【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか―― 作:河畑濤士
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次回更新は5月19日を予定しております。
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航空宇宙第1統合戦闘団旗艦・航空母艦『エンタープライズ』に戻ってからの最初の仕事は、親戚縁者からの郵便物に返信することだった。高知に住む父方の叔父に不幸があった――否、婉曲的な表現はやめよう。ジオンのコロニー落とし以降、行方不明になっていたがついに遺体が発見されたということだ。葬儀は明後日、執り行われるらしい。サイド4・29バンチコロニーに住む母方の親戚からは、何の音沙汰もない。便りがないのは良い便り、とはいうものの、全滅の可能性も覚悟しなければならない。
俺は香典を決済処理してから、溜息をついた。
この稼業は冠婚葬祭のほとんどと無縁になる。
過去には母の死に目にも、父の死に目にも遭えなかった。
他の航空母艦『エンタープライズ』の乗組員たちも大同小異だ。
が、そうした私事や私情は置き去りにして、航空母艦『エンタープライズ』はコロンブス級輸送艦を引き連れて再び出航する。
「地球を
「億の
「おお我らは 航宙戦」
「希望を抱く 子と親の」
「兆の可能性 守り集う」
「おお我らは 航宙戦」
「
「無限の未来 守り集う」
「おお我らは 航宙戦」
僅かな時間で作詞・作曲がなされた隊歌とともに向かう先は、サイド3である。
「今回の航海の敵は、諸君自身だ」
カイル艦隊司令は、出航に際して各艦にそう告げた。
「未だ連邦とジオンの間では、捕虜にかかわる戦時条約や合意は結ばれていない。が、軽挙妄動は慎め。我々は民主主義の暴力装置であり、人道を重んじるプロの軍事組織だ。捕虜に対する不当な取り扱いには、厳罰を以てあたる」
航空宇宙第1統合戦闘団が輸送する積荷の半分は、サイド3へ送還する捕虜だ。南極で休戦条約締結に向けた本交渉が始まる前に、一時停戦と捕虜交換について合意がなされている。
(だが空軍も宇宙軍も休戦などクソくらえといったところか)
積荷の半分は捕虜。
では残りは何なのか、といえば機雷だ。
これは継戦を前提としたシルヴィア准将の提案が通ったもので、せっかくだから敵地に機雷原を構築してやろうというのである。
使用されるのは連邦宇宙軍がルナツーに死蔵していた1000ポンド級(500kg級)機雷だ。作動方式は触接(爆風が生じない宇宙空間では接触状態で炸裂しなければダメージを与えられない)。ただし敵艦が発するレーダー等の電波を探知し、その未来位置に自走するスマート機雷である。
さらに連邦空軍では地上の1000ポンド級、2000ポンド級航空爆弾の大気圏外用機雷への転用を急いでおり、“本土決戦”ともなれば連邦戦略ロケット軍・連邦宇宙軍と協力し、これを衛星軌道上に打ち上げる計画が進んでいる。
「停戦というのは、対等な者同士で成立するものだ」
シルヴィア准将は邪悪な笑みとともにそう言い放ったが、確かにジオン側が抗議するとともに、これを真似ようとしても不可能だろう。なにせ連邦宇宙軍は現時点で10万発以上のスマート機雷と、ムサイやチベが使用する電波情報を有している。
(ジオンは眠れる巨人を醒ました)
正直なところ、ジオンの人間も、連邦政府高官も、地球連邦軍を理解していない、と思う。
地球連邦軍は西暦時代の各国軍の兵力・組織・装備を引き継いだ軍事組織だ。軍縮に次ぐ軍縮で総兵力・装備定数が削減されてきたとはいえ、MSを除く通常戦力の規模については、西暦を生きた俺からすれば想像の埒外にある。誤解を恐れずに言えば、ジオンは西暦時代の軍事組織すべてを敵に廻しているのと同じだ。
(第二次世界大戦と同じだ)
否、ジオン側からすれば、それよりも絶望的な戦いになるだろう。
逆に地球連邦軍からすれば第二次世界大戦と同様に、ジオンを磨り潰すだけである。思えば末期の大日本帝国は、B-29がばら撒いた1万個以上の機雷に苦しめられた。それを緒戦からやってやろうというのである。
「諸君、“正義の怒り”について説明する」
航空母艦『エンタープライズ』が出航してからほどなくして、シルヴィア准将のブリーフィングが始まった。
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サイド3は戦勝に沸いていたといっていい。
前線将兵の捕虜交換は
「ただいま中立地帯の地球・南極大陸では、ジオン公国、地球連邦の政府高官による休戦条約にかかわる協議が続いています」
「この休戦条約、いわゆる南極条約について安全保障政策の専門家、ユルゲン・ヨーゼフ・カニースさんに解説をお願いします」
「はい。えー、この南極条約は事実上の地球連邦政府の敗北宣言です。地球連邦政府のジオン公国に対する国家承認をはじめ、地球連邦軍・ジオン公国軍双方の軍備制限、大量破壊兵器の使用禁止――」
サイド3を構成するスペースコロニーに情報と娯楽を提供するマスメディアは、みな地球連邦の敗北とジオン公国の勝利を喧伝していた。
勲章の授章式が中継され、ブリティッシュ作戦において従軍・活躍した者に与えられる功労章や、ルウム戦役従軍章を同時受章した者が、嬉々としてインタビューを受ける。
その表情に
「1月15日に宇宙要塞ソロモンを攻撃した地球連邦宇宙軍所属トラファルガ級航空母艦『エンタープライズ』は、1月17日に我がジオン公国軍宇宙攻撃軍および突撃機動軍の挟撃を受け、日付が変わって18日に轟沈したものと認む」
戦勝ムードを高めるのは、授章式といった国家儀礼だけではなく、ジオン総帥府が指導するプロパガンダ放送の存在も大きかった。このサイド3では、ジオン総帥府の意思ひとつで、虚構も真実となる。
宇宙世紀0079年1月25日。
この日もサイド3は空気も、天気も、情報も完璧にコントロールされた1日を迎えるはずだった。
「ジオン公国軍は、数で優る連邦を完膚なきまでに叩きのめした!」
街頭のモニターは独裁者の演説を垂れ流し、人々の視線を釘づけにしていた。
「これこそがジオンの科学力、ジオンの軍事力、そしてジオン国民の優秀さを証明するものである!」
モニターを見上げる者たちは
が、次の瞬間、画面が乱れた。
そして現れたのは、漆黒の空間に浮かぶ純白の艦艇である。
「サイド3の人々に告げる」
そしてスピーカーから流れ始めたのは、聞き覚えのない男の声だった。
「ジオンの勝利は、科学力でも、軍事力でも、国民性によるものでもない」
画面いっぱいに映るのは、連装メガ粒子砲を備えた戦艦。
「ジオンの勝利は、数十億の民間人に対する一方的な核攻撃と大量虐殺の結果でしかない」
その両舷には密閉式駐機施設が一体化した航空甲板が増設されている。
「そして地球とスペースコロニーに住まう連邦市民と地球連邦軍の戦意はまったく衰えていない」
舷側装甲板には、E.F.S.F.の文字。
「こちらは地球連邦軍航空宇宙第1統合戦闘団・トラファルガ級航空母艦『エンタープライズ』」
男の声は冷静だが、怒気を孕んでいた。
「サイド3の人々に告げる。休戦条約などは虚構だ」
そのまま淡々と、事実を突きつける。
「現実にあるのは、轟沈したはずのこの『エンタープライズ』、未だ健在の地球連邦軍、怒りに燃えるサイド1、サイド2、サイド4、サイド5、地球の人々――そしてジオン軍の大量破壊兵器によって亡くなった夥しい数の犠牲者だ」