転生したらダンジョンがある件について   作:中里悠太朗

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おまたせ。


第六話 蒙昧/イレギュラー

「どうぞおこしやす、あんないけずなお誘いにお許しいただきまして、ほんまによろしゅうございました……。はてお茣蓙でも敷きはりましょうか、ずっと立ってなんて難儀でおっしゃろ?」

 

 彼女に呼ばれる人間はそう数多くはない、しかしそれぞれ異口同音にどうやってこんな場所に連れてこられたのか、そしてここがどこなのかと尋ねる事は必ずである。

 

 ────何しろ灼熱の夏や雪降りしきり積もる冬を、日を告げる朝夕すらも覚えない、写真か絵画から切り取ったような秋枯れの世界が、ずっと見渡す限りに広がっているから。

 

 伏見を越える鳥居の回廊を抜けた先に鳳凰堂めいた母屋、周りにチラと見える伏見を超える鳥居の数々。

 覆い隠すよう無数に生えている木は、一本の混じりなくモミジカエデの紅葉、常緑樹ならぬ()()()として、枝葉が落ちるたびにまた木々に戻り景色を赤く染めている。

 

「ほんまきづつない事しもうて、こうまでして厚かましいなんて……ほんでもあんなにきばりはってもしんどいなんて、嫌になってもおかしくいでしょう?」

 

 さて不可思議と言えば。

 

 中庭は白砂の上に立ち、常識と記憶を失っているが故に、見ず知らずの人でもホイホイついて行ったなんとも言えない巨大な人影然り。

 そう彼である、図らずとも人々を救った彼である。

 あの後一体何があったのかは簡単な話、来るかと言われてただ付いていっただけ、なんとまあと言った有り様には一見されるが。

 

 また目の前に、その中堂めいた母屋の中にいる女の名はシラギクと言う。

 

 漢字で書くならおおよそ『白菊』だと思われるが、それが字なのか性なのかさっぱり見当はつかぬ。

 両者が出会ったばかりの頃の、唐傘さして影に微笑んだ可愛らしい顔も姿も、すっかり帳の向こう側。

 

 ゆったりと横にかけた座り方の姿勢が見えるだけで、何らかの意図も意思も見て取れるがはてさて。

 

「そやね……書く紙持ってきたほうがええでしょうね、お前たちは硯とうーんと厚い紙を持ってきて」

 

 彼の目の前にそそくさと置かれるは本当に広く丈夫な紙、一体どこが取り扱っているだろうか気になる程だが、躊躇いなくその前に正座の姿勢で紙に向かい、一筆簡単に書き記した。

 

『先ずはお礼を』

 

 誰が見ても不釣り合いな急拵えの筆で以て書かれる美しい字体、真っ先に器用だと褒められるところであるが、彼女からみればそれは大したことではない。

 この字体を綴った彼も同じ思い、要は後ろめたい事なんてそもそも分からないのを、彼女に分かってほしいだけで一心。

 

「お礼なんて構おりません。妾が一寸気になっただけで付いてくる? とは言うたけども」

 

 

 

 

 

『お互い様でございましょう』

 

 

 

 

 

 そこにふざけた理由で従った事実は一切ない。

 

 実は彼はあの時にもう気が付いていて──あの瞬間はカモフラージュが為にはっきりと見えなかったが──今感謝を告げに近づき、ようやくシラギクと言う者が一体何者であるかというはっきりとした正体が分かるからこそ、なんと無しに語られたとある言葉が記憶の中反芻されていたからこそ。

 

 

 

 

 

『まあこの『イレギュラー』は色々変わった奴がいっぱいいるし、もしかしたらお前の事も解るかもな』

 

 

 

 

 

(試すようで申し訳ない、やはりこの人は……)

 

 心の中で謝るしかないのはこれで二度目である。

 すなわち黙っていってしまった老夫婦たちとこの女性に、誘われてずけずけと従った事と言い、このように奥隠さないのだか隠し事をしてるのだかの、それさえも一縷と称した彼のなんと不器用であることか。

 

 だが自分が何と言われるのを理解してでも、行かざるを得なかったし言わざるを得なかった。

 彼女がノリと勢いの儘に呼び寄せたとはあのタイミングにも、そしてその時の発言にもそれは考えにくいから、もし自分と同じような存在だと言ってくれるかもしれないと。

 

 さて一方見抜かれたと大胆な宣言に曝された彼女は、僅かばかり逡巡してから右手を上げる仕草をし、反対に案外するりと帳は上げられ、彼女の顔どころか座ってる様まではっきりと見えるようになり。

 

 そこにかわいらしさが勝るちんちくりんなどどう見えよう、妖艶なそして滑らかな曲線を描いたモノが寝そべっていた。

 長く伸びた髪に頭頂部から動く一対の獣耳を傾かせて、自らの体に生える尻尾に身を任せてゆうらりとしているよう。

 

 そしてその色だ、落ち着くほど真っ黒な髪から白を基調とし、薄黄に煌めく様子は白面金色とも。

 

 何より視線というものが、どれだけ着飾っても仮面で覆っても全てを見抜いてしまう、剣の切っ先よりもはるかに鋭く強い視線だ。

 それをと曇りなき眼と称して疑る事は無いだろうし、はぐらかす言葉を盾にして漏れなく見定める瞳だ。

 

 有名無実の有り様だと誰が疑るか、そうだとしてもこの表面の威厳ばかりで、只人は全て圧倒され臥す羽目に遭うだろう。

 

 しかし目の前に広がる光景は、少なくとも表面上はとても落ち着いていて──かつお互い理解がある前提で──話は進められ始めた。

 

「まあ……こんなのは只の仕草やさかい、かんにんぇ」

『心中お察しします』

「じょろも組まんとこうとなんやねえ、ほんに腹の探り合いなんて辛気臭くてじゅんさいなマネしょうもなくなるわぁ!」

 

 どうやら彼の機が制したのか全くもって不機嫌になったのは、きっと彼女もそう言う手合いと相手している方が好きなのだろう、彼はピンとこないが見た目通りの厄介で愛らしい女性であり。

 彼女を揶揄する古臭いわらべ歌めいた噂話など、そういったものを耳にして涼しい顔ができるのだから、恐れ慄くは寧ろ神仏なのかもしれない。

 

 この建物造りに倣えば阿弥陀の代わりに鎮座するという、どのようなものでも慇懃無礼を知るだろうが、その影の向こうに何がいるのかを知れば、或いはそう思わないかもしれない。

 

 さて彼女の言う通りただ通りがかって声を掛けてちょっと目を向けてくれればいいだけの、それに厚かましくついていった真似の理由を書き記す彼の筆は早く。

 

『さておき質問に対して、先ず私には拠り所がありません』

「まあそうやろうねぇ」

『伝手も金銭も先立つものも無いも同然で正に五里霧中』

「……文字も潰さんでようやるわ……」

『お褒め頂き感謝』

 

 ちょっとした凄技と冗談を交え。

 

『さてそれは自分の由縁にも当てはまります』

「……ふん?」

『私は私そのものを知らないのです。父母などいない自分が少ない伝手をかき集めて知った情報などごく僅か。もしも貴方が自分の事を知りたいとするなら叶わぬでしょうから』

 

 断りの文面などを紙に記している合間にも、広く見渡せる目の前のことに集中しながらも他に気にかけれる、彼は自分のことを知らずにしても便利な体だと言った。

 その中にコマ送りの様に情報を追えるというのにも気が付き、つい先程彼女の顔が瞬間に変化したのを見逃さなかった。

 

 だが途端に彼も反射的に理解できない顔を浮かばせる衝動に駆られ、また瞬時に平静を装って質問を投げかけられた為に、問いただすことは今は無い。

 

「知ってどうしはるんや?」

『己がこの世界で立ち振る舞う為の知恵を、ついでに()()()()()()()()()()を。要は自分はどのようなものかと教えて頂きたい所存であります』

 

 彼が社会的立ち位置に関する質問に、何か瑕疵が生じたか、とも思い込んでしまうのは。

 そこで彼が彼女に付いて行った理由は、彼の追い求めている物とは別にもう一つあるということから端を発する。

 

 そもそも彼女らが──当然彼女以外にも『イレギュラー』が存在することも知っている──どうやって人間と隣同士で暮らしているのか、彼らに嫌われはしていなかったどころかああまで認められている、それは別に自分たちに近しいからというだけの理由な訳ではないだろう、というこの巨人の独りよがりにも似た純粋さから来ているものだ。

 

 さてそのような質問ばかり無粋に、いや名前くらい伝えたらどうなのだと疑問に思う諸兄らは、そもそも人間としての記憶と実体の差異に生じる、凄まじい己への不審に苛まれたことは無いだろう────いやそもそも正気を苛み自己崩壊に繋がりかねない体験が無いことを祈る。

 

 彼が情報をあまりにも出さなかったのは、無論精神に耐えなければならないという自己崩壊を恐れているし、自分の記憶でない誰かの記憶と言うことは言えるので、それを自らの判断で正しくは出せなかったのだ。

 

 だから前世などと言う不可思議に縋る、今どころか()()も知らないばっかりに。

 

 だからまた表情が、先の顔より深刻により混ざり変わっていたのは、そしてすっかり黙り込んで考えふけるような顔になってしまったのは、とてもと言えるほど気にするものだ。

 

「……」

(?)

 

 そして暫くそうした後に、何かを納得したかのようにしかしはあとため息。

 そして次に告げられた言葉は、まるで彼を否定するかのような、しかしあまりにも優しすぎる声音であった。

 

 

 

 

 

「────そもあんさんはね、イレギュラーなんて滅相なもん名乗るんやない」

 

 

 

 

 

 

 彼は丁寧にはしごを外されたどころか一思いに一縷を砕かれ、そんな事があるかとと思わず素早く立ち上がり、軒を遥かに越して建物ごと見下さざるを得ない。

 この体この顔で無かったならその瞳は、きっととても複雑な心境をありありと映し出しているはずだろう。

 

 一方の彼女はそれを目撃しながら悠々としていたし、一方でもう疑問の顔を押し隠す様子をとる事も無かった。

 

「もう何をいきりはるんや。別にええやない、人間様々ようようになぁ」

『そうでしょうが』

「いや文字読まれへんよそんなん?」

(…………)

 

 焦って書いた代物をくしゃくしゃにして思いっきり握りつぶして圧縮、どこかに投げつける事もなく脇に置いてある書き綴り済んだ紙の上にそっと置いた。

 圧縮しすぎてそれが紙ごみかも知れない位小さなものを、彼女はちらと見て、それから彼に言い聞かせるように話しかける。

 

「さて……まあ御覧のとおり妾どもはあくまでも化生外道。生き物としての形、人として生きているだけの存在。幽世から生まれて人から疎まれるのもむべなるかな。まあ分かりやすう言ったならモンスターになります」

 

 言いぐさだってあまりにも自罰的であったものであるから、聞いていられないと即座にこのような諫める文面で以て、一方彼女の聞く耳持たずと来たら。

 

『そんなことは滅多に言ってはなりません』

「何も間違ってへんよ。人と程々の距離でそれなりに過ごしていても、やっぱり付き合いの良いよう悪いよう、自分としての性が出てきてしまうんよ」

 

 黙らざるを得なかった────人の形をした人でなし、やはり尋常の者では無いと言って然るべき実情を、赤裸々とさらけ出したるところ。

 

「我というものが有り、それが全であるという存在────すなわちどのような生命でも群や社会を以て成立する、対し我らの異質さはそれらに頼らずとも生きて行けるが故に。それが強み弱みでありますから、頭がないと誰彼構わず取って殺すような奴さんになります。それを自食作用と言ったのはおもろい話なんやけども……」

 

 例え獣とて何が異なるだろう話か、群から離れた児は差別なく他の獲物、故に社会とは本能の中より発せられた概念であり、それに拠る事は生存術めいた物であるから。

 しかしそれがモンスターと呼称されている存在からすれば全く逆の捉え方をする、即ち何もなかろうと親は子を同族を食い、唯一人さえあり暴虐の限りを尽くすと語る。

 

「高尚な生き方ならそこに財力に権力、ようは人にどう見られるとか自分がどう有りたいとか、極論そないもん他でもない妾がどうでもええやさかい。つまり他に知っとる者もまあ、今の世界から投げ出そうとするなら投げ出すんやない?」

 

 カオスの言葉は彼らの為にあるのかもしれないと、壮絶さを誰もが察せられるし、当事者の他ならぬ彼女が語るからこそ、はんなりとしている筈の語気にもより強い印象を植え付けさせられよう。

 故に目の前に座る彼こそ、見た目でなく心境で以て全く当て嵌まらないと断言するのだ。

 

「全く違いますやろ? 自分に利があったり逆だったり些細でもそんなん気になはって、なんならそれを慈しむ事すら惜しまないあんさんの、何処に無頼の者と言い張れるやろうと話になるんやから」

『ですが貴方がたは確かに此処にいる』

「集団は力や富を生みますから、それが妾達も例外ではあらへんよ。ほんのちょっと顔出しい、偉いお方が頭を下げて興味本位で人が会う会わないで、決まり何かこんな折に良く拵えたものでありますえ。よく言う所の『ウィン・ウィン』とかなんとか」

 

 身勝手だと彼女を誰もが言うが視点を変えれば同じことを仕出かしている、例えおべっかで気を張って様子を窺いに訪れたとしても。

 彼はなんとも言い難くなって、ようやく腰を据え先程と同じように綺麗な正座を整えた。

 

「まぁ妾達も、さっき一匹狼やらに言った言わないやったけども、そない孤独に生きる強さに人間さんはどうも惹かれるみたいに、逆に群れて暮らす事に興味があるらしいわ。そんなあんさんみたいに自分が……そうねぇ、どこから来たかなんて、ほんまに考えてもみなかったわ。ほんまの話よ、ほんまに……」

 

 どこからくるかもわからぬ光を避けて軒下に佇む、どこか浮いた視線を景色に望む美女とは、どれほどの疵があってもプロポーションは抜群、なんと絵になる光景だろう。

 

 一方それを気にすることも出来るはずもない彼は、彼女ですら知らない想像できないとするなら自分は一体、そのように一生自問自答を繰り返し続ける有様だ。

 従者たちも覆面に隠れて見えないが、一方はこのように俯いてしまったし、主人に至っては上の空だ、どうすればいいかと困ってしまい。

 

「これは参りましたわ。お互い埒が明かへんとはねぇ」

 

 ただやがて彼女もその問いかけをあっけらかんに他所にする様にして、尾をゆらりと振ってここで泊まっていきなさいと誘う、勿論鈴の音のような声と微笑みが向けられていた。

 しかし先に申した通り自分のことを自分が知らず、はてさてそのように親切になさるのは何故か、そう問いただしたらばすぐに返ってくる答えは。

 

「趣味」

 

 そればかり。

 

「各々の趣味趣向さておいて人間さんが一匹狼やらに、まぁ一人で生きる強い存在に惹かれはるよう、妾達も集団で生き抜く知恵というものに、ご覧の身分でありますさかいに興味がありますえ。特にあんさんのような……」

 

 やはり彼の知らぬ存ぜぬその評価評判通りかと、その性格の悪さをあからさまに見せつけて、全く持ってあっけらかんとしていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 さて表の世界が夜を迎えるに同時にこの世界もわざわざ真っ暗になるようで、それは従者の者が皆全て人間であるから──おかしな話勿論興味本位で募集したもので──なるべく時間に合わせるようにしている為、明るくしたり暗くしたりしてやるくらいの面倒はかけている。

 あの建物もその一環だ、つまり東西の方位が解らないというので、適当に拵えて折角なので人間を呼んで禄扶持を払ってみようと言った気ままさにも限度がない振る舞いだ。

 

 さてそんな知恵を持ったが故の『イレギュラー』の、古めかしい燭光台に照らされた横顔は恐ろしくも美しく、石像のように動かないように思えたが突如眉が僅かに上がる。

 部屋隅の闇よりふっと現れたモノがそうさせたのだが、シルエットはいやはや何処かで見たような角だが。

 

「そこまで入れ込むとは、意外だったな?」

 

 その口ぶりはいかにも親しくも尊大であるが、そんな振る舞いを彼女は許す筈はない。

 月の弧から覗いた侮蔑の視線に、疵を突いた皮肉が尽かさず飛び出した。

 

「こんな夜な夜なおやかまっさん、でもそない入り方でぼんは怖がったりしたらたまりませんなぁ」

 

 ぼんとは少年であるが、彼女と対等にやり合えるのはその力量も同じ存在────そうこの暗闇の中にいるのは女でしかも未成年と互いに見初められた、アリスなどと言われて親しまれていた強気な女なのであったのだ。

 果たしてあの動画から何を見つけたか、どうやら彼女に頼み事が事前にあったが為にここに来たのだ。

 

 さておきそこからは何と言い難い醜く陰湿な、それで他所からみれ抱腹模様の応酬だったことか、彼女らの名誉の為ここで付け加える様にしておくに留める。

 例えば先程の皮肉に聞く耳持たず、人が来たなら何か出せと我儘を、そしてお盆の上にいくつか置いてあって一口も付けられていない最中に手を出し、すぐピシャリと叩かれたりなど。

 

「やる気するならいつでも呼んでええよ?」

「おお怖い怖い……」

 

 溜息も吐いてそんな事しに来たんじゃないだろうと諌められ、向こうの奥屋に佇む者を見る二人。

 例の件は既に全国区になっている、マスコミは大々的には報じていないようだが、彼女の権力もおよそ時間の問題だろう存在。

 

「あれがか?」

「そうや」

 

 どうにか拵えたのであろう真新しさ漂う建物の中に、迫っ苦しそうに動こうともしない影が一つ。

 それはもっと大きな建物であっても良いはずだが、なぜだか他ならぬ彼がそれを望んだかららしい、体育座りの格好だがどうやって軒下をくぐったのかは彼女も知らないし解らない。

 

 影の中から何かを言いたげな視線が余所余所しくあちらこちら、文に向かう女のなんともなさそうな言葉を待つばかりであった。

 

「案外おんしの言う事全く出鱈目ではあらへんかったのは、とてもよろしゅう事でありますなぁ」

「……お、おお。そうか」

「いっつもこんくらいやったらええけどねぇ。ただちょっと……」

 

 彼の素性を探るべく招いたというのは解りやすくも、しかし彼の立場からしてみれば断りづらくそしてややもする。

 あの振舞いでただ傍若無人であったと言う可能性が捨てきれないから、恐ろしい女達だと言う話なのだが。

 

「ほんまに全然な~んもわからへん、覚えとる覚えてへんとかそも目的がないとかそんなんばっか。だから他所様に一筆書いとるのに、邪魔するなんていけずなお人やなぁと」

 

 ただ彼女の言う通り人を敷き小手先で操れる能力ですら、何も無いとは溜まったものではないらしい。

 だからお手上げの格好をとって深刻に見えなくなるくらいの降参宣言だったと言わざるを得なかった。

 

 ちょっと表情をふざけた感じに砕けて肩をすくめ、一方ははぁと溜息を漏らしたのもやはり彼であるが故でもあるが────だがこの話は巫山戯て終わるものではない、途端に二人は真剣になった。

 

「黒い輩もか」

「当たり前やなぁ」

 

 ヴァンドール────彼とてこの記憶にあるものの一覧は全て伝えたつもりだが、無論この通りである。

 もしやあのような箱のあのような座り方、自らに責を架しているのでは無いのだろうかとは、流石に心意気だけは無下にすまいと彼女は何も言わなかったが。

 

 さてその親切を不意にするかのごとく、一報が入り途端両者とも即座に動いたのは言うまでもなく──勿論この者達だけでもそれこそ力のない人間でも──聡ければ誰もがあれは共通の脅威で不利になりうると、そして更に目敏いのは現状の社会を作り上げた何らかに繋がるのではと。

 

 だが彼女が先に述べたとおりならば、繋がりがあるからとて各々勝手にあちらこちらに動く筈だし、実際彼女の右隣に山のようになった紙やらFAXがご覧の有様を物語っている。

 

 なので激を飛ばす。

 上にも横にも下にも可能な限り────筆を置き鈴を鳴らせばすぐ駆けつけた影法師、窓辺に滑るよう紙を渡せば僅かですらあった気配はもう完全に消え失せた。

 

「まあ妾共が出来ることは精々この有り様や、一寸暮らしやすうなったとこにあんなのがきたら堪りませんわ。ぼんもな」

「随分とお互い丸くなった様だな」

「そおねえ、お互い様々よ……」

 

 秋枯れの季節が永遠とあるはずだから、外はどんなに寒くとも涼しげで心地よい風に吹かれ、時折肌寒いだろうかと呼べるくらいの中、厚着でも薄着でもない着物の袖が、ふんわり揺れるとそういえばと薄ぼんやりとした影を横目にしたシラギク。

 

 瞳は紅く光り燭台の灯と合わせるようにゆらゆら揺れているみたいに、そういえば横目とかどうとかと言っていたが、影の中にいる彼女とは目も合わせようともしていない。

 

「そういやなあの人な、自分がどこから来てどこへ行くなんてものを聞かれたんよ」

「人間らしい」

「それも又お前さんの言う通りやったんだけど、妾は別にそんな事気にせぇへんよって返したさかい、すっかりあんなんになってしまってねぇ。あんなまで気の毒やと、ここにいてもええ意味なんてなぁ」

 

 他人事のように語る癖は、彼女に彼に看破されて、仕方なくな素振りで言い放った言葉を思い出させられる。

 しかし一方では確かに考えふけることがあって、ふっと燭台の火を吹き消して、蛍と星々がちらつくだけの世界に変わった。

 

 もう物陰もどこを見渡しても女の姿はいない。

 机の上の最中は結局一つ減っている、しかし怒るよりもそもそもその事象よりもずっと反芻するよう呟くのに夢中。

 机に突っ伏して顔を横にし足元はもう胡座をかいている、格好はともかく仕草は一介の少女に過ぎなかった。

 

「人間にとってのイレギュラー、モンスターにとってのイレギュラー、イレギュラーにとってのイレギュラー……なんやろうなぁ、何が違うて楽しいんやろなぁ」

 

 空っぽの袋を指先で弄って、段々と瞼が落っこちてくるのを感じたから、これからの予定について考えなければならなくなったが、眠気はどうも抑えられるようでもなさそうだ。

 調度品を眠気眼で箱に戻してくるりと尾を枕にすれば、布団にも入らずそのままだ。

 

「さて色々考えな。あんさんを外に連れてええのかとか、あとほかんとこおるおらんとか。あのお人にも言って聞かさんとなぁ……急いでは損仕損じては間抜け……」

 

 シラギクがこのような生活をするようになるまで、はてどのくらいの時間が経ったのであろうか、そしてどのくらいの人が彼女を見聞きし知っただろうか。

 

 甘い汁を吸う傀儡を使い、自分らに有利になるように仕向けた──または彼らの自衛手段でもある法律ができた。

 手ぐすね引いて待つ伏魔殿を十把一絡げにして、次から次に埃を叩けば巣を突くよりも慌ただしくなるのを、けらけらと笑ったのは何時のことだったか。

 

 昼間を見れば世界の檻夜中を見れば欲望の街────彼女自身がこの場所からそれを眺めてたまにかき回してやれば、なるほど自分はイレギュラーに違いないだろうなと笑い。

 笑って微笑って、そして嗤った。

 

「おーやまーのけんけんさん、まーえのからすをちょーんちょん……」

 

 誰かが作った今らしくないわらべうたが聞こえてくる、草木も沈んだ作り物の夜に。

 これを手を叩いて良くできていると褒めていた、と彼女は朧気に覚えている。

 

 

 

 




アヤシイ女。
次回もよろしく。
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