デンドロな僕が行くデンドロ冒険譚   作:草々

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プロローグ あるいは一目惚れ

□2043年12月26日 四季春太

 

僕、四季春太(しき はるた)は赤色の包み紙と金色のリボン、そしてヒイラギの葉や松ぼっくりのイミテーションでラッピングされた箱の前に座っていた。

今朝、いつものように部屋のガジュマルやドラセナ、ゴムの木にユッカといった観葉植物たちに水をやってから朝ご飯を食べにリビングに行った時、この箱は小さくて様々に飾り付けられた片づけ忘れのモミの木風の造木の下に2つ並んで置いてあった。

つまり、この箱は僕たち姉弟への一日遅れのクリスマスプレゼントなのである。

それもお母さんからのものじゃなくて、一人暮らしをしてる冬姉……一番上の姉からのものだ。

お母さんが言うには、昨日の夜に速達便で届いたらしい。

僕ら兄弟ははそれを聞いた時点で何かがあったのだろうと察した。

だから、僕はこんな風に箱の前に座ってラッピングを剥がすこともできずにいるのだ。

中に入っているものは十中八九彼氏に振られた怒りと恨みのこもった品だと思われるからである。

もしかしたら上手くいってその喜びのおすそ分け的な感じのプレゼントの可能性もあるが、冬姉の恋愛観も大概おかしいからなぁ。

悪いけどあまり上手くいっているとは思えないんだよなぁ。

まぁ、あまり怖がってもいられない。

後者ならうれしいものが入ってるはずだし、前者ならば開けなかったときの冬姉が怖い。

いざ!と覚悟を決めてリボンをほどいて包装を剥くと、箱の正体が現れた。

それは、<Infinite Dendrogram>と書かれたゲームのパッケージだった。

僕はゲームというものにあまり興味を持っていなかったから、内容までは知らないけど学校でもすごいリアルで面白いゲームだという話を聞いたことがある。

それともう一つ、箱と一緒に封筒も入っていた。

きっとこのプレゼントを贈ってきた理由がこの封筒の中に書いてあるのだろう。

あまりゲームに興味なかった冬姉がこれを贈ってきた目的は気になるし、読んでみようかな。

……

………

封筒の中身は、怒りに任せて書きなぐったとみられる手紙と何枚かの絵だった。

その絵には楽しそうに街を散策している現実じゃあ到底見られないような恰好をした男が写っている。

うわー。またフラれちゃったんだ。それも彼氏がこのゲーム内で浮気してただなんて……。

でも、だからといって弟や妹に元カレであるこの写真の男のデンドロ生活を滅茶苦茶にしてほしいなんて頼んでくるかなぁ。

ま、こんな物を貰っちゃったし冬姉に頼まれたからにはリアルに影響でない範囲でやろうと思うけどね。

パッケージを開け、ヘルメット型のゲーム機を取り出し、被ってベッドに寝転ぶ。

そして僕はゲームのスイッチを入れた。

瞬間、視界が暗転する。

 

 

『ようこそ新しいマスターよ』

 

気が付くと、僕は自分の部屋じゃないところで大きなキノコに腰かけていた。

周りにも巨大で派手な色のキノコが生えている。

そして、目の前には大きなイモムシが真っ赤なキノコの上にいて僕に話しかけている。

 

「えっと、ここは?」

 

とりあえず、この空間を見渡す限り唯一会話できそうなイモムシさんに対してこの場所がどこなのかを聞いてみた。

 

『そうだな、ここは<Infinite Dendrogram>のキャラメイクルームとでも言えるところか。私は君のチュートリアルを担当する管理AI5号キャタピラーだ。よろしく』

 

イモムシのアバターを動かしている管理AI、キャタピラーさんはやたらと反響した声で日本語を話した。

家にある電化製品の内蔵AIと比べると、ものすごくスラスラと喋っているなぁ。

きっと、ものすっごいお金がかかっているのだろう。

 

「よ、よろしくお願いします」

『ふむ。それでは各種設定を始めようか。まずは描写の選択だ。サンプルを提示するので選択してくれ』

 

キャタピラーさんがそう言うと、周囲の風景が急に変わった。

たぶん、ヨーロッパ風かな?そんな感じの道になっていて、見え方が次々に変わっている。

まるで現実そのままに見えるような姿から、送られてきた絵のようなCGの姿、そしてCGじゃない昔の2Dアニメーションの姿へ。

 

『このような感じで描写が変わるがどうする?一応アイテムを使えば後で切り替えることもできるが』

「うーん……じゃあCG描写にします」

 

とりあえずは頼みごとを達成するのが先かなと思ったのでCG描写を選ぶことにした。

描写が違うと視界に入っていても分からないかもしれないからだ。

このゲームにハマって描写を変えたくなったら変えればいいわけだしね。

 

『分かった。では次はプレイヤーネームを設定してもらおう。ゲーム中の名前は何にする?』

「名前かぁ。僕はこういうゲームやったことないからぱっと思いつかないなぁ」

 

そうやって僕がうんうんと悩んでいると、キャタピラーさんは手元に何冊かの本を出現させて

 

『ならば辞書でも使うか?一応著作権のないものをいくらかは用意できるが』

 

と言った。

なので、百科事典といろんな言葉の辞書を借りて調べてみた。

あ、この花とかいいかな。春の花だし。

 

「えっと、決めました。ミモザにしようかと思います」

『ふむ、ではそうしよう。次は容姿を設定してもらおう』

 

キャタピラーがそういうと目の前にのっぺらぼうのマネキンと、たくさんのウィンドウが出てきた。

それぞれの画面にはいろんなパラメータの操作バーや、パーツが並んでいる。

あまりにもできることが多すぎて何から始めればいいのかわからないほどだ。

 

『難しいようなら現実の姿をベースに弄ることもできるが』

「お願いします」

 

キャタピラーさんの優しさにすぐに応じると、マネキンが僕そっくりに変わった。

元があれば意外と簡単だった。

そんなには変えられなかったけど髪の毛の色を緑色にしたり、目の色を薄くしたりしてみたりした。

 

そして、その後もアイテムボックスや初期装備と資金を貰ったりした。

<エンブリオ>という僕の性格や行動に合わせて成長していくというなんかすごいシステムの移植もされた。

まだ孵化してないから卵みたいなものらしいけど、これからの成長がすごく気になる。

いったいどんなものが産まれるんだろうなぁ。

 

『では最後に所属国を選んでくれ』

 

キャタピラーさんが頭を振ると、僕の目の前に地図が表示された画面が広がった。

そのうち7つの地点から光の柱が立ち上っている。

そしてその柱の中には街並みのようなものが見える。

 

キャタピラーさんが何か言っている。

視界の端に何か文字のようなものがうごめいている。

 

でも、僕にはそんなものは全く気にならなかった。

今、僕の目には一本の樹しか映っていない。

生命力にあふれ、神々しいほどに輝いて見える幹。

青空よりも青々と空を覆い、風になびいている葉。

まるで天と地をつないでいるかのような圧倒的な威容に僕はまったくのめりこんでしまった。

それに比べると、なんだか自分で考えた名前や作ったアバターがなんだか恥ずかしく思えてきてしまった。

それに描写もCG描写だ。

それでもこれほど綺麗なこの樹はリアル描写で見たらどれほど美しいのだろうか。

 

「あの、すいません。描写や名前とか見た目とかってまだ変えられますか?」

『む?ここまできての作り直しか……可能だが、少し待ってくれ。アバター担当の管理AIに連絡するのでな』

「本当にすみません。どうもありがとうございます」

『よし。OKが出た。とりあえず容姿を先に決めてもらおう』

 

そうして、僕の前に再び僕のアバターとたくさんの画面が現れた。

でも、今度はまるで簡単とは言えなかった。

どこをいじってもそうじゃない気がするのだ。

しばらくいじっていると目の前に新しく赤いウィンドウが現れた。

そこには【被接触】【振動】などの警告が浮かんでいた。

 

『おや、現実のほうで誰かが君を呼んでいるようだな。今までの過程は保存されるし、一度ログアウトしてきてはどうだろうか。ずっと同じことをやり続けては気分転換もいるだろう』

「……そうですね。一回ログアウトしてきます」

 

 

 

 

「遅い!!さっさと起きなさいよ」

 

ログアウトボタンを押して、夢から覚めるように現実に戻ってきた僕がヘルメットを外すと、目の前には怒った女の人がいた。

僕の3つ上の姉である夏姉こと夏実姉さんだ。

 

夏姉があんまり怒っているのに驚いて時計を見てみるともう12時を結構過ぎていた。

 

「ごめん夏姉。キャラメイクがうまくできなくてさ……悩んでたらこんな時間になっちゃった」

「?そんなの適当でいいでしょ。ゲームなんだし、あたし達のすべきことはあの世界で姉様の魅力を忘れた愚か者を見つけてボコボコにするだけなんだから。そんなことよりお昼ご飯。さっさとご飯食べてきなよ。兄貴もとっくに食べ終わってるし、ママも早く片づけたいって言ってたからね。じゃ、私はまたクズを探す作業に戻るから」

 

そう言って自分の部屋に戻ろうとする夏姉を、僕は引き留めた。

 

「あのさ、夏姉はどんなキャラにしたの?」

「あたし?あたしはゴミクズを追いかけるために作ったから、なるべく特徴がなくなるように今までのプレイヤーの平均にしてみた。名前も看破されたときにバレるらしいから日本人相手には一目で分かりにくいように発音じゃなくて文字で指定して入力したし」

 

……徹底してるなぁ。

夏姉はこの通り姉をすごい尊敬してるから、きっと頼み事を達成するためだけのキャラクターにしてくるとは思ってたけど、ここまでとは思ってなかった。

とにかく、どうやら夏姉のキャラメイク法は僕のにはあまり参考にならなそうだ。

 

「……その顔だと、な~んか納得してなさそうね」

「うっ。分かる?」

「分かるも何も、めちゃめちゃ悩んでますーって顔をさっきからしてるし。……そんなにキャラメイクで悩んでるの?なんで?」

「うーん、なんて言えばいいのかな。……言うんだったら、一目惚れ、かな」

 

僕が少し恥ずかしがりながらそう言うと、夏姉はものすごい驚いたようで変な姿勢で固まっていた。

 

「うっわ、びっくりした。鉢植えのことばっかり言ってたハルが恋だなんてね~。キャラメイクってことはデンドロの中の誰か?NPC?」

「な、なにさ。僕がそういうこと言うのってそんなにおかしい?」

「いやー、おかしくはないけどさー。ま、あたしだったら好きな人に会いに行くのに自分を偽ってはいかないかなー」

 

夏姉は冗談めかした声音で言った。

姉さんが帰ってくると分かったら突然ファッション誌とかを漁りだす夏姉がそんなことを言うのは確かに面白いことだけど、僕にはその言葉は冗談ではなく天啓のように聞こえた。

 

「いやいや、本気にしないでよ?オンラインで顔出し名出しとかありえないからね?」

 

と、夏姉は笑いながら自分の部屋に戻っていった。

けど、僕はもう心は決めていた。

 

 

 

 

昼ご飯を食べ終わって、僕はまたデンドロの世界に戻ってきた。

 

『戻ってきたか。どうやら何かしらの答えを得てきたようだな』

「はい。アバターも名前も描写も現実通りに、自分のそのままにすることにしました」

 

キャタピラーさんはリアルそのままの名前と姿に多少難色を示したが、僕が悩んでいた時間を知っているからか最後には認めてくれた。

 

『では、今度こそ最後だな。所属国家の選択をしてくれ』

「はい、僕はレジェンダリアにします」

『ほう、レジェンダリアか。ちなみに理由を聞いても?』

「えっと、この……【アムニール】に会ってみたいからです」

『うむ。そうか……ではレジェンダリアの首都アムニールに飛ばすぞ』

「ありがとうございました」 

 

そう言って頭を下げ、移動の準備をしようとしていると、 

 

『おっと、そうだ。これを言わなくてはな』

「?まだ何かあるんですか?」 

 

キャタピラーさんは、ゆっくりとそして荘厳に言い放った。 

 

『この〈Infinite Dendrogram〉は自由だ。英雄になるのも魔王になるのも、王になるのも奴隷になるのも、善人になるのも悪人になるのも、何かするのも何もしないのも、〈Infinite Dendrogram〉に居ても、〈Infinite Dendrogram〉を去っても、何でも自由だ。出来るなら何をしたっていい』

 

『君の手にある〈エンブリオ〉と同じ。これから始まるのは無限の可能性』

 

『〈Infinite Dendrogram〉へようこそ。“僕ら”は君の来訪を歓迎する』

 

その言葉の直後、周囲から森が消え去った。

キノコも、コケも、キャタピラーさんさえも消失し、僕自身は空に浮かんでいた。

ああ、とうとう始まるんだ。これから会えるんだ。

 

眼下には見覚えのある世界の形。

さっきまで見ていた地図と同じ形の大陸を見下ろしている。

やがて僕の体は吸い込まれるように大陸の一点、僕が選択したレジェンダリアへと、いや、この高度からでもはっきり見えるほどの巨大でこの速度であっても鮮烈に輝いて見える美しきあの大樹、【アムニール】に向かって高速で落下していった。

 

こうして、僕は<Infinite Dendrogram>の世界に足を踏み入れた。

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