知らんうちに弟分がおねショタハーレム主人公になってて狂いそう   作:鐘楼

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外の世界(Ⅱ)

 目的の部屋は、宮殿の外れ、書斎のような場所だった。その部屋の真ん中で、只者ではない雰囲気をまとった女性が何やら手紙のようなものを読み込んでいた。その角は魔族のようにも見えるが、その実存在の格が違う。座って何気ない動作をしているだけだというのに、神秘的な威圧感を感じさせるその佇まいに萎縮していると、ミストリア様が気圧された様子もなく声をかける。

 

 智龍フェンニバル様。王国が喧伝しているレヴィン卿の物語においても旅の友として登場するお方で、物語よりも遙か以前の昔から著名な存在だ。世界の始まりと同時に生まれたとも噂され、人々や種族の争いに加担することなくただ知恵を愛し探求するその姿勢が畏敬を集め、一方的に崇拝する者たちも多いと聞く。余談だが、そんな常に中立を保っていた彼女を味方につけたことはレヴィン卿の偉大さを大きく裏付けしている。

 

 「フェンニバル先生!」

 「せ、先生……」

 

 ミストリア様が、公務の時以外での気さくな調子のままに言った先生という言葉に、彼女たちの気安い仲を垣間見ると、智龍様が顔を上げる。

 

 「……ミストリア、先生はやめんかと言っているだろう」

 「だって、先生はどんな教師よりも面白くて役立つことを教えてくれるわ!」

 「ミストリア。儂は聞かれたことにつながるヒントを与えているだけに過ぎぬ。それを面白いと感じるのも、役に立つ知識を引き出すのも、お前の素質に依るものじゃ。儂が特別なことをしているわけではない……ので、あまり本物の教師を悪く言うものではない」

 「ごめんなさい、先生!」

 「……懲りんな、まったく……」

 

 一連のやりとりを見て、智龍様の印象は大きく変わった。ミストリア様を前にした智龍様は優しさや慈愛が滲み出ていて、まるで女神と見紛うほど雰囲気が変わったのだ。

 

 「あなたが、智龍さま……」

 「で、お前は……見ない顔じゃな」

 「紹介するわ! 王国騎士のアンリエッタよ!」

 「あ、アンリエッタ・ドラクロワと申します!」

 「王国……」

 

 私が王国の者だと分かると、智龍様の顔が険しくなり、ジッと私を観察する。しばし居心地の悪い時間が続くが、やがて智龍様の威圧的な雰囲気が緩む。

 

 「……拝淵教団とは無関係のようじゃな」

 「教団をご存じなのですか?」

 「当たり前じゃ」

 「わたくしは教えてもらっていないのだけれど!」

 「聞いてこなかったじゃろう」

 

 智龍様が教団について知っている。レヴィン卿の物語でもそれ以外でも有名な、全知と謳われるお方が知っているのは仰るとおり当たり前かもしれないが、これは好機だ。

 

 「で、では……」

 「手を貸せという話なら、断るぞ」

 「な……」

 「儂は人の味方でも、魔の味方でも、世界の味方でも正義の味方でもない。愚者の手によって世界が滅ぶというのなら、それまでの世界だったという話じゃ」

 「そんな……」

 「そもそも、レヴィンがいる限り奴らに何かできるとも思えんがな」

 「そう、そのレヴィン卿について聞きにきたのよ!」

 「……はぁ? レヴィンの?」

 

 ミストリア様の口からレヴィン卿の名前が出た途端、智龍様が気の抜けた声を出す。

 

 「なぜミストリアがあやつの話など聞きたがるのじゃ」

 「アンリエッタ、説明しなさい!」

 「は……ご存じの通り、我が王国は既に教団の手が……そして、ロクルス十世……クルス王子が奴らの計画に組み込まれていることを知った私は、レヴィン卿に王子を託したのです」

 「……託した? 王子を? レヴィンに?」

 

 ミストリア様と話していた時の優しげな雰囲気、先ほどまでの超然的な雰囲気のどれとも異なり、明らかに調子を崩した様子で智龍様は頭を抱え始める。

 

 「先生は昔レヴィン卿と旅をしていたんでしょう? 彼はどういう人なの? クルスは無事だと思う?」

 「そりゃ無事じゃ済まんじゃろ」

 「えぇ!?」

 「な……」

 

 さらりと言い放たれた言葉に、私もミストリア様も衝撃を受ける。

 

 「そもそもどうやってアレに……いや、お前はドラクロワといったか……霊子書籍を渡したな?」

 「な、なぜそれを……」

 「あれがレヴィンとの交渉に使えることをお前の先祖に伝えたのは儂だからじゃ……にしても、王子の保護か……」

 「なぜクルスが危ないって言うの? レヴィン卿はとても強いんでしょう?」

 「あやつが強さと逃避文学だけでできているような男だからじゃ。無いじゃろ、責任能力とか」

 

 智龍様の口から出てくるレヴィン卿への評価は散々なものばかり。伝聞や、実際にクルス王子を預けたときの彼への印象とあまりに異なっていたが故、つい口を出してしまう。

 

 「私は一度話したことがありますが……とてもそのような人物には……」

 「……まぁ、あの頃と比べれば上っ面は大幅に改善したのは認めるが……それでも中身は変わっとらん。断言しても良い。そもそも、魔族と和平を結んだなどという功績もほとんど王国の外交官の功績だぞ? 儂らはレヴィンが『魔王軍は人間よりホワイト? らしいから見てみたい』など抜かすから遊びに行っただけで、レヴィンを過剰に恐れた魔王の小娘が王国のハッタリを真に受けたというだけの話じゃ……!」

 「半分ほどなにを仰っているのか……」

 「そういう男なのじゃあやつは!」

 

 レヴィン卿の話になり、ヒートアップする智龍様。

 

 「……ふぅ。行くか」

 「行く、とは……」

 「軽々しく子供の命を預かった阿呆に説教をしに行かねばならぬ」

 「では……」

 

 智龍様はそう宣言すると、私程度ではとても理解の及ばない魔方陣が展開される。レヴィン卿の居場所や、移動手段など疑問は湧いてきたが、智龍様がそれらを問題としないことは直感で理解できた。

 

 「……妖精島か」

 「妖精島!? あのような場所にレヴィン卿がいるのですか!?」

 「妖精島って、条約で立ち入りが禁止されているわよね? そもそも入ったら生きて帰れないって……」

 「レヴィンはルールなど与り知る男ではない。それよりも……」

 「殿下は……クルス王子は無事なのですか!?」

 「……さぁのう。会ったこともない人間を捜すことはできんのじゃ……ただ、妖精島となると……」

 

 私に配慮したのか、智龍様は私から目をそらして言葉を切る。妖精島に立ち入るのが国際的な条約で禁止されているのは、一国が妖精という存在を独占することを避けるためというのもあるが、一番は危険だからだ。事実、あそこに侵入する密猟者は絶えないが、その目論見が成就することは滅多になく、ほとんどが帰らぬ人となっている。そんな場所にレヴィン卿がいて、王子は無事かも分からない。

 

 「私は……とんでもない間違いを……」

 「……教団が手を出せない、という意味ならレヴィンほどの正解はない。そう自分を責めるな……全ては自分の気質を理解していながら物語読みたさに請け負ったあやつが悪いのじゃ」

 

 そんな慰めを仰った智龍様は、別の魔方陣を展開し始める。

 

 「儂はこのまま跳ぶ。ミストリアよ、お前の父への褒美はまたの機会と伝えておけ」

 「……お待ちを! 私も同行させては貰えないでしょうか!」

 

 たまらず、私は智龍様に同行を申し出た。口ぶりから、智龍様がやろうとしていることは瞬間移動。ならば、これは王子のもとへ馳せ参じることができるまたとないチャンスだ。

 

 「……良いじゃろう。手を貸せ」

 「なら私も行くわ!」

 「はぁ? ダメに決まってるじゃろ」

 「なんでよ!」

 「お前は公爵令嬢じゃろ。国を追われた騎士崩れを連れて行くのとはわけが違う」

 

 あっさりと私の同行を認めた智龍様だったが、ミストリア様の同行は頑なに認めようとしない。もっとも、その理由は正当なもので、無茶苦茶を言っているのはミストリア様の方だ。

 「あら、私の身分なんて先生にとっては些細なことでしょう?」

 「……続きを言ってみなさい」

 「たとえ先生たちについて行った私が死んだとして、それで先生が不利益を被ることなんてないはずよ。たかだか公爵家の娘が死んだくらいで、陛下やお父様は智龍様の気を害することなんてできないわ」

 「……確かにそうかもしれん。が、儂は初めから自分の心配なぞしておらん。責任ある身分にありながら余計なことに首を突っ込もうとしているお前を責めているのじゃ……が、そこまで言うなら……この件が貴族としての責務よりも大事と言うのなら連れて行ってやろう」

 

 神妙な顔で、智龍様はミストリア様に選択を突きつける。智龍様の仰ることは正しい。ミストリア様が殿下のためにここまでの行動を起こそうとしてくれることは個人的に嬉しく思うが、帝国の貴族としての振るまいにはほど遠いだろう。

 

 「ありがとう、先生! それじゃあ連れて行ってね!」

 「……ミストリアよ、そこは反省して自分を省みるところじゃろう」

 「それでもクルスが心配だから、嘘はつけないわ!」

 

 智龍様はミストリア様に呆れて嘆息するも、根負けしたのかミストリア様も連れて行くことにしたようだ。

 

 「……ところでその、聞きそびれたのですが……なぜ智龍様はここに滞在していたのですか?」

 「儂が見聞を深めるための資料を融通してもらっていたのじゃ」

 「それと引き換えに帝国は先生から未踏の魔法知識を賜ったりしているのよ!」

 「なるほど……」

 

 ミストリア様がこの国の公爵や皇帝にも智龍様に迂闊なことはできないと仰っていたが、そういった明確で強力な実利があるのならそれも納得できる。けれど、そこで別の疑問が浮かび上がった。

 

 「その、失礼ですが……帝国には智龍様ほどのお方が知りたいと思う情報があるのですか?」

 「……アンリエッタよ。確かに魔法のような法則や技術において儂の先を行く者はいないかもしれん。だが、知恵とは理のことだけではない。文化や芸術の知識は、こうして人の営みがある場所に赴き知り得なければ儂とて知ることはできぬ。故にこそ、儂は様々な国に帝国と同じ取引をしておる」

 「……ですが、王国にそのような話は……」

 「昔は通っていた。が、お前の知っての通り教団の手に落ちてからは行っておらん。奴らは儂を手中に収めようともしているらしくて面倒なのじゃ」

 

 恨み言というよりは、本当にただ面倒そうに教団のことを語る智龍様。

 

 「話はここまでじゃ……レヴィンのすぐそばにとはいかんが、妖精島に跳ぶ。よいな?」

 「はい!」

 「楽しみね!」

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