【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか―― 作:河畑濤士
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次回更新は7月27日を予定しております。
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降り出した雨が、ひび割れた路面と建物の外壁に染みわたっていく。破裂した水道管でできた透明な水たまりに雨粒が落ちる。あるいは雨粒は、乗用車や家屋から噴き上がる火焔に吞みこまれて蒸発した。爆風によって窓と外壁のほとんどを失った建物の上で、黒を基調とする戦装束をまとった魔法少女・
翼を広げた魔造機械獣の超高空重爆撃が彼女に与えたダメージは、ただそれだけだった。
「さすがだな、日日野まもり――この私の攻撃を凌ぐとは」
「……」
灰色の空を円状に舞う魔造機械獣――赤い単眼の翼竜は、しかしながら余裕を崩さない。彼女は比較的飛翔能力が低い。それはかつて魔神王が海軍の航空母艦を占拠した際、空軍機が放った超音速空対艦ミサイルに掴まって魔神王側の防衛線を突破したことからもわかっている。
「変身を解け、日日野まもり。降伏しろ」
次の瞬間、空が晴れわたった。黒雲を押し退けて完成する512の魔法陣。翼竜が空に描いた魔法陣は高速回転して魔界から魔力を吸い出しはじめ、赤い燐光が飛び散る。再び超高空重爆撃の魔術が準備されようとしていた。
「繰り返す、日日野まもり。降伏しろ。しなければまず貴様が防御スクリーンを展開できない距離にある東アジアの大都市をすべて灰燼に帰す」
「断る」
「噂に違わぬ非常識さだな」
「非常識? それは違うな。これは人間の常識だ。他国よりも自国を、他人よりも友人を、友人よりも家族を、自身の近しい存在を優先するのが当たり前だ」
「では貴様は億単位の人々を見殺しにする、それでいいのだな」
「いつも貴様ら侵略者どもは主語がおかしい。貴様が億単位の人々を殺すのであって、私がそうするのではない。たとえ私が億単位の人々を見殺しにする、という表現が正しかったとしても、その億単位の人々の死の直接的原因は貴様ら侵略者にある。それに――」
そこで彼女は初めて顔を上げた。
「私が貴様を殺す」
1秒とかからず、再び空が
「【
深紅の魔法陣が崩壊し、翼竜が過大な重力に曳かれはじめる。
「こ、こんな魔術――」
日日野まもりは、押し黙ったまま魔術を行使し続けた。彼女の黒の装束は、生きとし生けるものの生きる力を転写した
「抜け出せぬ」
じりじりと緩慢な速度で翼竜は高度を落としていく。やろうと思えば一瞬で墜死させることができただろうが、彼女はそうしなかった。そのまま機械製の翼竜は地面に接触すると、少しずつ増し続ける重力に圧し潰され始める。
「だが私を殺っても、その次が――」
「そのとおりだ」
日日野まもりは頷いた。
「貴様を殺し、その次を殺し、その次の次を殺し――貴様ら侵略者を殺したら次は貴様らの魔界だ」
「は?」
彼の翼が折れる音が突然響き渡ったが、彼女はそれに何の興味も示さなかった。
「魔界の人々を殺す。“次”がいなくなるまでな」
「な……」
機械製の翼竜は何事か聞き返したが、ひしゃげる装甲板と圧壊が始まった脚部ユニットが上げる騒音にそれは掻き消された。
「私にも感情がある。私は魔界の侵略者どもがこの地球の侵略に失敗したあとも、のうのうと魔界が存続していくことに耐えられない」
さらなる荷重に頭部ユニットが潰れ始め、赤い単眼の灯る光が明滅する。
「ふ、ふ、復じゅう、う゛、う゛、か」
「違う。私は魔界からの“次”に怯えたくはない。私は地球の平穏な生活と見知らぬ魔界の人々の命なら、地球の平穏な生活をとる」
「く「地面に魂を惹かれた愚かな
食堂の片隅に置かれているテレビの音声が、クローバー大尉の絶叫に掻き消された。
ザク・ビングとの交戦から数日後、クローバー大尉は基地の至るところで啼泣していた。
理由は誰もが察するとおりで、ガンタンク戦闘機型のお蔵入りがそれである。端的に言えば作ったはいいが、引き取り手が誰もいなくなってしまった、という格好だ。高いコストとその工程を経て、実際に前線に持ちこめる火力量に疑問符がついた。ガンファイターの主武装は120mm低反動砲が2門。火力面だけに絞って考えると、連邦宇宙軍からすれば制式採用が決まったRB-79ボールとさほど変わらないし、その他の要素を鑑みればスラスターを有する原型機のガンタンクでも困らない。
「この宇宙は三次元空間だというのに! 飛べないロボットは展開的になんか微妙に扱いに困ったり、妙なオプションメカが必要になったりする現象を知らんのか……許さん……」
クローバー大尉の言いたいことはわからなくはないが、ガンタンク戦闘機型に低い評価があたえられた事情とはまったく関係がない。
「許さんぞぉおおおおお゛――」
連邦空軍は掌を返した。強力な電子戦能力を有するコア・ファイターを拡張強化したメガ粒子砲装備型重戦闘機――FF-7Bstコア・ブースターの開発に大きな進展がみられたためである。空飛ぶ120mm低反動砲2門と、空飛ぶメガ粒子砲2門では甲乙つけがたいが、ガンタンク戦闘機型よりもコア・ブースターのほうが安く、早く造れる。
「――ジオン星人どもぉおおおお゛お゛!」
彼のしょーもないギャグよりも笑えないのは、宇宙軍・空軍の態度であろう。MSが欲しいと既存兵器の延長線にあるMSの開発を認めておいて、あとからやっぱりコレジャナイと梯子を外す。これではクローバー大尉が激昂するのもわからなくはない。
「俺は不可能を可能にする男だ。ガンダム、ガンダムだ、戦闘機型ガンダムだ……」
何やらつぶやきながら食堂を出ていくクローバー大尉を横目に、シルヴィア准将は溜息をついた。
「あれもカウンセリングを受けたほうがいいだろうな」
「自分の目からは不必要に思えますが」
俺は思わずそう言った。いま地球連邦軍の軍病院と軍に協力する民間医療機関の事情は逼迫している。特に生身の人間が要求される精神科医については不足も不足であり、凄惨な体験をもとにした相談を受ける精神科医の側が精神的に参ってしまう事態も起こっていた。連邦軍は勿論のこと、銃後でも数多くの人間がストレス障害を抱えている現状で、あのハジけた人間が医療機関の貴重なリソースを食い潰すのはよくないだろう。
が、彼女にも良識というものがあるらしく、眉をひそめた。
「そうか? 彼には記憶の混濁をはじめとした明らかな問題がある。彼はサイド1に帰省していたときに開戦を迎えたそうだが、本人いわく“核攻撃が迫るなか、父がジオン軍役になり、捕まえた敵兵にサイド1再建の願いを託して彼を脱出艇に押しこみ、自分が脱出艇の発進作業をマニュアルでした”そうだ」
「そうなんじゃないですか」
不条理ギャグ漫画から飛び出してきたような人間なので、それが真実かもしれない。
「貴官は人の心がないな。正しくは彼の父が、彼を脱出艇に押しこんだのだろう。だがその真実に耐えられず、彼は――まあ、いい。これは彼の問題だ」
彼女はコーヒーに口をつけると「場所を移そう」と言った。
航空宇宙第1統合戦闘団司令部に移動すると同時に、彼女は新たな話題を切り出した。
「さて、コア・ブースターについてだが……」
CFB計画の大本命、メガ粒子砲・核融合炉搭載型戦闘機については、ついに試作機が完成した。愛称はコア・ブースター。機体性能はほぼ原作どおりだ。高い電子戦能力と生残性を有するコア・ファイターと拡張部分から構成され、メガ粒子砲2門、航空爆弾やミサイルを搭載可能な兵装倉と、ミサイル用のパイロンを有する。
ただし開発経緯は原作とかなり乖離している。“史実”におけるコア・ブースターは十数機しか製造されなかった。その理由はコア・ファイターの製造コストに拠るところもあるだろうが、RGM-79ジムにコアブロック・システムが採用されなかったため、コア・ファイター自体の存在意義がなくなり、少数生産に終わったという事情もある。
(たしか本来のコア・ブースターは、V作戦・RX開発計画で開発・製造したものの、MSの量産化にあたって余剰となったコア・ファイターをなんとか活用するための苦肉の策だった、という説もある……)
ただこの宇宙では違う。V作戦とCFB計画がほぼ同時にスタートしたことで、ハービック社製コア・ファイターは初の核融合炉搭載型戦闘機・可変型艦上機としての評価が与えられており、海軍、宇宙軍からの需要がある。そして未だにビーム兵器を有する量産型MSやガンダムが完成していない以上、時期的にザクⅡを一撃で葬れるメガ粒子砲を積んでいることは極めて重要であり、さらに最前線へそのメガ粒子砲を高速でデリバリーできる、という点は大きなアピールポイントだ。
以前、「つなぎ」とシルヴィア准将は自嘲気味に語ったが、これ以上ない最高の「つなぎ」であろう。
「これでCFB計画の大部分は消化したことになる」
彼女は一枚の紙を差し出してきた。
「そして連邦宇宙軍、連邦空軍、連邦戦略ロケット軍では新たな計画が練られている。ぜひ貴官の意見を聞きたいところだ」
――ピースメーカー計画。
俺は流し読みするとともに、シルヴィア准将の正気を疑った。
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①今次大戦がいかなる形で終わるとしても、サイド3をはじめとする反地球連邦勢力が将来再び地球連邦に挑戦する可能性は否定できない。その際、今次大戦の“成功例”からして、大量破壊兵器を用いた先制攻撃が実施される可能性もまた否定できない。
②よって地球連邦軍は敵対勢力に大量破壊兵器の使用、あるいは戦争自体を躊躇わせるための強力な抑止力を保有する研究を開始すべきである。
③具体的には以下のように3つの研究、技術開発を進める。
■敵対勢力の策源地となるコロニー、あるいは地球に対して用いられる質量兵器に転用されたコロニーを1発から数発で破壊可能な100メガトン級戦略核の研究開発。
■敵対勢力の警戒線・防衛線を突破し、100メガトン級戦略核を高速で最前線まで運搬する戦闘攻撃機の研究開発。
■敵対勢力の先制攻撃を許しても生残する戦闘機部隊の組織およびローテーションの構築と、核攻撃を躊躇なく実施するための教育。
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俺はシルヴィア准将を見た。
彼女の瞳はまったく澱んでいなかった。
美しい真紅の瞳が、まっすぐ見返してきた。