……な、なにーっ!!今まで見ていた幻覚は!?
難産すぎてスズランがアイドルになる幻覚が生まれるところでした。
目の前のソレを見て感じるのは、未知への恐怖。
スズランは黒服と向かい合ってから常に、背筋に氷柱が刺さったような感覚に陥っていた。
争うつもりはないと、そう言った通り敵意は感じられない。
ただ、こちらを観察するような視線が常に突き刺さる。
僕であって僕じゃない、僕でさえ知らないような内側を観られているようで不快感が酷い。
人のカタチをしている、同じ言語を話す、立ち振る舞いも人間のソレ。
しかし決定的に僕達とは違う。
人間なのかもしれないが、少なくとも自分と同じ生物ではない。そう感じた。
「このまま立ち話をするのも何ですから、場所を移しましょう。そこの廃ビルへ…」
「断る、信用できない」
「ククッ、これは手厳しい……では、早速本題へ入らせていただきます」
そもそも話を聞きたいとも思わないが、こちらの返答を待たずに黒服は続けて言う。
「あなたをスカウトに参りました。その特別な力を、私達のために使っていただきたいのです」
「……何を、言ってるの」
「自覚は無い、と?ふむ…ではお尋ねしましょう」
白く発光する目が、こちらの目をまっすぐと捉える。
「エデン条約調印式の日、地獄とも形容できたであろう戦場を、何故あなたは生き残れたのですか?」
「は……?」
結論はすぐに出た。
僕はあの日、生まれて初めて全力を出した。
今まで手を抜いていたわけじゃない。ただの一度も、本気じゃなかった時なんて無い。ただ、全身に力神秘を張り巡らせた状態だと加減が効きにくいから、必要以上に傷つけてしまうことが直感でわかってたから使えなかった。
でもあの日、僕の中で強さの象徴が崩れた。ボロボロで倒れてしまいそうなツルギ先輩とハスミ先輩を見て僕は怖くなった。2人だけじゃない。戦ってるかもしれないみんなが死んでしまうんじゃないかと、怖くなった。
だから自分のワガママを通して、ひとりで戦った。
みんなが傷つくならと、代わりにアリウスを必要以上に傷つけた。
あの状況では、それしか方法がなかったから。
僕のことなどお構いなしに、黒服は話し続ける。
「あなたの入学当初は銃ではなく剣を扱うという特異性から、何か異能があるのかと観察させていただきましたが…神秘の量も中の上程度。他より少し動体視力と運動神経に優れているだけの生徒。端的に言えば期待外れ……そのはずでした」
強者たちが次々と倒れていく中、あの日最も長く戦い続けたのはスズランだった。スズランはキヴォトスにおいて上澄みの強者であることは間違いない。ましてや銃に剣で挑むのだ、近接戦においては無類の強さを誇る。
だが、あくまでもそれは近距離での話。
銃を持った不滅の軍隊と戦うなど自殺行為に他ならない。
黒服の知るスズランという生徒ならば、あそこで死んでいたはずだった。
「それが一体どういうことか……観測すべきは暁のホルスではなく、あなただった…!」
黒服は急に興奮した口ぶりで語り出す。実際興奮しているのだろう。新しい玩具を見つけた子供のように、新たに発見した未知の対象に興奮している。新しい観察対象を見つけたと。
「神秘とも恐怖とも解釈できる、最も崇高に近い神秘…」
「……さっきから、何を言ってるの…」
「コインの表でも裏でもないあなたの炎は、故にテクスチャを焼き尽くし概念を破壊する力足り得た」
「だから…!さっきから何を」
「ヘイローでさえ容易に破壊できる力」
「……は?」
「あの日、あなたの炎を浴びた生徒が死ななかったのは、運が良かったとしか言いようがありません」
違う。そんなわけない。僕はそんなことしない。そんなことできない。簡単に人を殺せるだなんて、嘘だ。
ツルギ先輩や後輩たちにそんなものを向けたなんて嘘だ。
確かに危険な技だ、建物は壊れるし道もグチャグチャになる。当たれば大怪我することもある。
でも、僕にヘイローを破壊する力なんて無い。僕はそんなことしない。弱りきった僕じゃツルギ先輩に傷一つつけられない。
それにアリウスの生徒にガラティーンが当たっても、大丈夫だった。ちゃんと生きてた。ユスティナ聖徒は、亡霊みたいなものだったから当たってすぐ消えたのは何もおかしくない、火というのは神聖なものだ。
「しかし…クククッ、生きているとはいえ、どのような状態になっていることやら」
心臓が飛び跳ねた。
何も問題無い、はずだ。負傷したアリウスの生徒も、救護騎士団とゲヘナの救急医学部が保護したって聞いてる。何も問題無い……本当に…?
お見舞いなんて、行ってない。行けるはずがない。そんな資格はボクに無い。
本当に、なんの後遺症もなく、無事だったの?もし、何か起きていたら。僕が、その子の未来を奪っていたら。
嫌な考えばかりが頭をよぎる。
「…違う……」
「私の勝手な憶測ですが…ヘイローを火傷したのですから、以前と同じように、とは行かないでしょう。果たしてヘイローを焼かれた生徒はどうなるのか……我々にも想像ができません」
「違う…ボクじゃ、ない……」
なにも見たくなくて、何も聞きたくない。
なんなんだ、コイツは。
なんで僕を知ってる風に語る。なんで僕を知ってる。
お前なんかがボクの何を知ってる。
ボクの事なんて、誰も知らない。
誰も知ってるはずがない。ボクはずっと僕だった。
ボクは、ずっと僕のままだ。
…………じゃあ、なんでボクは僕じゃなくなってる?
なんだ?なんで?なんでなんだ?なんでだっけ?
ボクってなんだっけ?僕ってボクなの?僕はボクなの?
ボクって誰だ?
「しかし…ふむ、強すぎる力が故に自身にすら影響を及ぼしている?何故こうも神秘の観測が不安定なのか…いや、不安定だからこそ両側面の間に……いえ、そこは後にしましょうか」
「僕は…ボクは…」
「あなたは学園から逃げたいと、そう思っている。ええ、それがよろしいでしょう。容易に人を殺せるアナタを、誰も受け入れるはずがない」
……いやだ…なんで、ひとりぼっちにならなきゃいけないの…?
みんなの為にって、頑張ってきたのに、なんでボクだけひとりなの?
ボクが、僕じゃないから……?
どうやったらボクは僕になれるの…?
ボクは、どうしたらいいの……
「そこで提案があります。我々の元へ、ゲマトリアへお越しください。我々は決してあなたを拒みはしません」
「ボク、は…」
「ただ、ほんの少し我々の実験に協力していただければそれでいい。あなたに居場所を提供しましょう」
黒服が差し出した手を、僕の目線が捉える。
僕に居場所があるなら、それで寂しくなくなるのなら。僕のそばで、ボクを見てくれるのなら。
そう思って顔を上げた。手から腕へ、腕から顔へ。
「……あ…」
白く光る、目に該当するだろう部分を見て、直感で理解した。
コイツは違う。悪人だ。敵だ。ボクの味方じゃない。
都合の良い言葉を並べてるだけで、優しさのカケラもない目だ。
やっぱりだ。コイツは嘘つきだ。みんな嘘つきだ。
自分を演じてみんなを騙し続けてきたボクと同じ、嘘つき。
「あなたの力はあまりに危険すぎる。それを受け入れる人間など、我々以外には何処にもいない。異物は排斥される…それが世の常ですから」
否定したい。でも、みんなに受け入れて欲しいのにボク自身がそれを認めている。みんなに拒絶されるのが怖くて、こんなボクを見られて失望されたくなくて、ここにいる。
みんなに拒絶されて、独りになって、失望されて消えていくくらいなら。
ボクが僕のまま消えてしまえるのなら、理想のまま、綺麗なまま消えられるのなら、騙されてしまった方がいいのかもしれない。
「……条件が、ある。呑んでくれるなら、協力してもいい」
「ふむ、その条件とは?」
「…ボクを……」
言葉を続けるより先に、横から何かが飛んできてボクの手を強く掴んだ。
それに引っ張られて倒れそうになる僕を抱き留めてくれたのは、優しくて暖かい、なにか。それを思い出すより先に、僕ボクを呼ぶ声が聞こえた。
"スズランっ!!"
「せん…せい……?」
なんでここにいるのか、なんで邪魔したのか、なんでボクなんかを助けようとするのか、いろんな疑問が頭に浮かぶけど、考えもまとまらず、声が喉で詰まって出てこない。
"遅れてごめん"
こんな情けない姿を先生に見られたくなかった。逃げたい、ここから消えてしまいたい。ひどく安心できるはずの暖かさが、今はこれ以上ないほどに居心地悪かった。
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