赤腕の異世界転生事情 作:桂の星
目を開けると、青空に白い雲。そして見慣れない石畳の街並みと中世ヨーロッパの様な石造りの街並みが視界に飛び込んできた。
「……よし、大丈夫ですかね」
空から視線を下して、鈴木実は異形と化した己の左手を握って開く事を数回繰り返す。
その有様は、かなりひどい。
表面は血の様な赤色。爪は真っ黒で、皮膚と呼ぶには柔軟性の欠片も無い。
それが指先から前腕、肘、二の腕の凡そ三分の二辺りまで血管のような筋と樹皮の様なごつごつとした赤が続いているのだ。
幸いだったのは、実の格好が長袖長ズボンであった事。これにより、少なくとも手首より先までしか周囲には見えない。
(さて……これからどうすれば?)
実は困ってしまう。
今の彼は、文無し、宿無し、履歴無し。ないない尽くしで、一から色々とスタートさせねばならない状態だった。
無数の選択肢があるというのも、逆に考え物。何でも出来るのは、同時に何もできない事にも繋がるのだから。
周囲を見渡して頭を掻いてから左手をズボンのポケットへと突っ込んで、とりあえず人の賑わいがある方角へと実は歩き出す。
その道中で、実が考えるのはこれからの事。
(とりあえず、今後を過ごすための金銭は必須……貨幣経済ですよね?)
まさか物々交換ではないだろう、とさりげなく視線を走らせて出店などの客と店員の手元をチェック。
幸いなことに、彼らは金銭と思しきものを利用してやり取りをしていた。とりあえず、実は安堵の息を内心で吐き出す。
(良かった。少なくとも、貨幣に価値があるみたいですね。なら、次は稼ぎ方を……うん、やっぱり貰った
一瞬だけ、意識を左手に向ける。
その一瞬が不味かった。
前から来ていた大荷物を抱えてフラフラと歩く女性を避け損なってしまったのだ。
「きゃっ!」
「っ!」(不味い!)
咄嗟に左手をポケットから抜き、体勢を崩した女性の腕を掴んで引き寄せ。同時に崩れそうになった荷物へと身体を寄せて支え、右手を添えて落下を完全に阻止。
自然と女性を抱き寄せるような格好になってしまったが、これは不可抗力というものだ。
腕の中で目を白黒と差せる茶髪の女性に、実は声を掛けた。
「すみません、考え事をしていまして。怪我はありませんか?」
「ふぇ?ッ、は、はい!す、すみません!こちらも大荷物で前が見えていなくて……!」
慌てて離れようとする女性に対して気を配りつつ、実は手を放す。幸い、荷物が崩れる事は無かった。
改めて向かい合う事になった二人。そこで実のお人好しが発動する。
「よろしければ、その荷物を運ぶのを手伝わせては貰えませんか?」
「え、でも……」
「ああ、金銭を要求するつもりはありません。実のところ、僕も少し困っている所だったんです。その……押しつけがましい事なんですがその疑問を解消するために先払いの対価、という事で……」
自分で言っていてもかなりの無理を言っていると自覚しているのか、右手でうなじを撫でながら実は気まずそうな苦笑を頬に浮かべて視線を逸らした。
ナンパ狙いの声掛けにも見えるが、じっと女性はそのブラウンの瞳で少年を観察していた。
そして徐に抱えていたにもつを前へと差し出す。
「では、半分だけお願いできますか?」
「!ありがとうございます」
女性の申し出に、実は深々と頭を下げるのだった。
@
ウィズと名乗った女性に連れられて、実は荷物を手に道を行く。
「本当に、すみません。当たり屋のような真似をしてしまって」
「いえいえ。実際に困っていたのは事実ですから」
「そう言ってもらえるのなら、有り難いですけど」
並んで歩く二人の間に流れる空気は穏やかなモノ。纏っている雰囲気が近いお陰か荒れる様子もない。
「ミノルさんは、アクセルには何を?」
「そうですね。実のところ、働き口を探してここまで来たんです。ただ、路銀が尽きてしまいまして……あ、勿論お金を無心するつもりはありませんよ。既に十分すぎるほどに厚かましい自覚はありますけど、それはそれですから」
ほんの少し、どころか結構な作り話を交えながらそんな事を言う
擁護すると、彼にも言い分はある。そもそも異世界転生などと馬鹿正直に説明したとして、勧められるのは頭の医者だろう。
ミノルの話も特別違和感はない事から、ウィズも指摘はしない。というか、彼女は彼女で気になる事が別にある。
「……ミノルさん。貴方の左手について、お聞きしても?」
「……やっぱり、気になりますよね」
「不躾だとは思いましたけど……はい」
ウィズの右隣りを歩くミノル。両手で荷物を抱える彼だが、そうなると自然と異形と化した左腕を表に晒す事になる。
気にするな、という方が無理な話。寧ろ、呪われているとか言われる方がまだ納得できる。
ミノルの方も、突っ込まれる事は承知の上。
「コレは……そうですね。ある種、僕の武器、と表現すべきだと思います」
「武器……聖なる気配がしますね」
「そうなんですか?……まあ、確かに、聖なるモノだとは思いますけど。それはそれとして、ウィズさんは聖職関係の方なんですか?」
「え゛っ……ど、どうしてそうお考えに?」
「いえ、単純に聖なる気配?に気付くような人ですから。平時からそう言うものに触れている人なのかと思ったからですけど……」
変な事を言ったかな?とミノルは内心で首を傾げた。それほどまでに、ウィズの反応は挙動不審であったからだ。
とはいえ、気になったとしても突っ込むような事はしなかった。話しやすい相手ではあるが、今日知り合ったばかりの相手。どこに地雷があるのかもわからない以上、下手に足を踏み込んで相手を傷つけるような真似を彼はしたくなかった。
話題を変えるべく、ミノルは自分の抱えた箱へと意識を向ける。
「そういえば、ウィズさん。こちらの箱にはいったい何が入っているんですか?」
「え?あ、ああ、これですね。これは、私のお店で並べる商品の魔道具が入ってるんです」
「へぇ、商品。良ければ、お聞きしても?」
「勿論!今回仕入れた魔道具はですね、絶対に痩せられる首輪です」
「ぜ、絶対に痩せられる?」
「はい!付ける前に、何時迄に何キロ痩せる、と設定をしてから装着するんです」
「そうすると、痩せられるんですか?」
「痩せられないと、首輪が締まるんです」
「まさかの拷問式!?だ、大丈夫なんですか?それ」
「一応、緊急手段として鍵もありますから大丈夫です!それに、実際に痩せられた、と評判なんですよ?」
「そ、れは……」(痩せられないと死ぬからでは?)
言葉を飲み込んでから、ミノルは苦笑いを浮かべた。
彼はここで察した。ウィズの店が割とトンチキな品ものばかりを扱っているのではないだろうか、と。そしてその予想は当たってもいる。
それから会話のキャッチボールが続き、やがて二人の足はとある店の前で止まった。
「ここが、私のお店です。ありがとうございました、ミノルさん」
「いえ、こちらこそ。色々と教えていただきありがとうございます、ウィズさん」
荷物を店内へと運び込みながら、そんな言葉を交わす。
「ミノルさんは、これからどうされるんですか?」
「少し金策をしてから、冒険者登録をしようと思います」
「でしたら――――」
「待ってください、ウィズさん。それは、最初に言った通り断らせてください」
「ですが……」
「御心配には、感謝します。でも、ここは確りと区切っておかないと。大丈夫です。直ぐに客としてまたお邪魔させてもらいますから」
例えソレが大した金額出なかったとしても、自立の第一歩は自分の足で。少なくとも、ミノルはそう考える。
確りと自分の意思をもって、お人好しの遠慮だけで断っているのではないと分かればウィズとしても食い下がる事は出来ない。
出来る事といえば、送り出す事だけ。
「それじゃあ、お待ちしていますね。ミノルさんが、お客様として来てくれるのを」
「ええ、約束しますよ」
小さな約束が交わされる。