【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか―― 作:河畑濤士
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前作でタイムラグの話を出しましたが、感想欄で教えていただいたとおり1秒以上という表現を削除いたしました。
MSには今回も含めてあと2回乗る予定です。
次話更新は8月18日ごろを予定しております。
よろしくお願いいたします。
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「……」
深夜。シルヴィア・プロット・バックランド宇宙軍准将の心中を占めているのは、半ば安堵、そして安堵を覚えている己に対しての嫌悪であった。彼のMS操縦適性は“並”。宇宙軍の所属であればMSを運用する機動部隊に異動となっただろうが、空軍では固定翼機パイロットの需要が未だ高い。おそらく彼の技量では、航空宇宙第1統合戦闘団から引き抜かれることはないだろう。空軍が望むMSは1機種のみ試作機が完成しているのみで(ここでは空軍仕様ガンタンクは含めない)、ザニーや先行量産型ジムを擁する宇宙軍、陸戦型ガンダム、陸戦型ジムの前線配備を急ぐ陸軍に比べると、遅れをとっている。
――彼は強力な手駒だ。
彼女には複数の立場がある。
ハービック社経営陣の親族、地球連邦宇宙軍准将、航空宇宙第1統合戦闘団の責任者、地球連邦の一市民、そして1個の人間としての立場。
うちハービック社の関係者としては、最も打算的にならざるをえない。航空機製造業を基幹とするハービック社は1週間戦争から現在まで連邦政府から大量の発注を受けているが、この特需の崩壊は目前に迫っている。が、生産施設の転換や縮小は遅々として進んでいない。経営について彼女は口出しできないが、彼とともに戦果を挙げることで少しでも既存の航空機の存在感を示すことは可能だ。
(だがMSが戦闘機、攻撃機よりも優っているのならば、われわれが淘汰されるのも当然の理)
武官の立場としてはそう諦めもついているが、さりとて親族、知人を見棄てられないのもまた自然な感情だ。
(私も中途半端になっ――)
思考は打ち切られた。
連続する轟音と地響き。彼女は窓の外を見ることなく、即座に床に這いつくばった。その1秒後には割れた強化窓ガラスとコンクリート片、土埃が一緒くたになった塊が、彼女の頭上を襲った。
(奇襲!)
白い粉塵まみれになったシルヴィア准将は、中腰の姿勢で廊下へ出た。
(空軍、海軍は何をしているッ)
と心中で悪態をつきながら、答えは彼女の頭蓋の中にある。
スペースデブリおよび隕石の迎撃に備えて構築された空軍・宇宙軍共同の全地球規模の防空システムは、ミノフスキー粒子とコロニー落としによって破壊されたといっていい。またここ日本列島は広大な太平洋と東シナ海・南シナ海の不法船舶を取り締まるための最前線であり、海軍は海底固定型ソナー、海面浮遊型センサーによる哨戒網と情報集約施設を有していた。が、そのすべてがコロニー落としに伴う大津波によって失われた。現在は空軍、海軍ともに新たな警戒監視網を再構築している途上だ。
(何の兆候も得られないとは――)
彼女は外に出ると肉眼で状況を捉えた。
ちょうど空軍・宇宙軍共用の滑走路上で小爆発が連続したところであり、さらにその直上では純白のパラシュートが開いていた。おそらく時限信管を有する小爆弾だろう、と彼女はあたりをつけた。爆発のタイミングを数分後から24時間後までランダムに延長させることで、復旧を遅らせて滑走路を使わせない――航空基地に対する嫌がらせとしては常套手段だ。
全身から噴き上がった冷や汗と胃痛、幻聴を無視して、彼女は走り出した。
(基地の自衛は基地司令がやる)
お飾り准将の彼女がやるべきは、部隊の掌握であった。
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俺が慌てて隊舎を出ると、周囲は惨憺たる有様だった。業務官舎にロケット弾かミサイルか何かが突っこみ、爆炎を吐き出すとともに窓ガラスと外壁の一部が弾けた。さらに続けて黄色い光芒が一閃し、屋根に錆が浮いている薄緑の戦闘機用格納庫が焼き払われた。
(メガ粒子砲!?)
黄金の閃光、その源を捜すとすぐに見つかった。闇夜に浮かぶ薄桃色のモノアイ、多重関節、前傾姿勢の異形。そいつはもう1度上半身を持ち上げ、メガ粒子砲の発射姿勢をとる。が、その泥土色の装甲板に火花が散り、次の瞬間には横合いから突進してきた巨影――陸戦型ガンダムが
「何をぼうっとしている!」
砲声の中で聞き慣れた鋭い声が飛ぶ。
「シルヴィア准将!」
目の前で急停車する軍用SUV。何も考えずに俺は助手席に収まった。と、同時に運転席から自動拳銃と弾倉が差し出された。
「状況は?」
「状況も敵の頭数も正確にはわからん」
俺は弾倉を差しこむと薬室を確認した。とはいえ、MSに対しては勿論、ゲリコマ相手であっても何の役にも立たないだろう。いま必要なのは“翼”だ。
シルヴィア准将は車を発進させながら、あれを見ろと指さした。
その先には炎と黒煙がみえる。
「状況は最悪だ。連中、真っ先にスクランブル機の駐機場とガンルームを潰した。当直のパイロットは全滅だ。そして先程、ビームで戦闘機用格納庫がやられた」
「空軍機は潰されたってことですね」
「生き残りの機体があったとしても、滑走路が使えない。子爆弾がばら撒かれて不整地と同じ状況だ。しかも復旧を遅らせるために時限信管つきの弾頭まで使われている」
忌々しげに言う彼女に、俺は一瞬だけ口を閉じた。
「シルヴィア准将、宇宙軍の戦闘機で垂直離陸が可能なものはありませんか」
「ない」
「資料館か何かにあるでしょう」
「ない……貴官には諦めて逃げる、という選択肢はないのか」
曳光弾が頭上を奔り、管制塔の半ばに突き刺さる。濃緑色の外壁が砕け、鉄骨が剥き出しになった。続けて白煙を曳く弾頭が管制塔の上部に直撃し、爆炎を噴き上げた。照明弾が空中に生じさせる人工的な光――その下で丸っこいフォルムが見えた。
「なんで諦めて逃げてやらなきゃいけないんですか?」
「わかった」
シルヴィア准将は連邦空軍浜松基地の外れにある若緑色の建物の前で、車を止めた。
「前にきみが泥酔したとき――」
「またそのときの話ですか」
「――きみはきみが信じる“神”の話をしたな」
「俺は仏教徒ですよ」
「宗教的な神ではない。いや私の表現の仕方がおかしいか。精神的な信条というか、なんというかだ」
シルヴィア准将は拳銃片手に運転席を降りると、建物についている窓から中の様子を窺った。窺いながら、彼女は言う。
「強大な敵が立ち塞がったとき、立ち向かう勇気があっても、戦う力が、戦う手段がないとき――それは必ず現れるそうだな」
「何の話ですか」
「私はそんな都合のいい話を信じない、そんな“神”など信じない――」
彼女の後について、建物の中に入っていく。
「だが私は、その“神”を信じる、きみを信じよう」
◇◆◇
(クソ、このままじゃ)
戦闘は膠着状態に陥っていた。浜松基地南方の市街地を突っ切って敷地内に侵入してきた敵のMSに対し、宇宙軍のパイロットたちが駆る陸戦型ガンダムは連邦空軍浜松基地北辺の建物を遮蔽として射撃を浴びせていた。
敵味方双方の被撃破機が転がる滑走路上をメガ粒子の束と曳光弾が飛び交う。
「キラー04、こちらキラー01! 北側の
「キラー01、キラー04了解」
キラー01――ソーニャ宇宙軍中佐は焦っていた。
敵MSの正確な数はわからないが、こちらはもう4機しか残っていない。数的不利であることは間違いなく、敵がそれに気づいていれば一方向からのゴリ押しなどという非効率な戦術に固執するわけがなかった。
が、打開策がない。
(ここに仕掛けてきた敵の目的は知らないが、持久するしかない)
時間を稼げば周辺の空軍基地から戦闘攻撃機の航空支援、そして陸軍の機械化部隊の来援がある、と彼女は信じている。
「キラー01、こちらキラー04! 予想どおり、ザクタイプが3機まわりこんでるっ!」
逃げ惑う市民に頓着せず、電線を引きちぎり、信号をへし曲げ、木造住宅を吹き飛ばしながら疾駆するザクマリンタイプ。拡声器で避難を呼びかけるパトカーを膝で潰し、物流倉庫で下半身を隠した彼らは120mmザクマシンガンを連射し、陸戦型ガンダムを挟撃する形をとった。
状況が掴めないまま路上を走る人々の悲鳴を、砲声が掻き消す。浜松基地の北辺にあるのは、金網フェンスと街路樹だけだ。120mm徹甲弾はその金網フェンスの上空を飛び越し、陸戦型ガンダムに襲いかかった。
「“本命”はあの白いMSでいいのか?」
ザクマリンタイプを別働隊とするならば、浜松基地の南方に広がる住宅街に陣取ったゴッグ、アッガイは本隊にあたる。彼らは重装甲、高火力機のゴッグを陣頭に立て、浜松基地に対して制圧射撃を継続していた。
彼らの任務は、“新型MS”が運びこまれたという噂のある浜松基地への威力偵察。攻撃を仕掛けて目当ての機体が出てくればよし、出てこなければひとしきり大暴れして撤収――実にわかりやすい任務だった。
ランドセルからアンテナを展張させた索敵役のアッガイは平屋建て、純白の保育園を踏み潰した。土煙が上がり、絵本の断片が吹き飛んでいく。それにさえ気づかずに索敵役のアッガイは、隊長機のアッガイの頭部に腕部を接触させた。
「敵機は残り4機――いや、いま3機に減りました」
「上が恐れているほどの性能はないな」
「そうでしょうか。こちらは完璧な奇襲をしかけたのに、7機を失っています。比率でいえば――」
話しながらモニターに視線を遣っていた彼は、いったん言葉を切った。
「隊長、もう1機、現れました」
「何――」
隊長機は光学的センサーを通報された方向に向ける。
到底、MSが収容されている格納庫とは思えない平屋建ての建物――その天井をぶち破り、1機のMSが立ち上がったところだった。
近傍に出現した新たな機影に驚き、両軍双方の機体が自機のセンサーをそちらに向けた。
その瞬間だけ、砲火が止まる。
「ファイアフライ?」
砲火が止んだことで、伊佐地川の緑地帯から流れてくる蛍火にそこでようやくパイロットたちは気づいた。
柔らかな
それを浴びながら、周囲を睥睨するのは橙と銀のツートンカラー。
「敵MSの画像認識処理、完了しています。主腕部、胸部の形状はRRF-6ザニーに近いです。腰部ユニットは敵既存機体と該当なし。脚部は白いのに酷似していますが、関節部の構造が新設計。膝部より下にスラスターが増設されています。頭部は――」
鋭角的な頭部ユニット。
若緑のツインアイ、その上から伸びるのは2本のブレードアンテナ。
後頭部にあたる部分には橙色に塗装された細長いセンサーポッドが装備されている。
(ザニーの改良型か――)
偶然の、あるいは必然的な停戦の中、ソーニャ宇宙軍中佐はそう思った。
彼女のモニターに遅れて、味方機のシグナルがひとつ増えた。
「敵味方識別装置に感あり。連邦空軍所属機です」
「新型か、だがあの1機では――」
誰かが呟いたとき青白い炎とともに空軍の新型機は、垂直へ翔けた。
ジオン機に照準の時間さえ与えない、腰部ブースターと脚部メインスラスターがもたらす高推力任せの強引な急上昇。
急激な重力加速度に、橙と銀の外装が軋む。
が、未だ上昇と落下しかできないそれは、高空まで舞い上がると不安定な姿勢の中で、下界を一望した――一望してしまった。
津波に攫われて基礎しか残っていない線路向こうの街並みを。
薙ぎ倒され、踏み潰されて滅茶苦茶になった周辺市街地を。
オモチャのように蹴り飛ばされた乗用車と、轢殺された人々の群れを。
虚空で空軍仕様MSは、砲身命数を少しでも伸ばすために長大化したビームライフルを構え、連続射撃した。
ちょうど3発。
蛍火の塊のような、あるいは萌ゆる若葉のようなメガ粒子の束は、3機のザクマリンタイプに殺到する。
「は?」
爆発は、しない。
膨大な熱エネルギーはザクマシンガンの砲身表面を灼き、砲身全体を溶解させ、それから路上のアスファルトを穿った。
「こいつ、遊んでいるのか!?」
ザクマリンタイプの御者は恐怖と怒りが入り混じった叫びを上げたが、遊んでなどいない。核融合炉を有する敵機の爆散を避けながら、その戦闘力を減じただけである。通常ならば容易にできることではないが、メインカメラの映像補正機能を切り、ラグタイムを局限した彼ならばできる。
逆噴射をかけながら滑走路上に着地した空軍機は姿勢を立て直すと、これ見よがしにビームライフルを構え直した。
「ザニーの改良型で、あそこまで――」
部下がそう呟くのを聞いて、ソーニャ宇宙軍中佐は「違う」と数秒前までの自分と部下の言葉を否定した。
「あれは、ガンダムだ」
「えっ、このガンダムと同じ――」
「違う、これとは違う」
ソーニャ宇宙軍中佐は聞いたことがあった。この陸戦型ガンダムは、より強力な試作機を製造する上で弾かれた部品や余剰となった部品をもとにして組み上げられた“2級品”にすぎない、と。つまりこの宇宙のどこかに、ホンモノのガンダムが存在している。
「あれが、ガンダムだ」
故に彼女は誤認した。
ガンダムでもなんでもない。
腰部に補助翼を増設し、膝部より下を巨大な1つの推進器としたザニー。
頭部ユニットが特異なのは航空戦でも地上戦でも対応できるようにセンサーを追加した結果にすぎず、結果的に陸戦型ガンダムに似た形状になっただけだ。
その“ガンダム”が、異形の影を睨む。
それから無線通信と外部音響装置の双方で、嚇怒の声を上げた。
「こちらは地球連邦軍航空宇宙第1統合戦闘団、コールサインは