【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか―― 作:河畑濤士
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次回の更新は9月29日を予定しております。
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――オデッサ作戦の完遂。
宇宙においては多くの人間が、その瞬間を待ちわびていた。
連邦陸軍・空軍・海軍三軍の報告から連邦宇宙軍は、オデッサ周辺に追い詰められたジオン公国軍の地上部隊がHLVによって地球から軌道上に撤退してくるであろうことを予想。重力戦線から敗走し、無防備を晒す敵を殲滅できる好機を逃すまいと、ボールや初期型ジムから成る機動部隊による追撃作戦を計画していた。
一方、ジオン側にも友軍の敗戦を待ちわびる人間がいた。
否、彼らが待っているのは、地球から軌道上を経て、宇宙要塞ソロモンに至るまでの過酷な撤退戦の生起ではない。正確には掃討に現れるであろうトラファルガ級航空母艦『エンタープライズ』を待っていた。
テランスら“刺客”は可能であれば、“地球”の発艦よりも前に『エンタープライズ』を速やかに沈めてケリをつける腹積もりであったし、彼らだけではなく、ジオン宇宙攻撃軍および突撃機動軍はこの撤退戦に敵の機動部隊が出張ってくることを見越し、これを叩くことで戦争の主導権を取り戻そうとしていた。
「ははは――」
かくして軌道上に救難信号と助けを求める声があふれた瞬間、テランスは湿った笑いを上げ、続けてジオン宇宙攻撃軍および突撃機動軍と地球連邦宇宙軍の激しい攻防戦が生起した。
「食い放題だ、往くぞ!」
先制したのは地球連邦宇宙軍の側である。
ミサイルフリゲートやパブリク宇宙突撃艇、爆装した戦闘機がHLV目掛けて突進し、遅れてサラミス級巡洋艦と初期型ジム、ボールから成る機動部隊が現れる。この時点で軌道上に打ち上げられたジオン地球攻撃軍の所属部隊にできることは何もない。HLVから飛び出してきたザクⅡJ型のOSは、1G環境下での運用に最適化されており、そのためろくな戦闘機動も行えない。そのまま連邦宇宙軍の砲火を前に斃れていった。
溺れるように四肢を振り回して不完全なAMBACを試みるザクⅡの周囲では、HLVに搭乗する人々に次々と破滅が訪れていた。
セイバーフィッシュが放った対艦ミサイルが1基のHLVに直撃する。弾頭は濃緑の外殻をぶち破って内部で炸裂――次の瞬間、弾けたHLVの外殻は周囲のHLVに激突してその軌道を逸らし、あるいは風穴を空ける。不用意にスラスターや姿勢制御用バーニアを使ったHLVは次の瞬間、後方から突っこんできたHLVに接触し、そのまま2基とも他のHLVに激突し、地球の重力に曳かれはじめた。
密集するHLVの群れは、少しつつかれただけでもその一角が消滅する。
宇宙攻撃軍の艦艇は、彼らの直掩には就いていない。遥か遠方にてミノフスキー粒子のカーテンの向こう側に隠れていた。心情としては勿論、同一軌道上にてHLVを護衛したい。が、あそこにいれば高速で飛散するデブリと化したHLVを躱しながら交戦せざるをえなくなる。
「『エンタープライズ』、見ゆ――!」
「艦底方向に反射体多数! 艦上機部隊!」
トラファルガ級航空母艦『エンタープライズ』を擁する連邦宇宙軍の本隊がHLVの群れに襲いかかろうとした瞬間と、ジオン宇宙攻撃軍の艦上機部隊が連邦宇宙軍の艦底方向から突撃を仕掛けたのはほぼ同時であった。
「戦闘団艦艇は発艦作業を即刻中止。対空戦闘および回避運動を優先。MS隊を至急呼び戻せ。サラミス各艦のボール隊もだ」
本隊の一角を占める航空宇宙第1統合戦闘団の艦隊戦を指揮するカイル大佐の判断は素早かった。発艦作業と回避運動は両立できないため、即座に後者を優先すると決めた。こちらの艦上機部隊が戻ってくるまでは、対空砲と艦隊防空に充てていた戦闘機部隊で時間を稼ぐほかない。
不幸中の幸いは彼が“
(敵のアウトレンジ攻撃か――)
他方、トラファルガ級航空母艦『エンタープライズ』艦長、マスターソン宇宙軍大佐は対空戦闘の指揮を執りながら、敵に先制された理由にあたりをつけていた。ジオン側の機動部隊は、こちらの索敵範囲外となる長距離から艦上機部隊を発進させたのであろう。翻ってこちらは敵艦隊が進出するとすれば、撤退部隊の直掩のためにHLVの近傍、と思いこんでいた節がある。
(油断したか)
とはいえマスターソン宇宙軍大佐は、淡々と『エンタープライズ』の巨躯を乗組員とともに操り始めた。
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眼下では迫る対艦ミサイルとロケット弾に対し、航空宇宙第1統合戦闘団所属艦艇・サラミス級巡洋艦『ナホトカ』、『ブラフマプル』、『コーヒーベイ』、『コンセプシオン』が対空ミサイルと機関砲を用いた迎撃を始めている。
橙色の火線が奔る中、『エンタープライズ』から
「
「武装は見えたか」
「ガトルは未だに対艦ミサイルを抱えている。ザクにバズーカ持ちはいない」
昼間でも星が見えるほどの視力の持ち主、アイカワ空軍中尉はビームと一瞬の爆発の照り返しから敵の陣容を看破した。
(ヘッドオンでガトルを殺る。ザクマシンガンのカウンターに注意だ)
現在の乗機、FF-3SX-MA1エクスセイバーの他機種に対する大きなメリットは、実体の近接装備を有することで武装面での継戦能力が向上していることだ。従来の戦闘機、戦闘攻撃機の弱点はMSに対して有効打を与えられるミサイルの携行弾数が、最大でも十数発程度だったことだ。しかしこのエクスセイバーならば、推進剤が切れるまで戦うことが可能である。
(やろうと思えば、数十の敵も葬れる)
そう思いながら周囲に視線を遣る。
「直上、来るッ!」
頭上方向――視界の端にスラスターがほとばしらせる
「ミサイル!」
放たれたミサイルは2発。しかもいやらしいことに、1発は俺の機体に向けて真っ直ぐ、もう1発は俺の機体の未来位置にその弾頭を向けている。
(普通の急制動でも食われる)
俺は未来位置に向かうミサイルをいったん無視することに決めた。
57mm速射砲の照準をマニュアルに切り替えるとともに、武器腕を振り回したAMBACとバーニアで急旋回し、こちらに向かってくる弾頭に相対する。それから57mm速射砲のトリガーを引いた。
「ジ・アース!」
「大丈夫だ、
ナイトー空軍中尉に返事をしながら、57mm徹甲榴弾が直撃したことで爆散した弾頭の破片を、辛うじて躱す。と、同時に敵機との対航戦に臨むが、クローを使うにも57mm速射砲を使うにもどうにも離れていた。そのまますれ違う。そこで敵の細部をこの眼で確かめることができた。ザクⅡと同様、緑を基調としたカラーリング。1枚の垂直尾翼に左右水平翼の組み合わせで、大気圏内も飛べそうなフォルムをしている。純粋な外見だけを言えば、ドップよりも遥かに洗練されているように見えた。
ガトルとは明らかに違う、新型だ。
そのまま首を捻って後方を見た。その数秒後、俺はエクスセイバーの4本腕を振り回して、直角に回避機動をとっていた。遅れて
(可変機?)
俺が目撃したのは擦れ違ったばかりの大型戦闘機がザクに変形し、変形しながらマシンガンをこちらに向ける姿だった。
(また俺が知らない作品のMSか?)
可変機構を備えるMSといえば、一年戦争よりも後の時代に数多く登場する、というイメージがある。
が、そこをいま掘り下げる余裕はない。
先程見た尾翼には黒い1本線と、血塗られた金槌が描かれていた。
「各機、敵はウォーパーティーだ。
敵のエースパイロットであるウォーパーティー自体も問題なのだが、先の空戦ではウォーパーティーに追従してカバーするバディ機がいたはずだ。今回も同じく、あの新型機が少なくとももう1機どこかにいてもおかしくない。
「見えました」
アイカワ中尉機の57mm速射砲が放つ曳光弾が宙を裂き、続けて純白の弾体を有するロケット弾が発射される。そのロケット弾は間もなく虚空で爆発――その火球が放つ橙の光が、1機の大型戦闘機を照らし出していた。