【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか―― 作:河畑濤士
――現実ですよ。
地球連邦軍バランキージャ空軍基地(旧コロンビア航空宇宙軍バランキージャ基地)に向かう水陸両用飛行艇の中で、シルヴィア准将は自省していた。狂っていたのは己自身であった。世界が狂ったというのは主観でしかなく、主観というのは自身の精神状態や思考によって左右される。故に受け取る自身の頭脳に狂いが生じていれば、外部環境もまた狂って見えてしまう。それにたとえ客観として世界が狂っていたとしても、その現実で生きていくほかない。
人員50名が搭乗できる飛行艇の座席は、ほとんど埋まっていない。
シルヴィア准将はB4サイズの手帳を開くと、最後の頁に挟んだ写真に視線を落とした。
(地球連邦宇宙軍第71戦闘攻撃中隊“ブルー・スターズ”)
宇宙世紀0078年末に残留組で撮った集合写真。銀髪と真紅の瞳をもつ宇宙軍中佐が中央で腕を組み、生真面目な表情でこちらを向いている。
(バカどもが……)
その周囲のパイロットたちは、半笑いで思い思いのポーズをとっていた。
(貴様らはなぜいまここにいないのだ……)
理由は彼女自身がよく知っていた。
サイド2への先制核攻撃による混乱で上級司令部と連絡が取れない中、第71戦闘攻撃中隊を指揮する宇宙軍中佐は敵の攻撃が近いとみて、航空母艦『フューリアス』の艦長と相談したうえで、稼働機をすべて発進させることを決断した。これは宇宙軍、空軍の人間の一般常識といっていい。
だが『フューリアス』は、陣頭指揮を執ろうとした宇宙軍中佐のFF-4Cトリアーエズを含めた4機が緊急発進したところで、敵の攻撃で受けて轟沈――そこからの記憶は曖昧だが、敵のモビルスーツとの交戦で結局生き残ったのは、宇宙軍中佐が操るFF-4Cだけであった。
(この世界では、悲劇ですらない。普遍的な事象だ)
にもかかわらず、彼にすがった。
そして彼に、突き放された。
(しかし、モビルスーツか)
私の神、と口走ったのは狂気半分、正気半分だ。なにせ彼はこの戦争の推移をはじめとした多くの事象を言い当てている。彼が戦闘機パイロットの多くがMSに転科する、と言うならばその可能性は大いにあるのだろう。
(確かに戦闘機よりもMSのほうが生残性は高い)
彼女の中ではCFB計画とMSの開発を推進するV作戦の共存が成立している。MSの操縦適性が高いパイロットはMSを主力とする部隊に異動すればいいし、そうでないパイロットはCFB計画の下で開発が進行中の熱核融合炉搭載型戦闘攻撃機で活躍してもらえばいい。
(優秀な人材を思えば――少なくとも空間戦闘においては――MS主兵も間違いではない)
しかし、MSの戦力化には正直なところ2年前後はかかるだろうから、それまではCFB計画が“つなぎ”になる。そのあとMSが戦争の花形となり、戦闘機が消え失せていくのであればそれもやむをえないことであろう。
(しかし戦闘機からMSに転科するパイロットは、そう容易くMSに馴染めるのか)
彼女は小首をかしげた。
(もしかすると連邦空軍は、空軍向けのMSを望むかもしれないな……)
地球連邦軍と十把一絡げに評されることも多いが、実際のところその任務や性質は陸軍、海軍、空軍、宇宙軍、戦略ロケット軍と、この五軍を統合指揮する諸地域の方面軍によって異なる。
MSが戦争の主兵となるのであれば、戦略ロケット軍はともかく、他の四軍もまたMSを何らかの形で配備したいと思うだろう。が、宇宙空間の治安維持が主であり、自由自在の機動を理想とする宇宙軍が欲するMSと、地球やコロニーの重力環境下および大気圏内の治安維持を第一とし、その周辺の宇宙空間での任務を第二とする空軍が欲するMSの性質は、違ったものになるのではないか。
(宇宙軍と違い、空軍は空気力学を重視したいはずだ――)
◇◆◇
(さすが赤道近傍、か)
俺は南米の蒸し暑さに、数時間でうんざりしていた。
地球連邦軍航空宇宙第1統合戦闘団は
「北アメリカ州はどうなっているんですかね」
エアコンが壊れているバランキージャ基地の片隅――明日からは航空宇宙第1統合戦闘団司令部が設置される一室――で荷物運びを手伝いながら、俺はシルヴィア准将に問うた。
「
彼女は壁に北米南部から南米北部までが描かれた中米の地図をかけると、うんざりした声色で言った。
「ジャブローはまったく情報を下ろしてこない。中米に敵が突入強襲を敢行し、大損害を被ったということまではワルシャワでも聞いたが、それ以降は音沙汰なしだ」
「便りがないのはよい報せ――とはいきませんね」
「ああ。だが私にはあとふたつ、情報を得るためのルートがある。そのうちのひとつは、実家だ。これは他言無用だが、北米のハービック社製造工場や関連企業にはアジアへの疎開が指示されている。工作機械や資材の移送が間に合わなければ、従業員だけでも移動させるようにも、な」
「北米は――」
「戦場になる。あるいは中米が陽動で、すでに北米に敵本命が再突入に成功し、戦場になっているのかもしれない」
「それもわからない、といったところですか」
原作どおりであれば、北アメリカ大陸は苦戦どころかその過半がジオンの手を陥ちると知りつつも、俺はそう聞いた。
「そのとおりだ」
シルヴィア准将は手の甲で汗を拭うと、机上に置いたミネラルウォーターをこっちに投げて寄越した。
「だが我々が南アメリカ北部のここに移されたのは、間違いなく“備え”だろうな。ジオン軍が北米・中米の要所を抑えれば、次はパナマを渡って南米に進出する、と考えるのが道理だ」
「……」
「あるいはジャブローが情報を下ろしてこないのは、彼我の優劣どころの話ではなく、正確な戦況が掴めていないからかもしれないな」
冗談っぽくシルヴィア准将は言ったが、ありえない話ではない、と思った。
知っている話として有名な例としては、第二次世界大戦のそれがある。帝国海軍はギルバート諸島沖航空戦で米空母を8隻撃沈、ボーゲンビル沖航空戦で米空母を7隻撃沈、台湾沖航空戦で米空母を10隻以上撃沈と戦果を誤認している。戦場の霧と苦戦の最中では戦況をまとめ、戦果を確認するだけでも難しいものだ。
一応、戦闘団司令部として格好がつくところまで作業をしたところで、航空宇宙第1統合戦闘団の人間は格納庫に赴き、新たに配備された戦闘機と対面することとなった。
「新型……」
ドミニク大尉は腕組みをしたまま、小首を捻った。
俺たちの目の前に在ったのは、不格好な戦闘機である。赤、青、白のトリコロールカラーで仕上げられたそれは、1枚の垂直尾翼と可変式主翼を有している。機体規模に比べると、操縦席と機首のサイズがかなり大きく、外観は少々――というかかなり奇異であった。
が、俺はこの戦闘機のことを知っていた。
「小型の軽戦闘機? トリアーエズで懲りたんじゃ?」
そう言ったのは戦闘団が擁するパイロットの中では最も若手のスタンリー・ウェイン・ランカスター空軍少尉であった。
「……」
彼が言いたいことは、よくわかった。
開戦以降、FF-4トリアーエズのような軽量の小型戦闘機は、パイロットたちの間で評判が悪くなっており、その一方でFF-3セイバーフィッシュ系列やフライマンタ戦闘攻撃機への搭乗を望む者が増えている。小型戦闘機は敵MSと戦うにはあまりにも非力すぎた。
しかし目の前の“新型”の機体規模感は、FF-4トリアーエズ系列と同程度でしかない。
パイロットたちの感想が一通り出揃ったのを待って、シルヴィア准将は口を開いた。
「FF-7XF。先日、ジャブローの地下工廠で組み立てられたばかりの新型機だ。ペットネームはまだない」
俺は本来ならば、あるいは今後名づけられるであろう愛称を知っていた。
(コア・ファイター)
小型核融合炉2基を有し、機体構造の大部分にルナ・チタニウム合金が用いられた極めて強力な戦闘機である。
◇◆◇
次回更新は7月2日を予定しております。
◇◆◇