【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか―― 作:河畑濤士
「ルヴィ、戦闘機はどんなものでもやっつけちゃうんだから」
「ほんと?」
「うん。悪いやつだって、モンスターだってね」
物心がついたときから、彼女にとって戦闘機とは、力の象徴だった。
単純に何よりも速い。幼少期の児童によって“速い”というのは絶対的なステータスである。そして彼女の母は口癖のように「戦闘機はどんなものでもやっつけられる」と彼女に教えこんでいた。彼女もまたすぐに納得した。テレビアニメや映画ではやられ役になることが多かったが、フィクションのヒーローやヒロインよりも、自分の目で見たリアルの戦闘機は速かったからだ。
もう少し歳を重ねると、彼女が当たり前のように享受している裕福な生活は父の手がける戦闘機がもたらすものだとわかっていたし、戦争の行方を決定づけるひとつの要素として、空の戦いが重要だと理解できた。
だから母が訓練中に僚機からの誤射によって亡くなったと聞いたときも、それを理不尽なことだとは思わなかった。戦闘機は人間よりも遥かに強い。ほんの少しの狂いでさえ、容易く人命を吹き飛ばしてしまう。納得していたといっていいだろう。
父の意向で連邦宇宙軍に入隊してからも、その考えは揺るがなかった。むしろ強固なものになった。陸軍・海軍・空軍・宇宙軍において、必ず戦闘機は花形のひとつに挙げられる。理由は単純で、何よりも速く、何でもできるからである。
故にジオンとの戦端が開かれるとともに、彼女は狂気に蝕まれた。
モビルスーツ。
あんなものが。
大敗。
一方的に駆逐されていく戦闘機隊。
彼女が育て、鍛えた艦上戦闘機部隊も全滅し、母艦もまた戦闘不能にまで追いこまれた。途中から記憶が途切れており、気がつけばコロンブス級『パロス』に拾われていた。それでも混乱の中にいた。
億単位の人命が損なわれ、信仰が粉々に砕かれ、彼女の世界が崩壊していく。
モビルスーツなどというオモチャが、土足ですべてを踏みにじり、汚していった。
「やられっぱなしだと思うなよ――!」
だから『パロス』に回収されたFF-4Eトリアーエズのガンカメラ、その映像を再生したとき、彼女は驚喜した。
「――目の前で人々が苦しみながら死んでいく、それを見過ごすことはできません」
彼女の世界はもう1度蘇生し、あるべき正常な姿に戻り、色を取り戻した。
◇◆◇
ルナツーと浜松基地を結ぶシャトル。
その翼下には、惨い光景が広がっていた。
一面の更地。建物の基礎だけが残る廃墟。押し流されて行き着いた瓦礫の山。車と家と電車と電柱と自動販売機と――人々の生活を構成していたものがゴミ山となって積み重なっていた。塩と砂とゴミに上書きされた
「……」
隣席のシルヴィア准将も、押し黙ったままである。
市街地のど真ん中にある浜松基地へ、シャトルが下りる。
太平洋に面した海岸線から約10km内陸にあるこの浜松基地は辛うじて被災を逃れ、復興支援や物資輸送の拠点となっていた。
宇宙世紀0079年における地球連邦軍・浜松基地は、西暦の頃よりも大規模化・多機能化が進んでおり、連邦空軍浜松基地・連邦宇宙軍浜松基地・連邦戦略ロケット軍基地が同居している。
旧航空自衛隊浜松基地は、現在は浜松基地東部エリア(連邦空軍浜松基地)と呼称されており、西暦時代と同様に2500m級の滑走路とヘリポートを有している。
連邦空軍浜松基地から伊左地川を挟んで向こう側は、浜松基地西部エリア(宇宙軍浜松基地)。こちらは宇宙世紀になってから整備されたエリアであり、歴史は浅い。が、故に広大かつ設備が整っており、大気圏・大気圏外両用機のための宇宙港として機能する。
戦略ロケット軍の基地施設は浜松基地北西エリアに集中している。ミサイルサイロはあるが規模としては小さく、長距離地対空ミサイルのための防空陣地が並んでいる。
そしてここ連邦空軍浜松基地は、俺が航空教育を受けた第2の故郷でもあった。
「外を見て回りたいか? 1日、2日程度であれば休暇を――」
シャトルから降りるなり、シルヴィア准将はそう聞いてきたが、俺は頭を振った。
(この街がジオンに何をしたというんだ)
いまやこの浜松は、空気さえ変わっていた。魚か何かが腐ったような臭いが、鼻を衝く。これが自然災害なら諦めもつく。だがこの結果は、人為的に引き起こされたものであった。怒りをぶつける先が、ぶつけるべき先が存在する。存在してしまう。
「やめておきます。見て回っても邪魔になるだけでしょうし」
「そうか」
「それに浜松に来たのは、休暇のためじゃないですから」
――FF-3EAエレクトロニックセイバーの改修。
シャトルとともに乗ってきたのは、俺たちだけではない。
貨物室には分解された状態の電子戦機のFF-3EAが積まれている。
完全無欠の軍隊など、ありえない。
連邦には連邦の、ジオンにはジオンの弱点がある。
先の戦闘で気づいたのは、ジオンはミノフスキー粒子の軍事利用化以前の電子戦に対して、興味が薄く、また後れているということだ。
電子戦機は多額の予算を食う。その上、敵味方の電波にかかわる情報を蓄積・分析して初めて使い物になる装備だ。電子戦は、西暦時代の世界各国の軍事技術を継承し、予算規模も桁違いの連邦が、ジオンに対して優位に立てるジャンルである。
もちろんミノフスキー粒子という最強の電子妨害手段がある以上(原始的なチャフやフレアの散布も、れっきとした電子戦である)、電波を用いた電子戦にリソースを割く必要はない――そういった考えもできるだろう。
だが味方の長距離通信や索敵網さえも無効とするミノフスキー粒子など、四六時中散布できる代物ではない。
未だ電子戦機は、勝利の一翼を担うだけの力を持っている。
「さて、正義の怒りについてだ」
その夜。
連邦宇宙軍浜松基地の一室――ふたりで使うにはあまりにも広すぎる会議室で、シルヴィア准将は重苦しく話を切り出した。その口調とは裏腹に無邪気なもので、彼女は回転椅子に座るとクルクルとまわった。
「後世の歴史家どもは私たちのことを、戦争を長引かせた愚者と指弾するかもしれない。が、ジオンなるテロリストどもが称えられる未来よりはマシだ。日常の不満や不安の原因を、歴史的経緯や他者に求めたサイド3のスペースノイドどもに、自分たちがしでかしたことの報いを受けさせてやる」
目的はひとつ。連邦政府および地球連邦軍に継戦を決意させることだ。
この数日間、肌で感じたことだが、幸いにも地球連邦軍関係者の士気は旺盛だ。
敗北が続く連邦宇宙軍の士気阻喪が心配だったが、1週間戦争とコロニー落としがもたらした戦禍の全貌が伝わるにつれ、雪辱までは戦おうという意思が広がりつつあった。
それに連邦陸軍や連邦海軍をはじめとする地球連邦軍の大多数からしてみれば、まだ戦ってすらいないのだ。
ジオンからの要求の中には、軍備縮小という条項がある。
……戦わずして枷をはめられることを是とする者は少ない。
連邦政府の命令さえあれば、地球連邦軍の高官は特に反対せず戦争指導を実施するであろう。
「政府はどう考えているんでしょうかね」
俺が気がかりなのは、連邦政府の高官の動向だ。前線部隊と軍事作戦を中心に描いているのだから当然だが、原作では政治家の存在感は大きくない。ジャブローのモグラと称されたゴップ大将も、制服組(武官)の人間である。
「政府かね」
シルヴィア准将は口の端を歪めた。
「地球連邦という勢力は巨大すぎる」
その言葉で、俺は概ね理解した。
航空母艦『エンタープライズ』で行われた緊急会議でもそうだったが、地球連邦内部でも加盟地域によって戦争に対する温度感が違いすぎる。ジオンとの講和に応じるにしても、継戦を決意するにしても、調整が必要だ。
俺がうなずくのを見て、彼女は会議室のTVモニターを点け、ザッピングした。
「マスコミはみな“連邦政府は疲弊しており、講和に応じざるをえない”と口を揃えている。半分は当たっている。連邦政府の閣僚も、官僚も、ジオンによる悪逆非道の後始末で疲弊し、各地域から選出された議員との調整で疲弊し、周囲で起こる個人的な悲劇への対応で疲弊している」
想像したくもない。
報告、連絡、調整に伴う膨大な事務作業。
その合間で差し挟まれる個人的な悲劇。人類の半分以上が死んだ。暴論をいえば知人、友人、親戚、家族の半分が死んでいてもおかしくはないのだ。
「この状況では明確な意思決定など下せるはずがない。彼らは空気に流される。あるいは水のように易き、低き方向へ流される」
「他方、戦争を続けたいと願う人間もいる」
「ああ」
シルヴィア准将は視線を左右に遣った。
「敵、味方、双方にな」
「それは知らぬが仏――いえ、無知の美徳というやつですね」
「私たちは振られたことだけをやればいい」
もちろん気づいている。
いまから始まるのは、原作で云うところのレビル将軍救出作戦であろう。
捕虜となったレビル将軍の脱出、その経緯は媒体によって様々だったはずだ。捕虜交換の際に忍びこんだ連邦の工作員が暗躍したり、地球連邦軍の将官とキシリアが通じており、またレビル将軍もデギンと密約をかわしていたり――そんな話があったような気がする。
(いま必要なのは、強いリーダーシップを発揮できる人間――)
レビル将軍が帰還し、ジオンの内情を暴露してくれれば、連邦政府を取り巻く空気は一変するはずである。
「理解が早いようで助かる」
満足げに頷いた彼女は続けて、時計に目をやると「一杯飲みに行くぞ」と言い出した。
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次回更新は5月16日を予定しております。
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