知らんうちに弟分がおねショタハーレム主人公になってて狂いそう 作:鐘楼
「レヴィンさんが……そんな簡単に人を……殺して……」
「ま、待ってください智龍様! 地獄や煉獄やら……何が何だか」
「む」
アンリエッタの抗議で、フェンニバルは一旦話を止めた。クレイプレシャス以外の面々はみな混乱した様子で、フェンニバルが当たり前のように語るこの世界についての事実を受け止められていなかった。クルス少年に関しては、また別の衝撃が勝っているようだったが。
「そうか……そこから話す必要があるか。この様子ではメインのレヴィンの話に集中できんようだしのう」
「お、お願いします……」
場に漂う空気を重く見たフェンニバルは、クルスの衝撃は置いておいてアンリエッタたちの疑問に答えることを選んだ。
「では、お前達は死ねばどうなると考えている? あぁ、これは明確な答えがある問いじゃぞ」
「それは……」
「天使様に魂を迎えられて、善行を積んだ人間だけが創世の女神によって救済されるというのが帝国教会の教えよ!」
「王国でもほとんど同じですが……智龍様がそれを聞くのですか?」
「……」
ミストリアとアンリエッタが自らの常識を答える。対して、妖精の面々はフェンニバルの問いに哀しげな顔を浮かべたまま言葉を発しない。問う側のフェンニバルも、“創世の女神”という単語がミストリアの口から出たあたりで難しい表情になり、アンリエッタの問いに答える素振りを見せない。
「あの……妖精の皆さんは?」
「ボクたちにそういった信仰はないヨ。君たちと違って、魂がないからネ」
「え……」
クレイプレシャスの吐露に、黙ったままだったクルスも驚きの声を漏らす。
「正確には、魔力生命体は死ぬ……つまり魔力核が破壊されると、その時点で魂も破壊される。それが観測できているから、妖精には死後というものがない……というわけじゃな」
「そんな……」
「ふん、妖精に全く及ばない寿命しか持たぬ人間が哀れむようなことではないぞ小童。それに、本当に哀れなのはお前達の方だ」
そう、本題は魔力生命体という例外の存在ではなく生物の死後の話。そして、フェンニバルは死後のない妖精よりも人間の方が哀れだと断じた。その事実に、アンリエッタたちは息を呑んだ。
「お前達の信仰には言いたいことが山ほどあるが……まず一つ正しておく」
「ま、待ってください! 他ならぬあなたが教会を否定するのですか?」
フェンニバルの言葉を遮り、アンリエッタが取り乱して詰め寄る。
「……ねぇ、どういうことなの? あの人が教えを否定すると良くないの?」
「私に聞くの? 良いけど……先生の人間に肩入れしないスタンスが不都合だから教会もあまり前面に出さないけど、教会の聖典にもいくつか先生の言葉が引用されているくらいには宗教的にも重要な存在なのよ」
「へぇ~……ほんとに有名なんだ……」
サニーウインドの疑問に答えるミストリア。クルスを巡って結構な口喧嘩をした仲であるにも拘わらず気にせず話しかけてくるサニーウインドに、ミストリアは毒気を抜かれた様子だ。それは小声でのやり取りだったが、しっかり聞こえていたフェンニバルが付け加える。
「その聖典の儂の言葉も、ほとんどが捏造だがな」
「っ! では……」
「儂は名前を使わされているだけじゃな。レヴィンの物語と同じじゃ」
「そう、ですか……」
「もっとも、今更訂正しようなどとは思っていない。宗教は民をコントロールするべく進化していくのが道理だし、真実など些末なことじゃろうて。ただ、儂が人間の都合に合わせてやる理由はない」
フェンニバルの言葉に理があると感じたアンリエッタは、ショックを受けた顔で押し黙り、やがて腰を下ろした。
「さて、なんだったか。『死後、天使に迎えられた魂はその内善行を積んだ人間だけが女神によって救済される』、じゃったか。まず一つ。魂に貴賤はない。種族で区別されたりはしない」
「それも教会の都合で書き換えられた、と」
「これについては魔族の教えでも救済されるのは魔族だけだと説いているから、どこも似たようなもんじゃがな」
“厄災”という世界全体の危機でようやく団結するまで、争いが絶えることはなかった人間と魔族。そんな憎しみが募る情勢で、死後の扱いが敵と同じなんていう教えはあまりに都合が悪かったのだろう。そういった事情から、この部分の改変は自然なことだった。
「で、はっきり言うぞ。辛ければ信じなくてもよいが……死後に救済などない。あるのは地獄か、“次”かだ」
「救済がない、とは……?」
「順を追って説明しよう。生物が死ぬと、魂はその場に滞留する。そして、しばらくすると死神がやってきてその魂の人格や思念といったものを回収していく」
「死神……」
「お前達では見えぬが……ま、生まれ出でた時から役割に縛られた哀れな奴らじゃ。で、魂が回収された後、その場には純粋なエネルギーだけが残る。それがマナと呼ばれるもので、魔法使いが外付けの魔力として使ったり、妖精の素になったり……いつもレヴィンの栄養補給として吸われるアレじゃな」
マナ。フェンニバルの話にやっと自分たちが慣れ親しんだ単語が出てきて安心する面々だったが、未だに救済は無いという言葉の真意が語られないことに言い知れぬ不安が蔓延る。
「それで、肝心なのは死神に持って行かれた思念の方じゃ。魂の本体と言ってもいい。集められたその魂は、死神たちの長によって地獄か、“次”かに振り分けられる」
「“次”……?」
「生まれ変わりじゃ。地獄に行かなかった者は記憶を消して次の生を授かる。かなりのタイムラグはあるがな」
フェンニバルの言葉に、当事者である人間の三人は息を呑む。対照的に、当事者ではないサニーウインドとフレアルビーは雑学を聞いているような表情で素直に驚いていた。クレイプレシャスだけはあまりに貴重な話に珍しく興奮を隠しきれない様子だったが。
「で、では……我々にも“前”が」
「そういうことになる……が、考えても仕方がない話じゃ。お前達自身が証明しているように記憶は引き継がないし、以前は魔族どころか虫だった、なんてこともあり得る。そして、行いによって“次”の肉体が左右されたりもしない。気にする意味はないと思え」
善行によって“次”の境遇が良くなったり、悪行によって境遇が悪くなるような現象は確認されなかった、というのがフェンニバルの結論だった。
「そう、ですか……」
「ま、今を大切に生きろ、ということじゃ。お前達にはそれしかできん」
三人がフェンニバルの言葉を黙って受け止めるよう努める。そこで話が終わったような雰囲気が流れ始めるが、まだ説明されていないことがある。それを指摘したのは、クレイプレシャスであった。
「智龍様、まだ聞いていなイ地獄と煉獄についてお聞かせ願いたいのですガ」
「あぁ、そうじゃったな……地獄、どういう場所だと思う?」
「……」
「……外の一般的な教えでは、悪人に責め苦を与える場所とされていたはずですネ」
「えぇっ!? なんでプレシャスが外のこと知ってるの!?」
未だに衝撃から立ち直っていないクルス、ミストリア、アンリエッタの代わりにクレイプレシャスがフェンニバルの問いに答える。外界から隔絶された妖精島に住んでいるクレイプレシャスの口から外の情報が出てきたことに、サニーウインドは驚きの声を上げる。
「ほう、よく知っていたな」
「ボクの生まれはこの島の外なのデ」
「それは……よく生きてこの島まで辿り着けたものだ。どうじゃ、儂の生徒にならんか」
「光栄デす」
フェンニバルと、彼女の中で評価を一段と上げたクレイプレシャスの間で話が脱線しかける。しかし、それに待ったをかける者がいた。
「あの……地獄と煉獄について僕にも教えてください」
「なんじゃ、もう受け止められたのか?」
クルスが魂のこと、レヴィンのこと……二つの動揺を押さえ込んで、会話に戻ってきたのだった。
「いえ、その……未だに智龍様の話すレヴィンさんが信じられませんし、“次”とか“前”とか受け止めたとは言えませんけど……でも、智龍様の話からすると、レヴィンさんも地獄にいたんですよね? それが気になって……」
「……またレヴィンが理由か。アレが殺人者と知ってもそれなのか?」
「次に会ったとき、ちゃんと話を聞かないといけない、とは思いました。それに、僕の国の兵士にだって、殺人者は沢山います。必ずしも悪いことだとは……」
「それは兵士への侮辱だぞ、王子。レヴィンのそれは信念も理由もなかった」
「だとしても、今は違います。今のレヴィンさんは、そんなことをする人じゃない」
「はぁ……」
クルスの言葉に、理解できないを超えて可哀想なものを見るような視線をクルスに向けるフェンニバルだったが、それ以上は文句を言うことなく説明の続きを始めた。
「地獄だが……残念なことにこれだけは一般的な認識で概ね正しい。あそこは魂に苦痛を与えるためだけにあるような場所じゃ。だが、問題なのは振り分けの基準」
「基準?」
「“次”と地獄、どちらに行くかは死神たちの長が決めていると言ったじゃろう。奴の判断基準が儂にも分からんのじゃ」
「そ、それこそ良い人か悪い人か……じゃないんですか?」
クルスの言葉に、「個人によって善悪の判定が為されることもそれはそれで大問題じゃろ」と内心で反論するフェンニバルだったが、飲み込んで話を前に進める。
「儂も少し前までは奴が独断で善悪を判断して振り分けているのだと思っていたが……どうやら違うらしい」
「じゃあ、どういう……」
「それが分からんのじゃ。つまり、お前達は理由もなく地獄へ送られる可能性がある」
フェンニバルの言葉は、当事者である人間にとってはあまりに残酷な宣告だった。実感がないことが救いとは言え、話をただ聞いていたアンリエッタとミストリアは暗い顔だ。
「そ、そんな……」
「クルスくん……」
「じゃ、じゃあレヴィンさんは悪いことをしたから地獄に行ったんじゃないんですね!」
「嘘だろ少年」
「…………まぁそういうことにはなるが」
クルスの着眼点にフレアルビーまでもがドン引きし、フェンニバルは静かにその手をクルスの頭の上に移した。
「な、なんですか?」
「ちょ、ちょっと! お触り禁止だよ!」
「いや、精神操作の線を疑ってな……お前素面か……」
やはりフェンニバルもドン引きしてクルスから離れると、諦めたように説明を再開した。
「で、レヴィンが送り込まれたらしい煉獄だが……あそこは魂だけになったにも拘わらず死神たちでも対処しきれない厄介者を隔離する場所だ。あいつはそこで大作家ユータロー……を名乗るロクルス一世に二人っきりで三年間しょうもないことを山ほど吹き込まれたらしい」
「ロクルス、一世……」
クルスの先祖。建国王ロクルス一世。クルスはその存在がレヴィンに深く関わっていることは察していたものの、まさか死後の世界での関係だったとは思わず驚いていた。
「……魂だけ、しかもマナを省かれた思念体のような状態で強い……そんなことがあり得るのですカ?」
「やはり着眼点が良いな、クレイプレシャス。本来生物の能力は肉体に依存するが、あまりに馴染んだ特異な能力は魂にこびりつく場合がある。レヴィンはまさしくそのケースだが、こうなると魂だけになっても力を発揮し、新たに肉体を得ても同じ能力に目覚めるのじゃ」
「ホウ……!」
魂の謎について盛り上がる研究者気質の二人をよそに、他の面々は別の部分に注目していた。
「しょうもねぇこと、物語って……もしかして、あいつがサニーウインドと少年の待ち合わせを野次馬したがってたのも……」
「あ! だからあの時助けに来たんだ!」
「いや、レヴィン卿が殿下をお守りするのは当たり前では……というか、待ってください。以前にもそのような危険な事態が……?」
「ってことはさ、あの人の持ってるお話に恋のお話もあるのかな!」
「おい、それは儂じゃなくて次レヴィンに会った時にあいつに聞いてやれ。別人みたいに喜ぶぞ」
「恋物語くらいなら、私が帝国で流行りのものを見繕ってあげるけれど」
「本当!?」
望まない方向に向かう話を牽制するフェンニバルと、善意と打算で魅力的な提案をするミストリア。サニーウインドはブラックデザイアの伝承以外の物語を知らないため、興味津々であった。
「……それよりモ、智龍様。ロクルス一世は煉獄にいた。つまり、あのお兄さんに近い力の持ち主ということですカ?」
「奴はたった一代で十カ国以上をまとめた超人じゃった。レヴィンと比べてどうかは知らぬが、驚くようなことではないし……その力や妙な知識の出所についても見当はついている」
「……それハ?」
「後じゃ、後。早く儂らの昔話に戻るぞ。このままじゃ終わらん終わらん」
大作家ユータロー……もといロクルス一世の正体については伏せたまま、フェンニバルは昔話の続きを話し始めた。