【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか―― 作:河畑濤士
◇◆◇
次回更新は7月13日ごろを予定しております。
◇◆◇
北米・中米・南米で始まったのは、航空撃滅戦であった。互いに敵の航空戦力を釣り出して叩き、あるいは敵基地を攻撃して航空部隊の運用に制限をかけるとともに、航空機の地上撃破を狙う。
この航空撃滅戦に最初に乗り出したのは、連邦側であった。連邦海軍大西洋艦隊は北米に突入する敵を迎撃できなかった憂さ晴らしとばかりに巡航ミサイルを連射し、敵航空基地を乱打した。それを阻止するためにジオン軍は対艦攻撃機を出撃させたが、それはそれで連邦海軍大西洋艦隊の望むところ――艦上機とミサイル巡洋艦が構築する艦隊防空網が、彼らを容易く退けた。
一方、ジオン側も南米に対する空爆に乗り出した。攻撃空母ガウと戦術爆撃機ドダイ、そして護衛の戦闘機隊から成る戦爆連合を投入した本格的なものである。
が、即座に頓挫した。
「
たったの一航過で最先鋒のドップ2機が墜ちる。他でもない攻撃空母ガウによって生成されたミノフスキー粒子の雲海を切り裂く、超音速の強襲。擦れ違った戦術爆撃機ドダイの搭乗員たちは、目を丸くして敵機の翼に描かれた“地球”を見た。
「野郎、エンタープライズと一緒に沈んだはずじゃ……!」
太陽に向かって急上昇に転ずる赤・青・白の色彩。これを追撃するために反転する護衛戦闘機たち――それを無視してFF-7XFは高空にて獲物を見据えた。ミノフスキー粒子の影響を受け難い赤外線監視装置は、十数基の熱核ジェットエンジンを捕捉している。
「対空防御!」
自衛用として攻撃空母ガウに備えられた12基の対空砲が射撃を開始するが、FF-7XFのパイロットからすれば逆に好都合であった。対空砲火に巻き込まれないようにドップ戦闘機がガウから一斉に離れていく。それとは対照的に、FF-7XFはフルスロットルで火線の中心へ飛びこんだ。
「敵機、ダイブしてきます!」
「くそ、カミカゼか!?」
体当たりではない。FF-7XFは攻撃空母ガウの後背上方から急降下し、赤外線誘導ミサイル2発と数百発の機関砲弾をガウの熱核ジェットエンジンに叩きこむと、ガウを追い越すような格好で主翼前方の空間を下方へ抜けていく。ガウの機体下部に備えられた対空砲は反応する時間さえ与えられない。位置エネルギーを瞬く間に速度エネルギーに変換したFF-7XFは、すぐに対空砲火の有効射程外へ飛び去った。
「ガウは大丈夫だ、あの程度で墜ちはしない!」
ガウの右主翼は白煙を曳いているが、それ以外に異変は見受けられない。
「ジ・アースを墜とせ!」
護衛戦闘機を駆る編隊長は追撃戦を指示する。
「てめえの首にはエラい賞金がかかるだろうよ!」
「ここは宇宙空間とは違うと教育してやる!」
高空から低空へ、位置エネルギーの貯金を使い果たしたFF-7XFの無防備な背中に、4機のドップが殺到する――とともに横合いから赤・青・白の塗装を纏った戦闘機隊が割って入った。それを見て、戦術爆撃機ドダイを守るために高空に控えていたドップたちも、眼下で始まった格闘戦に加入する。
それが、シルヴィア准将とドミニク大尉の狙いであった。
「アーレイキャット、クリムゾン。剣を抜け」
「クリムゾン、了解」
低中空域で始まった戦闘を眼下に、1機のFF-7XFに先導された編隊が高速進入する。
「目標割当」
フォーメーションを組んでいるのは、局地防空戦仕様FF-3DFスーパーセイバー。
その翼下には4発の対艦ミサイル。否、対艦ミサイル然とした全重量700kgの長距離空対空ミサイルである。弾頭の重量は、通常の空対空ミサイルの3倍はある。
純白の弾体には、「
長距離空対空ミサイルの相場は射程200km以上が相場で、遠方から敵爆撃機を撃墜するための代物だが、ミノフスキー粒子が戦術的に活用される開戦以降は無用の長物と見做されてきた。使用するとするならば、開発時の想定よりも目標までの距離を詰めるほかない。が、自然と鈍重になる発射母機は敵機に狙われたらひとたまりもない。ゆえに敵の護衛戦闘機を排除、あるいは目立つ囮を用意して引き剥がすほかなく、性能よりも使いづらさが先にくる武器となっていた。
「ドラゴンスレイヤー、オンステージ」
12機から成るスーパーセイバーの編隊から数十本の白煙が伸びる。その先にあるのは戦術爆撃機ドダイと攻撃空母ガウ。マッハ8まで急加速した鋼鉄の塊は、彼らに反応する間も与えない。直撃、というよりも轢殺に近い。
攻撃空母ガウの対空砲火は、全くの無力だった。砲弾を置き去りにした超音速の鏃は、次々とけばけばしい紫色の外装に突き刺さる。噴き出す火焔。黒煙を吐きながら、その巨躯は徐々に高度を落としていく。
「ガウが――!」
緩やかに海面へ向かうガウ。低空で天地逆転の格闘戦に臨んでいたドップのパイロットたちは呆けた。
その好機を逃さず、FF-7XFから成る戦闘機隊は戦域を離脱した。
◇◆◇
(FF-7XFが、というよりも戦闘機自体の火力に限界がある)
俺たち戦闘機部隊の人間からすれば、事実の再確認が続く日々であった。
MSに対して制空戦闘機の攻撃力、防御力が不足しているのは既知のとおりだったが、攻撃空母ガウが登場したことで空対空戦闘においても前線部隊のパイロットからは火力不足が叫ばれるようになりつつある。今後、ザンジバル巡洋艦やアッザムのようなMAが登場することを考えると、早期に解決すべき問題だ。
シルヴィア准将はメガ粒子砲を備えた戦闘攻撃機の開発と生産をせっついているようだが、まだ時間がかかるようであった。が、一応、連邦空軍、連邦宇宙軍では核融合炉・メガ粒子砲搭載型戦闘攻撃機の完成までの“つなぎ案”があるらしい。
そんな折、航空宇宙第1統合戦闘団の任務ローテーションが、戦闘作戦割当から練度向上訓練割当になったタイミングを見計らって、俺とシルヴィア准将はエアコンのよく利いたジャブローに召喚された。
「お久しぶりですぅうううう! 私は連邦空軍少佐で京大航空宇宙学研究科博士のぉおおお……」
「
我々を迎えたのは、癖原少佐と初老の男性だった。本来ならば長身なのであろう北欧系男性は青い瞳でこちらを認めると、連邦軍で採用されている車椅子に座ったまま、こちらに敬礼した。
「はじめまして、お会いできて光栄です。小官は連邦宇宙軍大尉で、V作戦における軍種間の協力推進を担当しております、グリーン・スヘーデルと申します。こちらから伺うことができず、申し訳ございません」
「連邦空軍大尉、ノイジー・ハチノです」
グリーン大尉は車椅子を器用に操ると「こちらです」と言いながら、椅子を引いて我々に着席を勧めてくれた。彼の胸には“航空賞賛章”をはじめとする無数の略綬があり、その中には“戦傷章”があった。
「早速本題に入ろう」
シルヴィア准将は余計な話はするつもりがないらしく、すぐにグリーン大尉に質問した。
「連邦初のMSが完成したそうだが」
「はい。正確には連邦初MS試作機が完成した、というところです。こちらです」
グリーン大尉は1枚、紙の資料を配った。
「これがモビルスーツ?」
シルヴィア准将は正直な感想を口にした。
資料に載っているイラストは、無限軌道の上にMSの上半身を載せたという格好のそれである。両腕部先端には存在するのは、マニピュレーターではなく種類不明の4連装砲だ。そして両肩部に長大な火砲を背負っている。
「戦車にしかみえないが……」
困惑する彼女に、むしろグリーン大尉は安堵したようだった。
「戦車。そのとおりです。このMSの開発にかかわった技術士官は“まるで豆腐の上のところてんじゃねーか!”と絶叫していました。小官の感性がおかしいのかと……」
「貴官の感性は正常だよ。しかしこれが連邦初のMS?」
シルヴィア准将がそう訝しがるのも当然だ。
俺の網膜に映っているのは間違いなく、RX-75ガンタンクである。確かにこれがモビルスーツです、と紹介しても出る言葉は「戦車にしかみえない」だろう。しかしこんな戦闘重量約80トン超の重戦車然としたなりでもスラスターを有しており、宇宙空間は勿論、重力下でも限定的な滞空戦闘が可能なのだから、まともな感性の人間が「この世界は狂っている」と口走るのも無理はない。
「一応、宇宙軍はともかく、陸軍からは好評です」
陸軍関係者が欲しているのは、ザクⅡと真正面から殴り合って勝てる正面装備である。
そういう意味でいえば、ガンタンクは及第点だ。ザクⅡを真正面から撃破可能な長砲身火砲、ザクマシンガンの直撃にも抗湛するルナ・チタニウム合金製装甲、61式戦車とは一線を画す機動力。格闘戦能力がないのが惜しいところだが、あったとしても陸軍の戦車兵に機械を操作しての白兵戦をやった人間がいないので、優先度は低い。
「われわれV作戦の人間もいち早く結果を目に見える形にしなくてはいけない。陸軍側でくすぶっていた重戦車開発計画を利用した代物ですよ、これは。おっしゃるとおりMSとは言いながらも事実上の重戦車に近い、かもしれません」
「逆にV作戦が利用されてはいないか? MSと名乗っておけば予算が使える、そんな状態になってはいないだろうな」
「実情はどうであれ、ジャブローやルナツーの人間は前線部隊の将兵に、より優れた兵器を渡すために努力しています。これだけはご承知ください」
「……わかった」
「そしてここまではまだ導入の話にすぎません」
グリーン大尉は俺たちからぬかりなく資料を回収すると、2枚目の資料を渡してきた。
「情報部から下りてきた話なのですが、どうやらジオンは大気圏内用単独飛行型MSの開発を推進しているようです」
「飛行型MS?」
思わず聞き返した。
1年戦争におけるジオン側の単独飛行型MSと言えば、グフ飛行試験型やグフフライトタイプが挙げられるだろう。というよりも俺はその程度しか単独で飛行できるMSを知らない。そのため単独で飛行できる敵MSは、まずベースとなるグフが完成してから登場する、という認識があった。そしてその時期は、原作においてランバ・ラルが搭乗するグフでさえプロトタイプ機を改修したものにすぎない以上、9月あるいは10月以降という考えだった。
(が、機動戦士ガンダムシリーズほど“原作知識”があてにならない作品はない――)
俺の心中を知っているはずもないグリーン大尉は、「ええ」と頷いた。
「MS-6FWXザク・ウィング。いえ、ジオン訛りを念頭において、より正確に発音するならば、ザク・ビングとなるでしょうか。あるいはザク・ズビルド、とも呼ばれているようです。詳細は不明ですが、背負い式の全翼機ユニットが目撃されています」
「厄介だな」
MS優位という現実に向き合うことを決めたらしいシルヴィア准将はそう言ったが、あまりにも馬鹿げていると思う。だが悪いことばかりではない。一年戦争の軍事技術で単独飛行が可能なMSが開発されたとしても、結局は「ドダイに乗せたほうがより効率的」と評価されるほどのものが登場するだけであろう――勿論、俺が知らない外伝作品があれば話は別だが。
しかし話はそこで終わらなかった。
「そこで、です」
グリーン大尉は難しい顔で2枚目の資料を読むように促した。
「実は宇宙軍・空軍の強い意向もあり、我々も戦闘機型MSの開発に着手することになったのですよ」
「ハア?」
慌てて視線を紙上に落とす。
「戦闘機型MSも何も、我々は未だ先程の戦車もどきしか開発できていないではないか……」
シルヴィア准将の言葉が、遠のいていった。
資料の最上部には、誇らしげに表題がついている。
――RX-75F戦闘機型MS(仮称:ガンファイター)の試作について。
外見を一言でいえば、「戦闘機に上半身を載せたガンタンク」である。理解ができない。
(が、機動戦士ガンダムシリーズほど“原作知識”があてにならない作品はない――)
もちろん記憶にない機体だが、もしかするとMSVや外伝作品にこんなMSがあるのかもしれない。マンガや模型雑誌、OVA、ゲーム、最新のWeb限定配信作品まですべてを網羅するのはかなり厳しいため、ありえない話ではないだろう。極端な話、俺が死んだあとに後づけで存在することになったのかもしれなかった。
「先程の戦車型MSにはガンタンクという愛称が与えられる予定です。なのでガンタンクの設計を流用して開発される予定の
シルヴィア准将は思わず彼の言葉を遮った。
「グリーン大尉。このガンタンクやガンファイターの開発を担当しているのは誰だ」
「MS開発の中心人物はテム・レイ大尉ですが、ガンタンクの開発に最もかかわりが深いのはクローバー・ボー・セブン宇宙軍大尉です。またガンファイターの発案も彼によるものです」
「なぜジオンといい、
「……担当者がラリっていたとしか」
グリーン大尉は曖昧な表情を浮かべて、言葉を続けた。
「それでですね、えー、このガンファイターの試作機が完成した暁には、航空宇宙第1統合戦闘団に実地運用試験もかねて配備がされる予定で――」
「こんな空気力学を無視した機体をか?」
「……担当者がラリっていたとしか」
「クローバー大尉に伝えてほしい。もしも実地運用試験を実施するのであれば、まず貴官が搭乗したうえで、我々に飛ばし方を指導してほしい、とな」
シルヴィア准将のこの世界は狂っているという発言は、あながち間違いではなかった、ということだろうか。
(が、機動戦士ガンダムシリーズほど“原作知識”があてにならない作品はない――)
もしかしてもしかすると、単独飛行型ザクや戦闘機型ガンタンクも原作準拠なのかもしれなかった。