溝口スズランは変わり者である。
それは自他共に認める、歴とした事実だ。
銃を持たずに歩く人間は裸で歩く人間より少ないと言われるほどの銃社会。そのキヴォトスにて唯一、銃を使わず剣を使う異端児。
剣に限らず、ここキヴォトスで近接武器は好まれない。
理由はシンプル。
『弱い』
銃弾が当たっても、痛い!で済ませる人間に、人間の膂力に依存する武器はあまりにも非効率だ。
ナイフや銃剣を持つ者もいるにはいるが、それを主武装にするのは端的に言って頭がおかしいとしか言えない。
それでも彼女が強くなる為には、銃以外の武器が必要だった。
彼女は幼い頃から誰にでも優しく、そして人一倍力が強かった。誰よりも早く走れたし、誰よりも高く跳べた。
やり方を教わったり、できる人を観察すればすぐに何でもできた。
それは彼女にとって当たり前のことだったが、才能と呼ばれる類のものだと気づくのにそう時間はかからなかった。
そして誰も自分と並んで歩ける人がいないと気づいた時、スズランは幼くして孤独を味わった。
これが続くのならボクの人生はとても辛く、苦しく、寂しい。
それを誤魔化すように一層人に優しく接するようになり、多くの子から慕われるようになった。それでも虚しさは消えなかった。
ある日の帰り道、キヴォトスでは日常茶飯事である銃撃戦が起きていた。
普段なら流れ弾に当たりたくなくてすぐに逃げ出すところだったが、たった1人で戦っている高校生くらいの少女の姿が気になって、物陰に隠れて観察を始めた。
応援を待ってるのだろうか、十数人の不良相手にボロボロになりながらも立ち向かい、ついに1人で全員倒してしまった。
仰向けに倒れて、痛ーーい!!クソが!!!と叫ぶ彼女に近づいて、幼いスズランは尋ねた。
────怪我したら痛いのに、嫌じゃないの?なんで、怪我しちゃうのに、なんで戦うの?
突然現れた幼い子供に大層驚いた様子を見せながらも、少女は優しく笑顔で答えた。
────僕が人よりほんの少し強く生まれたからだよ。僕が人より多く持ってる物を、他の人のために使ってるだけ。君みたいに優しい子が、安心して過ごせるようにね。
絆創膏を貼っていたり、服が煤けていたり、その少女はとても強そうには見えなかった。他に何か言っていたような気もするし、そうでなかった気もする。どこの生徒で、どんな外見だったかも思い出せない。
彼女は後からやってきた仲間たちとすぐ帰ってしまい、その後会うことはなかったからだ。
ただ、慣れた手つきで優しく頭を撫でてくれた事を今でもスズランは覚えている。
幼心に自分もそうあるべきだと、そうありたいと思った。
なぜ自分が他人よりも優れているのか、その理由がわかった。生まれながらに人より多く与えられていた力や才能は、自分以外に使う方が正しい。自分より弱い人が笑顔で安心して過ごせる為に、自分は強く生まれたのだと。
そう信じて疑わなくなり、自分の隣を歩ける人を探すのを諦め、他人の隣を歩ける人になろうと努力した。
そして全員が銃を持つ年齢になった頃、彼女は唯一自分に与えられなかった物を思い知ることになる。
彼女には銃を扱う才能がてんで無かった。
決して手先は不器用ではなかったし、今までなんでもやればできた。しかし何発撃とうが的には当たらず、生まれて初めて心の底から焦りを感じた。
他の子を観察して、穴が開くほど教本を読み、試行錯誤を重ねた。
それでもダメだった。様々なタイプの銃を試したがどれも結果は変わらず、初めて挫折を味わわせられた。
もちろん周囲の同級生たちはスズランを慰めた。完璧超人に見えた彼女にも苦手なことがあるのだと、むしろ親近感が湧いたくらいだ。
普通に暮らす分には銃なんてそんな使わないし、その分他が凄いんだから、私が守護らねば、無理に戦う必要もないよ、と様々な意見で慰めた。
そしてその数日後、彼女が木剣を振っている姿が見られた。
これにはスズランに関わりのある人間全てが頭にハテナを浮かべた。
そして時は過ぎ、トリニティ総合学園に入学したスズランは色んな意味で注目の的だった。容姿端麗にして品行方正、さらには学業でも優秀。
それだけならばスズランはそこまで注目を浴びなかった。彼女よりさらに優秀な天才が同時に入学していたからだ。
よって、あくまでそれらの要素は付随した物にすぎず『銃を持たない』という一点で話題性を集めた。
それは正義実現委員会の門戸を叩いた時も同じだった。
随分と細いライフルを背負っているのかと思えば、銃袋から出てきたのは一本の剣。挙句、銃は使えないと言う。
射撃以外の全てが新入部員の中でも群を抜いて優秀だったために、当時の3年生は彼女の扱いに困った。正義実現委員会の上部組織であるティーパーティーに所属させた方が彼女の為なのではないか、そう意見が纏まりかけていた時に声を上げたのは当時2年生だった剣先ツルギだった。
自分が面倒を見る、そう言うとスズランの方を見てギニャリと笑った。
スズランは見せしめにされるのだと覚悟した。
ツルギについて回ること約1年、高校1年生の冬にスズランは剣士として成った。ツルギの元で実戦経験を積み模擬戦を繰り返した末に、神秘を使わずツルギから一本取ってみせた。
それをきっかけに彼女は正義実現委員会の腕章を与えられ、2年生に上がる頃には彼女の言動と性格、その容姿からトリニティの騎士と呼ばれるようになった。
周りから求められるがままに理想の自分で在り続け、多く与えられた物を他人に使い続けた。壁にぶつかりながらも、人を守り戦うのが自分の責務だと無理を通し続けた。
その結果、理想と現実の板挟みになり潰れた。
結局は勘違いだった。
自分は他人より優れているという傲慢さが招いた自業自得。
他人に何かを与えられるほど優れた人間ではなかった。
人生の半分以上がそんな勘違いから生まれた嘘だったと思うようになり、人を信じることを恐れ、全てから逃げ出した。
そしてなんの因果か、今までの人生に決着をつけ自由を得た少女たちと邂逅していた。
とても疲れた状態で目が覚めた。
夢見は最悪だし、目が腫れぼったいし、鼻の奥はツンとするし、シャツの袖口がビチョビチョで気持ち悪い。
とりあえずシャツを脱ごうかと思ったところで違和感に気づく、というか視線を感じる。
落ち着いて視線をゆっくりあげると、アリウススクワッドのみなさんが僕を囲むように立っていて、こちらを見ていた。
「あっ、起きたみたいです…」
「…おはよう」
「えっ、あっ…えっ……?」
「おはよう」
膝を曲げて、顔を覗き込むようにして再びそう言われる。
「おっ……はよう、ございます…?」
「うん、挨拶は大事だからね」
一体何がどうしてこうなったんだろう。
僕が寝てしまっていた間に何か話し合いがあったのかもしれないけど、あまりにも急に距離感が縮まりすぎではないだろうか。
もしかしたら今の僕がポンコツすぎて警戒に値しないと思われたのかもしれない。まぁ剣すら抜けずにすっ転んで、命乞いして、挙句勝手に大泣きするようなクソ雑魚なんて警戒するだけ無駄だよね…ははっ、今ならそこらへんの不良にすら負ける自信がでてきた…
「えと、その…僕がポンコツでクソ雑魚でどうしようもないヤツだから警戒する必要すらないのはわかってるんですけど……なんで、急に距離が近いんでしょう…あの、お金ならある程度あるので命だけは…」
「そういうのじゃなくてね、えーと…」
そういうのじゃない。つまりお金以外…?お金以外に差し出せる物なんて……ま、まさか、僕の体!?
…なわけないか。こんな貧相な体に需要が無いのは知ってる。初対面の時にハスミ先輩の大きさに圧倒され、真似をすれば大きくなれるかと思ったけど大きくなったのは体重計の数値だけ。結果的にハスミ先輩と仲良くなれたけど、上背にも柔らかさにも恵まれることはなかった。
自らの過去の愚行を思い返して虚しさを噛み締めていても、お構いなしに話は続けられる。
「さっきあなたが寝てる間にみんなで話し合ったんだけど…あなたはこの先行く場所とか、やりたいこととか、決まってる?」
「え、いや……何も、決まってないです。帰るのが怖くて、出てきちゃっただけなので…」
「そっか…うん。なら、私たちと一緒に来るのはどう?」
「…………は?え、な、なんで…?」
胸の虚しさは何処へ、頭は疑問符で埋め尽くされる。
只々意味がわからなかった。元々は敵で、戦えもしないただの愚図を連れて行くメリットがない。物資が欲しいなら財布だけ持っていけばいい、人質にするにしてもトリニティに喧嘩を売るのは賢明とは言えない。
あり得そうなのは、保護した体でトリニティに恩を売るとか…いや、流石に無理がある。
「なんとなく。このまま放っておけないと思って」
……ペットか?捨て猫をスルーしようとしたら泣くもんだから後ろ髪引かれちゃったのか?
なかなか脳の処理が追いつかず、宇宙を背景にしたウェーブキャットさんはこんな気持ちだったのかと現実から目を背け始めたが、ミサキさんの声で現実に引き戻される。
「私たちは指名手配されてるし、明日の食事もままならないことの方が多い。良いことなんて何一つない。オススメしないし、帰ってくれた方がいい。事情は知らないけど、トリニティがこっちより酷いなんて事ないでしょ」
すっごい帰れって言われたんですけど、という意を込めて姫ちゃんさんを見る。仮面のようなガスマスクをしているせいで表情が読めない。
「ミサキはああ言ってるけど、賛成してくれたから大丈夫。ね、ヒヨリ」
「そ、そうですね…私も反対はしません……もし一緒に行動することになったら、あわよくばご飯とか雑誌とか買ってくれるかもしれませんし…」
「お、お金無くなったら捨てられるのは嫌なので嫌です…」
てしっ、とヒヨリさんを叩く姫ちゃんさん。そして今度は床に膝をついて、しっかり目線を合わせて話しかけてくれた。
「あなたがなんで帰りたくなくて、逃げてきたのかはわからないけどさ」
ガスマスクをしていて表情を窺うことはできないけど、なんとなく微笑んでくれている気がした。
「先生が前に教えてくれたんだ。罪を犯した悪い生徒でも、苦しんで当然なわけじゃないって」
「……先生、が」
そういえばあの日、意識が朦朧とする中シャーレに向かおうとしてた気がする。先生に相談したいことがあった、気がする。
今となっては、どうでもいいことだけど。
「……あなたたちは、先生に救われたんですね。うん……よかった…」
アリウスの中にも救われた子たちがいる。この事実は、ほんの少しだけ僕の心を軽くした。
でも同時に、羨ましくも感じた。
誰かに助けを求めるなんて思いつきもしなかった。僕は助けてもらえなかった。僕だって誰かに隣を歩いて欲しかった。背中を支えて欲しかった。
ヒフミちゃんたちを避けて、自分から逃げていた癖にこんな事を思ってしまって、自己嫌悪が加速する。
でも、本当によかった。この人たちが救われて。
「一つ、聞いてもいいですか?」
「…うん、何?」
何となく、スズランの雰囲気が変わった。ヘナヘナしていたものに、少し芯が通ったような。触れれば壊れてしまいそうな雰囲気は変わらずとも、スクワッドの面々に緊張感を抱かせるには充分な変化だった。
「あなたたちは…幸せに過ごせてる?」
「…水も食料も足りない、薬はもちろん寝床にも困ってる。1人は自分勝手に家出するし。そう見えるの?」
「だ、大事にしてた雑誌も寒波の時に燃やしちゃいましたし……携帯もマトモに充電できませんし、無料Wi-Fiを探して歩き回らなきゃだし、ネット小説も自由に見られないし…明るさを最大にできない私の携帯のように暗い人生かもしれません…」
「…うん、確かに幸せとは言い難いかもしれない……でもハッピーエンドを迎えられるように、私たちは歩いてるよ」
スズランはそれを聞いて、目を瞑った。
少しして納得したように頷き、ゆっくりと立ち上がったスズランは彼女たちをまっすぐ見て、一度深呼吸をしてから口を開いた。
「ありがとうございます。けど……ごめんなさい。僕は、みなさんにはついて行けない」
キヴォトス人って何歳くらいから銃持つようになるんじゃろ…梅花園の園児は手榴弾で窯の火力足そうとするらしいけど地域差もあるだろうし、ここではある程度の年齢になってからってことで。10歳前後で体育かなんかに銃の授業が始まったりするのかなって勝手に思ってます。