【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか――   作:河畑濤士

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次回更新は9月20日ごろを予定しております。



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■42.FF-3SX-MA1(1)

「データが取れて満足か?」

 

「データ?」

 

 デスクがふたつしかない広報事務室。

 航空宇宙第1統合戦闘団司令部とともに宇宙に上がり、いまはトラファルガ級航空母艦『エンタープライズ』に乗艦している元・空軍大佐の鬼威燦太広報官は、シルヴィア・プロット・バックランド宇宙軍准将の威圧的な態度に怯まなかった。彼は「私は数字に興味はありませんよ、肩がこっちゃいます」とひとりで笑ってから、再び口を開いた。

 

「データというと大仰ですね。しかし、検証はできました――彼は英雄ですよ」

 

「大尉が聞いたら否定するだろうな」

 

「上層部は言うでしょうね――」

 

「「謙遜するな」」

 

 ふたりの言葉が重なった。

 鬼威は再び笑ったが、シルヴィア准将は不機嫌な表情を崩さない。

 

「しかし前線の腕だけじゃない。優れたアイデアマンですよ。この前に話題になったバルーン……」

 

 彼の言葉を、シルヴィア准将は聞き流し始めていた。

 

 ジオン公国軍においてパーソナルカラーの使用を許される者は、ガルマ・ザビといった一部の例外を除けば、異様なまでの技量を有するエースパイロットである。それは地球連邦軍側も諜報活動から文字情報として知っていたし、実際の戦闘からもよく学んでいた。連邦軍のエースパイロットさえも圧倒する技量を誇り、並の部隊では歯が立たない。ゆえにこれまで地球連邦軍が採りうる最善策は、物量で敵を半包囲し、推進剤や弾薬を消耗させて後退させるしかなかった。

 しかしながら、ここにきて“地球(ジ・アース)”が、パーソナルカラー機を撃墜した。

 しかも事実上の単機撃墜――このすぐあとには、軍属になったばかりの少年が青い巨星を墜とすのだが、この時点では歴史的快挙であった。ゆえに連邦軍上層部が彼を英雄と見做し、そして地球人類を救うニュータイプなのではないかと期待するのも自然の理だった。

 が、そもそもニュータイプという存在に懐疑的な将官は、浜松基地防衛戦の直後から、ハチノ空軍大尉の活躍の理由を別の面に見出そうとしていた。

 

――彼は、ズレている。

 

 高い士気を維持する主要素は通常、「戦友との連帯感」「任務に対する責任感」「自部隊に抱く愛着と誇り」「社会に対する忠誠心」だと言われている。士気を養ううえで食欲や睡眠欲を満たすという基本の次にくるのは、要は自身が帰属する集団に対する感情なのだ。

 が、彼の場合は社会に対する忠誠心はともかくとして、戦友との連帯感や自部隊に対しての感情に乏しい。

 では彼の士気、高い集中力、他と一線を画す戦闘力の源は何か?

 情報部の人間のレポートから当初、彼らはみなハチノ空軍大尉が死を恐れていないからだ、と考えていた。

 それに対して異を唱えたのは、ほかでもない鬼威広報官であった。

 

――彼は弱者を守るという強い動機があるとき、最大の戦闘力を発揮するのではないか。

 

 それを検証するために、地球連邦空軍・宇宙軍上層部は結託した。

 ……故意に弱者、つまり“新品少尉”と組ませたのである。

 そして偶然にも敵エースパイロットとの戦闘が生じ(本当に作為はない)、早々に彼のメンタリティと、高い戦闘力の相関が証明された形になった。集中力や反応速度といった数値化できるものだけでも明白に向上していることが、コア・ファイターに搭載されたコンピューターに記録されている。

 

(いい迷惑だ)

 

 とシルヴィア准将は思ったが、自身もまた戦う術をもたない弱者としてフライマンタの後部席に搭乗した経験があるため、同時に自省するに至った。

 

(が、これで彼の強さに説明がつく)

 

 戦う術をもたない人々の代わりに戦う。

 蹂躙されるしかない者の盾となり、最後には強敵を打ち倒す。

 ジオンによる人類史上初となる億単位の虐殺から始まり、これまで防戦一方だった、そしてこれから敵の要塞線を破砕しようという地球連邦軍にとって、この才はまさに天から賦与されたものであった。

 

(……)

 

 ところがこの戦争のあるべき終わりかたについて、確固たるビジョンを有している彼女は、無意識のうちに歯ぎしりをした。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 地球低軌道から中軌道にかけて、地球連邦軍とジオン公国軍の戦闘が生起している。

 

 眼下に広がるのは、青と白――大海と雲海から成る大色彩。太陽の光を浴びて燦然と美しい星の軌道上を、メガ粒子の束が奔る。サラミス級とムサイ級の艦影が、ビームの照り返しを受けて輝く。戦闘濃度のミノフスキー粒子。見えているのにレーダーには映らないもどかしさの中、両軍は艦上機部隊を発艦させている。

 濃緑の機影。ジオン側の陣容は、露払いの120mmザクマシンガンを保持したザクⅡと、その後方に控える280mmザクバズーカを担いだ対艦攻撃役のザクⅡから成る十数機。巧遅よりも拙速を重んじた高速突撃に打って出る。連携が多少乱れても、これまで敵艦の対空砲火と修正射撃の連続を掻いくぐって戦果を挙げてきた戦術だ。

 

 他方、連邦軍側はすでに分厚い防空網を完成させていた。コロンブス級補給艦から発艦したRGM-79E初期型ジムと、サラミス級巡洋艦に係留されていたRB-79ボールから成る戦列が、真正面から敵の突撃を受け止める。質的な優劣はさほどない。そして頭数は、連邦軍機は倍近い。

 90mmマシンガンの掃射と120mm無反動砲の連続射撃。

 濃密な火網がザクⅡを絡めとり、あるいは回避を強要して彼らの足を止める。

 そして鉄床(かなとこ)である戦列がザクⅡの突撃を鈍らせたところで、その火網の向こう側から鉄槌が躍り出る。

 

「新型――!?」

 

 前衛を務めるザクⅡのパイロットたちは驚愕し、高速で翔け抜ける彼らを見送った。勿論、ただ無為に見過ごしたわけではない。120mm徹甲榴弾による連続射撃を叩きこんだが、その機影――白と紺の空間戦闘機は異様なまでに長大な4本の補助腕を展開すると、バーニアを吹かして120mm弾と交錯するはずの未来位置を容易くズラしてみせた。そしてそのまま、ザクマシンガンを携えたザクⅡを無視し、後方のバズーカ持ちに殺到する。

 

「バ、バズーカを棄てろ!」

 

 次の瞬間、バズーカを棄ててヒートホークに持ち替えようとしていた指揮官用ザクⅡと、1機の戦闘機が交錯した。

 否、擦れ違っただけではない。

 長大な4本の補助腕――否、武器腕(ファイアアーム)を有する宇宙戦闘機FF-3SX-MA1エクスセイバーは、展開した鉤爪(クロー)で指揮官用ザクⅡの頭部ユニットを抉りながら引きちぎった。

 

「畜生、新型かよ!」

 

 その3秒後、2機目のエクスセイバーが指揮官用ザクⅡの右腕と右脚を破砕し、3機目が左腕を捥ぎ取っていった。

 その周囲では左肩をひっかけられたことで、無様に慣性によって回転していたザクⅡF型が必殺の第二撃を浴びて爆散。

 バズーカを棄ててヒートホークを構えたザクⅡもまた正面に気をとられたまま、先程、角付きの頭部を引きちぎった――青い星を主翼に描いた戦闘機が後方から迫ることに気づかなかった。そのまま武器腕(アーマー)の鉤爪によって抉りとられるランドセル。

 

「戦闘機じゃない……!」

 

 もはやモビルアーマーだ、というザクⅡパイロットの呟きは誰にも聞かれることはなかった。

 

 さて。

 ジオン公国軍は“地球(ジ・アース)”が宇宙空間に上がってきたことに、恐懼(きょうく)したといっていい。彼らはすでにノイジー・ハチノ空軍大尉を、完成したニュータイプだと認識していた。常に連邦軍の反撃作戦の陣頭に立ち、人死を呼ぶ青い星。まるで地球そのもの。その重力は容易く将兵の命を曳き、呑みこんでしまう。

 

「陳腐なプロパガンダにすぎん!」

 

 宇宙攻撃軍を率いる将、ドズル・ザビはそう公言してはばからなかった。開戦劈頭から複数の活躍、これらが単独の人間によって成し遂げられるものだとは思えない。複数の人間の戦果を組み合わせて作り出された偶像だといいたいのである。

 が、実際には彼も、その周囲の人間も理解している。説明のつかない主観的な武官の嗅覚も、客観的な多方面からの情報も“地球(ジ・アース)”が単一の存在であることを示していた。

 それは救いでもあった。

 

(人間ならば倒せる)

 

 相手は地球連邦軍が狡猾に生み出した情報の集合体ではなく、生身の人間であれば討つことができるのだから。

 

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