【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか―― 作:河畑濤士
一瞬の出来事だった。
艦隊司令のカイル大佐以下、『エンタープライズ』の乗組員の気が緩んでいたのも否定はできない。戦闘は収束していたうえに味方機の収容作業が始まっていたため、
そしてジオン側は最初から隙があればそれを衝く腹積もりであった。
トラファルガ級航空母艦『エンタープライズ』艦橋大破、加えて航空宇宙第1統合戦闘団司令部壊滅――近傍に居合わせたサラミス級巡洋艦『コンセプシオン』が対空攻撃を開始するのを背に、連邦のそれに似せた外装のMSが遁走する。突然の出来事に『コンセプシオン』以外の艦は動けなかった。
――兵は
ドズル・ザビから命令を直接下された男は、僅かに頬を緩めていた。欺瞞用装備の都合で280mmバズーカは使えなかったが、脆弱な艦橋を攻撃するだけであれば、連邦製90mmマシンガンを模したザクマシンガンの
(一矢報いたぞ、『エンタープライズ』!)
彼は哄笑さえしたくなる感情を抑えながら敵艦が放ったメガ粒子砲の斉射を容易く躱し、目星をつけていたデブリ帯に逃げこんだ。
「シャングリラ・コントロール、こちらピクシー。応答せよ。繰り返す、シャングリラ・コントロール。こちらピクシー」
遅れて駆けつけたシルヴィア准将は風防越しに『エンタープライズ』を見た。艦橋が撃ち砕かれ、デブリの衝突にも耐えられる強化ガラスが存在するはずの場所から煙が漏れ出している。艦橋直下の装甲板には複数の弾痕が残っており、マシンガンによる攻撃を受けたことは容易に想像できた。
(生存は厳しい、か?)
ルウム会戦の頃はいざしらず、現在ではノーマルスーツ着用のうえ、被弾時に外界へ吸い出されないためにシートベルトで身体を座席に固定するのが常識だ。しかしながら120mm弾が艦橋内部で炸裂した際の備えなどあるはずがない。
司令部や艦長らは脆弱な艦橋で指揮を執るべきか、それともよく防護された戦闘指揮所を設けてそこで指揮を執るべきか、というのは宇宙軍の内部でも議論になる。前者は発艦、着艦の様子や敵味方の位置をはじめ、外界の様子をタイムラグなく肉眼で確認できるため、ミノフスキー粒子散布下においてはおおいに有利だ。一方で後者は生残性において有利だが、センサーが死んだ場合は大変なことになる。
(私が指揮を執るべきだな)
シルヴィア准将は通信機を弄った。
「こちらピクシー。シャングリラ・コントロールとの通信が途絶。各機は予定どおり待機宙域に集合せよ。その後、機体の飲用水と推進剤が20%を切っている者は申告せよ。繰り返す、こちらピクシー――」
◇◆◇
「……」
「本土決戦の緒戦、ソロモン攻略戦から我々は外れることとなった」
『エンタープライズ』艦橋被爆の数日後。
ルナツーの一角に設けられた臨時司令部にて、シルヴィア准将はそう言った。
デスクの上に置いたカップを指で弾いている。
「司令部を立て直すためですか」
「そうだ」
ソロモン攻略戦から外されることとなった理由には、『エンタープライズ』の修理が必要になったためだけではない。航空宇宙第1統合戦闘団司令部のスタッフは、航空参謀、情報参謀といった一部の参謀と、戦闘に直接関係ない業務を担当する下士官を除き、全員に戦死判定が下った。前者よりもむしろ――はるかに後者のほうが事態は深刻である。地球連邦軍高官は即座に戦闘団司令部の再編を決めたが、(史実ならばクリスマス頃に発動することになる)ソロモン攻略戦には間に合わない、という判断を下したらしい。
しかし、腑に落ちなかった。
いまはまだ11月である。
「……しかしソロモン攻略戦まではまだ時間があるのでは」
「貴官の活躍によるところが大きいが、第1統合戦闘団は立て続けに戦果を挙げている。下手な人事はできない、というところだろう。加えて宇宙軍、空軍、戦略ロケット軍間の調整が必要になる」
「戦略ロケット軍まで噛んでくるんですか?」
「本土決戦に向けて、航空宇宙第1統合戦闘団に戦略ロケット軍もまた参加することとなった。まだ正式に公表されていないが、1日付で改称される。戦略航空宇宙第1統合戦闘団にな」
「面倒な話ですね」
正直な感想を口にした。
「それに戦略ロケット軍といえば、扱うのは大量破壊兵器なんかが主でしょう。艦艇や戦闘機のことがわかるんですか」
「その点についてだが、次に『エンタープライズ』が出動する際には50メガトン級核弾頭が配備される予定になっている。従来の使用が想定されるクラスの核弾頭ならば、宇宙軍、空軍にも運用ノウハウがあるが、50メガトンといえばそれは宇宙軍や空軍ではなく、戦略ロケット軍の領域になってくる」
「50メガトン?」
馬鹿げている。50メガトンといえば、第二次世界大戦における全参戦国で費やされた火薬の10倍か、あるいは20倍以上になる。第二次世界大戦10個分、広島型原爆3000個分の破壊力が1個に内包されていると言えば、どれだけ非現実的な存在かがわかるはずだ。
「敵が破れかぶれの策を採らないようにするための牽制、抑止ですか?」
追い詰められたジオン軍による大量破壊兵器の濫用。原作にはなかった以上、あまり考えられないことではあるが、原作を知らない人間からすれば考慮に値することであろう。
だがシルヴィア准将は瞳を真紅に輝かせながら言った。
「いや、今回は使うことも考えられている」
「は?」
呆けた俺に対して、彼女は腕を組むと厳しい表情をつくった。
「情報部が敵の動きを掴んだ。サイド3の3バンチ“マハル”において、住民の強制疎開が計画されている。未だ机上での計画らしく、住民への告知や実行はされていないが――宇宙軍やジャブローは大慌てだ。連中は3バンチコロニーを使って、もう1度コロニー落としをやるつもりなのではないか、とな」
「成程、それを阻止するために……」
(マハル――ソーラ・レイの建造母体となったコロニーだ)
シルヴィア准将の口からコロニーレーザーという言葉はついぞ出なかった。この時点での常識でいえば当たり前であろう。コロニーを兵器として転用する、となれば、コロニー落とししか例がない。
「我々の次の作戦にもかかわってくる」
「……」
「戦略航空宇宙第1統合戦闘団は、3バンチコロニーの住民強制疎開が完了した段階で、これを長駆襲撃。3バンチコロニー自体を破壊、あるいは兵器化を阻止する」
「それで50メガトン級核弾頭が必要になる、と」
「……最終手段だ。まだ作戦自体は詰められていないが、『エンタープライズ』をはじめとした通常戦力で3バンチコロニーの破壊、兵器化の阻止がかなわなかった場合に使用する」
「南極条約は?」
「ジオンと連邦、中立を表明した力なきスペースコロニー。この世界にこの3勢力しかない以上、ジオンの大量破壊兵器を無力化するために条約を無視したところで特に問題はないはずだ。実際、ジオンの連中もまた戦術核弾頭を前線部隊に持たせるようになっている。地球上ではすでにジオン軍が核弾頭の使用を宣言したうえでさらにそれを発射している――核弾頭の炸裂自体はガンダムが阻止したがな」
「確かに3バンチコロニーが落とされるよりは遥かにマシ、ですね」
「宇宙軍の研究では内部空間の直径約6.5kmの3バンチコロニー構造体をマゼラン級戦艦のメガ粒子砲で破壊するのは困難だが、50メガトン級核弾頭ならば可能、という話だ。なにせ生じる火球のサイズは数km。気体が充填されている状態のコロニー内部で炸裂させることができれば、火球と熱線、そして爆風で十分なダメージを与えられる」
シルヴィア准将はそこまで言うと、溜息をついた。
「だが通常兵器での無力化を狙うにしても、50メガトン級核弾頭による破壊を狙うにしても、3バンチコロニー周辺宙域は厳重に守られているに違いない。作戦発動のタイミングは時期的にいえばソロモン陥落直後、ア・バオア・クー攻略戦の前段階になるだろう」
「奇襲が成立する往路はともかく、作戦中と復路ではア・バオア・クーに駐屯する敵機動部隊の攻撃も跳ね除けなければならない、ということですか」
「そうだ。勝利続きで気が緩み、また有力な部隊が不在だった開戦劈頭とは状況が違いすぎる。常識的に考えれば遂行困難な作戦になるだろう。いや、不可能だ」
「……」
「ゆえに不可能を可能にする力が、我々には必要だ」
シルヴィア准将がガンダムの配備を陳情していると知ったのは、その数日後のことだった。
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連邦軍がマハルにおける住民強制疎開を察知できた理由は、ジオン軍の第3次地球降下作戦(アフリカ方面)が実施されず、原作よりも戦闘地域が局限されたことで諜報活動の人的・物的リソースを宇宙空間に割くことができたためです。
次回更新は1週間後を予定しております。
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