デンドロな僕が行くデンドロ冒険譚 作:草々
本話大変キモいので読む際は注意してください。
□〈ジュード森林〉 【戦士】 四季春太
「いや、いやいやいや、ダメだって!ただの戦闘ならともかくサブリーダーの戦闘に巻き込まれるのは痛覚が無ければ大丈夫とかそういうレベルじゃねーの!マジで、何人も引退してんだから」
「いえ、行きます!」
そんな不毛な言い合いを続けること数度。
クセスさんをすり抜けて向かうことも考えたけど、相手は熟練の<マスター>。
なかなか隙を見せてはくれない。
しかし、だんだんと腐臭も声も強くなってきている。
早く行かないといけないのに!
そう焦っていると、「コン」と一言だけシトさんが鳴いた。
「いや……行かせてやれって、もしこれがトラウマになっちゃったらどーすんだよ!俺オーナーに詰められるの嫌なんだけど!それに、こいつは俺らの……」
それに反論するようにクセスさんが言い返す。
そのために彼の視線はシトさんの方を向いた。
そして、シトさんの眼は……僕の方を向いている。まるで、「行け」とでも言わんばかりに。
だから、僕は駆けだした。森の奥へ向かって。
「……って、おい!ダメだって!」
クセスさんも追いかけては来るが、それまで意識を僕から外していたから動き出すのに一瞬のラグがあった。
タイミングを同じくしてシトさんが紋章に戻ったせいで体が硬直したのか、さらにもうワンテンポ遅れている。
とはいえ、この程度の差ではまだレベル0の僕とクセスさんのステータス差を埋めるまではいかない。
だから、この残りの差を、
「くそっ!木の根っこに足が引っ掛かった!森ってこんなに走りにくいのか!いつもシトに助けられてたってのをひしひしと感じるなぁ!てーか、ハルタは何でそんなすいすい進めんだよ!」
「森の中はっ、慣れてますっ、から!」
僕の森に対する愛で埋める!
◇
□〈ジュード森林・奥部〉 【戦士】 四季春太
森の中を走り続けて十数分ぐらい経った。
まぁ、走ることに集中してたから正確な時間は分からないけど。
強者同士の激突の影響か、それともこの臭いによるものか、走っている間にモンスターに遭遇することはなかったから、ほとんど真っ直ぐに臭いと声のする方へ向かって走ることができた。
だから、僕は、それを見てしまった。
本来、クセスさんの言うとおりにしていれば見る必要のなかったものを。
それは、激しく戦闘する一人の少女と一体の猪だった。
しかし、ただの猪ではない。
猪は少女とのスケール差を考えるに100mほどの体躯を持ち、牙だけでも20mほどあるだろう。
そんな怪物が猛スピードで動き、ビルほどのサイズの牙を叩きつけている。
その度地面は波打ち、飛沫が飛び散っている。
だが、優勢なのは少女の方だった。
なぜなら、少女の方もただの少女ではなかったから。
地面を操り即席の壁を作って猪の攻撃をいなし、そのまま壁を槍に変えて猪を貫く。
貫かれたことでさらに傷を増やした猪は傷口から黄色の液体を垂れ流しながら立ち上がるも、もう這う這うの体でといったところだ。
まさしく攻防一体の動きであり高いステータスを揮う猪が相手でも勝者は少女の方であることは目に見えている。
それに、その高いステータスだってどこまで発揮できているのかは怪しいものだ。
ぬかるんだ地面は猪の巨体を飲み込まんとばかりにうねり、足を取られて本来の速度を封じられているだろう様が見えている。
対して、少女は地面を自在に操って高速で移動し続けている。
完全に戦場を支配しているのは少女の方で、猪が敗れるのも時間の問題だろう。
でも、そんなことは僕にはどうだってよかった。
問題なのは彼女たちの闘争そのものではなく、この闘争が見えてしまっていること。
すなわち、
「森が、溶けてる……」
それはまるで、チョコレート細工で作られた森のオーナメントが日差しによって溶けてしまったかのように、
木々の葉が、枝が、幹が、根が、そして土でさえもが、どろりと溶けて一体となっている。
そして、この変質は徐々に広がっているらしく、僕の目の前で、一本の枝が茶色いナニカに変質して溶け落ちた。
「うぷっ。おぇっ。げほっ」
僕は目前の光景に吐かざるを得なかった。
ホントは吐いてはいけないと分かっていたのにも関わらず、だ。
猛烈な腐臭を前に、鼻の方に入ってしまった吐瀉物の臭いすら分からない。
それは屁だった。
それは尿だった。
それは糞だった。
目の前で起きていたのは悪魔を越えた魔王の所業。
気体は屁に、液体は尿に、固体は糞に置き換えられていく地獄。
そこはもはや……茶色の森だった。
◇
「よーやく、追いついた!おい、ハルタ!大丈夫か。まぁ、言ってみたけど、見た感じ大丈夫じゃーねぇみてーだな」
こちらの世界に来てからまだ何も食べていない僕の胃の中から、胃酸すら無くなるんじゃないかと思うほどに吐いたころ、後ろからクセスさんの声がした。
クセスさんはうずくまっている僕を見るなり、自分も同じようにかがんで、僕の背中をさすりながら言った。
「悪ぃーが、もうここじゃシトは出せねー。臭いが強すぎるからな。だから、戻るならログアウトか自分で歩いてもらうことになる。……俺のおすすめはログアウトだぜ、もうログインできねーかもしれねーけど」
僕は、酸で焼けて上手く話せなくなってしまった喉を痛みに耐えながら無理やり動かして、クセスさんに聞くことにした。
これが、この光景が、なぜ生み出されてしまったのかを。
「く、クセスさん。こ、これは、一体どういう」
「ああ、これはうちのサブリーダー……コプロの奴のエンブリオ、【汚濁糞山 バアル
=ゼブブ】の能力だよ。ワールド内に入った全物質を汚物に変換するっつー恐ろしいスキルさ。まぁ、ある程度のステータスがありゃレジストできるけどな。あの猪が使う厄介な自然操作能力を完封することができるってんでサブリーダーが戦ってんだ」
「つまり、これはあの……」
「ああ、目の前で戦ってるあいつがやってる。それに協力っつーかあいつがやることにした俺たちも含めてうちのクランがやってるっつっても良い」
そうして、クセスさんはゆっくりと、そしてまるでこの臭いよりも今からする発言の方が辛いかのように、重々しく呼吸をして言った。
「今、ハルタの目の前で、ハルタの"好き"を殺してんのは俺たちだ」
◇
その一言によって、まるで空気が凍ったかのようだった。
僕の耳にはとめどなく聞こえる森の悲鳴以外には何も聞こえず、そして辛そうに言ったクセスさんになんて言ったらいいかも分からなかった。
最初は、ひどく文句を言ってやらなきゃと思っていたはずだけど、こんな辛そうな人に言える文句の語彙なんて僕には持ち合わせがない。
そうして、しばらく沈黙が続いた。
この気まずい沈黙を破ったのは僕でもクセスさんでもなかった。
空気を変えたのは最も切迫していたもの……つまり状況だった。
汚物の領域は徐々に広がっている。
それが、一本の木の根を溶かし……木は、己を支えられなくなった。
倒れ行く木の先端が【バアル=ゼブブ】の効果範囲にかかり、枝葉が汚物に変質する。
「っ!」
「あっ!おい、そっちに行くとお前も……」
僕は、いてもたってもいられず、気まずい沈黙を突き破ってその木を助けに向かった。
分かっている。この木一本を助けたってどうしようもないことぐらい。
もはやこの土地は死んでいる。
ここを中心に雨や風によって汚濁は運び出され、森全体が死んでしまうのは目に見えている。
それでも僕は、目の前で死にゆこうとする木を見捨てられなかった。
僕は、木と地面の間に挟まるように立ち、木を押し返す。
せめて、僕の支えと残りの根でこれ以上木が倒れないように。
だが、徐々に根は溶け、汚濁の世界は広がっていく。
とうとう僕は木に押されて滑り、後ろに伸ばしていた右足が【バアル=ゼブブ】に入り込む。
瞬間、僕の体をおぞましいほどの不快感が襲う。
自らの肉体が溶け、糞へと変質する感覚。
自らの血液が腐り、尿へと変質する感覚。
普通に生きていれば味わうことなどありえない感覚が右足から全身を殴りつける。
だが、止められない。いや、止めない。
下半分が溶けて骨と肉がむき出しになった足を地面に叩きつけ、足の前後を入れ替えて支えにする。
神経が直接地面とこすれ合い、痛みが襲うが先ほどまでの感覚に比べれば大したことはないし、
その感覚だって、この地獄を目にし、多くの木々が失われたことを理解したときに比べれば、なんてことはない!
「ぐおぉぉぉあぁぁぁ!」
全身全霊を以って木を支える。
後ろに滑っていく左足を靴が擦り切れるほどに前に戻し、力の限りに持ち上げる。
そして、ついに、
バツン!と音がして、左足の靴が壊れた。
無理やりに力を込めていたので、靴のつま先部分が勢いのままに汚濁の中へと飛び込み、
茶色の地面の上にポスンと落っこちた。
(あ……効果が切れている。戦闘が終わった?じゃあ、これ以上侵食されることはない?)
それと同時に、僕の意識も安心したからなのか、ストンと落ちた。