【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか――   作:河畑濤士

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■5.トラファルガ級航空母艦エンタープライズ!

 宇宙世紀0079年1月11日。サイド2・8バンチコロニーは複数の残骸に分離し、極超音速で地球人類を襲った。コロニー前部はオーストラリア大陸の約10%を吹き飛ばし、大都市シドニーをはじめ、非戦闘員約500万を蒸発させた。同時に誘発されたのは、マグニチュード9.5という馬鹿げた規模の大地震。残る構造物中央部・後部は太平洋上に落着、あるいは北アメリカ大陸を直撃。全世界規模の災禍をもたらした。

 

 地球連邦加盟国/地域のひとつ――日本に与えられた大破壊までの猶予は、わずか数十分しかなかった。弾道ミサイルよりも高速で降り注ぐコロニーの外殻が本州を南北に切り裂き、続けて逆流してきた膨大な量の海水により、瞬く間に河川が氾濫し、市街地が水没する。

 そして太平洋沿岸部を、破局的な超大型津波が蹂躙した。

 

――海が崩れた。

 

 河川を逆流し、防潮堤を乗り越え、すべてを押し流す無慈悲なる濁流。

 

 ひとりの男が生まれ育った土地も、車と家屋と船とコンクリートと土砂が一緒くたになった海水の塊に押し流され、一瞬にして更地となった。

 遠州灘海浜公園のプールは、周辺の田畑や市街地とともに海面下に没した。

 瓦礫の塊が浜松駅まで達し、西暦の時代から今日まで“新幹線”の名を冠する東海道新幹線を蹂躙。緊急停車して無人となった電車が、横倒しになり、横倒しになったまま流されて電柱を薙ぎ倒していく。

 ほうぼうで燃料が流出し、燃え盛る炎が水面上に浮き、漂った。

 

「クロスジャック。こちらイーグル。津波は駿河湾から伊勢湾の一帯に到達……」

 

「オフサイド、応答せよ。繰り返す、オフサイド、応答せよ」

 

「ルート128以東は全滅。繰り返す、ルート128以東は全滅」

 

「高知エアポートは海没。空中待機中の旅客機は近隣空港へ――」

 

「宮崎市街の空撮写真を送信する。これは海じゃない、宮崎市街の写真だ」

 

 情報収集のために出動した連邦空軍機は、ただ眼下に広がる惨状を報告することしかできない。

 

 1月11日時点で発生したコロニー落としと、関連災害による日本の死者・行方不明者は約100万――全世界では、最終的に死者・行方不明者は19億にも上ったという。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 トラファルガ級航空母艦『エンタープライズ』は、マゼラン級戦艦を基に開発・建造された艦艇だ。外観としては航空母艦、というよりも航空戦艦に近い。マゼラン級戦艦の両舷に密閉式駐機施設が一体化した航空甲板が増設されている、といった(てい)である。

 史実にそんなフネがあったのか記憶は定かではないが、確かに地球連邦軍が大艦巨砲主義に傾倒していたといっても、宇宙戦闘機を実戦配備している以上、現実的にいえば戦闘機の補給や放熱処理といった処理を、コロンブス級だけに振るのには無理がある。

 

 サイド2・8バンチコロニー落下阻止ならず。

 その翌日に俺はシルヴィア中佐とともにコロンブス級『パロス』からルナツー宇宙要塞――そしてこのトラファルガ級航空母艦『エンタープライズ』に移動していた。

 正式に航空宇宙第1統合戦闘団司令部もまた、この『エンタープライズ』内に設置されている。

 ヘタクソな字で“航空宇宙第1統合戦闘団司令部”と書かれたメモが貼られた一室がそうである。

 

「シルヴィア中佐」

 

「……」

 

 パイプ椅子に座ったまま腕組をしている銀髪の佐官は、こちらの呼びかけを無視した。

 俺は眉をひそめ、缶コーヒーを一口すすってからもう一度声をかける。

 

「シルヴィア中佐」

 

「私は昨日づけで宇宙軍准将になった」

 

「失礼しました。閣下――おめでとうございます」

 

「閣下はやめろ。貴官も空軍大尉になっている。私が准将になった理由は、私が戦闘団長として宇宙軍大佐・中佐が主となる艦長たちを指揮するためだ。そして貴官が空軍大尉になった理由は、少尉、中尉クラスのパイロットたちを統率し、戦闘攻撃中隊を指揮するためだ」

 

「俺、編隊長もやったことないですよ。戦闘指揮なんて――」

 

「奇遇だな。私もだ」

 

「……」

 

「正味なところ、この航空宇宙第1統合戦闘団の戦闘指揮は艦隊司令のカイル大佐が、前線での航空作戦指揮は、戦闘攻撃中隊のドミニク大尉が行う。彼らには悪いが、私も貴官もフリーハンド、単独で何かをやったほうがいい人間だ。だから単に他人に掣肘されないために昇進した、というわけだ。おめでとう――」

 

 いや、とシルヴィア准将は口ごもった。

 

「おめでとうは不適切だった」

 

「なぜですか?」

 

「きみの故郷と心情を思えば、おめでとう、ほど不適切なものはない」

 

 俺はシルヴィア准将が浮かべた不自然な、そしてぎこちない笑みに、意外な思いをした。

 

「准将。特に思うところはありません」

 

 実感がわかない。

 静岡どころか環太平洋地域が壊滅した、と聞かされても悲しみも、怒りもない。この世界に生まれ出てから常に在ったものが消えたと理解するためには、実際にこの目で見ることが必要なのだろう。開戦からこの1週間で、おそらく30億から40億の人々が絶命したことだろう。

 それについても、何の感情ももてない。

 

――“膨大すぎる数は、存在しないのと同じだ”

 

 そんな言葉を思い出した。

 

「そうか。ならば素直に、おめでとう、と言わせてもらおう」

 

 シルヴィア准将は脚を組み直すと缶コーヒーを飲み干し、缶を握りつぶした。

 

(は? 握力半端ないな……)

 

 そんなことを思うとともに、好奇心が鎌首をもたげた。

 

「シルヴィア准将のファミリーネームは、たしか」

 

「バックランドだ」

 

「失礼ですが、もしやお父様はハービック社の代表取締役、トビー・バックランド――」

 

「そのとおりだ」

 

 シルヴィア准将が無感情に頷くとともに、俺は合点がいった。

 トビー・バックランドが代表取締役を務めるハービック社は、FF-4Cトリアーエズは勿論のことセイバーフィッシュ、TINゴットといった連邦軍の主力航空機を開発・製造する軍需企業である。

 だからこそ、航空宇宙第1統合戦闘団などというよくわからない組織がシルヴィア・プロット・バックランドを中心として立ち上がり、指揮系統が混乱しかねない戦時昇進が実現するわけだ。

 

「すみません、詮索してしまいまして」

 

「気にする必要はない。きみと私はもう一蓮托生の仲なのだからな」

 

「それともうひとつお聞きしたいことが――このフネはどこに向かうのですか」

 

「それについては、この後の会議でわかる」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「我々が向かうのは、ジオン本土です」

 

 トラファルガ級航空母艦『エンタープライズ』と1個戦闘攻撃中隊、およびサラミス級巡洋艦3隻から成る航空宇宙第1統合戦闘団の打ち合わせは、シルヴィア准将の爆弾発言から始まった。

 沈黙が訪れる航空宇宙第1統合戦闘団司令部。

 パイプ椅子の円陣にかける佐官、参謀たちは口をひきしぼり、ただシルヴィア准将の顔を見つめるばかりであった。

 正気か、と俺は思ったが、彼女は正気も正気らしい。

 

「現状、我々は敗北続きと言っていいでしょう。特に宇宙軍の士気阻喪は著しく、銃後の不安も最高潮に達している。そしてジオン公国軍を名乗る武装勢力は、勝利を確信しつつあります」

 

「成程」

 

 と『エンタープライズ』の艦長を務める宇宙軍大佐マスターソンは、満足そうに頷いた。

 

「そこで我々は増上慢の連中に一撃をお見舞いして、全軍を鼓舞するというわけですね」

 

「そのとおりです、大佐。この作戦は友軍の士気回復だけが狙いではありません。成功すれば、軍事的には敵の予備戦力をサイド3周辺に拘束させることができる。政治的には今後生じるかもしれない停戦、講和に有利な材料を提供することができる」

 

「しかし『エンタープライズ』を預かる身としては、成功可能性が乏しい作戦については賛成いたしかねますが……」

 

「その点については成功の公算大である」

 

 口を挟んだのは、艦隊司令のカイル大佐である。

 彼はアイコンタクトを横に座る情報参謀らに送った。

 

「情報参謀の宇宙軍少佐、シム・ミンソクです。詳細は個別にお伝えしますが、敵の機動部隊はすべて地球周辺のスペースコロニー関連宙域に進出しており、サイド3および周囲の軍事拠点に有力な部隊は存在しません」

 

「地誌担当の宇宙軍軍曹、ジョバンニ・デ・コズウェイです。サイド3の守備のために建造中のア・バオア・クー、ソロモンといった宇宙要塞も機能しているとは言い難い状況です」

 

 カイル大佐をサポートする他のスタッフたちも瞳をギラギラと輝かせている。

 

(やる気満々。というか彼らはもう作戦を検証済みってところか)

 

 対するシルヴィア准将は彼らを一瞥すると、言葉を続けた。

 

「というわけで、作戦の成功可能性はおおいにあります」

 

『エンタープライズ』の艦長や、サラミス級巡洋艦『コーヒーベイ』、『ナホトカ』、『ブラフマプル』の関係者は、それを聞いて多少は安心したという様子である。

 

「航空作戦の面からドミニク大尉はどうでしょう」

 

 シルヴィア准将が次に水を向けたのは、いかにも艦上機乗り、といった風貌の大男――宇宙軍大尉のドミニクであった。

 

「閣下。もちろん賛成です。我々機動部隊は敵に合わせた守勢よりも、イニシアチブを握れる攻勢のほうが性に合っています――それに我々には、エースがいる。思いきり荒らし回ってやりましょう」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「え、私のことですか」

 

 なぜか集中する視線にいたたまれなくなって声を上げると、シルヴィア准将を除く全員が爆笑した。

 

「貴官以外に誰がいるというんだ! この1週間でMS 6機、軽巡洋艦1隻撃墜――コールサインは“地球(ジ・アース)”!」

 

 艦隊司令カイル大佐に至っては肩をバシバシと叩いてくるので困ったものである。

 

 さて、一同の笑いが引っこむと、今度は『エンタープライズ』のマスターソン艦長は挙手をした。

 

「で、この作戦ですが――名前は決まっているのですか?」

 

「僭越ながら、私が決めました」

 

 シルヴィア准将は無表情のまま、言葉を続けた。

 

「ジオン死ね死ね作戦です」

 







◇◆◇

次回更新は5月8日を予定しております。

◇◆◇
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