知らんうちに弟分がおねショタハーレム主人公になってて狂いそう 作:鐘楼
『まぁ、ごめんなさい! ついはしゃいでしまったわ……クルスがお世話になっているわね! 私、クルスの婚約者のミストリアよ!』
ぽっと出の少女が、あろうことか最愛の少年の婚約者を名乗る。そんな事態が起こったのだから、この騒ぎは必然と言えるだろう。
「ちょ……ちょっと、どういうこと!? 婚約者!? 聞いてないんだけど! って、近い近い! 離れて!」
「あら、なんの権利があって私たちの仲を引き裂こうとするの? 未来の夫婦の感動の再会なのよ?」
「夫婦……ッ!? お、お姉さん聞いてないよ! どういうことなのクルスくん!」
抗議の声を上げるサニーウインドと、牽制のつもりかこれ見よがしにクルスと腕を組んで見せる公爵令嬢ミストリア。笑みを崩さないミストリアの態度は、情緒乱されまくりのサニーウインドにはまるで自分を嘲笑うようにでも見えたのだろう、怒りが爆発しそうになる……寸前で、クルスが声を上げた。
「あ、あの! ミストリアさん!」
「なぁに? クルス」
「婚約の話は……その。王太子だった僕と帝国の公爵令嬢のミストリアさんの間での約束です。今の僕は……まだ王国の王子として扱われているのかどうかすら分かりませんし、王国も……ひょっとしたらもう……」
申し訳なさそうに俯きながら今の己の立場を説明するクルス。その口から語られるいずれもが妖精達の知らなかった少年の側面であり、その事実が少し後方で笑みを浮かべ続けるクレイプレシャスを除いた妖精達の心をざわつかせた。
「だから、助けていただいて本当に申し訳ないんですが……今の僕に関われば、ミストリアさんも危なくなるかもしれません。僕なんかのために危険を冒す必要はありません。ミストリアさんなら、もっと良い婚約相手が見つか──」
「あら、それなら問題ないわ! 貴方は今も立派な王国の王太子よ!」
「え……? どういう……」
「私ですらアンリエッタと出会うまで貴方の行方が分からないってことを知らなかったんだもの。それは王国が貴方の失踪を隠蔽したがっている証拠で……貴方がまだ必要とされていることになるわ!」
「そう……なんですか? アンリエッタさん」
「…………はい、ミストリア様の仰るとおりです」
『では、なぜ自分は命を狙われ王国から逃げなければならなかったのだろう』という疑問が、クルスの中で渦巻く。ミストリアと護衛騎士アンリエッタはその答えを持っていたが、敢えて口にはしなかった。彼を必要としているのは王国ではなくその裏にいる教団であること。王国でクルスに薬物を盛ろうとし、逃亡生活にてレヴィンにあしらわれた刺客たちは彼の命ではなく身柄を狙っていたこと。……そして、その親玉と言える存在が王国の王妃……他でもないクルスの母親であること。これらの事実を口にする勇気を、二人のどちらもが持ってはいなかったのだ。
「な、なぁ……少年。少年は王子様、なのか?」
「……はい。黙っていて、ごめんなさい」
話題に置いていかれていた妖精たちの中で、真っ先に一歩を踏み出したのはフレアルビーだった。
「その……心地よかったんです。レヴィンさんに預けられる前は、みんな僕の身分を見ているような気がして……出会った頃は色々ありましたけど……僕をただのクルスとして扱ってくれる皆さんが……変わってしまうんじゃないか、って……」
「クルスくん!」
心の内の不安を、見事な上目遣いで吐露するクルス。その姿に感激したサニーウインドがミストリアとは逆の腕に抱きつく。
「そんなわけないよ! 私たちはそんな肩書きなんかじゃなくて、ありのままのクルスくんが好きだもん!」
「サニーさん……」
「……サニー君は当初、伝説の少年の再来という坊やの肩書きを見ていたはずだガ」
「プレシャスは黙ってて!」
クレイプレシャスの指摘は正しいが、それは既に解消されたわだかまりで、クルスも抱きついてくるサニーウインドを自然に受け入れ、安堵かそれ以上の感情なのか頬をほんのり赤くしていた。その情景か、その会話の内容か、あるいはどちらもが気に入らなかったのか、冷めた目をしたミストリアが口を開く。
「……クルスの立場も知らないで、彼を慕っていたの?」
「! あなたには関係ないでしょ!」
「親切で言うわ。そんな覚悟なら、彼と結ばれようとするのは諦めなさい」
「なっ……あなたこそ何の権利があって……!」
「友人なら良いわ。クルスに気の置けない友ができたのは喜ばしいことだわ。でも、結婚しようとするのなら話は別よ。クルスの妻になるというのは、王国の王妃になるということ。貴女に……貴女達に、その覚悟があるの?」
彼女のことを知っているクルスやアンリエッタでさえ、あまり聞かないような声色でサニーウインドに警告するミストリア。その姿は、確かに人の上に立つ者の貫禄を感じさせるもので……だが、それでもサニーウインドは言い返す。
「っ……クルスくんは王様なんかにならないから問題ないよ! ずっとここにいるんだから!」
「……本気? クルスが、そう言ったの?」
「え……」
クルスは、そんなことは言っていなかった。けれど、自分の身が危うい国で王になるという未来像も抱いてはいなかった。故に、クルスは何を言うべきか迷い……口に出したのは、主題とは微妙にズレたことだった。
「……そもそも、なれるんですか? 僕が王に……やっぱり、今の王国がまともだとは思えません。そんな場所で、まともな後ろ盾のない僕が……」
「問題ないわ! 私が、帝国が後ろ盾になって貴方を擁立すれば良いんだもの!」
「……ミストリア様、それは……」
事実上の属国ではないか、という疑問がアンリエッタの中で生まれる。その疑問を当然承知しているとばかりに、ミストリアはアンリエッタの方を向いて口を開く。
「あら、他に方法がある? どの道、王国の存続には蔓延る教団の人間を一掃しなければならないでしょ?」
「それは……」
「……教団?」
ミストリアのミス。クルスはそれを見逃さず、聞き逃さなかった。
「一体、何の話ですか?」
「……ミストリア様……」
「……うっかりしていたわ!」
隠すと決めた教団についてのことを、話さざるを得ない状況に陥ったことを悟り、ミストリアは普段の調子に戻って笑った。アンリエッタは頭を抱えていた。