【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか―― 作:河畑濤士
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次回更新は9月15日を予定しております。
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高機動型ザクⅡを操る男は、“
それも仕方がないことではある。
なにせ彼はエースパイロットであると同時に、20代になって1、2年の青年でしかない。ジオンのプロパガンダ教育と軍事教育に人格を形成された彼は、スペースノイドの真の独立という正義を信じる一方で、地球連邦が赤子から老人まで数多くの人々によってできている存在だということを理解していなかった。地球連邦を支持するスペースコロニーに風穴を空け、地球にコロニーを落とす。地球連邦という存在に一矢報いているつもりなのかもしれないが、現実には億単位の人々を殺戮しているにすぎない。
が、それがわからない。彼は市井の生活から、かけ離れている。かけ離れているから、人々の怒りを彼は感知できない。できたとしても、ジオンの大義の前には些事にすぎないと切って捨てるだろう。
“
彼からすれば“
「こちらは地球連邦航空宇宙第1統合戦闘団、ジ・アースだ。貴官らの所属と目的を報せ」
「ジ・アース。こちらはジオン公国軍宇宙攻撃軍の
災害時救難用のオープンチャンネルから流れてきた男の声に、高機動型ザクⅡを操る男は反射的に返事をした。と、同時にコア・ブースターの未来位置へ射弾を送る。が、白を基調とした機影は、戦闘機動用のバーニアを小刻みに噴射して、その射線から逃れ続けた。
「隊長、足を止めます」
MS-06Fに搭乗する彼の部下はコア・ブースターの軌道を読み、そこへ割りこもうと戦闘機動を開始する。彼らがジ・アースの頭を抑え、隊長機の高機動型ザクⅡが追撃する。たかが戦闘機1機に対して過剰なほどの連携戦術。
「バルフィッシュ、ジオンの名誉とはなんだ。ギレン・ザビに同調しない者たちを殺戮することが、名誉なのか」
「ジオンの大義を理解せず、スペースノイドの真の独立を放棄し、あまつさえ連邦による弾圧を黙認する者どもがどうなろうが知ったことではない!」
傲慢な物言いに、コア・ブースターを操る男もまた反駁の声を上げた。
「コロニーに住んでいた、地球に住んでいた
とはいえ地球を描いた翼を操る男――ノイジー・ハチノ空軍大尉は、冷静に思考を巡らせていた。敵パイロットとの交信を試みたのは、遠くへ追いやったシャウナ少尉機から敵の注意を逸らし、その意識をこちらに向けさせるためだ。
(予想が正しければこのカラーリング、オールドタイプ最強の男)
しかしながら追ってくる高機動型ザクⅡに一定の注意を割きつつ、彼はむしろこちらの頭を抑えようとしてくる2機の動きを読むことに意識の過半を向けていた。基本的に機動は機首方向になる戦闘機にとって、前方を塞がれるのは厄介だ。
(現状、俺がバルフィッシュに勝てる材料はない)
訓練中ということもあり、武装は核融合炉と直結するメガ粒子砲しかない。機関砲はあるが、弾倉に収められているのは、不測の事態が生じた際に使用するための信号弾と、戦闘時の30%ほど装填された徹甲弾だけだ。短距離誘導弾やロケット弾があれば抗しようもあるだろうが、単機で、かつ単一方向にしか攻撃できないメガ粒子砲ひとつでは、採れる戦術は限られる。
ただありがたいことに、シャウナ少尉機が弾き飛ばされていった方向には、すでに「敵襲」を報せる3発の赤い信号弾が輝いている。あと数分もすれば、援軍が駆けつけるはず。時間を稼ぎさえすればいい。
横合いからコア・ブースターの進行方向に割りこんできた1機のザクⅡF型がマシンガンを構えた瞬間、メガ粒子砲が薄桃の束を吐き出した。濃緑の機影はスラスターを盛大に吹かし、ビームを躱し――その脇をコア・ブースターは速度をまったく落とさずに通り過ぎていく。もう1機のザクⅡF型はヒートホークを振りかぶり、横合いから斬りかかろうとして――コア・ブースターが姿勢制御用バーニアを噴射してその刃を躱すのと、90mm徹甲榴弾から成る火線がヒートホークを保持するザクⅡF型を襲ったのは、ほぼ同時だった。
(は?)
90mm徹甲榴弾はザクⅡF型の頭部上面装甲を叩いたかと思うと、数発目が敵のランドセルを穿ち、続く十数発もまたランドセルを貫いていた。推進剤と
「スプラッシュ・ワン!」
「
「私だって戦えます――実弾は3割しかないですけど!」
勝利条件の変更。エースパイロットから数分間逃げきればいいはずが、エースパイロットから数分間味方機を守りつつ援軍を待つ、に変わった。逃げることをよしとしない生真面目さ。それがシャウナ少尉の美徳であり、それがなければそもそも彼女は軍に志願していない――それを理解している彼は苛立ちを押し殺した。
「雑兵が」
コア・ブースターを追う高機動型ザクⅡが軌道を変えた。
流れるように射撃姿勢に移行するのと、初期型ジムがシールドを構えたのはほぼ同時だった。その2秒後、120mm徹甲弾は盾でカバーされていない主脚部を射抜いていた。左膝部装甲が粉砕されたかと思うと、次に左足首、右足首の関節部が撃ち抜かれ、切断された。致命傷ではないが、手足をAMBACに活用するMSにとっては支障が出る被害。
さらに高機動型ザクⅡは彼我の距離を詰めにかかる。
「シャウナ少尉、足を動かせッ!」
「足?」
「じゃなくて移動しろ! 立ち止まったらやられる!」
急旋回したコア・ブースターは、高機動型ザクⅡの未来位置にメガ粒子砲の砲口を向けた。超高速の一撃。メガ粒子のビームが伸びる。高機動型ザクⅡは仰け反りながらそれを躱し、照準を再度つけ直し――つけ直そうとしてすでに初期型ジムがスラスターを全開にして、頭頂方向へ翔けていることに気づいた。
だが、高機動型ザクⅡは初期型ジムの追跡を諦めない。
(レスバに持ちこむか――)
それで集中力が途切れる、あるいはこちらに注意を惹けるのは安いものだ。
「バルフィッシュ、こちらジ・アース! 先程の問いの答えを、まだもらっていない!」
「既得権益を貪る腐敗組織の打倒――歴史に目を向ければ必要な犠牲というものだ!」
「必要、不必要。その言葉、子を失った親に、親を失った子に、生きる糧を失った人々に言えるものか」
「ふん……そんな人の情では、私は倒せん!」
(確かにそのとおりだ)
人の情では、敵は倒せない。彼は通信機から流れる傲慢な物言いを聞き流しながら、兵装コントロールパネルを弄った。
(奴は本当に最小限の挙動でこちらのビームを躱す)
ゆえに一度だけ、付け入る隙がある。
「シャウナ少尉、F型のザクを攻撃して足止めしてくれ」
「私は大義の下では、無慈悲な修羅にでもなろう!」
青と緑の色彩が旋回し、純白の機影に向き直る。
こちらのビームを最小限の動きで躱し、カウンターを決めるつもりだ。
高機動型ザクⅡがマシンガンを構える。
コア・ブースターが背負う砲身へメガ粒子が供給される。
先手をとったのはコア・ブースターの側であった。
砲口から集束された
それを高機動型ザクⅡはわずかにバーニアを操り、射撃姿勢をとったまま紙一重で避ける。
粒子供給量を最大に、粒子放出時間を最大に調整したメガ粒子砲のビームは、肩口を掠める。
「
勝利の確信。
120mm徹甲弾が砲口から吐き出される――その前に高機動型ザクⅡを駆る男は異変に気づいた。反射的に緊急脱出用レバーを引いた。即座にMS-06R-1Aの胸部装甲板が開放され、操縦シートが射出される。
彼の敗因は、メガ粒子砲の射撃可能時間を一定だと無意識のうちに考えていたことにある。
ビームを放出し続けるコア・ブースターはバーニアで姿勢を僅かにずらし、メガ粒子砲で敵を薙いだ。疑似的なビームサーベル。5秒ともたない刹那的な
そして御者のいなくなった高機動型ザクⅡの脇を、コア・ブースターは高速で翔けぬけていった。
援軍が接近してきたのと、高機動型ザクⅡから脱したパイロットを回収したザクⅡF型が戦場を離脱したのは、ほぼ同時であった。