【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか―― 作:河畑濤士
(ゴッグ2、アッガイが6)
数的な優劣は歴然としている。そのうえ、腰部、脚部の機体ステータスに黄信号が灯っていた。そもそもこの機体は地に足つけての戦闘には向いていない。加えて俺はこの機体のことをまったく知らなかった。シルヴィア准将の言葉が、リフレインする。
「空軍の試作MS、
「癖原いわく、航空戦闘技術を100年後、1000年後まで遺す、その礎となるMSだという」
「私からのアドバイスだ。映像補正機能は切れ。MSは乗り物ではなく、貴官の手足の延長のつもりで使え」
手足の延長も何も、格闘戦を行う前から自壊しかけている有様である。
加えて俺はアルケインという名前のMSに馴染みがなかった。
俺が死んだあとに宇宙世紀に追加された機体か、俺が知らない宇宙世紀を舞台とした外伝作品の機体か、それともこの世界で新規開発されたオリジナルのMSか――勿論、重要なのはそれではない。機体特性がわからないし、劇中での活躍も不明だ。何ができた、何ができるのかまったくわからない。武装はビームライフル、ビームサーベル、頭部バルカン砲とスタンダードなガンダムタイプに準じている。少し特殊なのは、左腕部二の腕にシールドが固定されているあたりか。そのせいか左腕部は重量過多気味で、すでにエラーコードを吐いている。
(あとは切り札として1回限りの――)
思考を巡らせていると、こちらの無線周波数に音声が割りこんできた。
「ジ・アースおよび地球連邦軍浜松基地の将兵、こちらはジオン公国軍地球攻撃軍第21強襲海兵部隊だ」
「……」
「貴官らは数的に劣勢だ。また増援を期待しているのかもしれないが、日本海側のツイキ空軍基地、コマツ空軍基地もまた我が方の協力者の攻撃に晒され、滑走路は使用不可能になっている。陸軍はチューキョー工業エリアの防空、防衛を最優先にしている」
「……」
「つまり貴官らは孤立無援だ。勝ち目はない。武装を解除し、そのMSを――」
敵指揮官の言葉が終わる前に、事態が動いた。降伏勧告は、単なる欺瞞。ザクマリンタイプがヒートホーク片手に跳躍し、陸戦型ガンダムに躍りかかる。それに前後して浜松基地南側の市街地に隠れているアッガイが、何かを発射――それは滑走路上に転がると、白煙とチャフから成る煙幕を展張した。
(落ち着け)
レーダーも光学系センサーも白色に潰された。
が、それは敵も同じこと。俺の現在地をもとにして敵は不意打ちを仕掛けてくるに違いない。故に俺はアルケインを素早く左に跳躍させ、そのまま空中で自身の過去位置に向けてビームライフルを向けた。
「こちらジ・アース、これが答えだ」
白煙から飛び出し、虚空に突進する泥土色の鉄塊に向けてトリガーを引いた。若草色のビームは、脇腹――メガ粒子砲の砲身が収められている装甲の薄い部分を一閃した。そして樽を連想させる胴体を射抜き、それでも余ったメガ粒子は想像どおり連邦宇宙軍浜松基地の直上の夜空を翔け、燐光を残して消滅した。遅れてゴッグの上半身がびっくり箱のように噴き上がり、滑走路手前に転がる。
「ジ・アース――同胞の仇は討つ!」
白煙の向こう側から新手のゴッグが現れたのと、アルケインが着地したのはほぼ同時。
ゴッグのモノアイが稼働するのと、こちらがビームライフルを構え直すのもほぼ同時。
胴体ごとメガ粒子砲の砲口がこちらに向けられるのと、俺がトリガーを引いたのが同時。
「マリーンども、ここは俺が生まれ育った街だ」
「……」
「復讐、降伏? ちゃんちゃらおかしいんだよ!」
滑走路上で爆発炎上するゴッグが朦々噴き上げる黒煙と白煙を飛び越して、跳躍突進してくるアッガイの機影を、睨んだ。
◇◆◇
瞬く間にザクタイプ3機の戦闘力を半減させ、敵機2機を撃破――いままさに目の前でもう1機、敵のMSが急上昇したアルケインに空中で蹴り飛ばされた。
(これが“ガンダム”かっ!)
立ち尽くす将兵の中で、シルヴィア准将は震えた。
困難を前にしても力なき者が勇気を奮うとき、必ず応える存在。
単機で戦闘や戦争の流れを変える、万単位の生命を救える存在。
乗り手の意思を何倍にも増幅して出力し、逆境に打ち勝つ存在。
彼女がガンダムという言葉を彼の口から聞いたとき、それは何か神話の存在か、あるいは信条のようなものだと理解していた。現実に存在する何かの名前だとは思わなかった。
それはそうだろう。
勝敗を決する1個の軍事兵器。
この世にそんなものは存在しない。
そんなものはありえない。
もしそんなものがあるならば、戦車だとか、戦闘機だとか、MSだとかいう軍事兵器とは一線を画しているのでないか。
だが、目の前のあれはなんだ――。
空中で蹴り飛ばされた敵MSは滑走路に叩きつけられて転がると、大の字になって四肢を投げ出す無防備な姿勢を晒した。そして夜空から降り注ぐ光芒が腹部ユニットの装甲を貫徹し、超高熱の風穴を空ける。遅れてそこから噴き上がる火柱。これで3機目。
「な、何をぼさっとしているッ!」
シルヴィア准将は自分と、自分と同じく呆然としている周囲を叱咤した。
「あれは地球連邦軍の新兵器、ガンダムだ! われわれが見惚れていてどうする!」
「ガンダム、あれはガンダムと――」
「ああ、ガンダムだ。ガンダムは現行のあらゆるMSを圧倒する。勝敗は決した。我々は消火や負傷者の捜索等、我々の仕事をこなす!」
敵機を仕留めた後もそのまま上昇し、その後に落下に転じたアルケインに向けて、敵のMSが両腕を指向する。敵機の火器管制装置とパイロットは当然、自由落下するアルケインの未来位置を照準してガンランチャーとバルカン砲の対空射撃を開始する。
「ジ・アース、てめえはこのまま墜ちろォ――!」
が、敵機の火器管制装置は、裏切られた。
アルケインのバックパックに収納されていた白銀の機首部と腰部ユニットの補助翼が展開する。そしてビームライフルを保持したままの腕部ユニットと、膝部ユニットが折り畳まれ、メインスラスターとなっている脚部が火を噴いた。
そのままアルケインを絡めとろうとしていた火線を、完成した不格好な重戦闘攻撃機は掻い潜り、掻い潜るだけではなく左主腕部で保持するビームライフルで、滑走路脇の1機の敵MSを射抜いていた。
「可変機だと!?」
と同時に、アルケインが自壊を始める。腰部の補助翼が付け根の部分から脱落した。機首部の可動部分が破片を撒き散らしたかと思うと引き千切られて空中を舞う。
1回限りの不完全な変形と戦闘機動。
が、それも理解の上。
アルケインは再び四肢を展開すると、滑走路の外れに着地した。砕け散るコンクリ片。脚部を中心として機体ステータスは瞬く間に赤に転じる。ぶちぶちと嫌な音を立てながら右足首関節部が裂け、ケーブル類がはみ出た。
それを無視しながらアルケインは膝射姿勢をとり、ビームライフルの照準を定め、駆けてくる1機のアッガイに向けてメガ粒子のビームを放つ。溶解が始まる砲口。爆散するアッガイ。続けて砲身が爛れたかと思うと、緩やかに曲がり始める。続けて長大なビームライフルを保持していた左腕部が、肩部関節部から脱落した。
「もらったぁ!」
それを好機とみたか、1機のアッガイがアイアンネイルを展開して水平跳躍した。
対するアルケインは面を上げ、迫る機影を睨むことしかできない。
碧眼のセンサーカバーが、ぎらりと光った。
「レーザー照準警報ッ!?」
が、それこそがアルケインの御者の狙い。
頭部に収まっている60mmバルカン砲の砲身が高速回転し、アッガイのセンサーカバーを砕き、モノアイカメラを破壊し、頭部正面装甲を凹ませ、抉り、破片を飛散させる。それでもアッガイは止まらない。
それも織り込み済み。
アルケインの右肩部サブアームが稼働し、白銀の柄がせり出した。その柄を引き抜きながら、上半身を大きく左へ崩す――その僅かな時間の後、アッガイのアイアンネイルがアルケインの頭部ユニット右側面を削った。生身に喩えるならば、擦過傷。
一方でアルケインの右腕、その先端から伸びた
「データは取れた、撤退する」
切断面から赤熱した金属の塊と火焔を零しながら4機目のアッガイ――ゴッグも含めれば6機目が崩れ落ちるのを見て、隊長機と索敵機役のアッガイは踵を返し、海岸線へ逃走を始めた。
その背中越しには浜松の街が、未だ燃えている。
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次回更新は8月20日を予定しております。
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