【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか―― 作:河畑濤士
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次回更新は9月11日ごろを予定しております。
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「ホントにすみません……」
ガンルームでノーマルスーツ姿のシャウナ少尉に頭を下げられた。
「いや、大丈夫」
大丈夫ではまったくない。戦闘機もMSも宇宙戦仕様機は、スペースデブリ対策や放射線対策のために堅牢な造りになっている。が、ジムほどの鋼鉄の塊が高速で突っこんでくれば、ただではすまない。ただ彼女が悪いわけではない。宇宙空間で相対速度を合わせてグリップを掴め、というのはあまりにも求められるレベルが高すぎる。仮に彼女の努力が上手くいったとしても、他の人間――平均的な練度の連邦軍パイロットが真似できなければ何の意味もない。
「まあご飯でも食べて、もう一度仕切り直そう」
「は、はい」
叱られるとでも思っているのか、緊張の面持ちのまま、彼女は頷いた。
士官食堂に移動する最中、俺は攻略の糸口を探っていた。最も容易な解決策はお互いの速度を局限することだ。ノロノロ運転なら跨乗は容易いだろう。シルヴィア准将が最初に提示した跨乗実施速度域は前線における戦術的速度、つまり敵前で跨乗を実施し、即座に両機が戦闘加入できる速度である。が、まずは“使い物にならない”速度域で始めるしかないだろう。
(あるいは――)
「あー、お腹減ったー」
(……切り替え早いな)
内心で突っこみながら、食事を摂ることにする。
目の前には、炒飯というにはあまりにもジトッとしている炒めた謎の米飯料理“スプートニク”と、“フォン・ブラウン・スープ”なる謎のスープ、そしてサラダをはじめとした幾許かの副菜。一年戦争開戦前からそうだったが、宇宙世紀に出現した(西暦時代に存在しなかった)料理は苦手である。比喩ではなく、前世から魂が覚えていた好みの味つけと食感に対して、宇宙世紀のそれは一線を画す。
まだ中高生時代までを過ごした浜松や、浜松基地での食事はマシだったが、目の前の米飯は――クチナシやサフラン、それに類した着色料とはまた違う蛍光ペンの黄色じみた米飯は、もう見た目からして“終わっている”。宇宙世紀メシ(ガチ)がメニューの中にひとつあるくらいならいいのだが、今回のように『月面料理』でメニューが固められると苦行を通り越して拷問である。
が、食事は課業の中に組み込まれている。
(ハンバーガー、フライドポテト、コカ・コーラでいいよ……)
食事に意識を集中させたくないので、やむなく彼女との雑談に興じた。
とはいえ共通の話題は多くない。結局、仕事に近い話になってしまう。
最も驚いたのは彼女がMS操縦資格を取得するまでに受けた教育期間である。
「6か月……?」
シャウナ少尉がMSパイロットになるまでにかかった教育期間はなんと6か月間だという。基本教育で3か月、ザニーによる実機教習が2か月、そして初期型ジムの操縦教育課程が1か月。以上。
「ハチノ大尉がウィングマークをお取りになったときもそれくらいじゃなかったんですか?」
「えー、そうだったかな。そうかも」
などと話を合わせてみたが、そんなわけがない。
高卒の航空生徒として地球連邦空軍に入隊した俺の場合、亜音速ジェット練習機に搭乗するまでに2年は教育を受けている。その後、1年間に亘る大気圏内戦闘機操縦教育課程と、同じく1年間の空間戦闘機操縦教育課程が待っていた。つまり一端のパイロットになるために4年間は訓練をしていたことになる。
勿論、落第ギリギリの成績だったわけではないし、おそらくこれでも西暦時代の戦闘機パイロットより訓練期間は短いはずだ。
(そう思うとむしろ彼女は頑張っているほう――“新品”の中でもかなりの上澄み、か)
などと思っていると、シャウナ少尉は羨望の眼差しを向けてきた。
「でも、ほんとすごいですよ!」
「え、なにが――」
「だって戦闘機でも、MSでも大活躍じゃないですか」
「そうでもない」
「謙虚すぎますよ、だって初めて乗ったMS――“ガンダム”で敵機を6機もやっつけちゃうんですから!」
「……」
(うーん)
正直、上には上が――具体的に言えばアムロ・レイがいる以上、あまり自慢はできないし、褒められても嬉しくはなかった。俺とは違ってアムロ・レイは軍事的な教育をほとんど受けていない人間だ。その彼もまた“ガンダム”に搭乗し、瞬く間にザクⅡを撃破している。
「とにかく早く食べて、午後に備えよう」
この話題は打ち切ったほうがいい、そう判断した俺は宇宙世紀メシの残党どもを平らげた。平らげながら相対速度も合わせられないのに着艦はどうやってんだよ、と思ったが、そういえば『エンタープライズ』は巨大なクッションを展開して、MSを受け止める仕組みがあったのを思い出した。つまり母艦が様々な工夫を凝らしているのである。
(じゃあ、発想の転換だ)
食事を終えるとともに俺は
「うまくいくかもしれない方法がある」
と彼女に伝えた。
その2時間後――俺は再度、機上にて初期型ジムとの間にデータリンクを確立していた。
MSと連携するサブフライトシステムは後々“ゲタ”と呼ばれることを知っていたし、原作のMSがサブフライトシステム側に飛び乗るイメージが強いため、どうしてもMS側が“ゲタ”に合わせるという感覚があった。おそらくシルヴィア准将をはじめとしたほかの幹部も同様であろう。MSを人間に見立てたとき、戦闘機側は乗り物にあたるのだから、MSが戦闘機へ飛び乗るほうが自然だ。
だが現状を考えてみると自分も含めていま戦闘機に乗っているような連中は、数年間も教育を受け、緒戦を生き残ったベテランが多い。
(つまり、ゲタ側が合わせる)
そのうえ幸いにも俺が操るコア・ブースターは、機体前部――コア・ファイターにあたる部分に高性能学習型コンピューターを搭載している。うまくやれば、戦闘機側が自動でMS側に追従し、人の手を介さずに連携するようにできるかもしれない。
失敗したときはコア・ブースターが先行、初期型ジムが後方から追いかけるというフォーメーションだったが、今回はシャウナ少尉が操る初期型ジムに先行してもらう。
「よろしくお願いしますっ!」
「速度は一定にな!」
前線における巡航速度で進む初期型ジムの機影を睨み、スロットルを開く。レーザー通信回線がつながったことで、距離や相対速度を示す数字が網膜に投影されるが、それはあくまでも参考だ。みるみるうちに視界の中でサイズを増していくジム。
「姿勢そのままッ!」
彼女に心の準備をさせるため、俺はジムの下方を僅かに追い抜いて自機の姿を彼女の視界に入れ――それから制動をかけて相対速度を合わせた。
「いけっ!」
「は、はい!」
彼女の声に遅れて、衝撃が走る。
「うまくいきましたっ!」
(衝突の衝撃じゃなくてよかった……)
緊張を帯びたはしゃぎ声に、俺は「はあーっ」と溜息をついた。
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MSと戦闘機のランデブーが成功した瞬間を捉えていたのは、演習場に設けられた光学センサーだけではなかった。ルナツー周辺宙域を漂うムサイ級巡洋艦の残骸――その影に潜む機影は、真紅の瞳で両機のランデブーを見届けるとともに、動いた。
衝動ではない。
連邦側のMSと戦闘機がいかなる試験をしていたかを見定めてからの行動。
加えて、単機ではない。濃緑の残骸とミノフスキー粒子のカーテンから躍り出たのは、小隊規模――4機のザクタイプだった。そのうちの1機、複数のサブスラスターを増設したために異様に巨大化した脚部を有するザクⅡが、ハンドサインを送る。
(ここで散っていった同志たちの仇を討つ)
相手が地球を主翼に描いた機体と知っての十字砲火。
しかも無音、無光。
この4機の練度の高さは、異常である。
レーダーは勿論、曳光弾さえ使わずに精密な連続射撃をやってのけた。
“
「なに」
が、ジ・アースが駆る宇宙戦闘機はMSを背面に担いだまま、予想できない速度と機動で肉眼では視認しがたい弾雨の中を翔け抜けた。120mm徹甲弾は、かすりすらしない。通常の機体よりも数多くのスラスターを積んだザクⅡを操る男は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
(なんたる強運)
と、万全の奇襲が躱された理由を、相手方の運の良さに見出さざるをえない。
同時に彼はハンドサインを出すと、スロットルを全開にした。
それに応えて青と緑の色彩を纏った高機動型ザクⅡは、敵戦闘機の追跡に移る。敵MSの練度は高くない。事実上の4対1――故にさすがのジ・アースも逃げの一手を選ぶだろう。
(だがこのジオンが誇る高性能機――R-1Aならば追いつける)
肩部や脚部は青、胴部と腰部装甲は緑というちぐはぐなカラーリングのR-1A高機動型ザクⅡとその御者は、獲物を追う肉食獣といった格好と意識でいる。
が、それはあまりにもジ・アースを軽侮していた。
青い星を翼に宿した戦闘機は4機のザクⅡから十分に離れた場所で強引な機動をとって背中のMSを弾き飛ばし――それから機首を翻して突進してきたのである。
次の瞬間、白桃の光が閃く。
長射程、高初速、高威力。
メガ粒子の奔流は宙を翔ける1機のMS-06FザクⅡを貫き、虚空に浮かぶ火球に変えた。
続けて宇宙戦闘機の砲口は、R-1A高機動型ザクⅡに指向される。
「見えているッ!」
強引に手足を振り回しての急制動。
R-1A高機動型ザクⅡは身を捩るようにして、砲口の延長線――続けて1秒もしないうちに放たれたビームを躱した。