赤腕の異世界転生事情   作:桂の星

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始まり

 その日は、偶然の重なった日だった。

 偶々、昔読んでいた漫画の単行本を古本屋で見つけて懐かしくなり購入した。

 偶々、その日は天気が悪く帰り道の中ほどで雨が降って来てしまった。

 偶々、横断歩道の前で立ち止まる事になった。

 

 偶々、雨脚にハンドルをとられた自動車が待機している場所へと突っ込んできた。

 

 偶々、彼はその車の動きに気付き、咄嗟に自分よりも突っ込んでくる車に近かった小さな子を抱いた女性を掴んで押し退けるようにしてその車線から突き飛ばしていた。

 

 結果、一人の少年は宙を舞う。

 

 ありふれた事故。人生の終わり。

 それがたまたま、鈴木実(すずきみのる)へと襲い掛かったそんな日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――以上が、貴方の前世における死因となります」

「なる、ほど……あの親子は、大丈夫でしたか?」

「はい。貴方が突き飛ばした事で辛うじて車の進行ルートを外れ、雨に濡れて手を擦りむいてはいましたがその程度です。後遺症も何もありません」

「それは良かった……」

 

 そう言って、黒髪の少年鈴木実は胸撫でおろした。

 死んでしまった事に思う所はあるが、それはそれとして気がかりが先の親子連れの事だった。

 変わり者の、或いは異常とも言える彼の反応に、金髪に純白の翼を背負った天使は僅かに目を細める。

 

「鈴木実さん。貴方には、三つの選択肢が提示されます」

「選択肢?」

「一つは、元の世界へと生まれ直す事。魂を漂白し、記憶を完全に消した上で新たな人生を歩んでいただきます」

「成程……?」

「二つ目は、天国への招待。こちらは、文字通り貴方を天国へとお招きいたします」

「天国……それは、何かデメリットでも?」

「そうですね。過去の偉人からの話などは聞けるかもしれませんが、現世程の娯楽は発展していません。老後の独居老人の様な生活が続く、と考えていただければ宜しいかと」

「そ、れは……」

 

 天使の説明に、実は言葉を詰まらせた。天国とは名ばかりの牢獄の様に思えたからだ。

 一応、メリットもある。

 先の天使の発言の通り、過去の偉人との交流が出来るのだ。歴史の舞台裏や、その時の彼らの気持ちをリアルに聞けるのは貴重な経験だと言えるだろう。

 とはいえ、実は歴史学者ではない。人並みには好きかもしれないが、それでも深く深く知りたいという探求心を持つほどではない。

 実の反応を見ながら、ここで天使は()()()()()()()()()()

 

「では、三つ目の選択肢を。こちらは、異世界転生となっています」

「異世界転生……」

「はい。その世界は魔王からの侵略を受けており、長い闘争が続いています。その打破の為に、別世界からの勇者を招き状況の打破を狙っているのです」

「……それは、意味があるんですか?僕は格闘技どころか喧嘩もした事のない素人ですよ?」

「ええ、そうですね。素人をどれだけ送り込んでも物量作戦の一助にもならないでしょう。故に、異世界へと転生させる際にこちらから特典を一つ付与する事になっているのです」

「あー……」

 

 納得。実は頷いた。

 チートの一つでも持ち込めば、素人でも強力な戦力の仲間入りだ。

 問題は、それが本当に()()()()()()という点。

 実は、疑問を覚えて天使へと問いかける。

 

「僕以外にも、異世界転生した人は居るんですよね?それも、少なくない数」

「はい」

「……全員、チートをもって?」

「そうですね」

「なら、どうしてまだその異世界は救われていないんです?」

「……痛い所を突いてきますね」

 

 はぁ、と天使は端正な顔立ちを歪めて眉間へと皺を寄せた。

 

「お気づきでしょうから白状をさせていただきますと、人の心は移ろいやすいものだからです。特典を持ったからといって、魔王軍相手に優勢を確実に取れる訳ではありません。失う事もあるでしょう。そして、気付きます。自身の力を用いて、より弱い存在から奪う方が簡単である、と」

「それは……止められないんですか?」

「難しいでしょう。なるべくこちらでも吟味していますが、先の通り人の心は移ろい行くもの。こちらからも積極的な干渉が出来ない以上……まあ、はい」

 

 綺麗な眉を寄せてため息を吐いた天使。その所作から、彼女らの苦労が窺い知れるというもの。

 とはいえ、このまま話し込んでいても何も解決はしない。精々が口を吐き出すぐらいか。

 これ以上は意味がない、と天使は話題を進める事にする。

 

「如何いたしましょうか、鈴木実さん」

「えっと……それじゃあ、三番目で」

 

 実質、実の選択肢は一つしかない。

 今の人生を満足に生き切っていない。なのに、全てを捨て去って新しく生まれ直す事など選ぶ気にはならない。

 何より、忘れるとしても家族の記憶があった世界に戻る気にはならなかった。

 天使は、実の選択に頷いた。

 

「畏まりました。特典は、如何いたしますか?」

「……選べるんですね」

「勿論。その為の、カタログもありますから」

「急に俗物的な……」

 

 差し出された分厚いハードカバーの辞書の様なカタログ。

 それを受取ろうとしたところで、実の手がピタリと止まった。

 

「……何でも良いんですよね」

「はい。ただし、一度限りです」

「それじゃあ――――僕が最後に買った漫画の主人公の能力を」

「それで、宜しいのですか?デメリットもありますが」

「どんな力もそうでは?」

「……畏まりました。では、左手を前に」

 

 天使の言葉に従って、実は左手を前へと持ち上げた。

 直後、彼の手の甲へと緑色の光が差し込んでくる。同時に、

 

「ぐっ、っ……!!」

 

 激痛。奥歯を噛み締め、彼は耐えた。

 目を背けるほどに強かった光は、やがて弱くなり彼の左腕は変質していた。

 手の甲に埋まった十字架(クロス)。そして、肌色は消え去り、そこにあるのは皮を剥いだかのような血の色をした赤い腕がそこにはあった。

 

「感覚は、如何でしょうか?」

「ッ……少し、鈍ってますけど……大丈夫です」

「こちらで、少々手を加えています。具体的には、三つの形態を転換(コンバート)し、攻撃有効対象を広げていますから……とにかく、それらはご自身で確認を」

「っ、分かりました」

 

 ズキズキと痛みを発する左腕を庇いながら、実は頷いた。

 気丈にふるまう少年を見やり、天使は頷く。

 

「では、最後に。これは異世界転生を選んだ方全てに伝えている事を」

「何ですか?」

「魔王討伐の暁には、鈴木実さん。貴方の願いを一つ、どんな事であったとしても叶えることを約束しましょう」

「!どんな、事でもですか」

「はい。これこそが、魔王討伐における報酬ですので。それでは、鈴木実さん。どうか貴方が魔王討伐を成し遂げんことを」

 

 胸の前で両手を組んで、微笑む天使。

 光が、世界に満ちる。

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