きみは私の神だ。戦闘機という兵科の希望だ。きみが、きみだけがこの狂った世界で戦闘機のあるべき価値を示してくれる! きみは私に正しい世界を見せてくれる! きみを今回の件で試したことは謝ろう、すまなかった! 私のきみに関する軽率な発言も慎もう! 私がもっているもので欲しいものはなんでもやろう! だから――」

 

「多くのパイロットが、MSに転科するでしょう」

 

 瞬間、シルヴィア准将は、泣き叫んだ。

 彼女の心情は、わからなくはない。俗っぽいたとえをするなら、ガンダムシリーズの続編でMSが全面的に否定され、移動式要塞と宇宙戦艦の会戦が延々と続く代物を見せられるのに近いものがある。

 しかし彼女は数秒で、落ち着いた。

 

「ははは……」

 

 彼女は燃え滓のような瞳で、こちらを覗きこんだ。

 

「私の神――いや、違う。貴官がそう言うなら、そうなんだろう」

 

「……」

 

「戦闘機は、こ、この先、生き、き、のこれない――」

 

「……」

 

「いくら兵科がち、違うと強がっても、つ、つなぎ――それが、戦闘機の歴史的役割なのだろうな。これが世界の意思、とでも言おうか。この数年間はともかく、いずれは普及したモビルスーツにとって代わられる」

 

「……」

 

「狂っていたのは、私のほうだったか」

 

 俺は肯定も、否定もできなかった。

 

 確かに彼女も狂っていたかもしれないが、この世界も狂っている。

 

 新たなおとぎ話を作り出すために戦乱が無限に生み出されるこの世界で、正気を保っていられるほうがおかしい。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 翌日、ジオン地球攻撃軍は北米大陸に対する第2次降下作戦を発動した。

 

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