【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか――   作:河畑濤士

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次回更新は8月17日を予定しております。



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■33.RRF-06ザニー地上戦仕様

 それから少し月日が流れ、俺はいまザニーに乗っていた。

 

 操縦席と呼ばれるスペースの狭さには慣れたつもりだったが、それでもMSの操縦席はより息苦しく感じる。理由はわかっている。戦闘機とは違って、MSには風防がない。肉眼で外界の様子を見ることができないのがストレスの原因だ。ミノフスキー粒子の影響下、ということで慣れ親しんだレーダー画面は真っ白である。そうなると頼れるのは、頭部の光学系センサーのみ。モニターには嘘のような青空と草原が広がっているが、所詮は電子の瞳を通した偽物だ。

 隊長機――シルヴィア准将の搭乗機が左腕を挙げ、前進を開始する。

 それに続いて俺もペダルを踏みこんで主脚走行(ラン)に移った。一瞬だけ外部映像が激しく縦に動揺し、その後は自機を走らせていることを忘れるほど、映像の激しいブレは静まった。MSのメインカメラは捉えた映像をそのまま操縦席へ出力しているわけではない。捉えた映像を加工、編集してモニターに映しているのである。

 

(だから難しい)

 

 姿勢制御はコンピューターがすべてやってくれるし、歩行や走行もペダルの微妙な踏みこみで自由自在だ。市街地等の障害物が多いエリアでの「ここは通れる、ここは通れない、ここは肩部をこする」といった車両感覚ならぬ機体感覚もすぐに掴めた。

 森林の上端から、ザクⅡの上半身が見えた。MSの体高は6階建て程度の建物の大きさに近いため、直立姿勢では森林に身を隠すのは難しい。前方を往くシルヴィア准将機が立ち止まり、100mmマシンガンを連射する。徹甲焼夷榴弾は枝葉を掠め、あるいは吹き飛ばしながらザクⅡに命中した。

 俺の仕事は、次だ。

 反応する敵の次の手を潰す。

 森林の合間から新手のザクⅡが飛び出してきた。ミノフスキー粒子が濃すぎるため、レーダー管制射撃は行えない。となると、光学系センサーの情報を基にして射撃するしかないのだが――。

 

(ラグが酷すぎる)

 

 相手の動きを読んで発砲する偏差射撃がまったくといっていいほど当たらない。

 地上におけるMSの戦闘速度は戦闘機に比較すると遅いが、戦闘機の機関砲(ガン)を射撃する際は、風防越しに肉眼で曳光弾の軌跡と、敵機の翼端の動き、機首の方向を確認できる。文字通り光の速度で遅滞なく敵の挙動を読み、射弾を送りこむことが可能だ。

 しかしMSはそうはいかない。

 メインカメラによる捕捉、コンピューターによる補正、コックピットへの出力。

 つまりパイロットは肉眼よりも僅かに遅延した“過去”を見ていることになる。

 

(どおりでニュータイプが強いわけだ)

 

 その後のシミュレーターの結果は散々であった。

 

「あー、どうでした? 体験試乗会」

 

 地球連邦軍浜松基地の喫煙所でナイトー空軍中尉にそう聞かれて、「てんでダメだった」と答えた。時間切れの前にザクⅡを近距離射撃で1機仕留めることができたが、あとは数的優位の敵を前に逃げることしかできなかった。

 

「全然感覚違いますね……当たりまえですケド」

 

 いま地球連邦軍では、戦闘・訓練・休息の部隊ローテーションの中に、MS教育訓練が組み込まれるようになっていた。連邦空軍では「空中勤務者も身をもってMSの特性を知ることで、航空支援を円滑に行えるようになる」という建前を取り繕っていたが、実際のところはMS操縦適性のある人間を広く捜す狙いがあるのだろう。

 

「MSってどんぐらい蹴ったり殴ったりしていいんですかね」

 

 電子タバコを咥える彼はそうぼやいた。戦闘機乗りが日常的に操る乗り物といえば、戦闘機と乗用車だが、どちらも(こす)ることさえ忌避するところであるし、故意に何かにぶつけるということもあり得ない。テレビアニメでは派手に殴ったり蹴ったりしているが、あれをやって機付長をはじめ整備の人間は怒らないのか、といまの俺なら思ってしまう。染みついた格闘戦に対する忌避感はいかんともしがたく、では射撃戦についてはどうかと思えば、あのラグに慣れない限りは難しいものがある。

 

「失礼」

 

 セッタの匂いがわだかまる空間に、宇宙軍の作業服が割りこんできた。宇宙軍中佐の略章。俺とナイトー中尉が敬礼すると、金髪碧眼の彼女もまた敬礼し――ソブラニーに火をつけてふかしてから、「空軍?」と聞いてきた。

 

「ええ」

 

「空軍のパイロットもMSの慣熟訓練ですか」

 

 そこに嫌味はない。

 

「ええ。宇宙軍と同じく適性がある人間はMSのほうに流したいみたいですね」

 

「成程」

 

「私からも質問していいですか」

 

「どうぞ」

 

「も、ということは中佐殿はMS乗りで?」

 

「うん」

 

「いまこの浜松基地にはザニー地上戦仕様機をはじめ、地上戦用MSしかないと思いますが、中佐殿は――」

 

「詳しくは話せませんが、宇宙軍の人間が1G環境で訓練するとすれば、その狙いはひとつしかありません」

 

「成程」

 

 それで合点がいった。

 空輸に次ぐ空輸で、いくら隠しても隠しきれるものではない。

 この目で確かめたので間違いないが、いま地球連邦軍浜松基地には2種類のMSがある。

 ひとつは空軍・宇宙軍の人間が訓練に使用するためのザニー地上戦仕様機。

 ふたつめは、青い胸部ユニットと純白の四肢を有し、金色のブレードアンテナを輝かせたMS――本来ならば陸軍機であるはずのRX-79[G] 陸戦型ガンダムである。

 陸戦型ガンダムは『機動戦士ガンダム』原作には登場しなかったが、後発作品では陸戦型ガンダムやその量産型となる陸戦型ジム、先行量産型ジムの開発・製造のほうがホワイトベースのサイド7脱出よりも早く行われたことになっているので、9月初頭のこの浜松基地に陸戦型ガンダムが存在しても何もおかしくはない。

 そしてエース機ともいえる陸戦型ガンダムが、連邦空軍・連邦宇宙軍・連邦戦略ロケット軍が同居する浜松基地に廻された理由は――。

 

「本土決戦でもしようってんですか」

 

 ナイトー中尉も同じ結論に至ったのか、軽い口調で口に出した。

 本土決戦。空軍と協同する我々航空宇宙第1統合戦闘団を除けば、宇宙軍が担当する戦域で地球に似た重力環境下の戦場はどこかといえば、もうサイド3くらいしかありえない。

 宇宙軍中佐は、さあと首をすくめた。

 

「本当に我々も知らされていないので」

 

 実際に陸戦型ガンダムでスペースコロニー内に突入するかはともかく、いまから宇宙軍のパイロットを、重力下の戦闘に慣らしておこうという意図があるのかもしれない、と思った。

 

 ◇◆◇

 

 西の空に傾く太陽。

 音楽が鳴り響き、ランドセルを背負った小学生たちが駆けていく。

 ときおり何人かの男児が店の前――ホビーショップの前で立ち止まり、それからまた騒々しく走りはじめた。ガラス張りの内側には最新の玩具や模型、カードゲームの最新弾ポスターなどが並んでいる。

 

「1/35スケールのセイバーフィッシュか」

 

 シルヴィア准将はショーケースの中の模型を見て面白がった。が、セイバーフィッシュの模型はどちらかといえば脇に追いやられ、中央には1/100スケールRRF-06ザニーの模型が飾られている。ショップ側が推す目玉商品はザニーなのだろう。それからその横には当局が絡んでいるプロパガンダアニメのポスターがかかっている。ポスターに描かれているキャラクターは魔法少女調のデザインだが、テーマは力と復讐だ。

 

「見たまえ」

 

 ぼうっと眺めていた俺に、彼女はにやりと笑いながら指さした。

 

――地球(ジ・アース)仕様!

 

 ポップを見てからセイバーフィッシュをよく見ると、翼に青い星が描かれている。

 

「当事者になってみると誇らしくもなければ、恥ずかしくもないですね」

 

「貴官は謙虚すぎる。しかしこの浜松の街もだいぶ復興が進んだのではないか」

 

「……」

 

 それは違う。

 いま繰り出したこの浜松基地周辺の街並みは、東海道本線・東海道新幹線よりも北側だ。

 コロニー落としによって生じた津波は、この鉄道の南側に甚大な被害をもたらした。この“被災地”の日常は元通り、とはいかない。先程駆けていった小学生の中には、線路の南側の小学校から転校を余儀なくされた子たちもいることだろう。実際、俺が通っていた浜松市立大砂山小学校も、江之島南中学校も全滅していた。だから復讐だ、とはならないが、自然災害ではなく人為的にもたらされた事象がすべてを土砂と瓦礫に(うず)めていったことが、たまらなく、悔しい。

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