転生したらダンジョンがある件について   作:中里悠太朗

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おまたせ。


第十二話 一離一会/望まれずとも

 

 

 

 

 

 暫くはきっと誰の周りでもこのくらい騒々しいのだろうか、と言うくらい皆走り回っていたように彼は思う。

 今の時期を日本の国では『師走』という、その名の通りかそれ以外も同じ目に遭っているか、そのようなことに思いを馳せながら。

 

「先日の一件、良くやってくれたと思っておるよキミ。個人的だがね」

 

 一連の騒動の原因調査のためにわざわざ遠方からお越しいただいていた、警察や調査班の方々や、幕僚と言った明らかに自分とは遠い世界のようなそうでないような人間、目まぐるしく変わり替わりの顔と挨拶を交わしていく日々である……。

 

 その中で特に記憶に焼き付いていたのは探索者達の管理を請け負う──これを慣習または俗習的に『ギルド』と名乗る──その日本代表長官の顔。

 出自と言いこれから先に立ちはだかるものを考えれば、その遠いような立場にいる彼らの中では、自身に一番近づいてくる人間であるからと分かっていたからとも。

 

「先日の働きは、我々日本国民にとって重要な局面であって、それを助けれくださったこと感謝の念に堪えない」

「まあええ人や、仲良くしとき」

 

 さて今日に当たって悠々と現れたその人というのが、どうも曲者という印象が拭えない。

 何せ急用ができたと言って現れず、この度ノコノコ現れた大学教授及び代表ゼミ生2名ばかり、彼女はこれを纏めて間抜けと言い表した……当然、教授に対しては特に。

 

「忙しない中ご足労いただきはって、はばかりさんどす」

「いやどうもすまんかった! どうしても手の離せない状況が出来てしまって、後1日だけ待ってほしかったと言伝はしておいたのが、どこかですれ違ったようでな! まさかもっと忙しくなるとは思わなんだ!」

(窓が閉まった、雪は入らないだろうに)

 

 残念ながら言い訳を聞く気はサラサラない態度の彼女、寧ろそうした方がいいんだと言いたげな肘が彼に飛んで小突かれて、彼も同じ様に振る舞おうと気丈さは持ってみようとしたのだが────。

 

 

 

 

 

 

 

「ところで先日に送ってくれたデータがあるようだそれを見させてもらったらば……どうやらキミのな、要するに()()()がいると聞いていれば、こちらとて黙っているわけには行かない────人間社会に完全に溶け込んでいっているイレギュラー、もとい君たちをね」

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 多分誰の目から見ても身勝手だったのだろうなと、そして誰が相手でも礼儀を学んでも性根は正さないのだろうなと、枯れない木々の側に立つ巨人改め『白騎』は思い出し、もうすっかり無くなった傷と汚れとを撫でる。

 

(……)

 

 過ごしやすい木々を抜ける風が聞こえてくる、変わり映えもしない季節に香る紅葉は永遠だとも。

 少しだけ振り返ってカレンダーの日付をチラと見ると、『10』の文字が大きく書かれていたので、彼はもう1週間も経っていたのだと思う。

 

 意識的に自分の中にあるデータをそれと合わせながら、この1週間の怒涛の思い出を省みてみれば、どれも秘密裏に人間と顔を合わせる時期でもあったし、これを面倒くさがってしまうのも間違いなのだと知ることもできた。

 

 だが面倒くさいと言う感情の裏には、自身に由来する複雑な思いもあることは否定できない。

 

 検査を始めて期間2日目ばかりのこと──その他の日はおおよそ人に会ったり情報をある程度発信したりと、ただ具体的なことはシラギクに任せる他はなかった──曰くダンジョンに眠るエネルギーを蓄えた『輝晶石』の力を纏い使うでもなく、またはそれが体内にあって生み出されたものでなく、未だ自分の体に眠る謎を解明できない事に焦りを覚えているのは。

 

(黙って聞いていられないとは、よく言ったと言いたい気分だ)

 

 なによりも同じ種類の仲間が、恐らく何らかの方法で人間社会に飛び込んで、今もなお己の日々を暮らし続けているのだろう。

 人目をしのぶのかそれとも堂々としているのか、半端に捨てきれないのか極端に振り切って忘れ去ろうとするのか、そして彼が現れたことによって考えも大きく変わっただろう。

 

 それまでの生活は必要なのか、幸せだったのだろうか、もしもその幸せを自身が奪ってしまったのではないのだろうか。

 その考えだけが彼の中で支配されていき、すっかり……白騎には分からなくなって、参ってしまったのが立ち尽くしている。

 

「綺麗やなぁ?」

 

 その横にすうと現れたシラギクはどこか不機嫌そうな、というもののここ近頃の会う人間の水が合わないらしい、彼も良くわからないなりに良くわかってしまったのはある一人の人間がまだ頭に浮かんでいるからだ。

 まだ一週間も経っていないのでシラギクの事を全てわかったわけではないが、それでも白騎は彼女の苦労と言う物をある程度理解しようと努力しているだろうし、自分で出来る事はとごく自然に彼女の負担を背負っているからでもある。

 

(今日も人にも会う。まだ忙しい、そうだろう)

 

 だが人は人でも、それが眠っているとは分かるまい。

 それも……永遠に。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 本来は華々しい話でもあるはずだ、無論影響は大小違えど無視できないがモンスターの脅威そのものや探索者らによるオーバーツーリズムににた治安の悪化、頭の痛い現状からは確かに逃れられる。

 誰も彼もが憂鬱な表情をして、こちらに向ける目は戦々恐々としており、或いは喜ばしいはずなのにそれすら出来ない複雑な感情の顔ばかりが連なっていた。

 

 喜びよりも悲しみが勝っているからだ、得た未来よりも失った過去が大きすぎるからだ、善悪すら越えて塵に還っていき生きる者が生きていないからだ。

 下手すれば遠く演説と言う名前の慇懃を垂れ流している役人達の中にも、そういう目をしているのは確かにいるのだから。

 

 さて数百という人間が集まって待っているのは、『閉鎖式』という公的な宣言である。

 ダンジョンが機能を停止し土壌がサンプルと同質になった事を確認し、地鎮祭共に執り行われること。

 

 ダンジョンは種別問わず国有私有共に執り行われるのが前提で、しかしそのようになったサンプルがまだ少ない現状である、それに安全が確保されたという状況がだいいちに求められることであるため、基本一月程度の期間が空くことはまたこれも珍しくはない。

 今回に限って言えば、ありえなくはないが明らか早すぎるが、言ってしまえば立地の関係である────こうまで都市圏に近いダンジョンはこれ以上は日本にはなく、だからこそ機敏に動けたとも言える。

 

 さてダンジョンの終わりを目撃したのならば、その逆の始まりも説明しなければならない────すわなち『沈降』と『隆起』。

 

 だがざんねんながら現段階でも、明確な発生予兆と原因の特定と観測は未だに出来てはいない、だが第一点から土壌の著しい変質と晶輝石の生成が爆発的に広がり、その速さはおよそ1分で数haを汚染し作り替えてしまう。

 当然そんなことを行えば地下と地表に向けて変質の浸食は進み、やがてはむき出しの晶輝石のエネルギーと共に上へ向けて発揮される────その時、まず地上にあるものと地下に生成されたものが一緒くたに()()()()()()()()

 そう、その混ぜ返された地表層の晶輝石のエネルギーが更に沈殿凝固することによって、動植物相の急激な変化などを伴って結果空間が発生し、これがダンジョンが発生する一連のメカニズムというわけだ──無論これには一部例外があるというがそれはさておき。

 

 すなわち都心部にほど近い地域にダンジョンというのは、あえて言うなら『陸津波』に巻き込まれた人間もいるということだ。

 比叡山は観光地、戦えない人間がどれだけダンジョンが生成された時に巻き込まれ、よりによって相当強化された自身よりもはるかに強いモンスターの出現も相まって、一体どれだけの人間が地獄を見て死んでいったのか。

 

(……これを、一身に受けていたとしたら……)

 

 総数百余人、センサーに映る表情はどれも良いと言い切れない表情、誰もダンジョンが、探索者が、イレギュラーが────自分の事が嫌いなのだと白騎が察するには十分だった。

 彼らは誰一人としてこれまで見たことのない人間だった、そしてこれからもきっと見ることはないだろうとも、白騎は思わざるを得ない。

 

「うちらぎょうさん果報者どす、人の目慣れとくえ」

 

 シラギクの冷たい目と冷たい声、冷たい空気と冷たい風のせいではない、

 彼はきっとシラギクはああ言う視線が滅茶苦茶嫌悪すると言うのを、この1週間ばかりで何となく察する程度の能力は身につけられ、かつ()()()()()()()()()()()()()()と言われている様な思いに染みる。

 

(そうか……)

 

 四角く整列している椅子座席の向こうの列の視線だけだろう、どこか含むような視線を向け続けているのは、それでもどこか値踏みをしている視線を今なお向け続けている。

 それがどれだけこちらにとって気休めになるか。

 

「────我々は忘れません。今変化しつつある過去は、あなた達の悲しみによって作られた、あり得るべきでなかった悲しみである事を」

「……聞き心地ええでっしゃろ」

(どの様に受け止めても、か)

 

 誰かがその言葉の意味を知らずとも、そして真意を知ってでも。

 頷き、悩み、堪えて、泣いて、昏い影は昼間にも関わらず誰彼にも落ちている、幾千人の影がゆっくりと生き残った彼らの背中に落ちていく。

 

 ところで白騎の視界は先ほどからずっと一点を見つめている、壇上に上がって椅子に座っている一人の小さなおじさんの、感情が行き過ぎて無為になった姿である。

 その四肢は既に作り替えられている、彼はかつて妻と子と親を喪ったという。

 

 鉄の手はもう温もりを知らず、ひたすらに念仏を唱えるのみだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

(指についた灰が取れない)

 

 白騎は真っ白になった灰が指先にくっついてしまっているので、彼はそれと格闘しなくてはならなくなった、他の人がやっているようにすると色々不都合があるという事も学んだようだ。

 独特の香りが付く前に払い落とそうと努力していると、突然暗い空気に似合わない幼く元気な声が、彼の足元から聞こえてくる。

 

「ほらお母ちゃん、あの人やろすぐわかったわ!」

「アカネー! きちんとお礼いいやぁ!」

「おおきいん、久しぶりやなあ!」

 

 あれは花冠をくれた彼女である、流石にこの雰囲気に合わせて新しい黒いワンピースを着させてもらっているようだが、それを見つめる白騎ですらこの衣装に対して何と言っているのか想像に難くないのはどういうものか。

 すぐさま視線に合うように片膝立ちになって、今になって知ったアカネという名前の彼女が話してくれるのを待っていると、おもむろに肩掛け鞄から取り出したのはシロツメクサの花冠。

 一点だけ明るく目立つ色の黄色い鞄と同じくらいに白く輝いて見える、きっと先ほど作ってくれたものだろうかと、白騎が思う間もなく彼女は話してくれた。

 

「花輪もうもってへんやろ。あの日いたってんでお父ちゃん呼ばれたんやけど、うちはみんなピンピンしとるからや、つまんなおもうてこっそり抜け出してまた作ってきたで」

 

 なるほどと、彼女の親切心なら無碍にできやしないが……ストレージという概念と電気保存という芸当を覚えたから、花冠を彼はまだ持ち続けているのだ。

 同じシロツメクサの花冠を大切に、少しくたびれているようにも見えるがまだまだ元気そうだ。

 

「ええ、持っとったん? ああ電気でどうにかしたん」

『だからタブレットもある、もう困る事は無い、と思われる』

「便利やなぁそれ……あと固いなぁ……」

 

 そしたらいらへんなと改めて頭にかぶり直した彼女は、露骨であるがその表情は何処か残念そうと言いたげなだけ、この光景を目にして肝っ玉が据わっていると白騎も思う。

 だがすぐに少し思い詰めて様な顔をして、まだつうと昇っていく紫雲を見つめて、先程の発言を改めるような台詞。

 

「いや、言いすぎやわ。ほんまはありがたいことなんやって……うん千人とか、そんなに死んだん、さっきみたいなこと言ったらダメやな」

 

 誰がための(いしぶみ)はまだ後日立てられるだろうが、そこに記される名前も数多くある。

 隆起によって巻き込まれた人間、モンスターによって殺された人間、道に果敢に挑戦して道半ばで潰えた人間、それでも人はそこに住まい果敢に挑み、そして繰り返される。

 誰かがこれを『ダンジョンハイ症候群』と呼んでいた────きっとその言葉が生まれ生き残っている事こそが、人間の理性がまだ踏みとどまっている証拠だろうとシラギクが言っていたのを、あるいはそれを受け入れていくし蟹という諦観も理性だと教授が囁いていたのを。

 

「……便利になったけど、やりきれへんわ……巨人さんもそう思ってくれるん?」

 

 少なくともこんな小さな子が──例え少し()()()だったとして──こうまで卑屈になってしまっているのは、理解する自分ごと傲慢な考え方に厭な気分になるようだ、白騎は姿勢を少し崩してその場に座りこんでしまう。

 ここから少しだけ離れた場所には以前この子と出会ったピクニックに向いているとも言えるあの広場が見えていて、元々ここには一本の木が侘しく建っていたはずだが今はそこにはない。

 

 彼がタブレットを手に持っていたのを無意識に戻してしまったと同時に、彼方から催促が聞こえれば、跳ねるようにくるりと振り返ってみれば彼女の親がじっと立っている。

 

「そろそろ行くよ~!」

「……あっ、呼んどるわお母ちゃん。巨人さんまたな!」

 

 とても深いお辞儀をして走り去っていって、そして遠くで見守っていた父母二人もまた軽く会釈して早足で帰り道につく────その後姿に白騎はどこか安堵を覚えて、先程から突き刺さっているはずの人の眼すら気にならなくなり始めたころ、遠巻きに見ていた群衆の中から一人の人影が歩み寄ってくる。

 ぼんやり考えていることもあったからか、それが誰かはすぐには解らず、シラギクの選んでいたメディア関係の人だろうかと思いつつ、俯いていた視線をゆっくりと上げてみれば────。

 

 

 

 

 

「す、すみません!」

 

 

 

 

 

 今日は人に会うだろう────自戒の意味をも込めた独り言ちが、こうして返ってくるとは思うまい。

 

(! まさか)

「覚えて……る?」

 

 彼が忘れているわけが無い、初めて出会い助けた人、後々になってアイドルという人種と知った人、彼女を助ける事が自分にとっての大きな契機であった────幻覚などではない『白露若菜』がそこに立っていた。

 

 だが思わず誰かが仕込んだことかと白騎は辺りを見渡して、すっかり邪推を始めてしまう──気が付く者こそ少なけれど、その誰も驚いたような顔ばかり、いやまさか彼女が彼の事をある程度耳にしているとはいえ、こんな真似は無粋だと思われてそんなことしないだろうし、ましてそんな真似をさせやしないだろう。

 勿論随分と期間は空いていたはずだし、公共交通の健在さを鑑みれば別にここに来ること自体は出来るだろうが、などと。

 

 それに彼女が白騎に対する態度も、邪推の念に捉えさせるのを由としない。

 アイドルの文字がどこに行ったのやら、或いはあの日から他者に指図されるまでもなく、己の立ち位置や弱さに考える日もあったことは、彼の存じない事だがどこか思わせてもくれるほど臆病にも見える。

 

 いやしかしこれはどうかと事情を知れば、態度も受け取り方も変わろう。

 何せ真実と言うのは、配信で起きた事故をきっかけに活動までうだうだ自己について悩んで、その最中に活躍の一報が関西から飛んできて、ならばと押っ取り刀で駆けつけたはいいものの、所詮偶然にして命を拾ったほんの少しの間柄なのになどと考える様は、まさしく同情以前にいかがなものかと言いたくもなる。

 

 だから暫し目の前の大きな影からの答えを待つ彼女は、まるで気まずい気配に襲われてしまっている。

 

「あの、さ……あの日のこと、ちゃんとお礼言えなくて」

(……)

 

 さてお互いしどろもどろ、白騎だけはタブレットを出現させる事は適ったのだが酌み交わす言葉が出てこない、このままでは暮れるまでこれが続くのかと思われる最中────。

 

 

 

 

 

「ヘイ!」

 

 

 

 

 

 突如溌剌な声が聞こえてくる、彼女の後ろからだ。

 

 そこには見慣れないブロンドの女性が立っている、明らかな日本人顔でも出で立ちではなく喋り方には努力が見える、だが誰でも彼女の特徴として覚えやすいのは彼女の瞳だろう、金色と青色の二色が入り混じって輝いている両瞳。

 白騎はそこに妙な違和感を垣間見ていた──それが自身を見定めるような目を明らかにしているという事を除いても。

 

「え、え? ジェーン!? いつの間にいたの? 太平洋側の直行便はまだ……」

「北側のダンジョンが退()()()()()()からヒースロー経由で来れたの、ハワイに人がいなくなっちゃったのは知ってるでしょ。ところでそこのトランスフォーマーかハルクバスターは日本語で大丈夫? ニューヨーカーの話し方には慣れてる?」

「それは多分……大丈夫だと思う。話しかけられることについては」

 

 ジェーンなどとと呼ばれた彼女であるが、ズケズケと分け入ってくる事をワカナは許している間柄、恐らく彼女との深い関係者であるだろうと白騎は簡単に察する。

 

「ねえ、私この人に興味湧いちゃった! ちょっと話してていい?」

「えっ、別に……いい、けど」

「オゥケィ、アンタ結構信頼されてる! ゴメンねワカナちゃん、ちょっとこの人借りるから」

 

 さて陽気なノリとともに引きずられていく思いで、親指を指された少し離れた場所へと赴く彼は、一方でどうなることかと思う。

 全く明るい振る舞いは特に変わらないままに、そしてやや足早の彼女の背中を追いかけ少しして振り向いたのをみるや否や、素早く自己紹介を簡単に済ませたかと思いきや。

 

「とりま三つだけ言いに来たことがあるの、まず私は『ジェーン・メリッサ』って言うんだけど。これでも彼女の親友なの」

 

 第一に感謝の言葉を投げかけてくれるどころか、深々とお辞儀をされて。

 彼は少しばかり、面食らった。

 

 

 

「つまり──ワカナの事、助けてくれてありがとね」

 

 

 

 真剣な表情がとても似合わないとはレッテルになるだろう、その言葉より酷い言葉を投げつけられても振り切ってやるとばかりのジェーン、誰よりも一番に彼女のことを考えてくれているという親友の言葉、そこに嘘偽りは無さそうだ。

 

「あの子って探索者(シーカー)でアイドルになったのよ、とってもあの子らしいけど……ちょっと不安なとこも私は知ってるのよ。だから……もしあなたが助けられるなら、なるべく助けてあげて。アタシは本当はニューヨーカーティーンだし」

 

 その様に言われなくとも、と彼は簡単に頷き返したのだが、それに対してジェーンは簡単に宜しくと返してはいるが。

 だがそれはあまり無理もないこと、ワカナだから守るのではなく誰でも関係ないという彼自身の思惑に関しては、それはまだ誰にでも知られているわけではない、特に海を渡らなくてはならない彼女にとっては。

 

「それで2つ目。これ北アメリカ流の『ハウトゥダンジョン』、いわゆるガイドブックっていうやつ、アイツらについては私たちは何も知らないけど、ダンジョンについてはアナタは何も知らないでしょ? 感謝のしるし……というには随分チープだと思うけど、どうか役立ててよ」

 

 ……彼はこのパンフレットにしてはとても分厚いが、専門書などの書籍にしてはやや薄いページを何枚かめくって、国々でとてもダンジョンに対する脅威や立ち位置がとても異なっていることをすぐに学べた。

 だが本命はその裏側に書かれた手書きの『Whats』という文字とアカウントらしき記述、役立ててとはそういう意味なのだろうかという言葉は、彼も知らず知らずのやや迂遠なアメリカンジョークであったわけで。

 

「じゃあ、最後に。こっから話はキッチリ変わって、んでもってこれは()()()()()()()本当に来た理由なんだけど────」

 

 瞬間、そのノリすら吹き飛ばしてしまえるような気配が彼に襲いかかる。

 

 

 

 

 

N()S()A()の大統領があなたに会いたがってる」

 

 

 

 

 

 きっと人間と同じ顔をしていたら見ていられないほど強張り、誰もが慄くほど感情を張り詰めた表情を浮かばせ、彼女をじっと見つめていただろう。

 だがシリアスに満ち満ちた妖精の双眸はもっと恐ろしい、彼女が型にはまったブロンド女子と言うことを一瞬で忘れさせてくれるほどに、あの笑顔から急変し固く結ばれた唇が誰も張り詰められるように。

 

「でも少しだけ同情しちゃうって言うの分かってほしいのよ? あれが元USAでも堪ったもんじゃないことくらい、そこまで鈍くはないでしょ? 知らなかったらゴメンだけど、ダンジョンが現れただけで内戦(シビルウォー)巨大隕石衝突(アルマゲドン)もせずにアメリカ大陸はボロボロになったのよ……現況は西部開拓時代より酷いって誰でも言えるわ、時代が進んだからまだ誤魔化しが効いてるだけでね」

 

 あとファイナル・デスティネイションは起きたけど、と付け加える彼女の横顔は寂しさではなく、ただ怒りの色を称えている────白騎が何故の意味を含んだ文字を投げかけるのは、すぐの事だった。

 

『君は何者だ』

「ただのお使い。あたしくらいの探索者(シーカー)なら色々信頼されてるの」

 

 その言葉は真実だろうかと疑う目を白騎はしていたのだろうか、まあどこか冗談交じりながらであったが、その視線を指摘しつつアメリカの現状について簡単にに説明づける。

 次いで出てきた言葉の端端に悲壮の光景はありありと浮かぶものの、彼女はなぜかそれが何処か納得いっている様な語り口にも思えるのは、白騎には直ぐに解る事も察することもできない。

 

「それともスパイかなんかって思ってるの? FBIはもういない、だけど請負人も現れない。アメリカは陰謀と繋がらなくても、隕石やエイリアンが降り注いでこなくても、一つだったものが二つに、そしていくつもに分かれていって……十何年かけて急いでるみたいに、そしてゆっくりと……分断したのよ」

 

 だが彼女が言葉少なくとも語った状況に、自分が立っているこの国はもしかしなくとも()()恵まれているのだと、察してしまうことはできた。

 1週間ばかりのんびりしているわけにはいられない白騎は、この日本に関する情報は片っ端から入れることはできたが、国際社会に関するものはまだ入ってはいない。

 そう言った意味では彼女はとても誠意的であった。

 

「だからアンタがサムになってくれるって本気で思ってるみたい、アイツは今でもアメリカを一つにできるって本当に考えてるのよ。それが良いことかどうかは知らないけど、私そういうのキライなの。自分で何とかしなくちゃ、()()()()()アナタみたいにね?」

 

 ────だがそこにある理由は我というより、個というものがはるかに強い有り様。

 反骨心では言い表せない強い視線に、白騎は否が応でも釘付けになってしまい、人間の魅力というものを強く感じさせてくれたのだ。

 

「だから……()()()は任せて、ね?」

 

 ある意味では縋るような話ではあるが、自分で動こうとしないの状況と、色んな意味で手が出せない状況とでは何もかもが違うだろう、白騎はメッセージを短く打って彼女に見せると、顔を少し頷かせて肯定した。

 

『頼む』

「……オッケー」

 

 さてとと切り替えして用事を済ませた彼女は、手を軽く振り替えしてから早急にワカナの下へと足を向けていくと、チラと白い機体に視線を向けてから会話は始まるが話し込む事は無い。

 

「突然時間とっちゃってゴメンね……意外とシッカリしてるわよ、あのマシーン」

「……ねえ、ジェーン。偶にあなたが羨ましく思うのよ……助けてもらったのにどうしてもお礼が言えないなんて」

「言葉に詰まるのは、まあスーパーボウルに出れそうなくらいガッシリしてるからね」

 

 濁した言葉にユーモアもあるが逆効果なんじゃないかと思わせ、苦笑させるワカナの心は少し解けていけば、その様子にジェーンは彼の下へと送り出してやるように視線と首を動かした。

 

「もう行くの?」

「しばらくはここにいるから、混んだ話はまた今度。今は彼と……それじゃお邪魔したわ、バーイ!」

 

 あっさりと踵を返してその場を去っていくジェーンの背中を、幾人かのパパラッチらしい人物が追っていくが、それはどこか彼方から飛んでくる威圧によって制圧されてしまう、すぐに掌を追い払う様に振ろうとした彼女も驚いて後ずさりするほどに。

 その光景を見て少し竦めたワカナは、ここでじっとしてばかりも失礼なはずだから、ありがとうねと誰にも聞こえないながら短く感謝を告げて、ジェーンに学んだ明るさと強かさを保って白騎の下へと赴く。

 

「……用事は済んだ?」

 

 生意気とも取られかねなかった口調、そしてようやく聞き覚えのある口調に、その方が()()()と思う白騎は特に気にもとめることない。

 去っていく綺麗な金と青の瞳のウインクを受け取ってから、足元にいる女性に短いメッセージをタブレットで送って。

 

『済んだ』

「それは良かった!」

 

 さて改めて、お互い本当はするべきことがあるだろうと、彼女は率先して彼の手本となってくれた────彼の目的も知らないが、それはどこであっても当然のマナーとして、そして感謝として。

 

 

 

 

 

「どうも。私、白露若菜(シラツユワカナ)と言います、よろしくね!」

『白騎、と呼ばれている。よろしく』

 

 

 

 

 

 傷ついた人間は何とか前を向くことができたが、いやはや、とも言うべきだろう。




一旦区切り。
次回に続く。
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