【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか――   作:河畑濤士

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ギャグ回です。

次回更新は8月23日を予定しております。



◇◆◇



■36.ガンダムってなんだよ(哲学)

 先の襲撃から生残した官舎の一角――。

 連邦軍法に基づいた事情聴取なのか、これは軍法会議なのか、何の権限があって私を拘束するのか、というシルヴィア准将の問いも柳に風。地球連邦軍情報部のアルキー・オーゲン・バイエルン大佐は「協力ということでどうかお願いします」と柔和な笑みを浮かべるだけだった。

 鈍色のデスクを挟み、口火を切ったのはアルキー大佐だった。

 

「私も連邦軍法には詳しいわけではありませんが、准将閣下には敵前逃亡、機密漏洩、機密漏洩幇助、地球連邦軍に対する背信行為の疑いがかけられるでしょう」

 

「そのいずれにも心当たりがありませんね」

 

 ふてぶてしくも足を組んだシルヴィア准将に対して、アルキー大佐は両腕を机上に出した。制服の裾から出ている両腕の先端は、金属製のマニピュレーターとなっている。その無機質の五指で、彼は器用にノートを開き、超自然的な虹色の瞳孔を紙上とシルヴィア准将の顔の間で往復させた。

 

「もちろん、疑い、というだけですとも、閣下。まず敵前逃亡、これは昨日の浜松基地防衛戦において、閣下が将官の身でありながら基地防衛の指揮を積極的に採らなかった、というものです」

 

「馬鹿馬鹿しい限りです」

 

 彼女は一言、そう断じた。

 

(私の動揺を誘うつもりだな)

 

 敵前逃亡は極刑に値する。

 ゆえに揺さぶりとして、アルキー大佐は口にしただけであろう。

 実際そのとおりだったのだろう、彼は「ははは」と笑った。

 

「おっしゃるとおり、馬鹿馬鹿しい。その一言につきますな。准将閣下は浜松基地の基地司令、司令当直ではございませんから。また当時は敵の攻撃によって、基地司令あるいは司令当直から命令を受領できる状態ではなかった」

 

「そのとおりです」

 

「しかしですね、むしろ問題になりそうなのは“ガンダム”絡みです」

 

「“ガンダム”?」

 

「ええ」

 

 アルキー大佐は至極当然の疑問を口にした。

 

「なぜ閣下は空軍の試作MSがあの格納庫にあることをご存じだったのでしょうか」

 

「私は航空宇宙第1統合戦闘団を指揮する立場として、宇宙軍浜松基地および空軍浜松基地のすべての軍用機発着スケジュール、および権限上知り得る積荷について、すべてを把握しています。そのため全長約18mの積荷が、第1作業倉庫に存在することを知っていました」

 

「成程、全長約18mといえば戦闘機、あるいはMSのサイズだ」

 

「そのとおりです。緊急発進機の駐機場やハンガーが破壊され、また格納庫も攻撃を受けていました。そのため、敵に対する反撃手段を模索するなか、第1作業倉庫に向かいました」

 

「それであの試作MSに巡り合うのだから、運命的なものを感じますな」

 

 彼は感嘆の声を上げた。

 皮肉めいた声色は塵ほどもない。

 しかしながらシルヴィア准将は、気を許すつもりもなかった。

 

「運命、ですか。運命というものがあるならばそうでしょうが、偶然です。私も望外の幸運に驚いています」

 

「話題を変えさせてください。ハチノ大尉と落ち合い、彼をあの試作MSに乗せたのも、偶然でしょうか」

 

「はい。敵の攻撃から避難する際に彼と偶然出会いました。結果的にエースパイロットである彼を試作MSに搭乗させることができたのもまた幸運でした」

 

「下世話な話になりますが、閣下とハチノ大尉は交際されている?」

 

「はい」

 

 シルヴィア准将はノータイムで返答した。

 彼女は人生の半分以上を戦闘機狂いの箱入り娘として過ごしてきた。そのため何度かふたりで外出(デート)をしている以上は、交際関係にあると本気で思っているのである。

 

「しかし今回の一件とは何のかかわりもないことだと思いますが」

 

「おっしゃるとおりです、閣下。では続けてお聞きしたいのはですね、あの試作MSにノイジー・ハチノ大尉を乗せたのはともかくとして、試作MSの起動コードをなぜご存じだったのか、ということです」

 

(こちらが本命か)

 

 シルヴィア准将は表情筋をまったく動かさなかった。

 特に探られても痛い腹ではない。

 

「メーカーから出荷されたばかりの試作機の起動コードはだいたい決まっています。出撃前チェックリストは操縦席内に添付されていました」

 

 特に設定が変更されていない状態の軍用機の起動コードは「0」であることが多い。これは公然の秘密といっていい。4桁ならば0000、8桁ならば00000000だ。こちらのほうが何かと都合がいい。警備が厳重な空軍・宇宙軍連邦軍基地では、基本的に第三者によって軍用機が奪われるという事態を想定していない。

 

「成程」

 

 それを知ってか知らずか、アルキー大佐は満足げに頷いた。

 

「あの空軍の試作MSを出撃させた、その判断についてはいかがでしょうか」

 

「いかがでしょうか、とは」

 

「いささか問題があったとは思いませんか。敵の眼前に連邦空軍が秘匿していた試作MSを晒すという行為に――」

 

「私は浜松基地の施設と将兵、また基地周辺の市民を守るべく、敵を早期に撃退することを最優先に考えて行動しました」

 

「そうですか」

 

「もうよろしいですか。私の航空宇宙第1統合戦闘団からも死傷者が出ており――」

 

「では、最後にひとつだけ」

 

 アルキー大佐はノートに並ぶ汚い字を一瞥し、好奇心いっぱいの様子で聞いた。

 

「准将閣下は戦闘の最中、あの試作機を指して、“ガンダム”という言葉を口にされたそうですが、“ガンダム”という言葉はどこで知ったのですか?」

 

「頭部が陸戦型ガンダムに似ている、だからガンダムだろうと推測しました」

 

「頭部が似ている、と言ってもセンサーカバーとアンテナの形状だけでしょう」

 

「RX-79[G]の公式愛称が陸戦型ガンダム、“陸戦型”と銘打たれている以上、どこかに陸戦型ではないガンダムがあるのだろうと常々思っていました。ですからあれをガンダムと呼称しました」

 

 アルキー大佐は人好きのする柔和な表情で、小首を傾げた。

 

「おかしいですね。あの試作MSの起動に立ち会っていたならば、機体の愛称がアルケインであることはご存じだったはずでは?」

 

 シルヴィア准将は、内心苛立った。

 ガンダムという単語を知っていること自体が、なにか問題だったのか。

 

(ガンダムとは――)

 

 そこで彼女は、背筋が凍った。

 とはいえ平静の装いはいっさい崩れない。

 そのまま平然と、用意していた言葉を吐く。

 

「確かにアルケインという愛称も起動画面を見ていたため知っていました。しかし、動いている姿を見ているうちに、ガンダムという愛称のほうが自然の口を衝いて出ました」

 

「……わかりました、閣下。私が聞きたいことは以上になります。閣下から何かご質問はございますか?」

 

「アルキー大佐」

 

「なんでしょう」

 

「これは興味本位で聞きたいことですが――いえ、やめておきます」

 

「そうですか。お互い多忙の身ですから、それでは失礼いたします」

 

 部屋を出ていくアルキー大佐の背中を見送りながら、シルヴィア准将は深呼吸した。

 

(“ガンダム”とは、なんだ)

 

 まず彼女の脳内にGundamという一般名詞は存在しない。

 おそらくGundamとは造語だろう。すると少し不思議だ。地球連邦軍に制式採用される装備品につけられる公式愛称は、なにがしかの一般名詞、あるいは古戦場や歴史上の人物の固有名詞を拝借するのが一般的だ。FF-4トリアーエズは少し特殊で、あれはトリエアーズ(地球・コロニー・宇宙の3空間)の誤植が広まってしまったものにすぎない。

 

(ガンタンクは機関砲(ガン)から戦車砲(タンク)の交戦距離に対応するからガンタンクだ、と聞いたことがあるが――)

 

 もしもガンダムのガンが銃砲、あるいは機関砲を意味するならば、ダムが浮く。一応、ダムには治水施設(ダム)という意味があるが、MSの愛称として採用されるような言葉ではない。

 

(何かの頭文字を繋げたのか?)

 

 シルヴィア准将は小首を傾げた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 疼痛。

 時折鋭い痛みが走る。

 頸椎捻挫、両鎖骨骨折。肋骨4箇所にヒビが入り、四肢の毛細血管の大部分は破れ、手足はパンパンに腫れていた。致命的な脳内出血が起きなかったのは幸運というほかない。五体満足で生きている、これ以上のことはないが、ノーマルスーツどころか旧式の耐Gスーツさえ着ずにアルケインに乗った結果、俺は今後少なくとも1か月の間は病室暮らしを余儀なくされることになっていた。

 

「……」

 

 地球連邦軍富士病院の病床は、浜松基地の重傷者で埋め尽くされている。

 

「……」

 

 内臓の検査をするとかしないとかで数日は固形物も食べられず、点滴生活らしい。

 

「……」

 

 個室なので隣人と話すということもできない。

 

「……」

 

 暇である。

 

(めちゃくちゃタバコ吸いたい……)

 

 タバコは健康に悪いが、低酸素状態における思考力・判断力は、非喫煙者に対して喫煙者のほうが優位に立つことがある……らしい。

 

(本当に今回はラッキーだった。セッタとあのガンダムタイプのおかげで生き残れたようなもんだ)

 

 そんなことを考えているとドアがノックされた。

 

「点滴交換のお時間です」

 

「あ、ども」

 

 この病室に入ってからお世話になっている看護士の方が現れる――と、同時に制服姿の男性がひとり入ってきた。袖口の階級章は地球連邦軍宇宙軍中佐のそれだ。俺は可能な限り背筋を伸ばし、敬礼した。

 

「いきなりすまない」

 

 敬礼を返した宇宙軍中佐の袖からは白い手袋が覗いている。それから不器用に彼は自身の眼鏡の位置を直した。眼鏡にはブルーライトカット加工がされており、その向こう側の瞳孔の色は焦げ茶色だった。

 

「私は地球連邦宇宙軍中佐、アレクサンデル・カフェルニコフという」

 

「小官は――」

 

「地球連邦空軍大尉、ハチノ君。もちろん知っているとも。安静にしなさい」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 看護師の方が点滴を交換してくれる。

 カフェルニコフ中佐は不器用な手つきで鞄から端末を取り出すと、何やら接触記録用ペンを取り出してパネルに何やら書き始めた。

 

「……」

 

「……」

 

「……あの、カフェルニコフ中佐」

 

「……」

 

「何か小官に……ぃ……」

 

 目眩がした。

 

「す、すみませ、め、めまいが……」

 

 酸素不足で判断力が落ちている状態とは、また違う。

 思考に霞がかかっていく。

 まずい。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「きょう聞きたいことは、何かといえばただひとつだ」

 

「はい……」

 

「貴官は“ガンダム”という言葉を知っているかね」

 

 知っているに決まっている。

 

「成程。ガンダムという言葉は、いつ、どこで、知った?」

 

 ガンダム。ガンダム。

 

 ガンダムを知ったのはいつだっただろう。

 

 物心ついたときから、ガンダムはすぐそばにあった。

 

 親父がガンダムのプラモデルを棚に飾っていたのを覚えている。

 

 子どもの頃、親父が飾っていたガンダムをぐっちゃぐちゃにしたらしい。

 

 もちろん、怒られた記憶などない。俺は、ガンダムは、好きじゃなかった。どちらかといえばビデオでウルトラマンを見たり、毎年やるゴジラ、ガメラの映画を見たりするほうが好きだった。少しするとリアルな感じな仮面ライダーが始まって――ヤマトとかガンダムは絵が古いから、なんとなく敬遠していたんだ。

 

「記憶の混濁か――? きみ、自白剤の量は――」

 

「適切です」

 

「虚偽発見機は」

 

「適切に稼働しています」

 

 親父が早死にして、お袋が親父のプラモデルだとか、プレイステーションだとかを全部棄てたときも、俺はガンダムはあまり好きじゃなかった。アナザーガンダムのテレビシリーズが始まったときもなんとなく見ていたけど――まだ初代(ファースト)ガンダムは――。

 

「初代、ガンダム?」

 

 初代に端を発するシリーズにのめりこんだのは、親父がガンダムが好きだった理由がなんとなくわかってからだった。

 大学に進学する金がなかったから高校を卒業したあとに公務員になって、営内で暮らすようになって、みんなでだらだらガンダムのゲームをやったり、俺が知っているコンテンツがリメイクされたり、復刻コラボされたりするようになって、ようやく親父がガンダムが好きだった理由がわかった。

 ノスタルジーだ。

 純粋だったころを思い出せる、その鍵がガンダムなんだ。

 親父と同じくらいの歳になって、それがよくわかった。

 客観的に絵が古くても、デザインが古くても、色褪せない。

 それから俺の場合は、親父との思い出を追うという――。

 

「わかった。ガンダム、というのはなんだ」

 

 俺個人としては、ガンダムは、ガンダムヘッドか、機体名称か、劇中でそう呼ばれているかじゃないと思ってる。ガンダムのテーマのひとつは、人と人はわかりあえるのか、思いと思いの交錯だと思っているんだけれども、まず敵という根本的に考え方が違う相手とコミュニケーションをとる戦場という舞台に上がるためには、力が必要で――だから人の思いに応えたり、人が必要としたときに現れたりする、それがガンダムなんじゃないかと思ってる。

 

「どうやら記憶の混濁が酷いらしい。ガンダムをトランスフォーマーかパワーレンジャーか、何かだと……」

 

 勿論、ガンダムのテーマはひとつじゃない。人間の数だけガンダムに見出すテーマ、魅力は違う。戦争という極限の状態で生じる人間ドラマ以外にも、ガンダムを巡る架空戦記としての愉しみを思えば、なにがガンダムタイプか、機体設定から厳密にガンダムを定義するのも正しい。それに人の思いに応えたり、人が必要としたときに力を発揮したりするのがガンダムだと極端な話、士魂号とか凄乃皇四型だってガンダムだということになっちゃうし。

 

「とにかくこれ以上、ガンダムについての情報は取れな――」

 

 で、あんたが好きなガンダムは。

 

「な、なに……」

 

 やっぱり俺はサイサリスだよ。ぐだぐだ言ったけどやっぱり見た目がカッコよくなくちゃ。次点でMK-Ⅱ。外づけ式のバルカン砲がめちゃくちゃカッコいい。でもやっぱりジオン側のやり方とかまったく理解できないし、ギレンとかティターンズ首脳部の考えは意味わからん。たぶん人口増加による社会問題云々が“リアル”だった70年代や80年代と、先進国を中心として世界人口が減っていく10年代とじゃ――それから大震災で大災害に対する解像度がさらに――いや、俺が大人になっただけなんですかね。

 

「放したまえ」

 

 これが宇宙世紀? 馬鹿げてますよ、社会が間違ってるから人を殺すってのは、そりゃ近代までで十分ですよ。人口を減らしたいから人類の総人口の半分を殺すって、ガンダム見てるような子どもたちが、チャンスも与えられないまま理不尽に死んでいくって、なんなんですか。

 

「貴官の地球連邦に対する忠誠はよくわかった、よくわかったから……」

 

 あのねえ、コロニー落としってのは、戦争ってのは、人為的なもので、なんでそんなこと。単純に考えれば子どもの、人の頭数が多いほうが、それだけ人類全体の可能性が広がるに決まってるじゃないですか。馬鹿にしやがって、馬鹿にしやがって。ナイトーだってキレちらかしてましたよ。配信者の半分が行方不明になったって。勝手な論理でいまを生きている人をガンガン殺すなんて。で、ガンダムなんですけどね、ガンダムってのは、こう空気? 空気みたいなもので――。

 

「……」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 その後、カフェルニコフ中佐は2時間ほどガンダムについての話を聞かされてから解放された。

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