【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか――   作:河畑濤士

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■46.FF-3SX-MA1(5)

 “好戦家(ウォーパーティー)”とペアを組むスサーナ・デ・アラゴン少尉は、ザク・スピードを自由自在に操って敵戦闘機の追撃を躱すと、トラファルガ級航空母艦『エンタープライズ』に機首を向けた。

 彼女にとっての勝利条件は生き残ることであり、次に『エンタープライズ』の撃沈だ。

 

(艦橋を狙う)

 

 ザク・スピードの120mmマシンガンで『エンタープライズ』を墜とせるかはともかくとして、手傷を負わせることは可能だと彼女は考えていた。驕りではない。敵艦隊の対空砲火には死角がある。本来ならばその死角をMSや戦闘機が埋めるはずなのだが、いまその機動防御は機能していない――ベテランパイロットが駆るヅダに翻弄されている。そこを衝く。

 

(それに)

 

 敵の防空網が万全だったとしても、彼女はそれをすべて回避する自信があった。

 

「ウォーパーティー。こちらコメート。エンタープライズ(ゴースト)に仕掛ける。援護を」

 

「コメート。こちらウォーパーティー。ジ・アースは抑えますが、他はどうにもっ!」

 

 テランスが操るザク・スピードは上半身を捻り、敵戦闘機の鉤爪を紙一重で躱したところであった。通過していく地球と流星を描いた主翼。彼は反撃しようとMS形態の機体を巡らせたが、もう1機が速射砲を撃ちかけてきたために回避運動に移らざるをえない。

 その戦闘の様子は、スサーナ少尉からは見えなかった。

 彼女が知覚したのは、苦悶と愉悦の入り混じったテランスの声だけだ。

 

(ジ・アースの邪魔さえ入らなければいい)

 

 彼女はそう判断した。

 目星をつけた防空網の破れ目――現在地から最も近い間隙に向けて、航空機形態のまま一直線に、躊躇なく突進する。

 故に彼女の動きは、読まれていた。

 否、スサーナ少尉が最も近い防空網の破れ目を避けていたとしても、直線的な機動ではなく欺瞞を取り混ぜていたとしても、彼女は遥か遠方からスラスターの放つ燐光とバーニアの挙動からその未来位置を予測し続けたであろう。

 

「また?」

 

 スサーナ少尉の口からは、驚きよりも呆れの声が出た。

 横合いから接近しつつある敵戦闘機。

 そして性懲りもなく、天翔けるザク・スピードの未来位置に砲弾をばら撒きはじめた。

 

(無駄――!)

 

 スサーナ少尉は変形レバーを引く。

 それに呼応してザク・スピードは脚部を展開すべく、変形機構を稼働させる。

 

「それは、もう見た」

 

 脚部の展開は、腰部装甲固定具の解放から始まる――航空機形態からMS形態、あるいはその中間形態への変形、その初動をアイカワ空軍中尉は覚えていたし、数千メートルは離れているにもかかわらず、彼女は腰部装甲のボルトが動き始めるのを肉眼で捉えていた。

 そして航空機形態から脚部を展開する瞬間、敵機は若干だが速度が鈍り、同時に機体が上方へ持ち上がる。これはMSのAMBACと同様、脚部を展開する際に少なからず反作用が生じるためだ。つまり変形の際には、機体全体が規則的な挙動をみせる。

 

 だからアイカワ中尉はこの瞬間、スサーナ少尉に死をもたらすことができる。

 

 変形の最初動が見える。

 次の未来位置もわかる。

 そこに砲弾を放てばいいだけだ。

 彼女は何の躊躇もなく、57mm速射砲のトリガーを引いた。

 

「スプラッシュ・ワン」

 

 スサーナ少尉は何も思考することなく、絶命した。

 アイカワ中尉が放った57mm徹甲榴弾はザク・スピードの背面をぶち破った。

 それも1発、2発ではない。5発、10発、20発。ザクⅡF型よりも遥かに薄い装甲板を貫いた砲弾は内部で炸裂して配線を切断し、核融合炉周辺機器を破砕し、破片と爆風の奔流を操縦席に噴き流した。鋼鉄と高熱の塊は一個の生命を圧し潰すとともに操縦席内部を吹き荒れ、行き場をなくして滞留してから操縦席のハッチを吹き飛ばした。彼女の遺骸と魂魄が未だ残っていたのであれば、それは何も縛るものがない自由な宇宙空間へ解き放たれたであろう。

 

「コメートが――」

 

 ひときわ大きい火球が生じたのをテランスは視界の端で捉えていたが、その呟きに特別な感傷はなかった。

 それよりも、と彼は眼前の死闘に集中する。先の十字砲火を浴びたことで、右脚部に備えられたスラスターは使えなくなった。これによって航空機形態での前方に対する推力は、8割未満にまで減退している。加えて主翼の一部が大破したことで、主翼上部のパイロンに装備されていたガンポッドが使えなくなった。航空機形態で戦う旨味はなくなったといっていい。

 それでも焦りや不安といった感情はない。

 あるのは脳から快楽物質を放出するに足る緊張感のみ。

 シルヴィア准将が操るFF-3SX-MA1が放った誘導弾を引きつけてから、流れてきたムサイ級軽巡洋艦の残骸に身を隠して躱し、距離を取りながらもMSにとっては死角となりがちな下方の空間を占位しようとするナイトー中尉機に向け、120mmマシンガンを連射する。

 

(機体のダメージは小さくないはずだ)

 

 撤退してはくれまいかとシルヴィア准将は思ったが、テランスに撤退の命令は下っていない。そのうえ彼は死闘を好んでいた。この時間が永久に続けばいいとさえ思っている。

 

(とにかく、やつの足を止める――)

 

 そんなことはつゆ知らず、シルヴィア准将は翼を4回振った。

 その数秒後、遠方から120mm徹甲榴弾が雨霰とテランスが操るザク・スピードに殺到する。ボール隊による一斉射撃。狙いは乱雑だが、ゆえに躱しづらい。下手に大きく動けばやられる――その砲弾ともに高速で突進してきたのは、1機のジムだった。

 掲げるのは、連邦製プロパガンダアニメのキャラクターが描かれたシールド。

 

(格闘戦を挑むつもりですか――)

 

 テランスの口の端が愉悦に歪む。

 ザクマシンガンを指向するとともに、片手でヒートホークを抜く。これは保険。ザクマシンガンで撃退できるならそれに越したことはなく、だが彼の脳髄はヒートホークを――生死を一瞬で分ける近接格闘戦を望んでいた。

 シールドの表面に弾痕が生じ、シールドで守られていない脚部が吹き飛ばされ、続けて頭部が撃ち砕かれる。

 

「む――」

 

 そこで気づく。

 

「こなくそぉおおおおおおおお――!」

 

 前のめりになって“軌道”から外れていくジム、その背後からもう1機のジムが現れる。

 それを操るのはシャウナ少尉。発する気魄とともに、右腕が大上段に振り上げられる。その先端から真紅の光刃が伸張する。ジムが有する最も強力な武器、ビームサーベル。あらゆる軍事兵器に致命の一撃をもたらすことができるそれは、辛うじてヅダを退けたシャウナ少尉機に残された最後の武器でもあった。

 

 が、テランスはビームサーベルを前にしても怯まなかった。

 躊躇うことなく、スロットルレバーを操作する。自機のランドセルのスラスターを噴かし、眼前のジムに体当たり――ビームサーベルが振り下ろされる前に、後方へ跳ね飛ばすことに成功した。

 

「あとは頼みます――大尉ッ!」

 

 その一瞬に、隙が生じた。

 衝突の瞬間、ザク・スピードの速度が死んで静止状態に近い形になる。

 そしてザク・スピードの下方で、青白い光が瞬いた。

 

「ジ・アースッ!」

 

 4つの武器腕を展開した戦闘機が殴りかかる。

 ザク・スピードはマシンガンの砲口を下方に向けた。弾幕を張ってこれを退けようとする――が、そのトリガーが引かれる直前にザク・スピードの電子の瞳は、4つの機影を映していた。

 

「なに?」

 

 テランスは虚を衝かれた。

 視界に新たな機影が出現した。モノアイカメラが捉えた映像をAIが自動的に鮮明化し、モニターに大写しにした画像は、確かに4機のFF-3Sセイバーフィッシュのそれであった。彼は考えるよりも先に、半ば反射的にヒートホークでこれを斬り払おうとした。

 

「違ッ――!?」

 

 その途上で、彼は気づいた。

 

(これはデコイ!)

 

 膨れ上がった巨大な風船を、ザク・スピードの電子の瞳がホンモノと捉えているだけにほかならない。その証左に赤熱する刃が触れた瞬間、モニターに映るセイバーフィッシュは弾けて消滅――そして次の瞬間には、無機質な鉤爪が眼前に迫っていた。

 

(肉眼で見ることを棄てた私の――)

 

 風防越しに己の瞳で外界を見ることができる戦闘機ならば、絶対にありえない負け方。好敵手と死闘を繰り広げ、全力を出し尽くして敗れるのならば本望だが、こんな虚を衝かれて負けるとは――そんな敗北感と諦念のなかで、ザク・スピードの薄い胸部が大きく抉られた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「とりあえず勝った」

 

 トラファルガ級航空母艦『エンタープライズ』艦橋では、艦隊司令のカイル大佐以下の司令部スタッフが安堵の溜息をついていた。敵のMSが単機斬りこんできた際にはひやりとしたが、重火器を有する敵攻撃隊が続かず、初期型ジムは粘って敵MSを退却させることができた。続けてカイル大佐は艦上機部隊をジ・アースらに合流させ、残敵掃討にあてる命令を下した。

 

「……」

 

 無傷、とまではいかないが、少なくとも航空宇宙第1統合戦闘団の所属艦艇に沈んだ(フネ)はない。

 

「艦上機部隊の収容作業を始めよ」

 

 カイル大佐の命令を受け、航空参謀のオギオ少佐は敬礼してから艦橋を退出する。

 

「MSが1機、接近しつつあります」

 

 その十数秒後、ひとりのレーダー士が声を上げた。

 

「他部隊のジムか? ガイドビーコンの使用を許可する」

 

 カイル大佐の言葉に、艦長のマスターソン大佐も首肯した。

 

 そして彼らに破滅が訪れた。

 







◇◆◇



次回更新は10月8日(火)ごろを予定しております。



◇◆◇


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