【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか―― 作:河畑濤士
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34話目でも触れたとおり主人公がMSに乗るのはあと1回の予定です。
次話更新は28日(月)を予定しております。
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宇宙世紀0079年12月22日。
クリスマスの装飾が街を彩り、子どもたちが胸躍らせていたサイド3・3バンチコロニーでは、唐突に集団疎開が始まっていた。それはあまりにも非情かつ突然の出来事であり、3バンチコロニーの人間からすれば寝耳に水の騒ぎであった。なにせ3バンチコロニーに駐在するジオン公国コロニー管理省の官僚たちでさえ、ホワイトクリスマスを演出すべく24日から25日に人工降雪を計画していたほどである。
「ただいまサイド3・3バンチコロニー全域において、ミサイルおよび空襲警報が発令されております。国内法に基づき、速やかな避難を命じます。繰り返します。ミサイルおよび空襲警報の発令により、速やかな避難を命じます」
宇宙港と掻き集められた輸送船に向かうバスと人々の列。
それを見下ろすのは、MS-06CザクⅡ。人々を安心させるためか、あるいは脅迫のためか。その
(なんだって3バンチコロニーだけ……)
彼に知らされているのは、3バンチコロニーに避難命令が出されていることと、それに伴って避難誘導にあたる必要がある、ということだけだった。
徴用された輸送船が宇宙港に続々と入港するのに並行して、ジオン公国軍の工兵部隊を満載した工作船が3バンチコロニーに接舷する。
このコロニーをソーラ・レイ――直径数km、全長数十kmという馬鹿げた規模のレーザー兵器へ改造するにあたり、必須の要素は多岐に亘る。ヘリウムを主成分とするガスの充填、発電装置の敷設、冷却システムの確立、姿勢制御兼照準調整用バーニアと長距離移動用スラスターの増設等。彼らはこれらの作業を1週間以内で終えなければならない。強制疎開完了までの時間さえ、惜しかった。
その彼らも、自分たちが関係するセクションのことしか知らされていない。
ゆえにスラスター等の推進器系を担当している部隊は、すわいま一度のコロニー落としか、とさえ思っていた。
一方で地球連邦軍情報部はソロモン攻略作戦――“チェンバロ”の発動前後において、その計画の輪郭を掴むことができていた。
「これは、レーザーだ」
この僅か数日のうちにジオン公国からヘリウムが消え、前後して太陽電池モジュールが掻き集められたことが、様々な情報源からわかっていた。そのうえ潜伏する諜報員たちは、ジオン公国軍関係者が官民問わずワイヤレス送電システムを有する組織に出入りしていることを突き止めている。そして以前から判明していた3バンチコロニーの疎開計画。
「コロニーを巨大な砲身と見立てるつもりか? しかし、本気で」
「動向だけみれば、本気も本気だ。この宇宙世紀に――」
「実戦投入を急いでいるあたり、本土決戦を見据えての施策だということはわかる。が、彼らも核兵器ならばいくらでも持っている。なぜ核ではなく、レーザーなのだ」
「艦隊を数発で葬れる規模の核弾頭はないし、核弾頭、核弾頭を運ぶMSや攻撃機は迎撃される。1週間戦争時ならばともかく、MSの配備と対MS戦術が浸透した我が軍には、もうザクバズーカと核弾頭の組み合わせが有効ではない、とわかっているのではないか」
「コロニーレーザーの威力は未知数だが、薙ぎ払われてはたまらんぞ」
「本土決戦用の要塞砲ならかわいいものだ。あれが連射可能で、かつ地球に照射することを計画していたらどうするっ……!」
情報部はそうした焦燥を抜きにして客観的な動向情報と数字を報告した。
そして連邦政府や地球連邦軍高官もまた、絶句した。
「地球に向けて照射された場合、どうなるというのだね!?」
「レーザーは地球の大気で減衰せんのか?」
「連射できるのか? 先のコロニー落としは1発だったが、もしも連射可能であれば――」
そうした質問は、まったく意味がなかった。なにせ未だこの宇宙にコロニーレーザーという兵器が存在したことがなかったからであり、また情報部や地球連邦軍の技術部はその最大出力を推定できても、確証を得るところまではいっていなかった。
おそらくコロニー落としよりは被害は小さいだろう、ということはわかっていたが、それでもコロニーレーザーという未知の兵器の登場は、彼らを恐慌に近い状態にまで追い詰めた。
「慌てるまでもないのでは。地球を焼こうと思うなら核のほうが合理的だ」
「核弾頭は迎撃できるが、レーザーは防げないではないか!」
「囮ではないのか、我々はギレンの掌の上で踊らされているのかも」
実際、彼らはギレン・ザビに踊らされている。
否、宇宙戦争と大量虐殺によって人口を減らそうと踊るギレン・ザビに、付き合わされてきた。加えて連邦内にも軍事的手段によって世界経済を破壊し、人類の大量粛清が必須と考えるジャミトフ・ハイマンが死の舞踏のステップを踏みはじめている。
「単なる囮でここまでやるか」
「すぐに統合参謀本部に攻撃命令を下せッ――」
「手ぬるい、核攻撃だ」
「広大な宙域に広がるサイド3のコロニー群への同時攻撃ならともかく、1基のコロニーレーザーを守る敵の防御スクリーンを長距離核攻撃では抜けません……!」
「何のための戦略ロケット軍だ!」
閣僚や高級官僚がそう喚いても、地球連邦軍宇宙軍の大艦隊にア・バオア・クーを無視してサイド3・3バンチコロニーを長駆襲撃する、という選択肢はない。それこそ敵の思う壺。補給と集結、移動、攻撃にいちいち時間がかかる大艦隊では、サイド3に駐屯する部隊と、ア・バオア・クーの機動部隊に挟撃される。宇宙軍の主力は予定どおりソロモン、ア・バオア・クーと順繰りに敵の抵抗を粉砕していくほかない。
そうしているうちに、彼らはひとつの答えにいきつく。
(事前の計画どおり、ジ・アースとガンダムにやらせるしかない)
ジ・アースとジ・アース専用ガンダムの開発計画は、政府高官からすれば特別な存在ではない。あくまでも創られた、官製の、かりそめの、“希望”。ソーラ・システムをはじめとする本命から敵の目を逸らし、敵の耳をノイズで埋め尽くすための囮、という側面があった。熱狂する人々をどこか冷笑しているまであった。
(ジ・アースを信じるしかない――)
が、ここにきて彼らにとっても、ジ・アースは漆黒の宇宙に輝く希望になりつつあった。
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「えー、あー、私からだね、作戦を説明する」
戦略航空宇宙第1統合戦闘団・作戦司令に就任した連邦戦略ロケット軍のシルビオ・パブロ・フック少将は、やや緊張した様子で切り出した。
それを横に立ち鋭い眼光とともに睨むのは、艦隊司令のファン・アン・クォウ宇宙軍准将であり、一方で戦闘団長を務めるシルヴィア・プロット・バックランド宇宙軍准将と、新たに着任した編隊長ジョセフィン・ベヴィス・ショーバー空軍少佐は泰然自若といったふうであった。
(これ、大丈夫か……)
俺はもちろんのこと、彼らの“部下”にあたる人間のほとんどはそう思っているに違いなかった。
統合戦闘団の団長はシルヴィア宇宙軍准将だが、彼女は航空畑の人間であり、能力的にはともかく経験でいえば、1年前までは宇宙軍戦闘攻撃中隊を指揮する中隊長をやっていた程度の指揮経験しかない。
そのため宇宙戦では主にカイル艦隊司令が戦闘指揮を執っており、その慣習からいえばクォウ宇宙軍准将がその位置を占めることになるが、戦略航空宇宙第1統合戦闘団司令部の再編に伴い、“作戦司令”という名目でフック少将が落下傘降下してきた。しかも能力を見こまれての人事ではなく、ジャミトフ・ハイマン大佐の横槍が入った結果の人事、という噂であった。
(誰がリーダーなのだよ)
懸念は無視されたまま、作戦司令のフック少将は作戦の全容を段階ごとに読み上げていく。
(悪い人間じゃないんだろうが――)
「以上が、えー、
フック少将にシルヴィア准将は小さく頷いてから、声を上げた。
「我々戦略航空宇宙第1統合戦闘団は、様々な軍種、経歴、思考の持ち主が集まった部隊だ。そして再編されてから時間もなく、お互いのことをほとんど知らない。が、我々は1点において、無条件に連帯できる」
その話、前に聞いたな、と思った。
「この戦争を始めたジオンに対する憎悪だ」
彼女は決断的に言った。
「侵略者には相応の報いを受けさせる」
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「ソーラ・レイは稼働態勢に入りました」
アサクラ技術大佐から報告を受けたギレン・ザビは、満足げに相槌を打った。
宇宙要塞ソロモンの陥落と、地球連邦宇宙軍主力艦隊の集結――ア・バオア・クーを巡る攻防戦が生起するまでの時間は
彼の父であるデギン・ソド・ザビは、次々と肉親が斃れていく戦争に嫌気がさしたか、ダルシア・バハロを月に遣って講和の道を探り始めており、また自らレビルとの会談を求めて行動を起こしている。
が、ギレン・ザビには勝算があった。
(老いたな、父上――)
地球連邦宇宙軍を引きつけ、完膚なきまでに叩き潰す。
それによって再び戦争は膠着状態を迎えるだろう。相手に与える損害如何では、宇宙空間における優勢を奪還できる。そうなれば再び地球にコロニーを落としてやればいい。前回は失敗したが、狙いはまたジャブローだ。それに先程、アサクラ技術大佐からは設備の一部が未だ実戦の域になく、1発しか撃てない旨の報告があったが、逆にいえばそこを解決してしまえばいずれは連続射撃が可能になるということだ。
「追って正式に命ずるが、現時点では『グレート・デギン』の監視を続けよ。そこに敵艦隊の首脳部はいる」
ギレン・ザビは左右にそう洩らした。
勿論、周囲には彼に忠誠を誓う人間しかおらず、彼らに対して暗に『グレート・デギン』もろともソーラ・レイを撃つと示した格好だ。照準先を全軍へ明確に命令を下すのは、直前でいい。
それから彼は、モニターにソーラ・レイを映すように指示を出した。
映るのは、巨大な超要塞砲――そのモニターの外で、異変が生じている。
「ギレン閣下――!」
即座にギレン・ザビに付き従う参謀が、声を上げる。
「なんだ」
「ソーラ・レイ前面に敵が出現しました」
「ほう。敵の規模は?」
「不明ですが、単艦かと」
「ふ、単艦で何ができる」
鼻で笑ったギレン・ザビはその3秒後、ソーラ・レイ近傍に浮かぶ太陽光パワーパックが爆散するのを見た。