「はぁ」と窓から男女二人きりで帰る人影を見て、目を離しため息を付く。もう一度見ると何とも言えない表情をした自分が窓に写っていた。
「メイ、ため息ついてどうしたの」
私の親友、若菜四季が心配したような表情でこちらに尋ねる。そして窓からの景色を見て「なるほど」と納得したように頷いた。
「先輩のこと見てたんだ」
「別に見てねえ。ただ外を眺めてただけだ」
「なるほど」
そういうと彼女までも窓から乗り出すように眺めた。
「先輩とかのんさんはお似合い、とても楽しそう」
「そうかよ、でも私には……」
「でもメイと先輩の方がもっとお似合い」
「……関係ない。」
私の言葉を遮るように、彼女は言った。
やはり彼女にはお見通しのようだった。
「お世辞は要らねえ、あの二人は私が見てもお似合いだと思う。私なんかより」
「でもメイといる時の方がメイも先輩も楽しそうに私は見える。お世辞じゃなくて、心から」
先輩とはスクールアイドルのことについてよく話している。自信がなくなった時には慰めてくれる。可愛い、可愛いと、この人から言われるのは信じられたし、本当に嬉しかった。
本当に優しくて、面白くて、好きな先輩だった。
「でももう無理だ。かのん先輩と付き合った見てえだし。負けたんだよ。諦めなきゃならないんだ」
「別に諦める必要はない、」
「もう何も出来ることはねえよ。恥ずかしくてあまりアピールとかもできなかったし」
「世の中には略奪愛というのがあるって本で見た。だから諦める必要は無い」
「んな馬鹿なこと出来るか」
私は脇目も振らずに教室を出た。
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「先輩、かのん先輩と付き合ったってのは本当か……?」
あれは2日前、かのんさんが皆の前で"私たち付き合う事になった"と凪先輩の腕に抱きつきながら発表した。今思えばあれは私への牽制とかだったのかもしれない。
目の前のことを受け入れたくなくて、私は皆に問い詰められた後の先輩に尋ねた。
声はきっと震えていただろう、顔は一体どんな表情をしてたんだろう。あまりその時の記憶が無かった。
「うん、そうだよ。」
この言葉だけははっきりと覚えていた。嫌なくらいに。
「そ、そっか。おめでとう……ございます……?」
「うん、ありがとう。」
「で、でもびっくりしました。いきなり……だったから」
「確かに僕も驚いたんだよ。」
「やっぱり二人とも昔から好きだった……とか?」
伺うように言うと、先輩は手を顎に当てて少し考えている素振りを見せた。
「どうなんだろ、あっちはそうだったぽいけど、僕は……うーん、分かんないや」
「好きで付き合ってるんじゃないんですか……?」
「この気持ちが好きなんじゃないかなっていうものはあるんだ。詳しくは分からないけれど」
別に無理やり今白黒をつけようとしなくていいんだ。これからきっと沢山の事を経験すれば、名前を付けられるようになるはずだから
そこまで先輩が言うと、大きく息を吐いて困ったように眉を寄せながら言った。
「これからはメイちゃんと二人でスクールアイドルの事を話すのが出来なくなるかも。」
「なんでですか!わたしはもっとしたいです!」
「僕もそうなんだけど、かのんが……ね?何とか出来るようには言うけどさ」
ただでさえ彼と2人きりで私が独占出来る時間を渡したくなかった。好意を抜きにしても私にとっても癒しだったし、幸せな時間だった。
「本当にお願いしますね!!」
「うん、僕もメイちゃんと話すの結構好きだからさ」
「好きッ!?」
ただの"好き"という言葉に過剰に反応してしまった自分が嫌だった。そんな事は絶対に無いのに。
「私も……好き……です」
「本当に?ならよかったよ。それじゃこれからも仲良くしてね」
彼はそう言って、皆の練習場所に向かっていった。
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練習終わりに私一人しかいない部室で私は大きく息を吐いた。
そして、次は大きく深呼吸をする。もう一回。さらにもう一回。それでも足りずもう一回。
何回もしてもどれだけ深く深呼吸をしても今自分の胸の中で渦巻いているものは収まってくれなかった。
「あ、メイちゃんお疲れ様、こんな所でどうしたの?」
空のペッドボトルを数本持ちながら、彼が来た。
「先輩……」
かのん先輩の恋人。そして、私の好きな人。
彼はペッドボトルをゴミ箱に捨て、心配そうに私に近づいてくる。
きっと、これから話す機会は減るだろう。
先輩は私ともっと話したいとは言ってくれたけれど、かのん先輩が許してくれるかどうか。
いやだ。顔が怖いと言われて距離を置かれた私に可愛いと言ってくれた先輩、スクールアイドルが好きな先輩、私の話を笑顔で聞いてくれる先輩。
「ごめんなさい!もう我慢できなくて!」
私は彼に駆け寄りそのまま体重を掛けた。いきなりで彼は力を入れることが出来なくてそのまま二人で倒れていく。
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床に背中が当たる痛みと共に唇に何かが触れた感覚があった。痛みによって閉じていた目を開けると目の前にメイちゃんの顔があり、僕はキスをされているのだとわかった。
「先輩、好きです」
一瞬口を離したと思いきや、肺に残っていた僅かな空気を吐き出す様に言った。そして、また僕の口に吸い付いた。
彼女は僕の後頭部を両手で支え、馬乗りになり押さえつけるようにしていて身動きが取りにくい。
すると、近くの廊下から誰かが歩いてくる音が聞こえた。
それで正気に戻ったのか彼女は僕から離れた。
「ちょっと遅いんだけど〜」
ドアから顔を覗かせたのは澁谷かのんだった。
「あれ?メイちゃんも一緒だったんだ」
そういうとかのんは分かりやすく頬を膨らませた。
「ちょっと〜何話してたの?」
「いつものスクールアイドルの話だよ。つい熱が入っちゃって」
僕は咄嗟に誤魔化してしまった。
「へぇー、好きだもんね。2人とも」
僕はメイちゃんの方もかのんの方も見る事が出来なかった。
「ほら、凪、帰ろ」
彼女はこちらに手を向けて、帰るようにジェスチャーをする。
僕はそちらに行こうとすると、服の裾をメイちゃんが掴んでいた。
そして、僕の耳元で囁くように言った。
「嘘じゃないですから。」
それだけを言うと僕を急かす様に背中を押した。
「それじゃ、かのん先輩、お疲れ様でした」
「うん、メイちゃんもお疲れ様。明日も頑張ろうね」
そして、かのんと2人で教室を出た。
―――――
1人しか居なくなった教室でギリギリと爪を噛む音が聞こえる。
「略奪、愛か」
発した本人にも届く前に消えそうな声で呟いた。
主人公にもいつもの強い感じの口調でも親密さを出せていいかなって思ったけど、丁寧な口調のメイちゃんも味わい深い為敬語になった。何か律儀そうだし先輩には敬語で話しそうではある。