転生したらダンジョンがある件について   作:中里悠太朗

14 / 14
本当におまたせ。


第十三話 闇雲に急げ/暗闇を惑い

 2011年────世界は一度吹き飛ばされた。

 

 文字通り大地は荒れ狂い魑魅魍魎は跋扈するダンジョンを前に、諸人は非現実を前に無力を覚り、国体はどの大陸に於いても急速な変化に置いて行かれない事で精一杯であった。

 四半世紀遅れの世紀末、その言葉はある種の慰めにして怒りをも呼ぶが、全く端的に世界情勢を言いあらわす言葉はないだろう。

 

 だが人類は、というより個々人の単位になってくると……まあ良くも悪くもしぶといものである、世界が変わるのであるならば自分が変わらなければならない、彼等は見事それに倣ったのだ。

 その中から更に生まれるもの、生きとし生きるものならば食べれないはずがないと包丁を振るった男がいた、誰もが無謀に挑むならば私の仕事も絶えないとダンジョンに潜る医者がいた、そのエネルギーを使いこなしてやると言って憚らない女がいた、ある者は、そしてある者は……。

 

 つまりは何も変わらないわけでは無いが、ただ正しい努力は無駄にはならないという常識だけは変わらなかっただけのお話。

 そして正しくはない努力を行ってしまうという事も、また不変であって……。

 

 

 

 

 

 

 

《he》

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい」

 

 顔まで全身真っ黒の衣装の二人組が藪の中、辺りを警戒しながらも躊躇いなく進んでいく、物盗りのようにも見て取れるが実際その通り、彼らは違法の探索者である。

 ダンジョンに潜るものを探索者と言う、冒険ではなく漁るためでもない、すなわち未知に対して既知にする為に行く謂わば専門職でもあるわけで、これは個人の印象操作には限界があっても立場そのものが辱められることは無いのは幸いであった……その筈なのだが、どうしてもこういう輩は出てきてしまう。

 

「経路はこっちだよ!」

「おおっと、暗くてよくわからねんでさアニキ。スキモノって奴だよなあ、こんなとこ来るやつ……」

 

 ダンジョンに眠る未知は、またはそれが既知であっても人が惹かれるもので、その代表例たる『晶輝石』とはエネルギーである。

 つまり高く売れるし売れなくとも使いようはある、無論基本的に監視の目は飛び探索者の技術を得た守衛は立っているが、目を盗んでの技術も進歩しているイタチごっこは続く。

 

 それは理由の一つとして、何時だかに探索者としてはドロップアウトした人を見たが、あれは正直な所レアケースと言ってしまってもいい。

 基本的にはロクデナシになって、そういう悪いものに意図してなくとも技術は流出してしまうからだ。

 

 そしてこの二人組もその例に漏れない、と言うことだ。

 

「ここにゃ裏で売って困らない石が山程転がってる。どれだけ目があったとしてダンジョンはダンジョンだから、転がってきて握れたチャンス、みすみす逃してたまるかよ」

「そりゃそうよアニキ。俺たちゃ、バカでこんなとこ入ってやるほどバカじゃねえからな! いや入ってるからバカのかい……?」

「静かにしろ……あと堂々と言うな、堂々と」

「……泥棒だからですかい?」

「やかましい!」 

 

 彼らがぶつくさと言い合っている内に歩いて広がる景色は、どれも全て倣ったような規律正しい四角柱が等間隔で連なっていて、柱の高さは全て12.8mで揃えられているから、それが遥か奥がぼうっと黒々開けていて身もぞぞろ。

 閑居を思わせる先をじっと2つの影が油断ならぬように睨みつけながら、懐から取り出した香しい赤い液体を、顔と手とに塗りたくってからそっと足を踏み出したその時────。

 

 

 

 

 

 その横を巨大な影が、つぶらで冷たい瞳がじっと見つめている。

 

 

 

 

 

 身の丈4メートルを超す四本脚の獣、見てくれはライオン()()()()()、静かに波打った鬣から何故か熱気と冷気を入り混じって、湿って粘つく殺意を振りまいている。

 ライオンと称するには顔形ばかりが優先されているだけで、身体には鋼のような鱗がびっしりと生えて、爪はしまう余地もないほど長く伸びて黒く鈍く輝き、毛深い鬣の合間から十二の蛇首が覗き、尾っぽ鎖で繋がれた棘付き鉄球。

 

 これは確かに敵性体というより怪物(モンスター)に等しい存在だが、ただの敵性体ではなくモンスターの血肉を貪って体を変質させる、そういうものは大抵()()()()の尊称を称えられる、そしてこれも『C005-E-22 キマイラ』である。

 存在するだけでも脅威となりうるはずのそれは、確かに己より小さなものが目の前にいるはずなのに、まるで()()()()()()()()()()()彼らをじっと見つめていた。

 

 その様子を見て男二人はホッと一息ついて、先に行きつつ独り言ち。

 

「血まみれだよ、お前さんらのな……」

 

 エネルギーの採嬢という人の出入りするところに、こんな危険なモンスターが闊歩して、それはいわばテイマーと呼ばれている人物が国の子飼いにされていて、尚且つ人に依って個体を制御できることを周知されている。

 

 ならばその対策もまたあるということ。

 

 血中に含まれる寄生虫から発せられる匂いによって同族食いが行われない、というところに目を付け血で身体中を真っ赤に塗りたくった成果は上々。

 虚空に何かを探す二十四の瞳を後目に、静かにかつ悠々と歩く蛍光に照らされた影二つ。

 向こうの影もキメラだし、反対で呑気に寝ているのもキメラである、あいかわらず先ほどの個体は宙を仰いで虚空を探す素振りしかしない。

 

 こんな間抜けな光景で説得力は皆無だが──ただ実際のところ、キメラの血というのは法律によって廃棄方法など義務付けられている、入手困難な全くの劇物。

 またキメラそのものが、適正lv50と言う……要は探索者一日二日で挑むなんてというどころか、ベテランなどと呼ばれている連中ですらまず戦いたくない非常に強いモンスター、ただの人間では逆立ちしたって勝てるわけがない。

 

 またキメラの特性である『悪食』、それによる個体の厳選によって出来る、脅威への対費用効果は確かであり。

 つまり監視カメラの類などを、スキルの一つでどうにでもしてしまう、探索者崩れなる連中を想定されている。

 ダンジョンによっては機械に頼る事自体が出来ないものもある為、番犬ならぬ番のモンスターというのは信頼も需要もある、というのが前提。

 

 そんな一体何者かと問いただしたくなる彼らが、ついに採掘場と化したダンジョンの第一層の最深部へとまんまと辿り着いてしまうのである。

 彼らが仰ぐは電子錠に改造しようにも敵わなかった、頑丈で巨大な未知の素材の門の鍵穴に、これまた特殊な素材のピッキングツールを難なく突っ込む。

 

「誰も来てねぇでさ、急ぎましょ」

「今やっとるわ!」

 

 ガコンと大きな音が一つすれば振り向くいくつかの影だが、相変わらず何が起きているのかだけは悟ることはできない。

 まんまと入ることができて、後はもう作業場に直通している空間なのだから、全ての機械が動いていない人っ子一人いない真夜中、警備員がまだ巡回していない頃合いにはやりたい放題。

 

「よし……引くぞ」

 

 引き戸を両側からゆっくりと開いていく、重々しい扉であるから図らずとも少しずつ静かに。

 次の巡回まであと5分程度のことであるが、手慣れた作業に抜かりはなく十分な量を盗み取ってしまうくらい出来るといきんで、輝かしいお宝の目の前に一歩踏み出したらば────。

 

 

 

 

 

 その前を巨大な影が、じっと向こうを見つめて仁王立ち。

 

 

 

 

 

「!!」

「あっ、が、つ……!!」

 

 思わず二人は声が漏れそうになって、即座に扉の影に急いで隠れつつ、お互いが間違いなく信じられないものを見たと言う視線が交差して、今度は扉の影からそっと顔だけ出してみる。

 

 だが全くの気のせいでも幻覚でもない──鉱石エネルギーからの発光から見るシルエット、特徴でもある肩を怒らせた様な大きさ、頭からは二本の角が伸びて、プロポーションは立派な逆三角を思わせるものの足元はしっかりとした形状。

 程よく力を抜いているようにも、または何かに備えているかのように構えているようにも見えてしまうだらりと下がった腕、こちらに気がついてすらいないのか、或いは気がついていても気にしていないだけか。

 

 ともかく彼らにとってはあってはならない異常事態、対処できそうもないから二人は開けた扉の影から動けず、入り口の隙間を挟んで相談事となる。

 

「なんすかアレ! どうするんで?」

「しっ……困ったことになったのは確かだ、だがコチラだって透明化くらいのやりようはある。相手がどうしてかここに機械を連れ込んだとしても、ロボットの技術はまだ未熟。段ボール1個で簡単に騙されるくらいだよ」

「……んで、どっちが行くんすか」

 

 失言に返すのは脅しだけだと、すぐキッと睨み返した彼らの間柄もやや思い浮かびもすれば、さてこれまたお決まりのようにマズイ顔を浮かばせて、不満たらたらな足取りで向こう側をまたそっと覗かせてみる。

 だが何度見ても気が付かないのか、気にしてすらいないのか分からない、だが全くもって微動だにしないのは確かな光景。

 

「ホントに大丈夫なんすかね、何かあったら」

「早く行くんだよ!」

 

 巨大な影の真後ろに突き出されたのは弟分の方、わざわざ折り畳まれたブランケットを抱えて怯えているが、一息入れた途端素早くフードの上から更に頭にかぶった。

 そろりそろりと歩く気分は複雑である、前代未聞の相手に怯えるのか、宝物を目の前に舌なめずりか、とにかく強気になって唇を噛みながらも目標へと近づく。

 

(いつも貧乏くじ引くんだからこういう時ってなんか当たるんよなぁ……)

 

 心は弱気だ。

 

 事が起きる前提で左手に握っている刀と汗ばんだ右手で支える段ボール、何の足音も駆動音もしない、チラと見ればコチラに見向きもしない、何とか上手くやっては行けているようだとホッとして。

 それでも足元にまでは近づかないように、それはとっても用心を重ね。

 

 

 

 

 

 

 

 突然に彼に向かって巨人が飛び出した!! 

 

 

 

 

 

 

 

 何と叫ぶ暇もなく男は覆いかぶさられた、相方がやられたと思い込んで咄嗟に不味いと踵を返して猛ダッシュ、無論それは出口に向かって。

 裏切られたとも仕方ないとも思う弟分の哀れな目は、遠ざかる背中をじっと見つめて──そして吹き飛んでくるキメラのバラバラに砕け散った残骸たちを! 

 

 信じられないと思う間もなく大きな影がもっと覆いかぶさって、まるで外の何かから守るかのようにされていて、外からは金属とか石材とかがそこら中に衝突する音しか聞こえない。

 だが何かが起きていると悟ることくらい彼にもできて、自分でも兄貴分でもどうしようもできないのを、ただその兄貴分が無事であるのを祈りながら、必死にブランケットなどを握りしめて強く祈っていた。

 

 やがて勢いが弱まったかと見てかすっくと立ち上がって、相貌を輝かせる者は既に白光の彼方にいるだろう、何かに向けて駆け出していた。

 しかし輝きの後は直ぐ暗闇だ、非常灯すらつかない空間の中でどこに誰かいるかなど分かったものではないのに、何かを感じ取って白く巨大な影は両腕の剣を振り上げ、激突! 

 

 だが音は鈍くまともに当たったとは思えない、それはまだ恐怖に身を塞いでいる男も思うと、すぐさま何合かの剣戟が振るわれて影が遠くなっていく……。

 

(……助かった?)

「お前、そこを動くんじゃない!」

 

 その後入れ替わりのように飛んでくる警備員が、きっとこの人たちに迷惑をかけないように、別なところで戦いをしているんだど思い込むようになれば、即座に身柄を確保されてしまっても彼方を見つめるしかなかった浅黒の男。

 

 その時男がふと思い出すのは、確か先週だか先々週だかに現れた、モンスターともイレギュラーとも言えない巨人が現れたなどという噂を。

 確か『白騎』などというシャレた名前をつけられたもんだと言うのを、なぜかたった今思い出して。

 

(あれが、そうなのかよ?)

 

 とっくに汗ばんで血の化粧が落っこちてしまった顔にも気が付かないまま、兄貴分はどうなってしまったかなんて気にもしないまま、白い軌跡をじっと見つめていた……。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

(どこにでも現れると聞いて、他の人達は……逃げてくれているか!)

 

 気絶した足元の彼もまた慌てて引きずられていくが、その背中を容赦なく狙ったヴァンドールにサンダートを発射して撃破しつつ、亡骸と地面の合間から繰り出してくる背後の気配は、ゆうらりと白騎を振り向かせるに値した。

 

 だがすぐに残像も現れるほどのスピードで地面を切り出して、柱の隙間を縫うように地面を奔る影、時折走る攻撃の閃光には当たる気配もない。

 

 もう彼らの攻撃には慣れたのだ、幾らかの戦いまたは戦いにすらならない経験を以て、どのように爪を振るい、どのようにビーム砲を放つのかなど既に手品はバレている。

 

 だから無理やりに近づいてくる敵の手足が光る前に、光る剣閃が彼らを真っ二つにして、更に攻撃の構えを見せた隙をガウスガンの弾丸が貫いて涼しい顔。

 突如その場で回し蹴りをして、踵をめり込ませた先にいたのはやはり背後から迫っていたヴァンドール、地面を片足で蹴って膝を突き刺した! 

 当たったらこの敵のようにただごとではなくなる。

 

(……ポーン、ポーン、そしてこれも)

 

 そして膝から引き抜いたのが最後に現れた敵であるが、彼の求めるものは居ない、影も形もない。

 

(ここでもない、か……)

 

 白騎が地上に現れ、あの事件に見舞われてから既に2週間が経とうとしている。

 

 世間は全てクリスマス一色に染まるが、そんな文化すらわからない彼は、この間ヴァンドールとそれを率いている存在を追って、全国各地を──巡る前にその存在に出会ったはずの軌跡などを辿ることになる。

 無論と言うべきかある程度の待遇と監視の目を過剰に付けた状態で。

 

 敵の正体が以前として不明瞭であり、なんなら味方の正体ですら不明瞭という事態、或いは彼が新たな敵性体(モンスター)であるかもしれないという疑惑──それ以前に6メートル20センチの巨体が高速で動くこと事態が被害に繋がりかねないから、寧ろ実地に赴く機会があるということ自体が、恵まれていると言われてもぐうの音も出ないのである。

 

 だがかの恐ろしい影はどこにもいなかった、或いはその異空間に通じる入り口すら見受けられなかった。

 

 箱根に至ってはダンジョンすらない、その前兆すら見受けられないのにどうしてという結論を聞かされていた、その白騎もまたまさかと思ったがやはり何もなく。

 後日、急遽幻惑耐性のテストを受けさせられることになったまた別の話。

 

 さておきイレギュラーとは言い切れぬ微妙すぎる立場と、モンスターとは一線を画す戦力を目の当たりにして──無論彼の活躍や柔軟に動いてくれている、或いは誰かのお陰もあって、場所も明かせない重要施設にも赴いて戦っている。

 

 だが、その成果は非常に芳しくなく。

 

(……焦りもする、もう巻き添えを食らった者たちは、いる……)

 

 遥か彼方から大慌てでやってくる人々を一瞥して、一人思いそして考え込む姿がやや重苦しいのは、表情がなくてもありありと伝わってくるよう。

 無論彼もここまで慌てる必要はないと言い聞かせ、そして何度も言い聞かされているのだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 一晩どころか数時間も空かずに帰ってきたのは京都は伏見某所、外はすっかり雪景色に見舞われることも珍しくはないが、ここは何の変化もなく紅葉が見舞っている。

 そして過ごしやすくも少しばかり涼し気な気配も。

 

 白騎はこのような場所に今は間借りしている、居候とも称していいが、ともかく彼女が様々なところに工面してまで面倒見てくれるということは、どこにとってもありがたい事なのだろうし、一方でこの立場が快いものでもないと分かってもいる。

 時折彼女以外から来る痛々しい視線を浴びながら──と、白騎は見飽きない紅葉の景色を見つめながら思うと、くだんの彼女が寝間着姿でゆっくりと歩いてくる。

 

「はばかりさんどす、ほんで具合悪うなるなら横になはって」

 

 そうも行かないと首を振るばかりで、それも力無くあったから、この狐耳の小娘でさえちょっと小突けば倒せそうとも思わせた。

 彼女の言葉にならうように、だが外聞なんていうものを気にしてか体育座りになった白騎、ますます思うようにシラギクは瞳を細めていった。

 

「……次動きはるんはもう暮れで雪深いから、越してからになります」

 

 何を言い出すかと思えば、白騎はそう言えばと忘れていたかのように覚えていたのは、ダンジョンにはシーズンがあるのだと。

 

 山、海、花や個々人、機械に至るまで────つまり業務興行問わず、自然にも人工にも関わらず時季は存在する、昨今は折からの自然環境の変動とダンジョン由来の変化もあってバランスは崩れたりしつつも、概ね閉鎖されたり開催されたりと言った期間など設けられているのは間違いない。

 

 そしてそれはダンジョンにもある、というだけの話。

 少しファジーな言い方をするなら、モンスターの凶悪化が進行する、猛暑猛寒による健康上のリスク増大、環境的にそもそも探索が困難を極めたり、中には祭事により侵入厳禁などという例もある────よくよく考えれば、ちょっと言い方や名詞を変えればほかにも当てはまるだけの話だ。

 

 無論あるダンジョンは一定周期で造りごと変わってしまうからとか、そもそも生まれたばかりで入れるスペースすらないとか、独特の事情もあるが。

 

 ともかく彼女が言いたいのは、郷に従え、これであると彼はそう聞こえた。

 

 すなわちこの言い止めた、そしてそこに続く言葉も言い訳以上のものにはならない。

 改めてイレギュラーではない扱いだからこその待遇があるならば、その逆である制約もあると言った────例えば何処に行こうとも必ずシラギク含めたギルド及びダンジョン省に管理されて、監視下に置かれていくということ。

 

 緊急避難事象はよく想定されている中での多量の制限と、精一杯の譲歩。

 まさかその最中にいるという事を忘れてはいないだろうかという、迂遠な釘刺しでもあるわけだ、彼女の穏やかな言い草というのは。

 

「何処も暮れは忙しくなりますさかい、うち含めてありえへんことも良くあるなんて言うとりますから、迷惑しないほうがええよ」

 

 まるでのんびりとしろとでも聞こえる口ぶり。

 世間は年の暮れどころの事情ではなくなっている、一過ながらもダンジョン黎明以来の確かな自粛ムードが訪れて、だから焦る彼を前に藪蛇をやろうというのは冗談かと言う。

 

 一方で白騎はあまつさえタブレットを握ろうとも考えていたが、実際色々な場所に赴くというのは、自身を監視している人間には負担になるとは頭では分かっていた。

 さらに実際敵を倒していること以上の成果を得ていない、そう省みた彼は何も……言い返せないことにようやく気がついた。

 

(……せめて手がかりでさえ、あればいいのだがな……)

 

 困った顔すら浮かべたくなる気分に襲われれば、ようやく手に取ったタブレットに書く言葉は、実際今日も朝帰りの様相になってしまったのを詫び入ることだった。

 

『すまなかった。何よりこの状況を最初に詫びるべきだった』

「うちは何も言わへんよそんなん」

 

 今度は露骨に落胆した目をくれてやったシラギク、時折何が正解なのか分からなくなるのがコミュニケーションであるが、きっとこの少女の思惑を知るのは誰も度し難いのだろうかと白騎は思う──またその当ては外れているとも言える。

 

 この景色は外の景色と繋がっている、ある程度弄ったりできる空間とは言え、日々必ず快晴にするには心にも身体にも悪いというのが彼女の持論。

 だが寒風荒ぶ山々に映える朝焼けの茜からゆっくりと藍色、そして水色へと色褪せていく過程は同じ、鳥の鳴き声さえ聞こえてくるような清々しい朝が今日もやって来た。

 

 

 

 

 

 ────だがその彼女の思惑とは裏腹に、第一声を告げたのは従事の声でもなく、ある者の不意の一報であった。

 

 

 

 

 

「おはよう」

 

 野太い声を二人は聞くと即座に振り向いて。

 白騎は特にそれが少し前に聞き覚えある声であり、しかもはるかに優しいものであったから、実力の差は顕著であるはずにも関わらず身じろぎ一つ躊躇われない。

 

 迷宮対策機関「ギルド」長と名乗ったその男、あの人変わらず胸元に『西(ニシ) 源二郎(ゲンジロウ)』の名前がきらめく。

 

「よく監視していただいているようで、何よりだ白菊殿」

 

 土を踏んで歩く男の気配はもう誰も焦らせることは無く、それが寧ろ白騎を怪訝にさせてしまうが、シラギクはそれを全く意に介さない。

 だが全く侮蔑の一つも無い真摯で親しい態度、一方の男も油断ならない存在を前に整然と髪を直していた、険しい顔にも態度はルーティンよりもリラックスしている……。

 

「朝早うにはばかりさんどす、ほんで?」

「無論君にも用事があったのだが、今優先するべきなのはあちらの方でね」

「ようやっと背負子降ろせますか」

「先行きは分かりかねませんがね……さて、白騎君!」

 

 爛々とした瞳は燃えているようで、これが中年を通り越して()()の域に紛れもなくいる人間の、顔に深く刻まれた皺をも忘れさせるほどのなんと若々しさか。

 真っすぐの背筋を見ると白騎も身も正される気分、味わい深い貫禄と言うものを知る。

 

「元気にやっているかね? イレギュラー……或いはモンスターと呼ばれるものとて、考え動くものだから気の病には気をつけてほしいものだよ」

 

 労いの一言にも、いや、労うことを厭わない態度そのものも尊敬か。

 

「まずは君に断りなくこのような名前をつけてすまなかったね、君に対して……私が直につけたものだから、気に入らなければ変えることは出来るよ」

 

 白騎は首を振った、分かりやすくも趣深い名前であることだから、それを断るなんてとんでもないこととも思っていた。

 ちなみに半分ほど本心であるから間違いない──後は間違いなくお世辞だ。

 

「感性がないなどとか言ったが、はてさて……まあいい、話は改まるがとても重大な話だから聞き入れてほしいのだが────」

 

 後ろで何かの手紙を受け取ったシラギクが途端、少しだけ眉を潜ませたのを白騎は見逃さない。

 まず間違いなく面倒な問題であると思われたし、まさかと思いつつもある程度身構えることが出来たからこそ。

 

 

 

 

 

「君の仇たる、ヴァンドールの親玉が見つかったかもしれん」

 

 

 

 

 

 動揺したことに対して、気が付かれないようになどと余計なことまで考えられる。

 無論些細なことだ、例え白騎がたじろいでこの場から逃げ出したとしても。

 その男は続ける。

 

「君や他関係者による協力もあって、ほとんど迅速と言ってもいい対応を取ることができている、先ずはこれに関して感謝を。今のところダンジョン最深部の反応から来るそれをキャッチして以来、スタンピードに類似する現象は発生する見込みもない」

 

 同行してくれるならばと敢えて付け加えた台詞に、信頼されへんなあと鈴の音のような野次が飛ぶ。

 仕方のないことだと呑み込むよう細かく頷くと、男は助かると呟いた。

 

「特定に関与した技術及び協力者に関しては、現場に到着する前に一通り話しておこうと思うが、時間は少しだけある……すまないが頼まれてくれないだろうか」

 

 すぐさま深く頭を下げられることはまだ慣れない、だが彼も自分をつけ狙い刺客を向かわせてくる精神の者に黙っているほど性根は善でもない。

 願ったり叶ったりと言ったところだった。

 

「ほんで藪蛇しはるん?」

「それで放っておくことはできないだろう、よりにもよって場所が場所だ」

 

 思わせぶりだが溜めて言うつもりなど毛頭ないが、頭が痛くなる次元にあるのは確かだから少し口がもつれて、気張りやあと言う軽口にますます口が縺れる。

 

 世界中に点在するダンジョンの中でも、最も侵入が行えず、最も帰還を行えない、まさしく困難を極めると呼ばれる10のダンジョンの内の一つ。

 彼は年甲斐にもなく格好つけて溌剌と言う。

 

 

 

 

「そこは網走────極北にいざるをしてその名を戴いた、最も試される迷宮!」

 

 

 

 

 




続く。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。