【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか―― 作:河畑濤士
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次回更新は5月13日を予定しております。
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「あの、あ、ありがとうございましたっ」
「……え?」
推進剤を思い切り費やしてグラナダ周辺宙域を離脱したトラファルガ級航空母艦『エンタープライズ』の艦内。
俺は
まったくの初対面、のはずだ。
もしかするとどこかで会ったことがあるか、と思って戸惑っていると、
「ん、ああ。トリクシイ少尉か――大尉とは初対面じゃないのか」
と、ドミニク大尉が助け舟を出してくれた。
すると小柄な彼女はあっ、とはにかんだ。
「小官は宇宙軍少尉のトリクシイ・ザクセンです。えーと、
どこまでも生真面目な自己紹介。
連邦宇宙軍における電子戦担当士官とは、電子戦仕様機や早期警戒管制機等に搭乗し、敵機や軍事拠点に対して電子攻撃を仕掛けたり、逆に妨害電波で味方機をカバーしたりする役回りである。大抵は機体を操縦するパイロットとともにふたり以上で乗りこみ、自らは電子戦に集中する。
(ははあ)
そこまで考えて、ようやく合点がいった。
「少尉はあの“エンタープライズ放送局”の即席アナウンサーか」
「あのですね……まあそうです」
たはは、と頭を掻くトリクシイ少尉。
が、正直なところ“エンタープライズ放送局”のふざけた声の調子と、目の前の彼女の印象はまったく違う。前者がクソガキなら、後者は真面目な学生、といった感じだ。
「あれはなかなか傑作だったぜ」
とドミニク大尉がにやりと笑うと、彼女は「やめてくださいよっ」と顔を赤くした。
「あれは台本で……」
そこで思わず声を上げてしまった。
「あれは君が考えたものじゃなかったのか」
「そ、そんなわけないじゃないですかーっ!」
トリクシイ少尉いわく、あれはカタパルトやエレベーターの点検を終えて暇をしていた『エンタープライズ』の航空担当幹部たちが、悪ノリした結果の産物だったらしい。
成程、でなければ“平均気温セ氏6000度”などという発言が、彼女の口から出るはずがない……。
「で」
ここで俺は話を元に戻すことにした。
「最初、ありがとうございましたって御礼を言ってくれたけど……」
「あ、あのー、ソロモンの話なんですけど……こっちを狙ってたMSを撃墜してくれたのは大尉ですよね」
「あー」
そういえばFF-3EAエレクトロニックセイバーを射撃していたザクⅡを撃墜したような気もする。
「だから、その御礼をと思いまして……」
「いや、これが仕事だし、持ちつ持たれつだし……」
「いえいえいえいえ……」
成りゆきで始まってしまった謙遜合戦は、5分程度続いた。
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その数日後、『エンタープライズ』艦内の航空宇宙第1統合戦闘団司令部では、シルヴィア准将の提案のもとで緊急会議が行われた。
ただし会議、といっても結論が出せるような生産性のあるものではない。
すでにこの『エンタープライズ』と3隻のサラミス級巡洋艦は、ミノフスキー粒子やスペースデブリに遮られた宙域を縫い、ルナツー近傍にまで退却することに成功していた。それに伴い、しばらく途絶していた民間放送や友軍からの無線通信、連邦系メディアの発表を拾えるようになったのである。
サイド5・ルウムにおける連邦宇宙軍の敗北。
連邦・ジオン側が最大2週間の一時停戦に合意したこと。
そしてジオン側が休戦条約の提案――休戦条約とは名ばかりの降伏勧告――を準備しているらしいこと。
「馬鹿な」
航空母艦『エンタープライズ』のカタパルトといった航空設備や航空兵装の管理を担当する航空参謀・オギオ少佐は呻くように言った。褐色の肌をもつ彼は、コロニー落としに伴う超大型津波の被害をもろに受けたニューギニア島の出身らしく、敵愾心にあふれる幹部のひとりだった。
「これは連邦政府――我々に対する官僚と政治家どもの裏切りだ」
「口を慎みたまえ。我々は文民に統制された民主主義の軍隊だ」
カイル艦隊司令はオギオ少佐を叱責したが、悔恨がにじんでいる。心中にはまだ戦えるという思いや、連邦政府首脳陣以下、市民の期待に応えられなかった後ろめたさ、様々な思いが入り乱れているのであろう。
が、オギオ少佐はカイル艦隊司令に対して、まったく譲ることがない。
「カイル大佐、小官が申し上げた“我々”というのは、我々武官のことではありません」
「なに……?」
「これは我々――ニューギニアの島民に対する裏切りです。ただ日常を生きていた市民が唐突に理不尽に殺されて、それで終わりですか? ならば私は軍を去ってでも、あのテロリストどもと戦います。ニューギニアの島民の中には、私と同じ考えの者もいるはずだ。連邦を離脱してでもジオンと――」
「心情は理解できる。が、それは分離主義的な思考だ。公言はやめなさい」
カイル艦隊司令は一応たしなめたが、そこに怒気はない。
「だが報復は必要です」
続いてオギオ少佐に同調したのは、ドミニク大尉であった。
「このままでは連中が勝者で、正義だ。その一方で、無残にも殺害された地球の人々は敗者で、間違っていた――彼らの大義の正しさの前に死んだ愚か者、ということになっちまいます。それだけは絶対に許せない。我々はまだ戦える。勝ち目もある」
断言する彼に、俺もそう思った。
この1、2週間におけるジオン軍の優勢は、大量破壊兵器の集中運用と手持ちの戦力ほとんど全てを注ぎこんだ機動戦によるところが大きい。現在のジオン軍には交代可能な予備戦力がない。故に開戦からルウムを巡る戦いに至るまでの損耗は無視できるものではなく、まさに“ジオンに兵なし”である。
連邦軍は苦しいところではあるが、ここを凌げば逆転の芽は十分にあるだろう。
(とはいえ、原作知識を抜きにして考えれば当然のなりゆきか――)
が、正直なところ、そうとも思った。
俺は南極条約締結によって大量破壊兵器の使用が禁止されることを知っている。
しかしながら、連邦政府の高官たちはそうではない。宇宙における航空優勢(制宙権)を敵が有している以上、ジオンからの休戦条約を蹴ったところで、敗色は濃厚のまま、地球に対する徹底的な戦略爆撃が始まるだけだ、と考えてもおかしくはない。
ただしジオンからの申し出を呑むと決意したとしても、相当うまくやらなければ地球連邦政府の内部崩壊を招くことになる――。
続いている議論を余所に、そんな思考を巡らせていると、ふと俺はシルヴィア准将の視線に気づいた。
「……」
なにがしかの発言を期待しているのであろう。
だが俺は彼女の静かな期待を無視した。
(この話は無駄だ)
それはシルヴィア准将もわかっているはずだ。
この艦隊司令部でなにがしかの総意が形成されたとしても、大局を動かせるわけではない。
カイル艦隊司令のとおり、我々は連邦政府の決定に従うほかない。
(にもかかわらず、なぜ准将はこんな話し合いの場をもった?)
不可解だ。
結局、この緊急会議で決まったことは、各艦は艦長の責任の下で、乗組員の軽挙妄動を制するために艦内の風紀・規律の引き締めを図る、この1点であった。
「ノイジー大尉」
会議の後、俺はシルヴィア准将に呼び止められ、航空宇宙第1統合戦闘団司令部に残った。
「きみはどうする」
「シルヴィア准将、どうする、とは?」
「もしも連邦政府がやつらに降伏したら?」
(このまま連邦が負ける?)
なまじ原作知識があるだけに、地球連邦がジオンに屈する可能性をみじんも考えたことがなかった。
「……シルヴィア准将はどうなのですか」
「私か?」
意外にもシルヴィア准将こそ、きょとんとしてみせた。
が、その呆とした表情は、2、3秒しか続かなかった。
見たことがない満面の笑みが、広がっていく。
「私は敗北が嫌いだし、敵は徹底的に潰したい
「……」
「ここで敗北を認めれば、我々はスペースノイド独立という正義の前に屈した悪となる。そして私はMSという新兵器に大敗した戦闘機の愚かな信奉者で終わる。そんなことは認めないし、許さない」
「……」
「私は私を裏切れない」
「……」
「きみはどうだ?」
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地球連邦政府とジオンの協議が正式に始まるとともに、航空母艦『エンタープライズ』は次なる任務に就くことになる。それは連邦、ジオン双方の捕虜の交換である。そして同時に航空宇宙第1統合戦闘団は、とある作戦に従事することとなった。
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