【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか―― 作:河畑濤士
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次回更新は7月21日を予定しております。
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“史実”を知っている人間が存在するとすれば、“史実”とジオン・連邦の軍事戦略と地球における戦況が微妙に食い違っていることに気づくだろう。
地球の北半球は夏を迎えようとしているが、欧亜大陸をみれば、ジオン公国軍は未だ東ヨーロッパの一部、中東、旧ロシア連邦の一端を占領しているだけであった。北米大陸は連邦軍の主要基地と政治的価値の高い大都市の占領に成功していたが、結局のところ“点と線”の支配にすぎず、内陸部で連邦陸軍、連邦空軍、連邦宇宙軍は頑強に抵抗していた。
西海岸、東海岸の双方の敵と対峙する連邦軍諸隊を支援するのは、北米大陸に次ぐ軍需産業の根城・東アジアからベーリング海峡を経由する補給路と、南米からの空路である。特に後者は、孤立無援となった友軍の生命線となった。
連日、南アメリカ州北部の空軍基地から戦術輸送機ミデアが約150トンの物資を積んで飛び立ち、これを阻止しようとするジオン軍航空部隊との間で攻防戦が生起した。
「無駄な足掻きだ」
ジオン地球攻撃軍の関係者は連邦空軍の空輸作戦をそう断じ、鼻で笑った。
包囲下にある連邦陸軍の部隊を空輸だけで維持できるはずがない、と。
しかしながら統合参謀本部副議長、サヴェリオ・デ・モル空軍大将には自信があった。
「西暦1948年、“
輸送機部隊を精力的に廻り、彼はそう演説をぶった。
「1機あたり10トン程度までしか運べなかった当時の輸送機でさえ、多くのベルリン市民を救うことができた。翻って我々は1機あたり150トンを空輸できる戦術輸送機を有している。先輩方にできたことを、我々ができないはずがない」
無論、空輸による補給作戦は前線の輸送部隊の努力だけで成立するものではない。
「ヨハンくんもサヴェリオくんも簡単に言ってくれる」
統合参謀本部議長の男は淡々と膨大な物資集積・分配とそれに伴う事務作業の指揮を執る。
己は人類の、地球連邦の寄生虫にすぎない、と自嘲し、実際に私腹も肥やしている男は、だがしかし、この戦時に必要な人間であった。政治的、人的コネクションを有する彼は、戦場で不足しているものがあるとみるや否や、懇意にしている企業や人脈を最大限利用してその全てを用立てた。彼はヨハン・エイブラハム・レビル地球連邦軍最高司令官が計画中のオデッサ作戦、その準備の片手間に北米方面の兵站の調整をやってのけた。
一方、ジオン公国軍の関係者たちは戦争の指導計画と実際の戦局の乖離に悩み、迷走を始めていた。
「第二次世界大戦から戦史を紐解けば、戦争の勝者は空を制した者だということがわかる」
そう豪語したのはキシリア・ザビであった。
“史実”では地球の7割は大洋である、と語って海洋戦力の拡充を推進した彼女だが、
が、彼女やジオン公国軍関係者は、海上優勢よりも大気圏内における航空優勢に目を向けた。空間戦闘においては予想以上の働きをみせたMSだが、重力に支配された地球上ではその移動力が大きく局限された。
「宇宙空間を滑っていた俺たちは、地球じゃ這いつくばって戦争している」
それが地上機動軍団に所属するMSパイロットたちの正直な感想であった。
加えて携行火器では高空を亜音速で飛翔する航空機を撃墜するのは困難であり、2万メートル以上にまで上がったミデア戦術輸送機にまでなると地上からは手出しができない。
勿論、以前からMSの地上における戦術的速度の遅さや、航空優勢の重要性は理解していた。そのためMS母艦となる攻撃空母ガウや制空戦闘機ドップの戦力化をすませていた。しかしドップの性能は良く見積もっても連邦空軍の戦闘機と同程度でしかない。加えて地球規模でみれば数的不利であり、航空優勢を確保することは困難であった。
故にキシリア・ザビは現在開発中のグフとドダイ戦術爆撃機に跨乗させるSFS(サブフライトシステム)の試みを支援するとともに、ザクⅡ地上戦仕様型(J型)にも同様の機能を早々に追加するように指示を下していた。
のみならず彼女は大気圏内の単独飛行が可能なMSの開発を急がせた。
――MS-06FWX・
その最先鋒が、二等辺三角形の全翼機に胸部ユニット以下を吊るした、という格好のMSであった。離着陸はリフトファン方式の排気ノズルを95度下方へ向けることで垂直に行う。武装は主腕部にて保持する120mmザクマシンガンと、主翼下のミサイルランチャー。近接戦闘は通常のザクと同様にヒートホークを腕部ユニットで保持して行えるが、一方で脚部先端にも、グフへの装備が検討中の形状記憶展開式ヒートサーベルを有している。
ザク・ビングの試作機は早速地上に降ろされ、その機体特性上から戦闘機パイロットから適性のある者があてがわれた。
こうした早急な航空戦力の拡充に、慎重な意見が突撃機動軍および地球攻撃軍の中からも出たが、北米にて地球連邦軍が強力なガンシップを戦線投入してきたことから、むしろ勢いがついた。
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「畜生……」
RX-75FXガンファイターは複座型である。前部操縦席と後部兵装操作席があり、120mm低反動長砲身砲や両腕部の4連装ガンランチャーの操作は、後部席に搭乗したパイロットが行う。ただし緊急時を想定して、前部席で兵装の操作、後部席で操縦も可能になっている。
そして実機慣熟訓練からここまで数回経験してきた実戦まで俺が組むこととなったのは、クローバー・ボー・セブン宇宙軍大尉――つまりこの航空戦仕様ガンタンクを発案、開発した張本人であった。どうやらシルヴィア准将の言葉を真に受けたらしい。
「連邦に人質をとられてなきゃ……」
後部席にて物騒なことを言っているが、もう慣れた。
「連邦に給料さえ人質にとられてなきゃ、俺だってこんなこと!」
毛量の多い金髪を丸くまとめた髪型と、肩回りに集中している筋肉のつきかたが、彼の異常性の片鱗を視覚化していた。現在こそ網膜投影型の照準器を装着しているが、普段は漫画やアニメのヴィランがかけていそうなサングラスをしている。
言動も不条理ギャグから飛び出してきたものが多い。
が、仕事は正確だ。
「俺の給料のために死ねやぁあああああ!」
発砲の衝撃が全身を襲う。右緩旋回中に、3時方向へ120mm砲の連射。砲撃に伴う反動を最大限低減させるために砲尾から後方爆風を生じさせるが、それでも反動を殺しきれるはずがなく、射撃の度に体勢が揺らぐ。が、このRX-75FXガンファイターの火器管制装置を開発した人間は天才であり、反動が生じて体勢が揺らぐとともに砲門が自動で照準を修正する。
しばらくしてから遠方に次々と土煙が立ち、その最中に爆炎が噴き上がった。俺の肉眼では戦果を確認することは難しいが、おそらくザクⅡに直撃弾を浴びせることに成功したのであろう。
……そしてシルヴィア准将いわく、彼は信頼できる、らしい。つまりふざけてはいるが、復讐に突き動かされているタイプの人間だ。出身地はサイド1――。
「次は――」
彼が次の目標を選定する間、素早く首を振って周囲に敵影がないか確かめた。ミノフスキー粒子散布下では、敵はアウトレンジ攻撃に専念するこちらの存在自体に気づかないことさえあるが、油断は禁物だ。
僚機――RX-75 FXガンファイター2号機は背面飛行の姿勢を維持したまま、クローバー大尉とは対照的に単射の連続で数十km先の敵機を撃破していく。後部兵装操作席で砲手を務めるのは、連邦空軍バランキージャ基地から戦闘団に加入したアイカワ空軍中尉だ。昼間でも星が見えるという裸眼視力は、この戦場では何よりも価値があるだろう。
(しかしこの機体、悪くない)
あくまでもガンシップとして、だが。
(あとは航空機用のメガ粒子砲が完成すれば――)
思いを巡らせながら、頭上を見る。
「FCS、アイハブコントロール!」
考えるよりも先に体が動いた。クローバー大尉に渡していた火器管制装置のコントロールを奪い、奪うと同時に180度横転――翼下に備えられた両腕を広げ、4連装ガンランチャーを自機直上に見つけた敵影へ連射する。
(近すぎる!)
上方から急降下で迫る影は、こちらの誘導弾の信管が作動する最短距離の内側に入っており――敵機は右脚を振り上げた。その先端に、橙の刃が生成される。