【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか――   作:河畑濤士

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次回更新は1週間以内を予定しております。

主にElinのリリースと余裕のない私生活が原因です。



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■53.ジ・アース(4)

 

(バルフィッシュ)、どうした!?」

 

「こちら(バルフィッシュ)地球(ジ・アース)をやる。オーバー」

 

 濃緑と群青の色彩を纏ったゲルググは手勢を引き連れて、待機宙域を離れた。向かうは“システム”と呼ばれているコロニーレーザー。すでに戦闘は始まっており、白桃(はくとう)黄金(こがね)の光芒が交錯しているのが見えた。あそこにジ・アースがいるならば、往かねばならぬ。

 

「各機、ここで地球(ジ・アース)を討つ。スペースノイドの真の独立、その途上にある最大の障害を排除する」

 

 と彼は部下たちを鼓舞しているが、命令違反に踏み切った動機は私情である。

 

(貴様に借りを返すときがきた――!)

 

 彼にとってジ・アースは、己に敗北の屈辱をもたらした怨敵だった。先のソロモン防衛戦ではジ・アースの姿を求めて出撃を繰り返し、撤退戦ではリック・ドムに搭乗して殿(しんがり)を買って出たが、残念ながらジ・アースはソロモンに姿を現さなかった。畏敬の念を込めて連邦軍将兵からソロモンの悪夢、と渾名されていることも、何の慰めにもならなかった。

 

(珍しい)

 

 と、彼の部下であるカリウス軍曹は思い、それから苦笑した。

 

(いや、いつもどおりか)

 

 カリウス軍曹は少し前まで自身の上官のことを、軍からの命令を完璧に遵守、実施し、ジオン公国の主張を体現しようとする理想主義的な武人だと思っていた。が、実際のところはどうだ。人間臭い――激情家である。

 

(いまから“システム”に向かったところで、軍事的な意味はない)

 

 カリウス軍曹はそう直感していた。

 いまから始まるのは個人的な決闘だ。自隊が参戦したときにはすでに“システム”の多くの設備は、『エンタープライズ』の猛攻によって壊滅的損害を負っているだろう。そして自身の隊長は恨みつらみを口にしながら、怒りとともにジ・アースに立ち向かっていくことになろう。

 

(だが、それでいい)

 

 年齢のわりにどこか達観しているカリウス軍曹は、軍高官に大義や思想の下でいいように操られるより、自身の意志で新たな戦場に向かうほうが健全だと思っている。

 

 話は前後する。

 実際、カリウス軍曹の直感はあたっていた。

 

艦対艦ミサイル(ファイアフライ)1番から4番、()ェー!」

 

 航空母艦『エンタープライズ』の艦底ランチャーから放たれた艦対艦ミサイルは、ぽっかりと口を開けたソーラ・レイの砲口に飛びこみ、砲身の過半以上を占める発振器に直撃した。敵艦艇を一撃で粉砕するためにデザインされた弾頭重量500kgの艦対艦ミサイルは、容易くその外装を貫徹し、内部で炸裂――大爆発は生じない。充填されたヘリウムガスは、燃焼しない性質を有する。が、艦対艦ミサイルが生み出した衝撃と破孔は、レーザー照射を一射でさえも実施不可能なコンディションにまで、ソーラ・レイを追いやった。

 

「この航空戦艦を墜としたければ、グワジン級戦艦を持ってこい!」

 

 見栄をきる艦長のビクトル・デ・ボルゴーニャ宇宙軍大佐に戦闘を一任しつつ、作戦司令のフック少将、艦隊司令のクォウ准将、そして戦闘団長のシルヴィア准将は、次の一手に向けて意思統一を図っていた。

 

「予定どおり、でよろしいですね」

 

「あ、ああ。0か100かでいい。生き残って夢見が悪い思いするよりは」

 

 フック少将から言質をとると同時に、艦隊司令のクォウ准将は減速を続けてきた『エンタープライズ』に対して、さらに大減速をかけるよう、ビクトル艦長に指示した。そしてソーラ・レイの上方を抜けるように舵をとらせる。

 減速する理由は当然、艦上機部隊を収容するためだ。ただ相対速度が異なるため(ソーラ・レイにとりつくために足を止めたMS隊よりも『エンタープライズ』のほうが速い)、ソーラ・レイの周辺宙域で彼らを拾うのは不可能――ソーラ・レイの後方で集合、収容することになるだろう。

 

(敵中での収容、補給――)

 

 敵前で足を止めるなど、考えたくもない。空間戦闘どころかあらゆる軍事作戦、戦術について素人同然であるフック少将は、勝手に決死の覚悟を固めていた。さらなる栄達のためにこんなところで死ぬわけにはいかないのだが、コロニーレーザーにいち早く先行させた成り行き上の部下を見棄てるのは、良心の呵責に堪えられない。

 一方、クォウ准将は成功の公算大、とみていた。

 

(敵の増援は途切れている)

 

 予定よりも遥かに早く、宇宙要塞ア・バオア・クーにおける攻防戦が生起している。

 

「連中は損切りをした。我々の攻撃によってコロニーレーザーは使いものにならなくなった。ならば限りある予備戦力をここに廻すか、会戦を見据えて温存するか!?」

 

 彼の思考を言い当てるように、シルヴィア准将は下士官、兵も含めたその場の全員に聞こえるよう、必要以上に大きな声で言った。

 

「答えはもちろん後者だ! ここさえ切り抜ければ、我々は勝利とともに凱旋できる!」

 

 ◇◆◇

 

「全機傾聴ッ! 『エンタープライズ』より発光信号、“我、レーザー発振器の破壊に成功せり”!」

 

 ジョセフィン・ベヴィス・ショーバー空軍少佐は、従来型の無線通信と発光信号、信号弾、それと同時にミノフスキー粒子散布下でも機能するレーザー通信を以て、戦場の味方機にそう呼びかけた。このあとは遮二無二、ソーラ・レイの後方へ転進することになっている。

 

(あとは頼む――)

 

 彼女は風防越しに、半透明のガスを吐きはじめたコロニーレーザーの外壁を一瞥した。撤退の殿(しんがり)地球(ジ・アース)の操るガンダムが務めることになっている。後ろ髪を引かれる思い――が、彼女は背面と翼下に中破した2機のジム・コマンドがしっかりと掴まっていることを確認すると、再び加速を始めた。

 

 時を同じくして、敵のMSのなかにもコロニーレーザーから離れていく機体が現れ始めている。踵を返して向かう先は、ア・バオア・クー。コロニーレーザーの側壁に齧りついていたジム・コマンドのパイロットたちは、蘇生する思いがした。

 シャウナ少尉もまた敵の火線の勢いが急に減じたため、戦闘の終わりが近いことを悟り、高速の『エンタープライズ』が頭上を飛び越していくのを見――その視界の端にスラスターの噴射光を見た。

 

「ジ・アース! やつですっ!」

 

 無線通信が有効かわからないため、彼女は濃緑と群青の影目掛け、ビームガンを連射した。命中は期待していない。ただ、ハチノ大尉が気づけばよかった。予想したとおり、あらゆる実弾兵器よりも遥かに高速の一撃は、容易く躱された。

 

(やっぱり)

 

「シャウナ少尉!」

 

 彼女が射撃を止めた1秒後、外壁に取りついていた僚機のパイロットが短く叫んだ。が、彼もまた突如現れた新手のザクⅡが放つ砲弾をシールドで防ぐのに精一杯であった。

 

「なに?」

 

 シャウナ少尉の瞳は次の瞬間、濃緑と群青の敵影――新型(ゲルググ)の姿を明瞭に捉えた。そしてビームライフルのどす黒い砲口と、ジム・コマンドの電子の瞳、シャウナ少尉の網膜がひとつに並んだ。

 

(まず)

 

 シャウナ少尉の体感時間が、遅延していく。

 

 

 絶対的な死が迫りつつあった。

 

 どう考えてもこちらの回避運動より、敵のビームライフルの一撃が届くほうが早い。

 

 

 

(後悔は――)

 

 

 

 ありまくりだった。

 

 

 

 まず休学中の大学を卒業していない。

 

 

 

 就職もしていない。結婚もしていない。

 

 

 

 だいたい父や母だってまだ生きている。

 

 

 

 遺書だってすごくいいかげんに書いた。

 

 

 

(バカすぎる)

 

 

 

 反対する親と喧嘩別れしたまま、入隊したことをいまさら思い出した。

 

 

 

 そして敵機の鋼鉄の指が、引き金に触れるところが、見え――。

 

 

 

「は?」

 

 

 

 なかった。

 

 引き延ばされていた彼女の時間感覚が急に戻った。

 

――“未来の切符を、あなたに”

 

 シャウナ少尉が見たのは、そんな陳腐なスローガン。

 それから緑色の“連邦東日本鉄道株式会社”のロゴマーク。

 正確には、スローガンとロゴマークが描かれた背面装甲板であった。

 

(ガンダム!?)

 

 濃緑と群青のゲルググが引き金を引くのと、他のMSの追随を許さない反応速度でガンダムがビームライフルを構えたのは同時だった。

 

 ゲルググのビームライフルの砲口から黄金(こがね)色の集束したメガ粒子が姿を現すのと、ガンダムが引き金を引いたのも同時だった。

 

 黄金の光芒がゲルググとガンダムの中間地点まで奔るのと、ガンダムのビームライフルの砲口から赤桃(せきとう)の光が生じたのも同時だった。

 

 そして両者が放ったメガ粒子は、真正面から衝突し、干渉し合い、双方ともに大きく逸れた。赤桃のメガ粒子は霧散し、急速に拡散した黄金色のメガ粒子は四散しながらも、ガンダムの装甲表面を焼く。が、それだけだった。

 

「バカなッ!」

 

 ゲルググの御者が驚愕の声を上げるとともに、シャウナ少尉機の僚機パイロットもまた吼えた。

 

「やりやがったッ! 寸分の狂いもなく、ビームを、ビームで?」

 

 そこから始まったのは射撃戦。

 敵機の砲口の延長線から逃れ続ける戦舞(せんぶ)

 その最中、ゲルググは隙を見て、空いている左手でハンドサインを左右に出していた。

 

「だがジ・アース! 奇跡に二度目はないッ!」

 

 メガ粒子の数度目の交錯。

 その直後、ゲルググはビームライフルを棄てて、これ見よがしにビームナギナタを展開。

 加えて浮遊するデブリを蹴って初速をつけつつ、ガンダム目掛けて奔り出した。

 

「ナギナタ――!」

 

 ハチノ大尉は無意識のうちに顔をしかめた。

 原作におけるゲルググの武装はビームライフルとビームナギナタ。どちらも一撃でMSに致命傷を与えられる装備。さらに厄介なのは後者であり、敵の太刀筋が読み難い。ニュータイプとは異なり、目で見てから敵の動きを予測する彼にとって、刀身がふたつあるナギナタは相性が悪かった。

 故に彼はゲルググが空いている左腕を、腰部背面の兵装パイロンに廻していることに気づかなかった。

 

「これで墜とす!」

 

 迫る敵目掛け、ガンダムはビームライフルを向ける。

 次の瞬間、敵機の左手から突如として伸びた何かが、ビームライフルの砲身に絡んだ。

 後退しようとしていたガンダムの機動が、ほんの1、2秒阻害された。

 

「ヒートロッド!?」

 

 なぜゲルググが、とは思わない。ヒートロッドは分子量を自在に操ることで伸縮する武器であるという説があることを生前から知っていたし、であるならばグフのような専用の内蔵機構をもたなくとも使えるのは当然である。

 即座にハチノ大尉はビームライフルを手放す。

 そうせざるをえない。わずかに遅れてビームライフルの機関部が小爆発を起こした。

 

(問題なのは――)

 

 遅れてゲルググが繰り出した蹴りが、ガンダムの胸部に命中した。機体全体に走る衝撃。しかしそれよりも致命的だったのは、ガンダムが後方へ直線運動を始めたことである。つまりこの一瞬だけ、ガンダムの未来位置は誰からも予想しやすかった。

 

「殺った!」

 

 攻撃態勢を整えていた複数機のザクⅡが、280mmバズーカを四方八方から撃ちかけた。

 スラスター、あるいはバーニアを吹かしての回避運動は間に合わない。白地に無数のメッセージを描きこまれ、奇妙な迷彩模様になっている装甲に対MS用榴弾が次々と直撃し、地球(ジ・アース)は複数の火球と爆煙に覆い隠された。

 

「いくら重装甲タイプとはいえ、重火器の斉射だ」

 

「重装甲ってわかった時点で、こっちだって対策はできる!」

 

「スポンサーを集めて派手にやった油断が、お前の敗因だ!」

 

 歓喜の声を上げるザクⅡのパイロットたち。

 ガンダムを倒したからには用はない。

 勝利の凱旋のため、バズーカを担いだザクⅡは踵を返した。

 

「む――」

 

 そのとき煙を睨んでいたゲルググのパイロットは、不自然さに気づいた。

 

(煙が晴れるのが、遅い?)

 

 爆発とともに弾け飛んだ装甲板が、煙を曳いている。

 

(違う!)

 

 装甲板が、煙を噴出している。

 

「気をつけろ――」

 

 煙幕だ、と叫ぶ前に白色のガスの向こう側から曳光弾がほとばしる。

 地球(ジ・アース)がいた場所に背中を向けていたザクⅡが、勝利を確信したままに爆散した。1機だけではない。2機が同時に小さい火球となった。

 

 煙幕が晴れる。

 

 そこにいたのは前方へ両腕を交差させて構えるMSだった。

 

 赤外線追尾センサーのみの状態から、光学画像識別装置を復帰させたデュアルアイに、地球に生きる草木(そうもく)の緑が灯る。

 

 地球を包む雲と雪の白。

 

 地球を巡る海と空の青。

 

 人々の祈りと願いに隠し覆われ守られていた装甲表面――。

 

 地球の白と青を流しこまれた装甲表面は――。

 

地球(ジ・アース)、オンステージ」

 

 当然のように無傷!

 

「くっそ、情報になが――」

 

「ライフルとサーベルだけだっでぇ゛え゛え゛」

 

 恐慌状態に陥ったザクⅡのパイロットたちは、2の倍数で叩き落されていく。

 両腕部に格納されたジ・アース専用90mm多銃身速射砲“ドヒキョー”の集弾率は悪い。ゆえに回避しきれない。発射後の高初速が維持される宇宙空間では、背面を晒すザクⅡに対してはたった数発で致命傷を与えることが可能だった。

 

「まずい」

 

 一方的な展開に焦ったか。

 

 ゲルググはビームナギナタを展開しながら、ガンダムに斬りかかった。

 

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