赤腕の異世界転生事情 作:桂の星
きりきり舞い。あっちこっちに動き回る。
「三番テーブル上がったぞ!」
「あ、はーい!今、行きまーす!」
黒いズボンに、白いシャツ。黒いベストに赤いリボンタイを締めて、ミノルは右手に料理とドリンクを乗せたバットを携えて客席の隙間を練り歩く。
ウィズとの出会いから、ミノルは本格的に金策を始めていた。
手始めに、彼が探したのは日雇いの仕事。まずは、冒険者となるために必要な手数料と、それから冒険者に成った後の装備を整えるための資金調達。
その道中で見つけたのが、実に繁盛しているレストランだった。
荒くれ者も多い冒険者ではなく、街の住民を主な対象としたレストランは客層の違いも相まって連日大盛況。
多くのものは、ソレを嬉しい悲鳴、と捉えるのだろう。だが、店側からすると少し違う。
確かに、閑古鳥が鳴く侘しい店と比べれば遥かに良いだろう。しかし、
店というのは、客だけでは成り立たない。仕入れや従業員の質、数、配置等々。様々な要因を絡め合わせた結果成立する。
長くはなったが、要はこの日。このレストランは従業員不足に喘いでいたのだ。
苦肉の策としてピーク時の前に張り紙として一日限定の従業員募集を行っていて、偶々ミノルは飲食店での就労経験があった。
そして、今に至る。
「いらっしゃいませ。そちらの名簿に、名前を書いてお待ちください」
運ぶ料理を片手に、笑顔で来店対応。左手には、黒い革製の手袋をはめて手首まで覆い袖のボタンを閉める事で完全に外からは見えないようにしている。
ミノルは、幾つかの仕事を同時進行で進めていた。
ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ。店内を往復する事数十回、或いは百回を超えただろうか。
「「「終わったー……!」」」
見事ピークを捌き切った。
経験があったとはいえ、慣れない仕事。ミノルは大きく息を吐き出してから伸びをする。
そんな彼へと声を掛けるのは、コック帽を小脇に抱えたこのレストランのオーナーシェフだ。
「助かったよ、ミノル。お陰で今日も乗り切れた」
「あ、はい。お役に立てたのならこちらとしても嬉しいです」
オーナーに言われ、ミノルは謙遜をするように微笑んだ。
いまいち自身の無い彼の背を平手が叩く。
「そう謙遜するもんじゃないよ!あんたが来てくれたおかげで、アタシらは助かったんだからさ!」
ウェイトレスの一人である年嵩のある女性が豪快に笑う。
「寧ろ、あんな募集に来てくれるなんて。よっぽどお金に困ってたんだね!」
「あははは……まあ、そうですね」
「何だったら、このまま働いちゃうかい!?ねえ、オーナーもそう思わないかい?!」
「ん?まあ、そうだな。ただ、ミノルにも事情があるんだろう?」
「そう、ですね……すみません。御誘いは嬉しいんですけど、僕はこのまま冒険者に成ろうと思うんです」
「へぇ、冒険者!若い子に人気らしいねぇ」
「なら、俺達の方から君へと依頼をするかもしれないな」
「そうなんですか?」
「ああ。冒険者というのは、言ってしまえば何でも屋の側面が強い。特殊な食材の調達を任せたりもする」
オーナーの言葉を受けて、ミノルは納得したように頷く。
ウィズからも仕入れた最低限の情報などを加味して、この世界には通常の動物だけでなく魔物も存在している。
そして、ミノルはそれら魔物も食材の一つとして使われていると今回のバイトで知った。
程なくして、バイト時間の終了。ピーク時の食器を洗い終わり、次の仕込みを始める所でミノルは上がりの時間。
「ほらこれ、今回の給料だ」
「あ、はい。ありがとうございます……アレ?」
「どうかしたか?」
「いえ、あの……多くありませんか?」
会計などを盗み見て、バイト中にこの世界の貨幣制度について勉強していたミノルは受け取った袋の中身を確認してオーナーへと問う。
「ああ、多いぞ」
「なら――――」
「いや、間違いじゃない。給料に色を付けたのは、ミノルの頑張りと今後への投資だ。君が高名な冒険者に成るにしろ、落ちぶれるにしろどちらにしても店の利益になる。前者なら依頼を、後者なら従業員を。その制服も貰っていってくれて構わない」
「……」
至れり尽くせりとはこの事か。思わず、空いた右手で制服の胸元を掴んだミノル。
そして、少しの間をおいて頭を下げた。
「ありがとう、ございます……!」
何故だか少し、泣いてしまいそうだった。
@
冒険者ギルド。名前の通り、冒険者への支援・管理などを行う組合でありクエストの斡旋や新米冒険者への武器の貸し出し等々。とにかく、冒険者稼業を行う上で必須となる。
アクセルにあるギルドは、酒場を併設し冒険者同士の交流の場としても機能していた。
木製の扉を押し開けて、若干薄暗いギルド内へとミノルは足を踏み入れる。直ぐに、酒場の従業員も兼ねた女性職員が対応にやって来た。
「いらっしゃいませー!本日はどの様なご用件でしょうか?」
「あ、冒険者としての登録をさせてもらいたいんですけど」
「でしたら彼方のカウンターへとどうぞ!」
示されたのは、幾つかのカウンターが横並びになった場所。
数人の職員が在中しており、しかし何故だかその内一つへと
首を傾げ、ミノルはそちらへ。その道中で、人の多いカウンターを眺め、そして理解した。
(異世界でも、男は男って事ですよねぇ)
金髪の女性。特に目立つのが、その豊かな胸部装甲。顔立ちも整って、その上抜群のプロポーションを持ち合わせているのなら、異性の目を集めるという事。
露骨な男性陣に苦笑いしながら、その金髪の女性職員から二つほどズレたカウンターへとミノルは足を向ける。
「すみません、冒険者登録をお願いしても良いですか?」
「え?あ、は、はい!どうぞ!」
まさか自分の所に来るとは思わなかったのか、そばかすの目立つの赤毛の女性職員は二つとなりのカウンターへと向けたジットリとした視線を慌てて戻して姿勢を正した。
そして、思わず硬直する。
(か、可愛い……いや、カッコイイ?)
癖っ毛の黒髪に、温和な顔立ち。白いカッターシャツに黒いベスト、赤いリボンタイを結び。黒いズボンに黒い靴。
どこか良い所の坊ちゃんにも見える幼さの残る少年に、出会いのほとんどを持っていかれていた彼女はついつい固まってしまったのだった。
しかし今は仕事中。自分の顔を見て固まったエメラルドグリーンの瞳に、ミノルは首を傾げる。
「あの……?」
「………………はっ!す、すみません!ぼ、冒険者の登録ですね!?」
「あ、はい」
何やら凄い圧を感じて僅かに仰け反ったミノルだが、職員の方は気付かない。
バタバタと何やら慌ただしく準備をして、一呼吸。
「ふぅ………ソレでは、改めまして。冒険者の登録でしたね」
「はい」
「冒険者の仕組みへの説明は如何いたしましょうか?」
「あ、そっちは大丈夫ですよ。予め、色々と聞いてきましたから」
「畏まりました。では、登録料として1000エリスをいただきます」
「どうぞ」
制服と一緒にもらい受けた袋から取り出した貨幣をカウンターへと置く。
置かれた現金を受け取りつつ、受付嬢は話題繋ぎに冒険者の説明を口にした。
「ご存知の様ですから、簡単な説明となりますが、冒険者はその性質的には何でも屋に近い物です。その冒険者という括りの中に職業が存在しています」
「自分の得意分野、という認識で良いですか?」
「概ねは。その職業を選ぶ上で重要なのはステータスです。こちらのカードをどうぞ」
差し出されたのは一枚のカード。大きさ的には免許証程度か。
「これは、冒険者カードと呼ばれるものです。ここを見てください。レベル、と書いてありますよね」
「はい」
「このレベルを上げる事によって、冒険者は新たなスキルや、それらスキルを習得する上で必要なスキルポイントを獲得します。まずは、こちらの用紙に、身長、体重、年齢、身体的特徴の記入を御願いします」
「はい」
差し出された用紙に自分の情報を記入していく。
身長171センチ、体重58キロ、年齢十五歳、身体的特徴は黒髪黒目――――
「…………」
一瞬だけ、ミノルの目が左手へと向けられた。
身体的特徴とするなら、これほどに目立つものはないだろう。そして、これから冒険者となり魔王軍と戦う事になればまず間違いなく周囲に露見する。
少しの逡巡を挟んで、ミノルはペンを走らせる。
“赤い左腕”
身体的特徴欄に記入された一文だ。
書類を受け取って、その中身へと視線を走らせた受付嬢は少し首を傾げた。
「あの……」
「まあ、こういう事です」
疑問に先回りして、ミノルは左手に付けていた黒い革製の手袋を僅かにずらして左手の一部を露出させ受付嬢へと見せる。
息を呑む、とはこの事か。そしてその反応をミノルは咎めるような事はしない。
ただ、ふんわりとした微笑を浮かべるだけだ。
「記入事項に偽り無し、ですよ」
「ッ、では、こちらのカードに触れてください」
受付嬢もプロだ。深くは突っ込まない。
差し出されたカードに右手で振れるミノル。その表面に光が走り、文字が浮かび上がってきた。
「スズキミノルさんですね。筋力と生命力が基準値より高めです。魔力は平均値で……幸運が少々低いようですが、こちらは冒険者としてはあまり関係がありませんから問題ないでしょう。職業適性は、ソードマンやレンジャーなどの魔力をあまり必要としないものが該当しますね」
「成程…………それじゃあ、武器と体術の双方に適性のある職業はありますか?」
「それでしたら、
「冒険者に、冒険者ですか?」
「その……言っては何ですが能力不足の方が割り振られる職業なんです。あらゆるスキルを習得可能ですが、スキルポイントの消費は本職に比べて多く、且つ威力は本職の六割から七割程度でしょうか。そこまで落ちてしまうんです」
「へぇ…………ええっと、それじゃあウォーリアーでお願いします」
「畏まりました。では、これにて登録は終了です。スズキミノルさん、ようこそ冒険者ギルドへ。貴方の今後の活躍を期待しております」
かくして、ミノルの冒険者生活は漸く幕を開けるのだった。